第五十話 ロイド、スティラらを呼び寄せる
翌朝、俺はツキハ大尉相当官の跳躍によって自軍に戻った。
さっそく少将を始めとする幕僚らを招聘する。
「昨日、軍務尚書閣下と会談し今後の方針を決めた」
一旦口を閉ざし、一座を見渡す。
「軍一般命令。現状を維持せよ。
今、帝都から学者らを呼び寄せており、敵の生態を解明させる最中だ。こちらも同様に敵の生態を知る必要がある。その為、自分が有する学者を招聘し、事に当たらせる。これは最優先課題だ」
「よろしいでしょうか?」
戦務課の少佐が手を上げた。
「よろしい、発言したまえ」
「ありがとうございます。閣下、敵は好戦的でかつ動きは素早いです。それを捕らえるのはかなり難しいかと」
「最もだ。そこで自分は配下のアーベル・ルージュらを使う。森林戦闘に長けた連中だ。敵を捕らえるのは難しくは無い」
アーベル・ルージュらが……などとざわついた。
俺は再び口を開いた。
「敵の生態を知る事は遠回りであっても必要な戦略行動である。まずはそこからだと軍務尚書閣下と意見を共にした」
「ファーレ大将殿、よろしいか?」
「何であろうか少将」
「毎度毎度“敵”と称するのも面倒なので、なにか呼称を付けてはいかがかと?」
「……そうだな。……ダーサ、と言うのは?」
「ダーサですか、どこの出典ですかな?」
「異世界の魔物の事だ。相応しく無いかな」
「いえ、小官は支持します」
「ツキハ大尉相当官、貴官は大都行きの馬車に乗り俺の館に行ってくれ。そこに逗留しているドラクル・ザーツウェルに俺からの一筆を見せるように。彼女の準備がすぐに整うのであれば、彼女を連れて跳躍して戻ってくるたまえ。
逆に時間がかかるようであれば貴官は単独で帰投するように。良いかな?」
「はい」
「よろしい、では解散だ」
天幕を出るとツキハが声をかけてきた。
「よろしいでしょうか?」
立ち止まり振り返る。
「何か?」
「アーベル・ルージュとは何ですか?」
え、知らないの?
「森に住む蛮族の事だ。やつらは森林や山岳での戦闘に長けている」
「ありがとうございます閣下」
「ああそうだった、君は軍に入営して間もなかったのだな」
「申し訳ありませんでした」
「いや分からねば聞く事は大事だ。それよりも俺の配下のアーベル・ルージュはいま繁殖期なんだがな、その…オスが居ないせいで同性で乳繰りあってる。そのせいもあり、なかなか動かないだろうよ。その時は『おいポンコツ。命令を聞かないとポンコツの名を取り上げるぞ』と言ってやれ。
それと先に言っておくが『ポンコツ』とは『優秀な』と言う意味だ」
「はじめて聞きました。覚えておきます」
うわ、どーしよ。ウソネタを信じまったよ……。まあ日本人に聞かれなきゃ大丈夫か。
「…決めました。私、ポンコツになります」
「え、あ、いや」
「ポンコツ、イイですね」
「ん、ああ…まあ……」
俺とツキハの温度差に気分がモヤモヤする。言った方が良いのやら……。ん〜しかし、なんかやる気のツキハ君に『ゴメンね』って言うのも……。
それはともかく、ステやんに手紙を書いた。おそらくだが彼女でないとこの問題は解決出来ない。彼女の分析能力と推論は信頼できる。それは確かだ。あとポンコツエルフも役には立つ。それも確かだ。
さて、手紙を携えたツキハを送り出したとなれば今夜はひとりだ。なら寝床にユージーンでも呼ぼうかね。うひひ。
今は昼食の準備とかしてる時間か。なら彼女らのトコでも行ってみるか……。
「やあユージーン」
女中らの天幕の外で昼食の準備をしているユージーンに声をかけた。
「坊っちゃま、いかがなされましたか?」
「今夜、俺の寝床に呼ぼうと思ってね」
「はい。承りました」俺は堂々と宣言し、彼女も堂々と受けた。このあたりはコソコソする必要は無い。
「じゃあまた晩に頼むよ」
「はい、坊っちゃま」
長居は無用なんで身を翻したら足先に何かが当たった。
「?」
「ミャア……」
下をみると子猫が一匹、俺の足にすがりついていた。
俺は足を振り払いのけようとした。だが離れない。
子猫と目があった。
すると子猫は爪を立ててグイグイと登ってきた。痛い痛い。
子猫は俺の腹のオーバーハングも難なくこなし胸までやってきた。だから痛いって。
「ナ〜」なんだコイツ、家猫か? なつきすぎ。
白地に灰色のラインの入った子猫は「ミャア」とひと鳴きした。懐くなよ。
「あら珍しい。坊ちゃま、その猫はラヴィタアートです」
「なんだそれは?」
ラヴィ…なんだって?
「幼体固定された猫です」
「幼体固定? これで成体か?」
ユージーンは近寄り、その猫を覗きこんだ。
「いえ、まだ幼い猫ですね」
「どうして分かる」
「瞳が丸いからです。成体は細長いから見分けがつきますから」
ふーん。
「ミャアミャア」
「この猫を取ってくれ」
「でも懐いてますよ」
「懐かれても困る」俺が触れば壊れそうで恐い。
ユージーンはクスクス笑った。見れば他の女中らも笑っている。
「この猫は君らが世話をしているのか」
「はい坊っちゃま、違います」
「おい猫、離れろよ」
出来るだけ力を入れずに猫を引き離そうとした。
「ニィ〜」
猫は爪を立てて抵抗する。痛いって。
「ニャアニャア」「ニィニィ」「ミャア」と騒がしい。ん、騒がしい?
なんと俺の足元に様々な猫が十数匹集まっていた。
猫たちは見上げたり、寄り掛かってスリスリしたりしている。いつから猫パークになったんだよ。
「何だこれは?」
「坊っちゃまは猫に好かれているのですね」
「いてて、引っ掻くな」
「餌でもやってみましょう」
「そうしてくれ。あ、猫にヒト並の塩分は駄目だぞ」
「はい、承知しました」
やれやれだよ。……痛いって、登ってくんな。
どうにか餌で猫共が離れた。この隙に逃げよう。猫は嫌いじゃないが、こうも絡まれるのは止めて欲しい。
……翌日、ツキハ大尉相当官は単独で帰ってきた。まぁ無理も無いか。
「ドラクルは怒っただろうな」
ツキハは身を縮こまらせた。
「申し訳ありませんでした。そのやはり急には……」
「ああ、別に君を責めるつもりはない」
「ありがとうございます……」
「それでアーベル・ルージュの連中は?」
ツキハは顔を真っ赤にさせる。
「……その、閣下の…予想通りで……」
「……異世界には写真を超す、モノの動きを記憶する機械がある」
「?」
「それがあれば連中の痴態を収める事が出来るのだがな」
「……閣下、それは……」
「いや失礼。言い訳のようだが男ってやつは助平なんだよ。いやはや度し難いね」
「…………」
それから一週間後、ようやくスティラらがやってきた。
「よく来てくれたドラクル」
「で、その敵とやらは?」
「さて、遠眼鏡で見える所まで行ってみるか、アーベル・ルージュ共に捕らえさせてからにするか」
「捕らえるのをいちいち待っては時間の無駄だ。遠眼鏡で観察する」
「わかった。とりあえず兵団本部まで来い。ポンコツ、お前も付いてこい」
「承知した」
とにかく俺が出来るのはお膳立てまでだ……。