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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第2章 ロイド辺境伯、異界戦役に挑む
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第四十六話 ロイド、引き継ぎと粛清を行なう

 さて俺が出陣するのは決定した。しかし領主の仕事の事が残っている。4日はあるから出来る限りの事は済ますのだが、問題は俺の留守をどうするかだ。

 いやまあ選択肢はないのだがね。


 八家ある分家から誰かを指名する。それしかない。

 問題が有るのは八家の当主の方だ。

 まぁ七家は論外だ。不正と汚職が三度のメシより大好きな連中だからな。こいつらに領主代行は無理だ断言出来る。

 

「そこで叔父上に席について貰いたいのですよ」


「……いやしかし……」


 五十絡みの貧相なおっさん、ゲールノートは分家のひとつの当主だ。

 生来の気の弱さが尾を引き、汚職のたぐいはさっぱりと言うほど聞かない。善人かどうかはさておき他の当主よりかは信用できる。


「なに簡単な仕事ですよ。自分が理解できる書類は署名し、理解の範囲外なら保留する。俺の部下は優秀だから分からねば聞けば良い」


「しかしですなロイド殿、私は領主代行なぞ務まらないですが」


「確かにそうした面は否定しませんが、他の七家の当主は信用できまん。なにより連中にこの席に座らせる気はないのです」


「……私はそれが恐ろしい」


「連中の目がですか?」


 そいつは俺も了承してるさ。


「これは俺の腹案ですが七家の当主は隠居してもらいます。連中、あまりにも愚劣ですので。なお分家当主ギルベルトは『処理』します」


 叔父上は驚きのあまり顔面蒼白となった。


「…しょ処理とは……」


「俺の改革の概要は知っていますね。公務に就く上位者の汚職のツケは身を持って償ってもらいました。

 ……その延長に加え、民衆が望む生贄として俺…領主一族からの整理を行うのです。さしあたっては公開で縛り首を考えています」


「身内からの粛清……」


「ええそうです、粛清です」


「わ…私も身辺は綺麗ではありません…」


「それは承知していますよ。ただ叔父上は公金の横領はしていませんでした。叔父上のやった事は自分の館の改装工事に際し業者に便宜を図り、ちょいと多めに工事費を請求した程度です。この程度なら許容範囲ですし、この程度で叔父上を縛り首には出来ません」


 ここで一旦区切り、溜めを作る。


「叔父上、貴方には拒否権は無いのです」


「最初から……」


 俺は笑顔をみせる。


「ええ、最初から叔父上には領主代行を決めてました」


 ゲールノートは嘆息した。


 しばらく目を彷徨わせたが俺に目線をしっかりと合わせた。貧相な外見からは想像できなかった眼力があった。


「代行を了承しました。ところで他の当主達には根回しは済みましたか?」


「行なっていません。これからです。

 呼び出しをしていまして、もう一刻…いや半刻ほどで集まります。根回しを行なわかったのは下手に根回しなどすれば結託しかねかなかったからです」


「……私はいつから代行を行なわなければならないのですか?」


「俺は在地の師団を率いて四日後に出陣します。それに合わせて代行を任せます。代行期間は俺の帰還で完了します。それと出征は一度きりとは限りませんので、その都度代行を任せる予定です。

 まぁ気楽に考えて下さい。ただ判断は慎重に」


 それからは領主の心得とかのあれこれをレクチャーしていった。

 叔父は馬鹿ではないのでレクチャーは楽にすんだ。


 半刻ほどして分家の当主どもが来訪してきた事を知らされる。


 場所を応接室から執務室へ移す。




「……分家八家うち帝都に赴いたオリバーを除いた当主こうして集まったのは初めてだな。

 おい、俺は着席を許可していない」


 肥太った豚…ギルベルトに叱責した。ギルベルトは躊躇したあと席から離れた。


「ギルベルト、マルセル、マインゴスス、ノルベルト、オトマール、、ライムント、ゲールノート。分家当主揃い踏みだな」


 俺は顎を反らし連中を見やった。


「挨拶は抜きだ。本題に入る。

 マルセル、マインゴスス、ノルベルト、オトマール、ライムントは分家当主を解任する。潔く引退するが良い。

 ゲールノートは分家当主を継続、四日後より領主代行を申し付ける。オリバーは後日に持ち越しだ。

 それからギルベルト、お前も当主を引退せよ。なお不法な公金横領、収賄、虚偽記載による詐称、複数回の婦女強姦などの罪により死罪を申し付ける。以上だ」


 ゲールノート以外は目が点になった。

 

 やはりいち早く反応したのがギルベルトだった。


「ロイド! 貴様なにを言ったのかわかっているのか?」


 俺は薄い笑みを浮かべる。


「『領主たる』俺を呼び捨てとはなんとも剛毅だなギルベルト。お前はそれなりの範囲での不法な金銭のやり取りを飛び越した。加えて俺に対する節度の無さ。死罪には相応しいとは思うのだがね?

 それとマルセル以下の五名は罪一等減じて引退。以後は各自の館にて蟄居を言い渡す。お前らの罪はギルベルトが引き受けた。良かったな。

 なおギルベルトはこの場で捕縛、収監する。他の六名もこの時点で一切の権限を剥奪する」


「そ、それは御無体な」オトマールが一歩踏み出した。


「無体? お前らは散々違法行為を満喫してきだろうが、潔く引退しろ。

 それにだ、お前らの罪はギルベルトが背負ってくれたんだ。むしろ俺とギルベルトに感謝しろ。文句は聞かない。正当な身の潔白がある者だけは発言しても構わない」


 顔を朱くする者、逆に蒼白にする者、何か口実は無いかと左右に顔を向ける者らが混乱の場に溢れた。最悪のババを引いたギルベルトは腰を抜かしてへたり込んだ。


「ゲールノート! 貴様だけ何故だ!?」


「それは……」


 マルセルがゲールノートに詰め寄った。


「マルセル、そこまでだ。ゲールノート叔父上はお前らより数段マシでな、罪は問わない事にした」


「それは贔屓ではないか!」


「お前のその一言だけで引退勧告には十分だ。

 それにだ、贔屓して何が悪い? お前らは贔屓に値するだけの価値が無い」


「俺はきさまの叔父だぞ!」


「意味のない台詞だ」


 鼻息荒くしてる愚物おろかものに冷たい笑いをかけた。


「要件は終わりだ。明日、お前らの息子を寄越せ、新しい当主に相応しいか質疑したい。もしお前らと同類の愚図であれば新当主には認めない。ギルベルトの所は俺の執事が呼びに行く」


 俺の台詞の終わりに合わせて家令ジルベスターが執務室の扉を開いた。出ていけというデスチャー、ナイスなタイミングだ。


 まだへたり込んでいるギルベルトと俺の側についたゲールノート以外は仕方ないと言った風情で執務室からさる。


「それではこれで失礼しますロイド殿」


「…叔父上、明日の連中の後任者を集める際に叔父上の息子を寄越して下さい」


「何故でしょうか?」


「タンクレートには連中の息子共と変わらない扱いをしたいのです。彼は新しい分家当主ではありませんが、そのせいで格下に落とし込められない配慮が必要ですから」


「……ロイド殿の御厚情に感謝します」叔父は破顔して一礼した。


 俺は軽く手を振る。


「なに、気にしないで欲しい。当然の事ですので。

 それに彼は中々の人物です。是非とも俺の下で働いてもらいたい」


 立ち上がり、叔父の手を握る。この際にぎゅっと力をこめると誠意が伝わりやすい。

 前世で政治モノの漫画で読んだ知識だ。政治家は有権者や後援者らにこうやって『自分はこれだけ貴方の事を思っているのですよ』というテクニックだ。この世界でも応用は可能だ。実際、帝都に居た頃にこうしてきた。効果は抜群であった。


「叔父上にはこれからも頼みます。では四日後に」


 これでひとつの区切りがついた。




 翌朝、微熱を自覚して目が覚めた。身体が重い……。


 食欲が湧かないまま食堂に赴いた。

 イライジャは席についている。スティラとレティカは朝が弱いから居ない。スティラは仕事が押してる時はなんとか起きるがレティカは全然駄目だ。……まあ人それぞれさ。


 席に着くと給仕らが動き出す。

 先ずは前菜のサラダとスープが出てきた。これはなんとか腹に収める。

 主菜には蒸した魚と以前に俺が料理長に教えたオニオンブロッサムが出てきた。


「……兄さん、この茶色いモノは?」


 イライジャが不思議そうな顔をしている。


「これは玉ねぎを揚げたヤツさ。玉ねぎの上を切りとって縦に切れ目を入れる。そうして唐揚げの粉を掛けて揚げたらこうなる」


「へ〜」


 正直揚げ物は食欲はわかないが食べない訳にはいかないのでナイフを入れる。

 ……うん、まあ美味いのはわかる。

 イライジャを見ればもりもり食べていた。


「美味しいかい?」


「うん、これ好きになった」


「それは良かった。ファーレ産の玉ねぎは甘みが強いから美味しさも倍増だ」


 しかしどうやっても食欲がないので半分も食べれなかった。パンも二口でギブアップだ。


 給仕に顔を向ける。


「美味しい料理なんだが体調が良くない。残すのは主義に反するが勘弁してもらいたい」


 給仕についてる執事(大抵は執事が給仕を務める。まぁ『格』があって貴族以外の客には客間女中らが担当するのが通例だ)に謝る。


「例の微熱でしょうか?」


「……そうだ」


「フランシア献護師さんから解熱剤を用意させますが」


「いや気休めにもならないから要らないよ」


「失礼しました」


「なに、気にする必要はないさ。それよりも料理長に謝っていて欲しい」


「承りました」


「茶を、…いや紅茶を持ってきてくれないか。牛乳と砂糖をたっぷりと」


「はい用意させます」


 こういう時はあまーいミルクティーが一番だ。用意されたミルクティーをグビグビ飲んだ。……さて仕事に取り掛かろう。イライジャが何か言いたそうだったが黙殺した。


 届けられた決裁書に目を通し、良ければサインする。悪ければ保留か返送だ。

 今日は届けられた決裁書が少なかったので一刻も使っていない。珍しく午前の面会人も居なかった。珍しい日もあるもんだね。


「ジルベスター、何か俺が目を通すべき書類とかは無いかね?」


「……はい、そうですな。館の業務も特に問題ありません」


「珍しく午前は暇になったんだ。なら何かないかとおもってね」


「ロイド様は今日も微熱がお有りでした。ですので少しでもお休みになられてはいかがですか」


「…この微熱は一生宿痾として付きまとう。多少休んだところで意味は無いさ。むしろ慣れなければな」


「それでしたら大公妃殿下とお会いになられますか」


「……う〜ん」


「いま大公妃殿下は心労で伏せっておりますが、親しいロイド様とお会いになられれば多少なりとも払拭できるものかと存じます」


 なるほどねぇ……。


「大公妃殿下に面会できるか聞いて来てくれないか」


「はい、了承しました。直ぐに」

 

 ジルベスターは退出する。

 レティカは友人だが大公妃である。気楽に赴く事は出来ない。自分の家だが不便なものだ。




 直ぐにでも構わないとの返事を受け、俺は三階の客間エリアに入った。

 三階は俺の居室エリアと別れていて、客間エリアに入る用は無かったので久し振りとなる。


 レティカの居室の扉を叩く。

 彼女付きの侍女が扉を開いた。


「奥様がお待ちになられております」


 その侍女は彼女に付いてきた女性だ。俺の記憶にこの侍女の顔は無かった。

本年もありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。


次回『ロイド、面会と面談と』

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