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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第2章 ロイド辺境伯、異界戦役に挑む
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第五十一話 ロイド、あちらこちらへ奔走する

「敵情視察をしたい」


「いや、それは大将殿の仕事ではありません」


「いやいや、そう簡単に却下しないで欲しい」


 俺の文句に眉間に皺をよせる少将。


「大将殿、簡単にや複雑の問題ではないのです」


「遠眼鏡で観察するくらい離れた場所からでもか?」


「勿論です。敵が近くに居ないとは限りませんから」


 駄目だな、我を通せる言葉がない。


「わかった。

 ドラクル、貴様に任せる。ポンコツ、彼女の安全を計れ」


「了承した。ま、大将はここで待つのが仕事だからな」


「ご主人、捕獲と安全はどちらが優先か?」


「決まってる彼女の安全だ。捕獲は別の日で構わない」


「わかった」


「少将、ドラクル・ザーツウェルの才能は何をも代えれない。絶対には無理だが、可能な限り彼女の安全を頼む」


「承りました。精鋭を付けます」


「いつ出立出来る?」


「明日一番が最速です。予定を組まねばなりませんので」


「そうか。ドラクル、今日のところはゆっくりしてくれ」


「そうだな」


「ま、出ようか」


 ふたりを連れて本部の天幕を離れた。


「しかしお前様は私に仕事を回し過ぎだ」


 スティラはぷりぷりと怒っている。まあ真剣に怒っている訳ではないのは明白だが。


「済まないとは思っている。だが貴様以外に誰も思いつかなかった」


「……そうか」


「そうだよ」


 その後はお互いに無言だった。

 微妙な雰囲気のまま俺の天幕に入る。


「ミャア」


「またお前か」幼体固定のなんとかと言う猫が居やがった。


「お前様は猫派か」


「猫派でも犬派でもないよ」


「ミャアミャア」


「あ〜もう登るな。爪を立てるな」


 何故に登ってくるよ?


「懐かれているな」


「迷惑だ」いやマジで迷惑だ。


「それよりもだ、俺が貴様に同行出来んのなら一旦大都に戻り政務やらあれこれを片付けてくるが」


「そりゃあ構わないさ。ま、大変だなお前様も」


「……スティラ、くれぐれも危険な所まで踏み込むなよ?」


 スティラは小さく笑った。


「わかったよ」


 俺は猫をどうにか引き剥がし大都に戻る準備を始めた。金鉱脈の会合もあるし、どのみち戻りゃなならないのだ。


 翌日、少将らに一週間(十日間)の不在を告げ俺はツキハ大尉相当官の跳躍ジャンプで自領へ戻った。






「では同盟を解消すると?」


「それ以外の何に聞こえた?」


 ヨーツ子爵領の某屋敷にて俺、ブローグ伯爵、ヨーツ子爵、ザラ子爵の四人が顔を突き合わせていた。

 これは四領にまたがる金鉱山の管理をしている『我らが同盟』の面々である。

 

 先にブローグ伯爵との間に同盟の解消を密約させていて残るニ家をこの会合で引きずり落とすのだ。


「正気ですかな辺境伯殿」


 声の主、ザラ子爵をチラと見る。


「正気ですかだと? 勿論正気だ」


「では同盟の解消を提案したのはどういう意図があるので?」


「諸君、すでにご馳走の乗った皿は食べ残ししかないのだ。この事を理解出来ないのであれば同盟の盟主にあらずだ」


「だからこそ最後まで同盟を組むに価するのでは?」


「ヨーツ子爵よ、最後の最後まで意地汚く互いに皿を舐め合うのか? それが貴族の振るまいか?」


「しかし辺境伯殿の言葉を借りるなら、最後まで皿を舐めるのは辺境伯殿ではないかな?」


 それを聞いて俺は鼻で笑った。


「ふん、貴様らに変わって泥を被ってやるよと言っている。

 既得権益結構。だがそれも度を過ぎればみっともないだけだ。その程度も分からんか。…ああ、なるほど、分からんからこうしてしがみついているのか。流石は子爵。実に愚かだ」


「愚かだと!?」二人の子爵が怒りを露わにした。


「お前さ、子爵ごときが辺境伯に口ごたえする気かね」

 

 貴様からお前に格下げ決定。


「いえそういう訳ではありません」


「なら口の聞き方に気をつけろ。

 それとだが、ここに同席されているブローグ伯爵は俺の支持を表明された」


「それは……」


「今でニ対ニだ。だが立場は俺とブローグ伯爵の方が上だな。さてどうするかね」


「我らが同盟を軽く見られてはおられませんか?」


「逆だ。むしろ栄光のままに終焉を飾れる機会だぞ」


「……しかし生み出される金塊は少なくないのですが」


「間もなく金鉱脈は枯れる。その際に醜く最後のひとつまで争うのかね?」


「仮に……」ヨーツ子爵が疲れたような声を発した。


「仮に我らが同盟を解消したとして、君が、失礼、辺境伯殿が金鉱脈を握るとしたら、その真意は何処や?」


「…いま、同盟の金相場が無駄に上がっている。先ずはこれを是正したい。次に金鉱脈がなくなる際の混乱を俺が握る事で最低限に抑えられる。これが目標だ」


「しかしこの金鉱脈は」


「よせヨーツ」とザラ子爵が口を挟んできた。


「このお若い辺境伯殿は我らと違う価値観で動いてらっしゃる。それに実際金相場をあげて足掻いても、もうなくなる鉱脈に価値なんぞ有りはしない。俺は降りるよ、ヨーツ、貴殿もそうしなされ」


「……」


「ヨーツ子爵、私からも舞台から降りるのを勧めますがね」黙ったままのブローグ伯爵が援護射撃をしてくれた。


「…………わかった。貴様らの様にするか」


「それは重畳。ではこちらから感謝の意を込めた最後の金塊を渡します」


 俺は携えてきた鞄から金のインゴット(めっさ重い)をテーブルに載せた。


「最後の土産か」


「まあ、そうですな」


「一応感謝はしよう。だがこの先に金相場が上がり、貴様だけが良い思いをしようなら、…どうなるか分かるかな?」


 俺は低く笑った。


「ザラ子爵、その辺は弁えているよ」


「そうか……」


 俺は席を立つ。


「諸君、今の我々は終焉の縁に立っている。少なくとも時代は終わりを迎える手前だ。なら最後は貴族らしく生きるのも良いのでは無いかな? 

 ま、とにかくも我々の同盟は終わりを告げたのだ。ではこれで失礼する」




 さてこれで同盟は解消された。次は少女歌劇の鑑賞だ。単なる鑑賞だけなら副領主の叔父にまかせるが、ちょいと事情がある。

 彼女ら歌劇団は本来なら帝都を本拠地とする楽団だが、少し前から北部辺境を巡業に来ていたのだ。そこへ帝都と北部を繋ぐ北都が陥落した事で事情が変わった。

 つまり帰れないのだ。

 そこで北部でパトロンを探す必要が出てきた。

 しかし北部辺境で楽団を抱えこむ事が出来るパトロンは少ない。

 衣食住に限って言えば北部はまあセーフだ。自給率は高い。だが所得は他の地域と違い低い。それは領主でも変わらない。

 だが俺は別だ。自分の所得(財産)は大した事は無いが帝都で手に入れた借用金。つまり運用資金がある。これを加味するなら俺は北部辺境で最大の金持ちとなる。

 歌劇団の団長はこれに目をつけた訳だった。まあ道理だな。

 そして歌劇団の最終公演地であるここ大都へとやってきた。これは偶然であるが団長にとっては渡りに船と言う訳だ。


 ここ大都の音楽堂ホールにて少女らの歌劇が始まった。

 でびっくりした。

 少女らはほぼ全裸であった。ナンジャこりゃ? いやよく見ればシースルーの衣装だ。辛うじて局部が見えないでいる心臓に悪い衣装だった。これをデザインしたヤツと採用したヤツは俺なら即牢獄へ送りこんでやる。


 ……しかし退廃的な時代だ。いま市井の民の娯楽は霊安室モルグの遺体見物である。確か十九世紀のロンドンではこうした半裸体の少女歌劇団が流行っていたと記憶している。モルグ見物は同じく十九世紀のパリで流行った悪趣味な流行りものだった。目の前の歌劇はそれとまるで変わらない。嫌な時代だ。

 まあ、少女らの歌劇は見物だった。シースルーの衣装も少女が着ているのではなく妖精が着ているものと見れば、そう悪くない。


 劇は終わりだが本番はこれからだ。今から団長と面談がある。さて。


「お初にお目にかかります、当劇団の団長オリファイ・ゲンブズールと申します」


 ゲンブズールと名乗った五十代の男性は愛想よく挨拶してきた。一見教育者に見えるが目つきに難がある。悪く言えば下世話な人間だった。なるほど趣味の悪い衣装を着せるはすだ。


「いかがでございましょうですか辺境伯様」


「ああ、劇はなかなかのモノだったな。昨今はああいうのが流行りかね?」


「はい、それはもう人気で」


 人気、人気か、どうやら趣味の悪い連中は掃いて捨てるほどいるようだ。


「ところで、君らは帝都から来たんだよな?」


 胡散臭い教育者面の男は悲し気な表情を浮かべた。


「たいへん、…たいへんにございます」


「で、俺の所へは挨拶だけか?」


「いえ! いえいえ、辺境伯様におかれましては是非にお願い事が」


 まるで三文芝居そのものだ。団長は才覚あるのだろうが演技は下手だ。


「この苦境をどうにか出来るのは辺境伯様ただ一人でございます」


「辺境伯と言えば北部にはもうひとり居るな」


 俺がいなすと団長は悲しげに顔を振った。


「あちら様にはけんもほろろに……」


「なるほど残念だったな」


「ではファーレ辺境伯様は……」


「俺としても喜捨は良しとするが、いや中々に手元不如意でな」


「おお、そんな……」


 大の大人がふたりして辛気臭い面を合わせる。実に馬鹿馬鹿しい。


「だが、少女らに辛い思いはさせたくない」


「なら!」団長の顔が輝いた。馬鹿かこいつは。


「ファーレ辺境伯様、実は辺境伯にお会いしたいと申す者が居りまして……」


 そらきた。少女を差し出して関心を得るつもりだ。


「我が団の看板娘ですが、どうですかこの後彼女と懇談すると言うのは」


「…そうだな、その看板娘には興味があるが今日は時間が無くてな。

 ああ、後日俺の館に君らを招待しよう。話はその時にだな」


 団長はあてが外れた顔をしたがすぐに営業スマイルに切り替えた。


「承知しました。では来週では如何ですか?」


「来週か。まあ良かろうよ。ではな」


 軽く手を振り、彼から離れた。え〜と次はなんだっけ?




 翌日、ゲートルート叔父を連れて壁外に造成中の現場の視察に来た。彼を連れてきたのは自分の仕事の成果を実感させる為だ。これをやるのとやらないのとではモチベーションが違うからな。


「叔父上、この広い造成地に住宅が並ぶのです。どうです壮観でしょう」


「この一面にですか、いや想像もつきません」


 叔父はどうやら想像力に難があるようだ。


「世帯数二百四十。鉄路も走らせます。今まで狭い長屋から一軒家、つまり一国一城の主が生まれるのです」


「公募はどうなっています?」


「造成地が完成し次第に第一期入植者を募集します。対象は主に工業系の職人から」


「何故ですか? 人気が出そうなんで広く募集した方が良いのでは?」


「それだと一気に募集人数が増えます。そうなれば外れる人が多くなる。それだと不満が残りますからね」


「ロイド殿は不満を減らそうと」


「そうです。不満が出れば二期募集もだだ下がりしますからね。それは回避したい」


 そう言って視線を造成地に向ける。視界の片隅に叔父がやはり同じように造成地に向けられるのがわかった。


 この住宅用造成地は三つある。需要は足りない程度に調整してある。余らせるのは勿体無いし、話題に乏しくないように気を配った。

 一国一城の主ともなればさらに仕事に邁進せねばならない。維持もそうだが、余暇の為に働かざる負えないからだ。

 これは一軒家を持つだけのプロジェクトではない。さらに働かせる甘い罠なのだ。

 …働かねば? 決まってる、維持出来なくて手放すだけだ。それだけは回避するだろう。いや少数は手放すしかならない。それも折り込み済だ。だが全体には広がらないであろう。一国一城の主とはそれほどの値打ちがある。


 これもまた俺の十年二十年計画のうちだ。せいぜい夢を見させてやるさ。

ロイドの喋り方は以前にも書きましたが改めて


ロイド→イェラ 平易で優しく話します

ロイド→スティラ 上流階級での話し方

ロイド→ユージーン(使用人)平民向け

ロイド→貴族 貴族向けの鼻にかかったような発音

ロイド→平民 平民向けのざっくばらんな発音

ロイド→悪人(見下す者)丁寧だが罵詈雑言


などと、相手に合わせた発音で会話します

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