第五話 ロイド、帰郷する前にやらなきゃならない前振りと自分語り
お待たせしました。新章ではなく序章の差し込みとなります。
爵位を継ぐのはほぼ確定している。ならば、かねてから考えていた俺なりの政策・改革プランを実行する機会が来た事による、その為の準備をせねばならない。
本来なら相当先の事案だったから全くの準備不足だ。いやプラン自体はかなり練ってある。そしてそれをベースにし、友人達に協議してもらい、様々な問題点を埋めていったのだ。
勿論、俺達は学生であり頭でっかちの青二才だ。理想や理念の振り幅は大きい。そこは誰もが危惧していた。そこでそれぞれの執事や商家等のツテを頼り、専門家の監修を受けてプロットから実務的なプランに案は進ませてもらった。
実務的なだけあって出来は良く、ずいぶん感心させられたよ。俺達は経済学部的な学問を学んでいたが、本当に頭でっかちなガキだと思い知らされた訳だ。
俺は慰労として関係者を宴会に招き、歓待した。そこで俺達は監修してくれた大人達(まぁ俺達も成人はしていたのだが、ここは円熟した大人と思ってくれ)に謝意を伝え、アドバイスという名の講習を受けた。
そうして、それらの案はオイゲン国務尚書閣下に開示した。評価は高くお墨付きを得た。
しかし、まだまだ問題は続く。そいつは大まかに分けて2つある。
1つは領地の政務を司る、政庁の職員の汚職の酷さだ。
俺は4年前からこづかいを遣り繰りし、帝都の優秀な諜報員を雇い、政庁の連中を調べさせていた。
帝都に上がる前、金持ちな我が家とその領地の経済的格差に疑問を抱いていた。金に汚なく、レベルの低い頭の悪い親父に嫌悪していた俺は、将来的に自分が継ぐ領地の現状に危機感を持ち、興味をもったのが切っ掛けだ。
領地は重税の楽園だった。また、他の領地では取り入れている政策や施設との差に呆れた。そこで執事の一人に相談し、帳簿を見せてもらう様取り計らってもらったのだ。
こうして政庁の職員の汚職が発覚した。架空の企画、行われない政策、裏付けのない右肩上がりの経済波及、不義の増収、自分に都合のよい取り引き等。ちょっと調べただけでも出るわ出るわの汚職のオンパレード。頭が痛くなった。たちの悪いのが、それらを指摘し、是正する機関の欠如だったのだ。また屋敷の執事とも内通しており、上から下まで馬鹿みたいに黒かった現実に笑ってしまった。
ちなみに、只の若造な俺がこうも簡単に汚職を見つけれたのは俺の才能じゃない。なんの事はない、たれ込みあっての事だ。まぁ運と強気な交渉あってのだがね。早い段階で俺に付いた執事と、気の弱い職員が居たからこその成果である。
帳簿にしても触れておく。帳簿は領主が保管する私書的なモノと政庁が管理する公記の2つがある。保管する方が個人的な家計簿だとすると、管理する公記は税務署に提出する書類に相当する。
ここに差異があったのだ。僅かな差異であった。だが、これこそが出発点なのだった。
これを疑問に思い、差異を探った。しかし、調べれば調べるほど疑問は深まったのだ。どちらを基準にしても誤差は出る。そいつは検証すればするほど差異は広まっていったのだった。
そこで見方を代え、それぞれを精査する事にした。
結論から言うと、両者それぞれが話を盛っていたのだ。親父は税を過小に表記し、政庁もまた過小な数字と架空の決済を行っていた。これでは端から数字が合う訳がない。政庁の方が後だしなのか、親父の書類をベースに調整したようだった。しかし、それを確認した筈の親父は疑問に思わなかったのだろうか? ともあれ、これが俺に改革を決意させたのだ。
さて、俺は転生者だと先に言った。まぁ聞いてくれ。俺のバックボーンを説明したい。
俺の本名は塩田貴司。横浜の一角に自宅がある只の大学生だ。都内の大学に通う、平凡な、平凡な学生だ。
じいちゃんが自衛隊出身の鬼じじいで、両親は二人とも会計士。中学生の弟と妹の6人家族。特筆すべき点はないな。......いや、じいちゃんだ。じいちゃんは鬼だった。
自衛隊にいた頃はレンジャー徽章を持つ陸曹で、親父が自衛隊に入らなかったのを恨みにもち、俺を入隊させるべくあれこれ画策してたんだよ。
俺はスパルタに教育され、15の年から毎年梅雨前には伊豆の山に放り出され、半島の南端から大菩薩峠までを単身踏破させられていたのだ。陸自のレンジャー課程の焼き直しだ。
レンジャー課程と違い、単身である点が辛い。レンジャー課程の隊員たちはチームだ。バディ同士が助け合う必要でもある訓練に対し、俺は独りだ。精神的重圧、困難は一人で解決しなければならない。これが非常に堪えた。じいちゃんを呪い、自分の境遇に泣いた。いや、哭いた。
地獄の山中踏破は、どうにかクリアした。最初の年は三日かかったが、なんとか踏破したのだ。レンジャー!
俺は決意してた。『自衛隊になんか入らない! 普通に生きてやる』ってな。その甲斐があり、なんとか受験戦争をクリアしたのだよ。
大学に受かった時のじいちゃんの悔しそうな顔は忘れない。俺は晴れて一学生として、青春を謳歌......いや謳歌は出来なくなってしまった。
俺は2018年の5月に地球から消えた。
事故じゃない。トラックに引かれて異世界に転移した訳じゃないんだよな、普通に夜、寝て起きたら赤ん坊になっていたのだ。
もしかしたら不慮の突然死だったのかも知れない。しかし確かめる術はない。神様にも合わなかったしな。よくある髭のお爺さん神様、ドジな巨乳女神様、~じゃ言葉のロリババアはみな不在でした。
転生したのだった。
しらない世界に。異世界に。
赤ん坊と言っても、俺には自我と記憶が残っていた。取り柄のない、平凡よりちと劣るレベルだがね。
転生した時は混乱したが、しばらくして落ちついたら転生した事に納得した。そして2歳位となれば回りも見えてくる。そうして、ここが異世界だと知った。
聴いたことのない言語、見たことのない様式、そして魔法の存在。なによりここが異世界だと実感したのが周囲の景色に。
太陽がない! 空は明るいのに太陽がなかった。だが温かい。何らかの熱量が作用していた。朝は何気なく始まる。季節により多少の差はあるが、決まった時間に明るくなる。そして夕刻にまた何気なく終わるのだ。不思議な事に空の四隅に光点があり、それは不動だった。
夜、夜も変だ。月に星もない。真っ暗だった。暗い夜に俺は恐怖した。
俺は乳母に抱かれ見晴らしの良いバルコニーにいた。屋敷は小高い丘にあり、周りには高い建物もないため地平線すら......地平線が妙だった。何かがおかしい。おかしいがナニがおかしいしのかこの時点では分からなかった。後に判明する。この世界には地平線が湾曲してないのだ。
この世界、大地は平坦だった。平面の世界なのだった。太陽は昇らず、星空もない異常な世界。俺は正気を疑い、夢かと悩んだ。
しかし、これらは夢ではなく、現実だと納得せざるを得なかった。まぁ胡蝶の夢。それなのかも知れない。しかし、生きている。生きているという現実から目を背ける事は出来ない。嫌でも受け入れなければな、と納得した。
しっかしさぁ! 異世界転生なら異世界転生でもいいが、顔! 顔、どーにかならんかったの!? 豚じゃん。めがっさ豚じゃん! 最初オークかと思ったわ! ふざけんなよ神! いや、神さま知らんが。
初めて鏡見た時は理解出来なかったよ。いやさ、結局は理解したがね。
鏡を見る前までは、親が不細工ズだとは知ってたが、いざ自分を知った時の衝撃たるや、あわや正拳づきをかますかと思ったよ。命拾いしたな、我が家の鏡め。
乳母のユージーン(この時、17才)は俺の衝撃を苦笑いしてた。そうとう変な顔をしていたようで、ユージーンはしばらくの間、俺を慰めまくってくれた。ありがトン。ブヒ。
そうして、かような状況から俺の人生はスタートしたのだ。
で、家は貴族だった。どおりで羽振りが良いワケだ。北部辺境とは言え、それなりの都市に領地があった。
帝国北部、ファーレ辺境伯家。またこの地は帝国に降らない蛮族との抗争中ともあって最前線であるのだ。だから辺境伯ファーレとも呼ばれる。そうだな、もう少し説明させてくれ。
この大陸、大陸にはかつて幾つかの国や自治領がならぶ群雄割拠の戦国時代があった。それを征したのが帝国だ。
帝国には国名はない。勿論、当時は国名はあったのだが、統一時に『帝国』だけを呼称するのだった。
今現在、帝国以外に国はなく、一部地方に反抗勢力が存在するのみだ。東部の端、あらいづも辺境伯領に隣接する諸島群、無名諸島と名付けられたその地に野卑な蛮族。北部外縁の山岳や森林地域に住むエルフやオークの部族群。この北部の辺境伯二家(ファーレ、オールオーヴァー)の合わせて三家が辺境伯を名乗り、防衛を担っている。
辺境伯は帝国諸侯の名誉職なのだ。蛮族との戦いに必要な武力…辺境駐屯兵団を有している点が特色である。
通常、領地を有している貴族といえど、警備隊以上の戦力を持つ事は許されていない。表向きは天下太平であり、軍縮化の結果であるとされる。しかし、実態は反乱防止が事実であるといえる。
地方領主に戦力は不必要である。しかし、馬賊や盗賊団等の武装勢力には備えなければならない。なので領地には警備隊くらいは置いておこう。そういう政策なのだった。
武力が制限されているので、逆説的に帝国軍は縮小されている。まぁ、帝国中央、帝都ならびに公爵領、大公領には師団規模の武力を有している。特に東部のあらいづも領に近い大公家と北部の大都市北都を有する大公家は強力な戦力を持っている。
理由。理由は明白だ。すなわち、辺境伯に対して、だ。俺達辺境伯が武力を行使し、帝国に仇なす場合に備えたカウンターフォースとして大公家には辺境伯以上の戦力があるのだ。
一般的には辺境伯こそ帝国の矛であり盾と称されるが、本当の矛と盾とはやはり帝国軍なのだったのさ。まぁ逆らう気もないがね。
それはさておき、まぁ腐っても貴族は貴族。人生はイージーモードだわさ。これが庶民なら、俺はどうなっていたのかね? 考えたくないな。まぁ良いさ。これが幸運なら、この幸運を利用してやる。せいぜい上手く立ち回って生き抜いてやるよ。
そして俺は楽々人生を歩み…………はじめれない。
先ずは顔。は述べたな。んで次は体格だ。はい豚ですよ! ぶーぶー太ってます。両親から受け継いだ見事な運動不足な身体ですわ。ツラい(;つД`)
幸い、頭の出来はそんなに悪くない。うん。もって付いてきた地球人の俺の知識や人格が上手く作用していた。
面白いことに年齢的な逆行はなかった。また、成長しても精神的年齢はあまり加算されなかったのだ。理由なんかわからん。誰かうまく説明してくれや。こっちの世界で時間が経過しても、俺の精神的年齢は18くらいのままだった。ああ、いや、こっちで20年たつ頃には年相応な感じなんだけどね。
ともあれ、俺は豚人間風味の妙にガタイのでかいお坊っちゃんとして生きる事になる。
みてくれは悪いが、俺はクサる事なく積極的に毎日を過ごす。無駄に愛想は振りまかないが(しても似合わない)社交性を高め、地盤を固める。運動が苦手な分、頭は鍛えていった。
乳母から子守り女中にクラスチェンジしたユージーンの保護の元、何人かの女中さんを味方につけ、勉学は執事に学び、料理長に料理の技術を学んだ。
へこへこはしないし、また安易な善意を見せない。貴族である限り、それなりの威厳は必要だからだ。しかし、気は配るように努力した。折々に菓子などを配り、声をかけ、さりげなく手を貸したりした。ああ、夏場なんかは草刈りとかの野外労働の際に、冷たくしたタオルとかを配ったなぁ。あれは好評だったよ。
重大な話題を。料理についてだが、この大陸には米がない。いやマジで米という作物が存在しなかった(後に少量ながら米を作っている自治体を知った)。これには当初参ったよ。お茶漬けずるずるとか、たくあん、梅干しでご飯お代わり! なんて出来ないのだからさ。しかしだな、人間慣れるもんだわ。いつの間にか気にならない様になってた。味覚の変化つーか、肉体的な素養かな? まぁ無いなら良いさ。仕方ねーべ。
従って、食生活はパンに肉との中世風ファンタジーとなる。幸いにチーズ等の乳製品、胡椒(正確には胡椒そのものではないが)を含む香辛料、蕎麦、小麦大麦、地球のそれに近い野菜類等はあったのだ。あぁ、トマトはないな。残念だわ。
ち○~、トマ~トは好きかい? そうか、ち○はトマトが好きか…………こんな赤いものを好きだと言うのか! こんな赤いものを!!(錯乱)
地球にあって、この大陸にない物はまた説明させてもらうよ。いやはや鬼の様なカルチャーショックを受けたぜ。
さて、帰郷する前に手配しなきゃならんモノがたくさんあるのな。
まず、重要なのは人材だ。計数に強く、有能な(野心的でも可)人間が大量に必要なのさ。俺は執事クラスの連中や政庁の主な役員を一新する予定だ。
ゴタゴタは出るが必要なイベントになる。産みの苦しみと言えば簡単だが、容認するしかない。
だが、帝都に日本の様な人材派遣会社なんてない。それなりに業種別の派遣組合はあるが、必要とされるレベルの人材が揃うほどの規模はなかった。
そこで先のコネが役に立つわけだ。俺の改革プロットを監修してくれた方々にお願いの手紙を送りまくった。
タイプライター大活躍と言いたいが、こういう場合はやはり手書きに勝るものはない。とにかく誠心誠意に手紙を書いた。書きまくった。企業に履歴書を書きまくる就活生もかくやの大量生産でした。
反応はそうでもなかったけど、他の人材を紹介してもらえる場合が多かった。能力は高いが、あれこれ問題のある人間ばかりだが、有能なら文句は言えない。熟練者から新進気鋭の人物様々だが、当面はなんとか成りそうだった。
まあ、絶対数は足りないが仕方ない。それは追加募集で乗り切るしかなかったのだが、辺境なのも地味に痛い。改革による維新された新しい環境、前向きな景気による賃金向上を謳って宣伝するしかないかね。
んで、今日も面談の為、アチコチ回った。
今日の戦果はボチボチだが、期待以上のおっさんが一人来てくれる事になり、俺は上機嫌になってた。
面談の場所を提供してくれた友人ン家を辞し、帰郷に必要なお土産を求めて帝都一の大市場をうろうろ散策。
今、屋敷に持って帰れるモノは馬車に積み込み、そうでないモノは配達するように手配した。さすがにナマ物は論外だよ? 辺境たる我が家まで汽車と馬車を乗り継ぎ、危険な峠を乗りこえ(北部大山脈は難所の連続なのだ。これが相当にきつく、全く整備が出来ない。しかも、どう回り道を探しても難所しかない)一月半はかかる田舎なんだからさ。ちなみに、西部の端っこから東部の端っこまでは徒歩なら3年を必要とする。やはり大陸は広いや。
で、俺にトラブルが降りかかった。
1話以降の新話以外は全面的に一新されますので注意してください。
内容自体は変わりませんが、ずいぶんと変更点があります。そのため、作品イメージする見方が変わると思います。
ご意見があればお願いします。