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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第2章 ロイド辺境伯、異界戦役に挑む
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第五十九話 ロイド、激をとばす

「どこまで進んだ?」


 異相をさらに歪めてスティラは笑った。


「面白い。実に面白いよ。体液の代わりに砂状の物質が循環されている。他には白い繊維質のモノが神経だ。いや、神経と決めつけるのはよくないな。

 それと筋肉も砂状の塊だ。これらは透明の層で分けられている」


「心臓や脳は?」


「心臓らしき臓器が四つある。あと肺だと思われるのも四つあった。脳にあたる器官はまだ不明だ」


「砂状の体液に砂状の筋肉か。それらは透明の層で分けられている。なるほど」


「はっきりしているのは外骨格でもないし哺乳類の類でもない事かね」


「連中の根拠地につながる情報は無いのか?」


「無いな」


 ずいぶんと素っ気ない台詞に腹が立ちそうになったが、彼女の左眼は半ば狂気すらはらんでいて驚いた。


「スティラ、先ずは苦労。だがもう夜も更けた。今日は終いにしろよ」


「……そうだな」意外や意外、えらく素直じゃないか。


「なんだその眼は?」


「いや、素直なんだなぁと思ってさ」


「当たり前の事を当たり前にしただけだ。キリの良い所なんて無いし、徹夜だって身体に悪い。休めるのなら休むべきだ」


「全くだ」


 意外と正論をかましてくれて驚きを禁じない。まぁ今日のところはこれまでにしよう。




 翌日、スティラを連れて兵団本部の天幕に来た。彼女を連れてきたのは進捗状況を説明させる為だ。

 しかし、本部内は妙に弛緩した雰囲気が漂っていた。多分だが進展しない状況にやる気が下がっているのだろう。これではいけない。


「諸君、なんだね今のこの状況は? いや説明しなくても分かる、今ひとつやる気が出ないのだろう?

 だが、君らがグダグダしている間にもここにいる学者先生が身を粉にして生体を解明すべく健闘しているんだぞ? だと言うのに君らは何をしている。ボォっとしている暇なんぞない。

 …試胆という言葉がある。文字通り胆力を試される言葉だ。今がその時ぞ? 今、我々の胆を試されているのだ。

 我々の後ろにはなんの力もない人々が居るのをわすれたのか? 我々は防人としてこの地に来た。ならば成すべきは分かっているのでは?

 胆だ、胆力を示せ。出来ないと言わせないぞ違うか!」


 俺の台詞で連中の顔が引き締まった。目に力が入っている。良しよしだ。

 試胆を教えてもらったのは前世でのじいちゃんからだ。


『良いか貴士、男なら…いや女もそうだが、自分を試される時がある。その時に試されるのが己の胆力だ。歯ぁ食いしばって腹に力を込めろ……』


 当時は『へ〜そう』てな具合だったんだが、今がそうなのだ。今がその時なのだ。

 わかったよじいちゃん……。


「今よりドラクル・ザーツウェルが昨日の成果を語ってくださる。総員傾注」


 場をドラクルに譲り、彼女の報告を聞いた。

 話す内容は昨日と変わらない。ただダーサの動きについて若干内容が増えたくらいだ。曰く『連中は反射神経に秀でており瞬発力は人間を凌駕する』だとさ。


 ドラクルの報告が終わると何人かの幕僚がダーサに対する私見を述べる。ドラクルはそれらに丁寧に答えていた。


 無論、俺だって突っ立っていた訳じゃない。試してみたい戦術について述べた。


「逆浸透戦術というのを考えた。浸透戦術については皆の方が詳しいから省く。

 俺が言いたいのは」と右手で指を広げないパーの形をとる。


「この右手が自軍の陣地として、指を広げる。そして指の隙間にダーサ共を誘導する。分散した敵になら交戦比三対一が一対一に減少するやもしれん」


 静かなどよめきがさざなみの様に響いてきた。どうやら一定の価値はあるようだ。


 こうして約一刻ほどの間ミーティングは続いた。


 スティラは話を締めくくる前にダーサの解剖の続きをしに行った。まぁ彼女からして見れば、ミーティングより解剖の方が重要だからな。

 

「諸君、戦いはまだ序盤に過ぎない。だが最後に勝つのは我々だ」


 と締めくくり、本部を後にした。まぁなんにせよやる気があるのは良い事だ。

 しかし、半年以内に最低でも打通作戦は成功させなければいけない。保険の意味合いもあり北部の主要な銀行をめぐる必要があるな。


 自分の天幕に入ると子猫が出迎えた。

 ニャンとひと鳴きするとまたもや俺の身体によじ登る。だからさぁ痛いんだよ…。


「あのぅ、名前、付けなくて良いのですか」


 名前か……。


「……良し、お前は『オーズリー』だ」


「そんなぁ。それは無しですよ。無し」


「ツキハ君。猫は猫だろう?」


「それはそうですが。名付けはもっと大事な事です!」


子猫イェラは駄目だぞ。館にはイライジャがいる。紛らわしい」


「じゃあジュリオ」


「なんかいまいちだな。……そうだな『とら』『うしお』『ふすま』『今日の給食は猫』『不味い』『わたあめ』『しおあじ』『多分食える』これならどうかね?」


「意味はわかりませんが、なんだが不吉な意味に聞こえるんで帝国公用語からでいきましょう」


「公用語でか、オーズリーから『オズ』これならどうだ?」


「『オズ』…良いですね」


「オズ、今日から君はウチの猫だ」


「ニャア〜ウ」どうでも良いですって顔をしてやがる。まあいいさ。


 昼過ぎ、ツキハの跳躍能力を使い自領へ戻った。

 さっそく執務室に家令と主要な執事達を呼ぶ。


「さて我が領地にいる派遣兵団、その費用の捻出はどこか分かるかね?」


「駐屯兵団の費用は帝国が半分、残り半分がファーレ領。その内三分の一がロイド様個人からだされております」


「正解だグレッグ。付け加えるなら三分の一は銀行から出ている」


「は、申しわけありませんでした」


「謝罪には当たらないよ。

 さて、今時こんじ戦役により北部と帝国本土が切り離された。それに伴い北部の銀行はみな金利を低下させるに至った。ま、それは仕方ない。

 だが、本土と切り離されて資金繰りに行き詰まる事は座視できん。軍は軍で金を生み出さないので余計に銀行の負担が増える。これは不味い。簡単に試算したが、半年以内に軍が本土との打通作戦を成功させなければ軍のみならず北部の経済も破綻をきたすのだ。

 そこてだ、俺は北部の主要な銀行を廻り領債の増産を打診する必要が出てきた。なので君らは俺に先行して各銀行に打診を迫ってくれ。以上だ」


「わかりました。掛け合います」家令以下の一同は揃って一礼した。


「話が早くて助かる。では解散。

 あ、ジルベスター、フレイとイライジャを呼んできてくれ」


「承知しました」再び一礼してジルベスターは部屋を出ていった。




「旦那様、御呼びとあり参りました」


「入ってくれ。ん、イライジャも来てくれたか」


「はい、兄さん」


「いやな、駐屯地でこの猫になつかれてな。色々面倒だから連れて帰ってきた。

 ツキハ君、イライジャに渡してやってくれ。…おい、今生の別れじゃないんだ、そんな顔するな」


 ショボーンな顔のツキハから瞳がキラッキラッなイライジャに猫が渡った。気に入った様でなにより。


「どこのお部屋で飼われますか?」


「俺の居間…と言いたいがしばらくは留守が続く。二階の空き部屋を一室あてがってやれ。それとこの子猫は幼いまま成長するラヴィアート・グレードという種だ。まあ可愛さはを売りにしている猫だな。それでな、特に女性使用人らには人気が出そうだから空き時間には構ってやっても良い旨を知らせてやってくれ」


 そう言ったら途端に顔を曇らせた。


「お部屋に関しましては承知しましたが、使用人らにとはいささか問題が……」


「課業をさぼって猫と戯れる、か」


「はい」


「まあそう目くじらを立てるな。過保護も悪いが放置はもっと悪い。多少の戯れくらい目を瞑れ」


 大きく息を吐いたフレイが降参したかの様に笑った。


「承知しました。ですが締める所は締めさせて頂きます」


「うん。それで良いよ」


 俺と婦長は同時に笑った。

 さて、明日からは銀行屋廻りだ。

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