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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第2章 ロイド辺境伯、異界戦役に挑む
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第四十一話 ロイド、工藤涼子らと出会う

 今日は肉牛150頭を焼いて市民を歓待するパーティーを行っていた。

 21世紀の現代日本人なら『肉はサシが入って当たり前』とか言うのだろうが、そんな手間ばかりかかる高級肉牛は帝国にはほぼ存在しない。転移してきた日本人の誰かが高級食材として卸しているがほとんどの帝国人は『脂身』を有りたがる事はしない。文化がちがうのだ。

 日本人の悪い癖は(日本人に限らないが)自分らの文化や風習がそのまま通用すると思い込んでいる点だ。

 他所には他所の文化があり、風習がある。それを何時ものノリでセールスしてくる。実に迷惑な話だった。


 肉はやはりガッツリ焼いて分厚い肉をガブっといかなきゃな!


 いやはやしかし、頭を落とした150頭の丸焼きは壮観だ。領主の丘が焼き肉臭い。


 今日はある種の無礼講なんで、うちの使用人らも交代制で肉にありついている。

 焼き係は街の有志にも手伝ってもらっている。


 俺は街の市民や有力者らと懇談していた。こうして市民と触れ合うのも大事だからな。


 すると執事のグレッグが近づいてきて耳打ちしてきた。


「ロイド様」


「何かね?」


「は、それが正体不明の武装集団が現れました。しかし好戦的ではなく……」


「どこかの野盗の類か?」


「いえ、指揮系統がしっかりしております。ですが言葉が通じません」


「……転移人か」


「おそらく」


「何か特徴は? 人種や装備、規模は?」


「人種は不明。浅黒い肌に黒い目、兜の下は黒い髪。男性五名、女性一名。隊長格は女性の方らしいです。装備は緑の軍装でやたらとゴテゴテした長銃を持っています」


 なんか、イヤな予感がした。


「言葉が通じないのは不便だな。よし、俺が出向く」


「なにもロイド様が行かなくとも……」


 グレッグは狼狽した。俺はニヤリと笑い、彼の肩を叩く。


「俺は帝都でそれなりの勉強をしたし、転移人の相手をした事がある(これは嘘に近い)。それにだ、転移人を迎えるのはこの場合領主、つまり俺しか居ない」


「……分りました。馬車を用意します」


「ヒュー…はそこに居るし、イル・メイを呼んでくれ。今頃肉にかぶりついている」


「はい、承知しました」


 俺はおいとまする旨を告げ、焼き肉臭い衣服を改める為に部屋に戻る事にした。



 馬車に乗り込み、転移人らのいる通用門へ行くよう指示した。

 馬車は下りは無理をさせないので並足で下る。時間が惜しいが馬と馬車の特性上、速度は出せないのだ。


 ようやく麓につく、こっからは速度アップだ。

 通用門はそれほど遠くない。


 15分後、通用門に着いた。駐屯兵らが整列した。


 馬車を降りる。敬礼がかかった。

 帝国軍の敬礼は右肘を直角に曲げ、拳が頭の位置に振り上げる様式だ。俺は今は軍務ではなく公務なので軽く手を上げるだけだ。

 余談だが俺は派遣師団のおさを務める。階級は大将だ。どうだ偉いだろう。


 さて、目の前にいた正体不明の武装集団は、やはり自衛隊だった。内心ため息をつく。安堵とこれからの不安だ。


 ひとりの自衛官と5人の自衛官らと別れている。俺は手前の集団に視線を合わせた。

 女性自衛官の鋭い視線が交錯した。

 

 将校だ。彼女だけ八十九式を有していない(ひとり離れた方もやはり同じく将校だ。アサルトライフルを持っていない)。

 今度は思いっきり見せつける様にため息をついた。


 口を開く。


「やはり自衛隊か……」


 久しぶりの日本語だが上手く話せた。


 相手側に動揺が走った。女性将校の背後の連中ががやがやとしてるのだが、女性将校は顔色を一瞬だけ崩し、すぐ様鉄面皮な表情に戻す。


「そうだ。私は工藤三佐という。よろしく……あ〜」


「ファーレ辺境伯ロイド。ロイド・アレクシス・フォン・ファーレだ。この地を治めている」


「貴族か」


「左様。だがな工藤三佐、俺は貴族でついでに大将の位階を持っている。言葉には注意したまえ」


「申し訳ありませんでした閣下」


「よろしい。さてこの状況をどう整理したものか」


「閣下、我々は特務連隊で人員が322名所属しています。どうか閣下にはよろしくお願いしたい」


 あ〜? 322人だと、ん、あれ?


「何故連隊がそんな半端な数字なんだ。はぐれたのか?」


 工藤連隊長は微かに赤面した。


「…閣下、はぐれたのではありません。現有総数です。我々は特殊戦闘実験部隊で政治絡みで定数を満たせることは無かったのです」


「……なるほど承知した。で、残りの連中は?」


「ここから離れた場所にて待機しています」


「呼べは何分でこちらに来れる? いやまて、トラックもあるんだな?」


「はい」


「なら正門が適切だ。そちらに誘導して…後ろに見えている領主の丘を上がってくれ。俺の屋敷の横に体育館みたいな建物がある。その前に集合する様に」


「閣下、私はこの地の状況を全く知りません。閣下なら説明出来るのでは?」


「ああそうだよ。帝国全土で君たちにこの世界の事を説明出来るのは俺だけだ」


「ではせつ」「待った」俺は遮った。「説明を二度も三度もしたくない。全員が揃えば話すよ」


「……了解です」


 踵を返した工藤連隊長は隊員らに今の話を伝えだした。


 俺も振り向く。


「この場の責任者は誰かね」


 駐屯代表らしき青年将校が前に出た。


「クラス・ローゼン特尉であります閣下」


「よろしい、ローゼン特尉。君はこの連中に付いていって正門を経由してこの連中の部隊を誘導して丘の上まで付き添ってやって欲しい。この連中は三百名からの大所帯だ。……我らが、今の駐屯兵の総数で負けているのは悟られないように。それと派遣師団には非常呼集をかけろ。配置は丘の中腹に展開するように」


「はっ!」


「それとな、連中はそれなりに武装していて交戦比は一対五。連中の方が上だ。

 今は大人しいし、友好的だ。しかし、この後の展開次第では敵性勢力となる。となれは苦戦は必至。それを忘れない様に」


「は、はい了解しました!」


 俺はもう一度自衛官らに向き直った。


「誰か尉官でひとり残していけ、考える時間を与える為話をしてやる。ああ、工藤連隊長でも構わない」


「連隊長、自分が残ります。一尉ですし情報分析に長けているのは自分ですから」


 先ほどひとり立っていた男…一尉が志願した。

 連隊長は考え込む。


「いや、やはり私が適任だ。あの領主は考える為の時間をくれた。なら私が聴いておきたい」


「なら、二人で行くのは?」


「聞いてみる」


「聞こえているぞ。面倒だがふたりで来い。それから道案内に連絡リエゾン将校オフィサーを出す。自衛隊なら准尉だ」


「ご厚意に感謝する私と村部一尉が同乗させて頂く」


「……乗りたまえ」


 兵士らに振り向く。


「異国の将校らに敬礼!」


 駐屯兵らは敬礼をした。俺は頷く。


「以上だ。持ち場へ帰りたまえ。苦労であった」


 感謝を述べて馬車に乗り込む。


「ヒューレイル、イル・レイ、ヒューは同乗しろ。イル・レイは適当に帰ってこい」


 ヒューが乗り込み、自衛官二人も乗り込んだ。


「屋敷へ」


 馬車は発車した。



「さて、何から話そうか……。そうだな、俺は帝国の一員で貴族だ。ここはファーレ辺境伯領と言ってティガ・ムゥ大陸の北部、その辺境に位置する。この地より北に蛮族らの支配区域があり、時おり交戦する。

 ここまでは良いな?」


「帝国の名は何でしょうか」


「君は村部一尉と言ったな。それでだが、帝国は帝国だ。第二王朝の際に大陸を平定し、それまでの名を捨て『帝国』とだけ名乗るに至る。

 現在帝国にまつろわぬ蛮族が三つあり、俺は方面軍のひとつを任されている」


「現在は第二王朝ですか?」


「四方が平らになった際、第三王朝となった。であるから現在は第三王朝である。年数は七百二十三年だ。ちなみに有史は七千年を越している」


「辺境伯閣下、失礼ですが閣下は日本人、日系人なんですか。…その、日本語が流暢なんで」


「村部一尉、俺はここで産まれたれっきとした帝国人だ。日本語が話せるのは帝都にて日本語を暇つぶしに覚えただけさ」


「…失礼しました。それでですね、我々のような転移、でしたか、転移してきた者は居るのですか?」


「有史以来なら十万の単位でいる。直近は君らだ」


「日本人だけで?」


「日本人、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人…色々いるし、また、いた。現在日本人なら東部で自治体を組織しているぞ」


 自衛官ふたりは顔を見合わせた。


「希望が出た様だが、あまり芳しくない事を伝えておく」


「というと?」


「君らには武装解除してもらう。武器、弾薬、車両をだ。まぁナイフくらいは所持しても構わないが」


「! それは!」


「帝国の法だ。市民は許可を受けた場合のみ戦闘を目的とした刃物を有せるくらいだ」


「我々は自衛隊で」


「関係ない。帝国の民になれば帝国の法に従ってもらう」


 デリケートな問題だ。ここでしくじる訳にはいかない。


「……市民はと言ったな…失礼、言いましたね」


「市民登録しない者もいる。その場合、帝国の保護を一切受けれない」


「我々が山賊や野盗の類になっても構わない可能性があるな」


「可能性としてはね。ではそれを踏まえた場合、補給はどうするのかね?」


「……ここへ来る途中、農夫らが私達を見たが格別驚いた風には見えなかった。つまり馬車に頼らない交通機関があると言う事だ。ならば燃料のアテがある…あります」


「ああ、その事か。…確かに車はあるがあれは魔力を注入して動く魔導車両だ。非常に高価だし魔力を有する人間の関係上、この辺境伯領には三台しかない」


「閣下はお持ちでないのですか?」


「その一台を有してるが魔力回路か何処かに問題があり倉庫に眠っているよ。俺は格別必要としていないから修理の必要を認めない」


「ガソリンくらいは有るでしょう?」


 村部一尉が顔を強張らせて尋ねてきた。


「残念だがガソリンはない。灯油、軽油、重油、みな『無い』のだよ。より正確には石油自体存在はしない」


 ふたりは揃って目を剥いた。


「石油が…無い。そんな探せば……」


「先にも言った通り有史以来七千年。石油を探さない訳にはいかない連中が何人も居た。

 ついでに言っておくと大陸には火山が無い。火山帯すら無い。精々石炭くらいだ。だが石炭も埋蔵量に問題があり蒸気機関車が走らせるのが精一杯なのだ」


「では我々の車両や装備は……」


「燃料が切れたら終了。黒色火薬の類は無理。化学合成による火薬は軍事機密だ。

 そこで我々は魔力に頼った銃を造るに至った。まあ製造コストや魔力云々で魔導銃を使えるのは多くない」


 ふたりの頬は引き攣っていた。そりゃそうだ。


「最後に。残念ながらこちらの世界に来て元の世界に戻った者は居ない。

 そこを踏まえて貴官らはどうしたい? いや、今は急いで結論を出さなくとも良い。

 俺の元、帝国の庇護を受けるか。野盗になって刹那の時を生きるかが分岐点だ。

 庇護を受けた場合、一年は生活させてやる。こちらの言語を学び生活の糧を得る為のモラトリアム期間を設けてやる。

 あるいはすぐさま帝都へ向かう選択肢もある。この場合辺境伯領を抜ける分の支度金を与えるが、領外に出たらそれまでだ」


 どうよ大盤振る舞いだ。


「先ずは貴官らに選択肢を突きつけた。部隊が揃うまでに何らかの結論を出す様に。俺からも一通り説明するが貴官らの部下からの突き上げは貴官らに譲る」 


 ふたりは顔を見合わせた。悲壮さすら感じさせる。


 馬車は丘を登りだした。あと10分ちょい。さて……。



 屋敷の前に馬車は停車する。二人の相談事を中断させて屋敷からちょっと離れた別館へと案内した。


「当面寝起きする場所だ。士官は別館ないに個室、ふたり部屋、四人部屋がある。適当に割り振るように。残りの者は避難所生活だ」


「女性隊員は四人部屋で構わないでしょうか?」


「……好きにすれば良い。さて一旦俺は部屋に戻る。あとは上手く采配しろ。夕食時にまた来る」


 精々相談していろ。どのみち帰る手立ては無いのだ。それに選択肢も多くはないぞ?


 屋敷の前に家令のジルベスターと婦長のフレイが並んでいた。

 適当に概略だけ告げ、部屋に戻った。なんか疲れた……。

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