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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第2章 ロイド辺境伯、異界戦役に挑む
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第四十八話 ロイド、出陣す

「ではあとの事を頼みます叔父上」


「…自信はありませんが……」


 俺はにこやかに叔父の肩を叩いた。


「先日も言いましたが、わかる事は署名し、わからない事は保留。なんでも家令や執事に相談する事。これだけですよ」


「う、うむ。ではロイド殿、戦陣では可能な限り気をつけて下さい」


「承った。では」


 叔父の元を辞し、残る使用人らに声をかけまくる。


 出征の朝、大隊の護衛兵と軍楽隊に囲まれ俺は挨拶まわりに忙殺されていた。


 その中にタンクレートがいた。


「従兄上……怪我のないように」


「ありがとう。…とこでタンクレート」


「何でしょうか?」


「いや、な、君に俺の執事らに交じって政務を勉強しないか?」


「……良いのですか?」


「君にその意志があるのなら」


 彼は顔を輝かせた。


「是非やらせて下さい」


「執事らに交じるという事は最初は抵抗もあるが、君は一頭抜ける者だと確信している。やがては彼らを指揮する立場にすらなろうよ」


「つまり最初はしごかれろ、ですね?」


 俺は我が意を得たりと笑みを浮かべた。


「そうだ。君の頑張り次第さ」


「わかりました」


「…ではな。叔父上を支えるんだぞ。グレッグ、タンクレートを任せた」


「はい従兄上」


「かしこまりました」


 タンクレートにもう一度肩を叩いて離れた。


 玄関前の広場にて何故か自衛官の工藤と村部に遭遇した。


「どうした工藤?」


「…この騒ぎはなんだと思って出てきた。ざっと見たが大隊規模の軍集団じゃないか」


「正解だ。本隊は先行している。今いる大隊の連中は俺の護衛さ」


「…蛮族討伐か。しかしそれだけの為に大仰だな…ですな」


「只の出征ならこうも大仰ではないよ。未知の怪物討伐に政治的要因があり俺が出張るからさ。

 それより面白いものが聴けるぞ」


「面白いもの……?」


 ちょうど軍楽隊が出征に使う曲を演奏しだした。


「……んん、これは」


 日本人ならおなじみの曲だった。朽ちた戦艦の中から新造戦艦が宇宙へ向けて旅立つ、例の曲だ。


「……宇宙戦艦」


「おっと村部一尉それ以上は言ってはいけない。

 何代か前の皇帝陛下に転移してきた日本人が居てな、この作品を見させたのだよ。で、この曲を気に入った訳だ。以降、軍楽隊では受け継いでいるのさ」


「なるほど。まあ勇壮な曲ですからね」


「さて、ではちょっと行ってくる。貴様ら勉強を怠るなよ」


 苦笑するふたりから離れた。

 とふと何かを忘れているのを感じた。なんだっけ?


「いよいよ出立だな」と俺の前にひょっこりとドラクルが現れた。


「天然痘だ!」


 忘れていた。自衛官の連中に天然痘のワクチンの接種をまだしていない。


「なんだ藪から棒に」


「それどころじゃない! 異世界の軍人共に天然痘の抗体接種を施すんだ!」


「…穏やかじゃないな」


「ああそうさ、連中の居た世界では天然痘は撲滅したんだ。ところがこっちでは撲滅しきれていない。

 俺が危惧してるのは連中の誰かが罹患した際に天然痘の型が変化する可能性がある。そうなっては新しい天然痘が広まってしまう」


「…わかった手配する。後なにかあるか?」


「……ああ、えっと、…そうだ狂犬病もそうだ。この丘には野犬が出没しないが街にはまだ相当数の野犬がうろついている。連中が噛まれる可能性は少ないが、可能性を放っておく訳にもいかない。従って狂犬病の抵抗薬品も少なからず備蓄しておいてやらねばならん」


「天然痘も狂犬病も無い世界か、夢の様な話だな」


「ああ、俺達から見れば夢の様な話だ。だが現実として一旦罹患すれば夢の話ではなくなる」


「分かったよ我が君。ただ三百人からの薬品はすぐに集まるモノじゃない」


「だからこそ可能な限り早急にだ」


 俺は大きく息を吐いた。危うくパンデミックが起きる可能性を見逃す所だった。

 まだ近くにいた工藤らを呼び寄せる。


「工藤、近いうちに貴様らに天然痘の予防接種を受けてもらう」


「天然痘の?」


「そうだ。こっちの世界では天然痘はまだ撲滅しきれていない。貴様らが罹患する確率は低いが、仮に罹患した際に天然痘の変種が生まれる可能性がある。それはさすがに看過出来ないのでな」


「…わかりました閣下」


「よろしい。担当はこの女医せんせい、ドラクル・ザーツウェルだ。

 あ、ドラクルとはドクターの事だ。覚えておけ」


ヴェスタグリッサ(よろしく)、ドラクル・ザーツウェル」


 ちょっと発音が悪いが工藤は帝国公用語で挨拶をした。


ヒェイスト(こちらこそ)コマンダント(指揮官)・クドー」


 スティラは優雅に会釈した。だが微かにピリついた雰囲気が流れた。


「工藤、こちらの先生は本業は学者だ。故あって当家の医務を担当してもらっている。館の序列は俺に次ぐ地位だ」


「承知しました」工藤は一礼した。


 微妙な雰囲気を残して工藤らは去った。


「スティラ、…いや、何でもない。くれぐれも早急に抗体を集めてくれ」


「ああ、分かっている」


「じゃあ行ってくる」


「…お前様。危ない所には手を出すなよ」


「分かっているさ」


 手を振りながら彼女から別れた。


 


 用意された馬車の前にイライジャが立っていた。


「…兄さん。そのお元気で」


 歩み寄り、義弟ぎまいの横髪を撫でる。


「すぐには帰って来れない。済まない」


「わたし、一緒に行っちゃ駄目なの?」


 腰を下げ目線を合わせた。


「…何度も説明したとおり、戦地に子供は連れて行けないんだよ」


「なんにんも女中の人らは行くのに?」


「ユージーンを含む女性陣は俺への奉仕と、あまりに少数なら良からぬ事を企む輩がいる場合に備えてだ」


「兄さんと離れたくないよ…………」


「……俺だって離れたくないがね。だが君を危ない地域へ連れて行く事は出来ない。これは絶対に曲げられない」


「……うん」


「よし良い子だ。お土産は期待しないでくれ」


 イライジャは弱々し微笑んだ。


「……行ってらっしゃい兄さん」


「行ってくる」


 イライジャの頬にキスをして腰を上げ馬車に乗り込む。主な随行はユージーンと護衛のヒューレイルだ。ダメエルフは繁殖期で盛っている。エルフの男が居ないので同性同士の乱交だ。……ちょっと羨ましい。


 馬車の外に居る士官に合図を送る。いよいよ出陣だ。


「ヴーライツ ツ ギン(出立準備完了)!」


 軍楽隊の曲が一旦途切れ、出陣の喇叭ラッパが吹かれた。


 大隊に挟まれるかたちで俺の乗る馬車が出発する。

 いよいよ戦いが始まるのだ……。

新年あけましておめでとうございます。今年いっぱいは異界戦役が続きます。

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