第五十四話 ロイド、スティラから話を聞く
陣地にとって返したらステやんが渋い顔で出迎えた。
「お前様、調べはしたがあまり思わしくはないぞ」
「貴様の景気の悪い顔を見ればそうだと分かる。しかし難事か?」
「どう判断するかはお前様次第だ」
「どうする、先に俺と打ち合わせしておくか、皆の前でぶっちゃけるか?」
「先に意見のすり合わせをしておきたい」
「わかった、聞こう」
突っ立ってても仕方ない、自分にあてがわれた天幕に入った。
ドラクルに席を勧め、俺も腰を下ろす。
「ツキハ大尉相当官、ドラクルと俺に茶を出してくれ」
「はっ」
出ていく副官を横目で見て、視線をドラクルに据えた。
「聞こう。連中は対話可能か?」
隻眼のドクターはその片目も閉じた。
「…端的に言って無理だ」
「理由は?」
ドラクルは眦を揉んだ。しばらくして片目を開ける。
「連中は知性体だ。だが昆虫のような群生体なのだ。お前様は昆虫相手に会話を試みれるかね?」
「なるほど無理だな」
「連中…ダーサの行動指針は不明だが、気になった点はある」
「…………」
「ダーサの両腕は武器のようだが、それだけでない。軍隊の者に聞き込みをしたのだが、どうやら麻痺毒が仕掛けているのだ」
「交戦者からの発言か」
「そうだ。大鎌のような手で斬りつけられたが意外と切れ味は良くなく浅い裂傷で済んだ。だが身体は麻痺したかのようになった。またその間意識はある。
さて、ダーサの斬撃は獲物を麻痺させる事は判明した。なら麻痺した獲物はどうなるか」
「単純に考えて餌だろう」
「もう一つある」
「なんだ。いや…新たなダーサの為か」
「そうだ。ダーサに口はない。その為繁殖行為に目的があると見て良い」
「餌となった人間は食べないのだろ?」
「幼虫の寄生体にならなるさ」
「お茶を持って参りました」
盆に茶碗を載せたツキハが帰ってきた。
「ありがとうよ」
「渋茶しかありませんでしたが」
「なに、構わないさ」
申し訳なさそうな副官に笑いかける。ツキハも小さく笑い返した。
「それで」視線をドラクルに向き直す。
「分かったのはそれだけか」
「ダーサの群生体の中に異形のモノがいた」
「ほう」
「二百六十体の中に一体、両腕のなく肩が盛り上がったヤツと、一万四十体の中に一体、頭部が特徴的なヤツがいた」
「数えたのか?」
「私の能力は見ただけで数は分かるよ」
そうだった。サヴァン症候群の人間は通常の人間より遥かに観察する能力が高い。サヴァン症候群の者の描いた風景画には遠く離れたビルの窓すら余す無く書き込む事ができるのを前世のテレビで知った。スティラ・ザーツウェルという異能の女もこの症候群の人間だった。
「その異端なヤツは何だ?」
「簡単な推論だが『頭』や『耳』みたいなモンだとおもうがね。まあ合っているかはわからんが」
「『頭』はともかく『耳』は違うと思うな」
「何故?」
「うーん、アンテナっぽい」
「あんてなとはなんだ?」
「すまん、…中継器と思う」
「なるほど」
「つまり」一度区切り、茶をひとくち飲む。…渋い。
「ダーサの群生体は頭と中継器、それと手で出来ている訳だ」
「いや、まだある」
「なんだ?」
「幼虫を植え付ける『女王』と『飼育係』だ。少なくともそれだけは居る」
「ダーサどもの根源地は何処だろう?」
「それはわからない」
「推論も出来ないのか」
スティラは自嘲気味に笑った。
「推論とはな、知った事象の積み重ねが生むものだ。前提となる『知った』事象がなければそれは空想だ」
「……そうだな」
「あの、やはり土の中にでは?」
口を挟んできた副官に笑いかける。
「常識的に考えたら土の中は考えてられるさ。だがまだ確定はしていない、水の中だって考えられる」
「蜘蛛のように木々の間に巣を作っている可能性もある」とスティラが引き継ぐ。
「…失礼しました」
「なに構わんよ。さてドラクル、今の話は少将らに伝えてあるのか?」
「いや、まだだ。なにせ私も戻ってきたばかりなんでな」
「装備は軽装だったんだろう、一週間も現地に居たのか?」
「まさか。二度に分けて偵察した」
「中間報告もなしにか」
「いや、中間報告は担当大尉に任せたからな」
「そうか、だが根回しもあるんだから少将にも通しておけよ」
「悪かった」
「根回しは大事だぞ。政治にも言えるが根回ししておかないとへそを曲げる奴もいる」
「しかし、『かも知れない』ばかりだ。これを報告するのは気が引ける」
「……だが貴様の発見は一歩前進の証左だ。
ツキハ大尉相当官、すまないが少将の所へ行って会議を開きたいと伝えてきてくれ」
「ハッ!」
彼女は飛び出すように駆けて行った。
「……以上が敵性生命体、通称ダーサの観察結果だ。拝聴ありがとう」
ドラクルの観察結果発表にまばらな拍手が起こった。
「改めて確認しますが、先生の観察は確定したものですか?」
士官のひとりが挙手して言った。
「というと?」
「いえ、憶測ばかりでしたので」
「観察精度はこの場の誰よりも高いと自負しているが」
スティラと士官(情報課だった)は軽く睨み合う。
「俺はドラクルを支持する。それよりも北都奪還について話がしたい。少将、どうかね?」
強引だが話を前向きに持っていく。
スティラは俺に小さく笑みを向けてきた。士官は俺を軽く睨んでいた。まぁ分からんでもないがね。
「ファーレ大将殿、小官は時期尚早だと思います」
「どういう事かね?」
「現在のところ交戦比は五対一。いささか此方の分が悪いかと。ザーツウェル先生のお話だとダーサは最低でも一万。となれば此方は五万の兵が必要です。しかも勝利するにはその三倍は必要となります。これは我軍の動員を超えています」
「確かにな。ではこの現状を我軍に有利に導く策はあるか?」
「現状ではいかんともし難いですな。場当たり的な対処しかできません」
「…………」
「大将殿、我らとしてもこの現状を打開すべく模索している最中です」
「それは理解している……」
「政治、ですかな?」
「そうだ。俺は政治家でもあるからな。いや軍が悪いとは言っていない。だがこの現状はあまりよろしくないのでな。
まあ軍務尚書閣下に経ってみるさ」
俺は席を立ち天幕を出る。
「ツキハ大尉相当官、俺を連れて軍務尚書閣下の所へ跳んでくれ」
「今すぐ参りますか?」
「ああ、早いほうが良い」
「承知しました」
「ドラクル、ちょっと出かけてくる。明日には戻る」
「ん、承知した」
そして俺達は跳んだ。