第四十二話 ロイド、暴君だと罵られる
俺は一休みすると来訪して来た自衛官らを歓待するするよう指示した。そして魔導通信室へ向かった。帝都の国務尚書に報告と指示を仰ぐ為だ。
転移して来た人を保護し、必要とあれば帝都に送るのは絶対の命令だからだ。しかし連隊全員を送る事は難儀な事であり、それらをどうするか決める必要があるからであった。
魔導通信は大量の魔導晶石を必要とし相手側と同調するのに時間がかかるのだ。
しかしこの通信機、維持に手間がかかるので嫌いだ。先ず魔導晶石に魔力をチャージする必要がある。
魔力を持つものが数人掛かりで魔力を注入する必要があり、魔力保有量が高い者をいちいち呼び出さねばならない。当然金を払う必要すらあるのだ。けっして安くはない。
この機械は子爵領以上の領地に一つづつ配備されている。
俺は通信室の管理をしている執事と交代して席にすわり、魔導通信を立ち上げる。領主だけに使用する事を許された魔導通信機は魔力回路に魔力が満ちるのに数寸の時間がかかる。
待つ事しばし、ようやく通信可能となった。
暗証コードを打ち込む。通信先はオイゲン国務尚書の執務室だ。
またもや数寸の時間が過ぎた。
ようやく国務尚書側が通話に出た。
「国務府国務尚書閣下の通信室です。認証番号を押して下さい」
柔らかな女性の声が耳朶をくすぐった。
「認証番号三・八・八・ニ・ニ・六・七。ロイド・アレクシス・フォン・ファーレ」
「……認証完了しました。御相手は国務尚書閣下でよろしいですか?」
「はい。国務尚書殿との通話を望みます」
「少々お待ち下さいませ」
またもや数寸待機だ。
「……オイゲンだ」
「ファーレ辺境伯ロイドであります。国務尚書殿、お久しぶりであります」
「久しぶりだね辺境伯」
魔導通信の有用性は時差などのタイムラグがない事だ。
「ご無沙汰しております」
「改革は順調かね?」
「着手したばかりですが特に問題とはなっておりません」
「そうか……で要件は何かね?」
「転移人が現れました」
「どの様な人物だ」
「総数三百二十二名の軍隊です」
「!? それは……」
絶句する国務尚書に俺は同意した。何しろ転移人は基本的にひとりだ。まれにふた桁、極々まれに三桁なのだ。そして今回はその三桁。そりゃあ驚く。
「国務尚書殿、連中は理知的で今のところは大人しいです。まぁこの後兵士の連中にも説明せねばなりません。その際に暴発するやも知れませんが。
連中の頭目は状況を理解しました。
それでですが、三百人からの軍人を帝都に送るのは如何なものかと……」
「…………」
国務尚書は沈黙した。
「……来月に皇帝陛下は東部に御幸なされる。従って君の所に現れた転移らを帝都に送られても困る。
とにかく御前会議に議題を提出し指示を仰ぐので追って連絡する」
「承知しました、ご連絡を待ちます」
「他に報告すべき事はあるかね?」
「いえ、ありません」
「では通信を終える」
通信が切れた。さて……。
通信室を出て、執事に明日明後日に魔導通信が鳴るので注意するよう命じた。
次に別館へ向かう。322人の自衛官相手に演説…平和的投降を呼びかける為だ。
別館内の講堂に入り壇上へ進む。
自衛官らは思い思いに雑談に興じていた。当たり前だが大半の自衛官は不安そうな顔をしていた。少数の何人かは『異世界デビューきたコレ!』などと陽気と言うか呑気な会話をしていた。
(残念でした。ここはラノベの世界じゃねぇんだよ)
壇上へ上がる前に工藤連隊長に出会った。
「全員いるのか?」
「いや、若干名車両の警備をしてい…ます」
「呼び出せ。警備なぞ不要だ」
「……はい」
何か言いたげだったが無視した。
「おい、外の連中を全員呼び返せ。領主閣下のご要望だ」
その声を耳にしながら壇上へ上がる。250人収容可能な講堂が満員だ。これで寝起きするとなるとストレスもマッハだ。早いこと彼らの新しい寝床を用意せねばな。
しかし予算はカツカツだ。どこから工面する? いやマジ余裕は無い。となれば私財しかあるまい。やれやれ散財だよ……。
講堂内を見渡す。連中から見れば俺は悪役に見えるだろう。だがそれで構わないし、また利用させてもらうよ。
「俺はロイド・アレクシス・フォン・ファーレ。ここファーレ辺境伯領の領主である。総員傾注せよ」
視線が集まった。
「君たちは地球からここティガ・ムゥ大陸に転移して来た異邦人だ。それを踏まえて聞いて欲しい。
まず、君らは帰還出来ない事を言っておく。もしかしたら帰還出来るやもしれんが、そうした話は聞いた事がない。従って、君らはこの地で生きていく事を決意せねばならない。ここまでは良いな?」
眼下の連隊長を見る。
彼女は頷いた。
「言いたい事があるだろう。帰りたいと言いたいだろう。だが今は俺の話が先だ。
まず君たちの現在の立場は帝国の認可を受けていない武装集団だという事を認識して欲しい。そこで領主として君たちに武装解除を命ずる。これは要請ではない。繰り返す、武装解除を命ずる」
「そんな命令は聞き入れない!」声が上がった。
「……先にも言った通り『命令』だ。ここは日本ではない。君たちは今、アウェーに来ているのだ。
さて、武装解除に同意するや否や? 連隊長、君が代表だ。表明したまえ」
「改めて聞きたいのですが、武装解除しなかったらどうなりますか?」
「武装解除に応じない者は立ち去りたまえ。ただし、丘の中腹にはこちらの軍隊を待機させている。
立ち去る者は野盗として排除させてもらう」
横暴だ、横暴だと声が上がった。
「何故横暴なのかね? きみ、そう君だ。存念を打ち明ける事を許可する」
横暴だと言った中のひとりを指差た。
「我々は日本国に所属する自衛隊です。他国の『領主』に何かを命じられる謂れはありません」
「元気があってよろしい。だが聞いていたのかね、ここは『異世界』だ。日本国の管轄には無い。君たちは異邦人なのだ。
そして俺はこの大陸を統べる帝国の、皇帝陛下より治政を託された人間なのだ。いま、俺がこの地の全権を握っている。この言葉すら理解できないなら今すぐこの地より立ち去れ。そして死ね」
場がざわついた。
「俺は君たちにチャンスを与えよう。
君たちが俺の庇護下にいる事を了承するなら、1年間の生活を保証し、帝国公用語を学ばせる費用を持とう。
1年後、いや以内でもだが、職を斡旋する事も付け加えよう。どうかね?
了承するなら座りたまえ」
女性隊員を中心に床に座る者が出てきた。だが迷っているのか立っている者もそれなりにいる。いまで半々だ。ちなみに村部一尉は座り、工藤連隊長は立っている。
「連隊長、座らないのか?」
「……私ならそこらの軍隊を蹴散らせれるからな」
「ほほう、なら……」死ねと続けようとしたら連隊長はストンと腰を落とした。
いたずらが成功したかのように笑みを見せた。
「冗談です閣下」
「……そうか」
恭順した連隊長を見て、ひとりひとりと腰を落とす者が出てきた。
……だか、まだ4人立っている者がいた。
「やれるモンならやってみなよ!」
「よろしい、イル・メイいま立っている四人の首を刎ねろ」公用語に切り替え、森の狩人に命じた。
……疾風が走り、立っていた4人の首を次々に刎ねた。女性隊員の悲鳴が響く。
血煙を切り裂いてイル・メイが出てくる。
「苦労」
「…これが貴様のやり方か」
工藤涼子は能面みたいな表情を消してそう言った。
俺は彼女に笑顔を向ける。
「そうだよ工藤、邪魔者は排除する。簡単な事だ」
「…………」
「俺はそういう人間だと認識しろ」
「……わかった」
「わかりました閣下、だ」
「……わかりました閣下。しかしこれでは暴君ではありませんか?」
「……暴君結構。俺は日本人でないのでな、君たち特有のなあなあは通じない。俺は為政者だ、悪い芽は早急に摘む。これが鉄則だ、覚えておけ」
「了承しました閣下。
皆、聞いたな閣下に逆らえば……首が飛ぶ」
薄く笑う彼女に一瞬背中が震えた。
「今、恭順した者は臨時に准市民権を得た。君たちは早急にこちらの言語を学び取り市民権を得よ。
繰り返すが1年だ。1年で俺の庇護を離れる。忘れるな。
それといくつかこの世界特有の事象を伝える。
まず石油が取れない。火山帯も無い。つまりここでは地震がなく、石油製品が無いという事だ。探せば良いじゃないかと言うだろうが、有史以来七千年の間、石油は発掘されなかったし、地震の類も一切起こっていない。
諸君らの装備も無駄になるのはこれで理解してもらえたと思う。…あとは、そう、米が無い。残念だが日本食は諦めてもらう。……ああ、大豆はあるから味噌や醤油は作れるな。
しかし、ここファーレ領を含む北部には味噌蔵、メーカーが無い事も添える。早いうちにこちらの食生活に慣れる事だ。
それと最後に、タトゥーをしている者。その者は今後犯罪者扱いされるので極力肌を見せない様に。
帝国では自然崇拝の念が強く、身体に墨を彫るのはタブーなのだ。そこら辺を踏まえて生活して欲しい。以上だ。
さて、では夕食を用意しよう」
公用語を切り替える。
「フレイ、手順通りにこの者らに食事を」
婦長に命じる。彼女は一礼して配下の女中に声をかけた。先の惨劇はなんの感銘を受けなかったらしい。
大した肝っ玉だ。
場は騒然としていたが俺も無視する事にした。