第四十九話 ロイド、ツキハ少尉と出逢う
はるばる連層山脈を超えて北都領域に入った。
ここ野戦築城された臨時駐屯地は騒然としていた。
俺はさっそく大天幕に入る。
「ファーレ大将閣下のご入来!」
「苦労。さて戦況はいかがか?」
担当将校であろう疲労をにじました大尉が立ち上がった。
「先行した二個大隊は損耗率二割三分。敵が優勢です」
「そうか、本隊が来たことによる影響は?」
「は、戦況は持ち直しますが、事態を激変させる事は難しいかと」
「北都まてば入れないのか」
「申し訳ありません。現状ではまだ無理です」
「そうか……。ところで帝都から進撃してきた部隊と連絡は取れるか?」
「……いいえ。まだ……」
「打通作戦は延期か……」
「は、それなのですが帝都師団から連絡将校が参りました」
「連絡将校か、即時連絡が出来なければあまり意味はないのだがな」
「ツキハ少尉を呼べ」担当将校は手近の兵に命令した。
「ファーレ大将殿、ツキハ少尉に会われれば良いかと存じます」
「…理由は?」
「は、ツキハ少尉は跳躍者です」
「なんだその跳躍者とは」
「自分も知りませんでしたが、戦略兵器相当兵です。能力は自分の行った場所なら転移可能な兵士です」
「転移か……」
転移できる人間なんて初めて聞いた。確かに戦略兵器だ。
「エリオラ・ツキハ少尉、参りました」
「入れ」
「失礼します」ツキハ少尉は十代後半の若い女性だった。痩身なのが目につく。
「ファーレ大将閣下ですね。軍務尚書閣下がお待ちかねです。私は大将閣下をお連れする為に参りました」
「俺を?」
「はい」
「打通作戦に関してか?」
「申し訳ありません。私にはそうした情報は与えられておりません」彼女は申し訳なさそうに言った。
「防衛機密なのでしょう。軍務尚書閣下は内密にファーレ大将と話したいと存じます」
担当将校の男が助け舟をだした。
内密に、か。さて……。
「わかった。で身ひとつで構わないのかな?」
「はい。跳躍するには一人ないし軽ければ二人まで可能です」
「なら俺ひとりだな。頼む」
「はい。では」
「あ、俺が不在なのを身の回りを世話する者に伝えておいてくれ」
「は、承知しました」大尉が応じた。
「では行こう。よろしく頼む」
「はい」
ツキハ少尉が俺の腕に手を回した瞬間場面が変わった。
ホントに一瞬の事だ。
「ファーレ大将閣下、ここは帝都方面駐屯兵団駐屯地です」
「ありがとう少尉。さて軍務尚書閣下は何処に居られるかな?」
「はい、案内します。こちらへ」
少尉を先頭に歩き出す。軍の事は門外漢なので勝手が分からん。
大小の天幕をすり抜けひと際豪奢な天幕の前に来た。
「こちらに軍務尚書閣下が居られます。取り次いでくるので少々お待ち下さい」
ツキハ少尉はそう言い、天幕を守る衛兵に近づいた。
衛兵は少し体を動かし天幕の中に声をかけた。
待つことしばし、天幕の中からひとりの将校が出てきた。彼は俺に近づいて敬礼をする
「ファーレ大将閣下でありますか?」
俺は答礼した。
「いかにも自分がファーレだ」
「軍務尚書閣下は只今面談中でありまして、少しばかりお待ち下さるよう命じられました。こちらの天幕にご案内致します」
大尉の階級章をつけた将校は隣接するやや小ぶりな天幕へいざなった。
「こちらでお待ち下さい。小半刻(三十分)ほどで面談が叶います」
「わかった。案内、苦労」
「は、では失礼します」
天幕の中はそれなりに高級な応接セットが並べられていた。俺は遠慮なくソファーに座る。ツキハ少尉は俺の後ろに立った。
「ツキハ少尉」
「は、何でしょうか?」
「貴君は跳躍者であるが、一日に何度でも跳躍できるのかね?」
「体調が良ければ二度であります。一度跳べば相当量の熱量を消費します。また同じ様に精神力も消費します」
「じゃあ一度跳べば、一気に痩せるのか」
「…ええ、はい」
だから彼女は痩せているのだな。
「……要約するとたらふく食って、しっかり熟睡すれば体重の軽い者なら一日に二度くらいなら跳べる、わけだな」
「……はい」
「立ち入った事を聞いて済まなかった」
「いえ。よく聞かれますので」
「そうか……」
「失礼します」
従兵が茶を用意して持ってきた。
「……君、茶は俺の分だけだが? ここにいるツキハ少尉の分も用意してくれ」
「申し訳ありませんでした。すぐに用意します」
「あの、閣下、私は」
「構うものか。ツキハ少尉、君も席につきたまえ。…なんなら命令しても良いのだがね」
「……ありがとうございます閣下」
彼女は席についた。
「非礼を承知で尋ねるが、君のような跳躍者は数が少ないのかね?」
「はい閣下。帝国全度に二十人はおりません」
「全員が軍に所属しているのか?」
「…引退した者もおりますが基本、全員が軍と国家に所属しています」
「なるほど戦略兵器相当だな。いや失礼な言い方であった、謝罪する」
「閣下、お気にならさずに」
少しの間お茶を飲んで過ごした。
と、突然ツキハ少尉が口を開いた。
「私は…私の一族は跳躍者の一族なのです」
「ほう」
「私を含む跳躍者は能力が目覚めると国家に奉職するのです」
「やはり強制なのか」
「そうですね。ですが能力を隠して里を出る者も居ます」
「それは構わないのかね?」
「里の者は口が固いので黙っています」
「そうか…他の生き方が選択出来ないのは辛いな」
「……はい」
意外と帝国はわきが甘いのか……。わざと見過ごしている?
「君は帝国軍に奉職しているが、それは本心からでは無い?」
彼女はハッとしたように俺を見た。
「いえ! いえ、そういう訳では」
「……なにか不自由してはいないかね? 忌憚なく言いたまえ」
え? みたいな顔をした少尉は顔を赤くした。
「…………」
「その無言は肯定ととるよ」
「……あの」
「うん」
「……食事がどうにも」
「ああ、確かに食事は重要だな。よし兵站部に掛け合ってみるよ」
「いえ! なにも閣下が」
「せっかく知己を得たのだ。そこで改善案が出たなら、それは俺の仕事だ」
「…あの、ありがとうございます」
「俺が出来るのは大した事ないが、やれるならやった方がマシだ」
その後は世間話をして時間を潰した。
そして小半刻後、呼び出しがかかった。
「お初にお目にかかります、ファーレです」
「待たせて済まなかったな。俺がガスティン・ジェラルドだ。ま、そちらの椅子に座りたまえ、俺もそっちへ移る」
軍務尚書は天幕のワキの応接セットを指した。
俺と軍務尚書が腰をおとす。ツキハ少尉は俺の後ろに立った。
「挨拶を省く。打通作戦は無理だ」
「…敵が思いの外強いからですね?」
「そうだ。規模もわからんのにゴリ押ししても意味がないからな。
だが対外的に『無理でした』は拙い。しばらくは対処療法でいく」
「敵の生態は全くの不明ですか」
「そうだ。今、帝都の学者らを呼んでいる最中だ」
「ならこちらも独自に学者を呼び寄せます。あと森林戦に長けたアーベル・ルージュを何人か擁しているので捕獲させてみせます」
「助かる。……それとだな、この戦いの間は貴様の後ろに立つ跳躍者を副官に推す」
「ツキハ少尉を? しかし跳躍者は数が少ないのと聞きましたが」
「おう。貴様の立場は知っている。領地に帰らねばならない要件も多いだろうからな。
いま貴様の言った通り跳躍者は少ない。ここだけの話だが跳躍者は国務省との取り合いだ。彼女は先日駆け引きの結果手に入れた」
「ありがたくあります」
「だがここで問題だ。…軍には女性軍人を許可していない。つまり彼女は居てもらっては困るのだ。
そこで貴様だ。貴様の元には世話をする女中共がついて来てると聞いた。ならばそこの跳躍者が居ても不都合は起こりにくい」
「なるほど」
「ファーレ大将、跳躍者を活用するのは勝手だ。だが乱用はするな。跳躍者は精細だ。乱用した挙句、能力が消えた話はあった。それを忘れるな」
「了解しました。それで話は戻しますが、軍一般命令として現状維持を称して良いのですか?」
「……軍一般命令としては情報収集を主とした活発な活動を優先する、だ」
「承知しました。その様に発表します」
「あと何か聞いておく事はあるか?」
「……では二点、一点目は指揮権の確認。二点目はツキハ少尉を少佐相当官として認めて下さい。何しろ自分は大将です。副官が少尉では外聞が悪いので」
「一点目は…そうだな、俺は軍務尚書だが軍の指揮権は持っていない。こちら側は少将が最高位だ。つまり貴様がこの地の最高位責任者となる。貴様が領地に戻った際の責任者は貴様の所の少将がその任につく。
で、二点目は……少佐相当官は駄目だ。大尉相当官にしろ」
「武功が無いからですか?」
「そうだ。さすがに少尉から少佐相当官には出来ない」
「了解であります」
「話は以上だ。貴様は今夜はこちらで泊まっていけ。跳躍者の使い方を間違えるなよ」
「はっ」
会見は終わった。俺達は席を立ち敬礼と答礼をする。
軍務尚書の天幕を出た俺は輜重兵の居る場所へ向かう。
軍の食事を担当する炊事場は屋外で行っている。
そこの芋の皮を向いている少年の様な兵に声をかける。
「忙しいところ済まないが料理長は誰かね?」
突然声をかけられた少年兵は飛び上がった。
「は、はい料理長殿は只今休息中です」
「では仕事中申し訳ないが呼びに行ってくれないか」
「りょ了解です!」
少年兵はスライサーを持ったまま走り出して行った。
「…あの閣下?」
おずおずとツキハ大尉相当官が俺を呼んだ。
「何か?」
「調理場へ何の御用があったのですか?」
「貴官の食事にひとこと申し付ける為だ」
「わた…自分のですか?」
「無理して兵隊言葉で話さなくとも良い。
貴官は跳躍者として栄養価の高い食べ物が必要だ。しかし今の貴官は栄養価が足りていない様に見受けられる。これは是正しなければならない。違うか?」
「私ごときに……」
「軍務尚書閣下も言っておられただろう? なら大切にせねばな」
「ありがとうございます閣下」
「いいさ」軽く手を降る。「だが戦地の食い物だ、期待はしない方がいい」
「それでも閣下のご厚情に感謝します」
しばらくするとおっとり刀で太った中年男性がやってきた。
チラと俺の階級章を見た。
「これは大将閣下、こんな場所に何の御用ですか」
「なに、食事について相談があってな」
「どの様なご相談ですかな?」
「俺には当然それなり以上に良い食事がでるだろうよ。でだ、こちらの俺の副官にも“それなり以上”の食事がでる様にして欲しい」
「副官殿は少尉ではありませんか、なら将校用の食事が出されますが」
「君、俺の言葉を聞いていたか? “それなり以上”だ。これは大将として命じる。
それと彼女な少尉ではなく、先ほど大尉相当官となった」
「失礼しました閣下。料理の方は必ず」
「よろしく頼むよ。…もし満足出来なければ…実に楽しい人事異動が待っているのでな」
太った料理長は棒を飲みこんだ様にしゃちほこばった。
…俺に他軍の人事異動させる権利はないがね。
その夜に出た夕食は俺は当然豪華であった。そしてツキハ大尉相当官も将校としては破格の食事が出た。
「…こんなにも食べれません」
「好きな物中心に好きなだけ食えば良いさ。
君はちょっと痩せすぎている。本来の君はもう少しふっくらしていたはずだ」
「どうして分かるのです?」
「最初、君を見た時から『ああ痩せすぎだなあ』と思ったからさ。実際、軍服が余っていた。
……軍はな、どういうつもりか軍服はピチッとしているのが信条と考えている。決してだぶだびの服は与えない」
「…よく見ておられるのですね」
「気に触ったら謝る」
「いえ」
「さて、俺は寝る。君も好きな時間に寝れば良い。あと灯りは少しつけといてくれ。真っ暗は苦手なんだ」
「……あの」
「なにか?」
「……伽はどうしましょうか?」
「伽なんぞ要らん。なんだ副官はそんな事もしなきゃならんのか?」
「いえ。その……」
「俺は確かに好色だ。だが了承を得ない交尾はしない主義だ。つまり不要な訳だ。では寝る。おやすみ」
「あ、はい閣下、おやすみなさい」
ツキハさんをヒロインにしたい方挙手(*゜▽゜)ノ