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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第2章 ロイド辺境伯、異界戦役に挑む
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第五十八話 ロイド、子猫に妥協する

 杭とワイヤーに絡みとられたダーサは暴れもがいている。今の所杭が勝っているのでこいつが暴れても大丈夫だ。


「うん、やはり法則がある」と隻眼のドラクルが呟いた。


「法則だと?」どこに?


「よく見ろ。…ダーサは次に左に動く」


 ダーサは左に動いた。


「あ、ホントだ」


「次も左だ」


 彼女の予言通りに左に動いた。どういう事だ?


「ドラクル、説明してくれ」


「……やつらは反発力で動いている」


「…………ふむ」


「腑分けすれば多少は解明出来るが、さて、見ての通りに連中は身体の反発力を利用して動いている。理論上では反発力が生み出す力はヒトの力を上回る。近しいところでは猫の跳躍もそうだな」


「なるほど。で、直ぐに腑分けするのか? それとも観察が優先か? それより仲間を呼ばないか不安だな」


「連中、仲間意識はあまり無いのかもしれん」


「何故だ?」


「イル・メイの報告だ。彼女らは罠を仕掛け成功した。ここらへんは省く。…でだ、最初は連中の本隊は罠にかかったヤツを探すようだったが、すぐに本隊を纏めて移動したのだ」


「ダーサは目鼻が無いからその分仲間意識が強いとか感覚器が優れているとか有りそうなんだがな」


「同感だ。感覚器については腑分けの段階で分かるさ。だが仲間意識についてはよく分からん」


「要警戒だな」


「イル・メイの報告だが、罠にかかったダーサを最初は周りのダーサたちが助けようとしたが、馬で引きずって距離をあけたら興味を失くしたのか追いかけて来なかったそうだ」


「自分たちのテリトリー…失礼、活動範囲内には能動的に動くが、それから外れたら消極的を飛び越えて興味を無くす、か」


「まあそんな所だ。さて腑分けをするか」


「観察は終いか」


「見るべきは見た。ならば内部の構造を調べてみるのさ」


「俺も付き合うが構わないな」


 俺がそういうとドラクルは目を剥いた。


「駄目だ。お前様には後で資料を作って渡す」


「正論だが反対する。何故なら資料を読むのと実地で見学するのとでは理解度が違うからな」


「お前様の言うとおりでも立場がある。腑分けには危険が伴う。反対だ」


 俺とドラクルは睨み合うが折れたのはこっちだった。


「……わかったよ、降参する」なんか負けてばかりだ。しかし悔しいが俺は医者でも学者でもない。逆に言えばスティラは俺になり代われない。ようは適材適所だ。


 とりあえず事務仕事はあるので自分の天幕に戻る事にした。


 天幕に入ると足元でニャアと声がした。例の子猫ラヴィアート・グレードだ。

 子猫は俺の足元をぐるぐる回る。遊んで欲しいんだろう。ちょっと好奇心に勝り子猫を持ち上げた。

 ぐるるると喉がなる。確か期限が良かったはず。ごしょごしょと背中をかいてやった。

 ユージーンが言うにはこれでも成猫と変わらんらしい。いわゆるぬいぐるみ戦略だ。確かに可愛さはある。それは認めざるおえない。


「猫、好きなんですか?」


「ツキハか驚かすな」


 厳つい俺が子猫と戯れているなど論外だ。

 子猫をツキハに渡し、席に腰を落とす。


「ツキハ君、その猫をどこかへやってくれ。迷惑だ」


「ハッ」


 ニィニィと子猫が甘えた声を出している。つい構ってしまいそうになるがここは戦地で俺の執務室だ。構ってなんかいられない。第一見栄えがよろしくないではないか。


 ニィウウゥ…と今度は悲しそうな声を発してきた。実に物悲しい声で鳴く。見ればツキハもどうしようか迷う顔をしていた。あれ、これ俺が悪いの?


「……ツキハ君、ちょっとその猫を貸してくれないか?」


「あ、ハッ、ハイ」


 泣いてる子猫が手のひらに乗ると、途端に先のような甘えた声を出してきた。


「閣下、相当に懐かれていますよ」


「……みたいだな」


 俺が困った視線を副官におくったが『私知りませんよ〜』って顔をしてやがった。

 どうにもしようがないので好きにさせる事にした。

 書類鞄から決裁しなければならない書類に目を通し始める。子猫がまた登ってきて痛いのだが、文句をつけても改善されないので我慢する事にした。

 

 さて書類はと、見れば砂糖…甜菜の増産計画だった。

 これはマルだ。大体自給率が50%なのが悪い。せめて80は上げなければならない。

 次の書類は塩の関税を上げる旨だった。

 これはバツだ。ただえさえもウチは輸入に頼ればならないのだ。砂糖もそうだがヒトが生きる(或いはより良い生活)には生活に密着した資源が安くなければならない。少なくとも俺はそう思っている。だからバツだ。


 晩御飯もそこそこに書類を決裁していく。こういう場合に副官は役に立たない。まぁそんな事は承知してるんだが、眠そうに頭がグラグラしてるのを見ればなんか腹が立つ。


「ツキハ大尉相当官、今日はもう休みたまえ」


 ツキハは途端に棒を飲みこんだように直立姿勢に戻った。


「いえ、失礼しました!」


 俺はひとつため息をついた。


「君、軍隊用語に『いえ』から始まる文事もんげんはない。それに実務上なんの役に立ってないのだ。無理して突っ立っている必要は無い。だからもう休め」


「ハ。では休ませていただきます」


「ん、おやすみ」


「はい、では」副官は敬礼して天幕から出ていった。


 薬缶を取り上げてカップに茶を注ぐ。

 そう言えばドラクルはどうしたのだろうか。…ちょっと見に行くか。


 駐屯地の外れにダーサを押し込めた天幕がある。明かりもついているしドラクルも居そうだ。

 中へ入ると異様なモノ…ダーサの解剖が進んでいた。正直、あんまり見たい光景じゃない。


「やあ、お前様」


 振り返った彼女は白衣を変な色に染めてニヤニヤ笑っていた。こいつ、やはりマッドドクターだったんだな。

ブックマークが異常に増えてびびっております。何があったんだ……。

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