間章 Réveil du monstre《怪物の目覚め》
…………『それら』がいつ目覚めたのかは誰にも分からない。暗い音のない闇のなかで『それら』が何故目覚めたのかは…………。
しかし、『それら』は目覚めた。
『それら』は元の世界では害獣だった。
その世界の文明を滅ぼしまわる恐ろしい怪物で、すべての生命体が『それら』を始末するために団結する程だったのだ。
団結した勢力は大反攻に移り勝利を掴んで勝鬨を上げた。
そして『それら』は時空に消える…………。いや正確には『ナニモノ』かにより、異なる世界へと転移させられたのだ。
僅かな時間を経て『それら』はイクサリアに現れた。
最悪の現象が訪れたのだった。
当初『それら』は貧弱な生命体としてティガ・ムゥ大陸の北部のいち地方、その地下に現れた。
本来なら目覚めた瞬間から破壊衝動の赴くままに活動を開始するのだが、猛毒にも等しい大気成分を前に停滞する事になる。
先ずは環境に身体を適応させるべく闇のなかで、ゆっくりと身体を馴染ませるのだった。
…………この世界に現れて百年が経過した。
身体を馴染ませた『それら』は再び活動を興す。
最初の20体は活動を発展させるには心許なかったために繁殖行動を開始する。
『それら』は数ある生命体から哺乳類に目をつけた。
哺乳類の体温が繁殖に丁度良かったのだ。さらに哺乳類は繁殖に貢献出来る優良な生命体であった。
繁殖に成功した『それら』の幼生体の餌に抜群の対応していたからである。
……『それら』は彼らなりの歓喜の声をあげた。
猫やネズミ以上、牛以下のサイズの哺乳類ならば繁殖に都合が良く、かつ餌としても手頃だったのだ。
『それら』は自己の卵管を対象生物に突き刺し、卵を植え付ける。
最初は単に対象の肉体に刺すだけだったが、内臓に差して定着させる方法が有効である事を学んだ。
哺乳類は『それら』の分娩室兼、育成室となった。老いも若きも、雄も雌も、人間も家畜も関係なく『それら』の育成施設と成り果てたのだった。
当初『それら』北部の地下……厚い泥の中で目覚めた。しかしその場所には繁殖に使える生命体が少なかった。
そこで諦めるなら可愛いモノだが、諦める等という思考方法を『それら』は持っていない。従って、じわじわと勢力圏を伸ばして行く事を選択したのだった。
さらに時間は進む。
やはり百年ほどの時間をかけて『それら』はそれなりの数を増やすに成功した。
単に個体数を増やした訳ではない。
卵を植え付けた哺乳類のサイズに合わせた個体や、役割分担に適応した『労働型』『狩猟型』『生育型』『母体型』へと分岐して行く。
卵から幼生体へ、幼生体は準成体に移り分化する。その後は分岐先のアルゴリズムにより成体へと進化するのだ。
こうして分業体制が整い、行動が活発になる。
巣から這い出た『それら』はそれ迄の小さな活動から大胆に支配地域を拡大させていくのだった。
最初の巣は取り立てて特徴のない泥の中にあったが、個体数が増えるに合わせ規模を拡大し、更なる巣を増やして行き支配する土地を広げていった。
しかしながら『それら』は順調に増えていった訳ではない。
卵の定着率は四割弱であった。苗にする種が違う為もあり適応性に難があったからである。
また幼生体は身が柔らかく土竜や猪らによって餌食となっていた。
それらを乗り切り分岐した後は、身体がかなり強化されるので外敵から身を守りやすくなる。こうして成長していく。
巣の内部分布は三割が『労働型』で、同じく三割の『狩猟型』。二割の『育成型』と二割の『母体型』で構成されている。
『母体型』の中から『女王』が生まれる。
女王は母体型の最終アルゴリズムを終了した個体で支配感覚倉を有し、遺伝情報に刻まれた破壊衝動行動機能帯に従い種の繁栄に尽力してゆくのだ。
この異種破壊生命体には特殊な活動器官を有している。それは超高次元熱量転換結晶という転換炉だ。この結晶は『オリハルコン』と同じ特性を有しており、宇宙の時空世界に流れる超高次元熱量、その対になる反物質から生み出される熱量を生命体維持に使う器官である。
この為、彼らは幼生期を除き食物による栄養摂取の必要がないのである。幼生体に必要であったのは熱量転換結晶が未成熟であり熱量の転換に手短なモノが哺乳類であったからである。
そして成体になった『それら』は世界の破壊を成すべくさらなる活動に勤しむのだった。
地下の巣から、地上へ。
広がりゆく支配地域の手頃な動物は死滅していく。
野生動物だけでなく、ヒトをも視界に入れた『それら』は躊躇う必要もなく襲撃する。
種が集団として集まり安いヒトに目をつけた『それら』はその感覚器官を『振動と熱量』に切り替えて、より大きな場所へ索敵範囲を拡げた。
村を襲い、さらなる村を襲い、村から町へ、町からより大きな町へと拡大に拡大を重ねていくのだった。
その間に逃れる事に成功した者も少なくない。
難を逃れた人は、周囲へ警鐘を鳴らすべく奔走する。
この危機に最初はさしたる難事だと考えなかった事は責められない。危機は危機であると認識するのに時間はかかるのだから。
猛獣が人里に現れたくらいにしか考えなかった者は、その代償に自分の命や知人の命、村人たちの命で支払う結末になる。
壊滅した村や町が続くなか、それを『脅威』であると認識した者が現れたのは僥倖であった。
その者は自警団を集め、対策に乗りだす。
撃退の一部は成功したが、全体と見れば敗北となる。
だが、これらの敗北を糧とするのが人間なのだ。
脅威をより危険な災厄として人々は行動に移す。
自警団レベルでは対処しきれないのは明白である。ならば、それ以上の戦力で事に当たるべきだとの判断に至るのは必然であった。