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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第1章 ロイド辺境伯、改革を始める
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第三十八話 ロイド、皆に食事を振るまう

 所信表明より3日後、安息日にあたる今日の昼ご飯は俺が料理する日であった。


 本来、貴族家の当主が台所に立つことはない。だが俺は型にはめ込まれるのを嫌う人間だ。それに料理は好きだからな。


 今日の献立は前菜? にフィッシュアンドチップス。肉料理にローストビーフ(付け合わせにマフィン)。主菜はケジャリー。デザートにシュークリームだ。


 フィッシュアンドチップスとケジャリーには本来は鱈を使うのだが、ファーレ領は内陸で海産物がほとんど存在しない。そのため、ぷりぷりの川魚を代用する。また、ケジャリーには米もよく使われるが米自体が存在しないので麦を使う(本来ケジャリーは麦でも構わない)。


 台所にて、集められた具材を前にして料理長に向き直る。


「料理長、シュークリームは昔おしえたから省く。今日は前もって知らせた通り、牛肉の表面焼きと魚と芋の付け合わせ、それにケジャリーという麦の炊き込みだ」


「はい、御当主殿」


「君の職分を侵すのは心苦しいが、後学の為にも覚えておいて欲しい」


 料理長ともなればプライドも高く、その職分に踏み込むのは躊躇したが、たまには俺だって料理はしたいんだよ。


 まずはローストビーフからだ。あらかじめ用意させていた腿肉のブロックを三等分にして、そのひとつを串に挿した。

 暖められているオーブンにブロックを置き焼き始める。


 こうして俺のクッキングタイムが始まった。

 

 料理は勝負だぜ、カカカカカーッ!(誰とも勝負なんかしてないが)


 ローストビーフを先にしたのは冷めても大丈夫だがらだ。肉を刺した串をゆっくり回す。ローストビーフを作るのは前世で2度ばかりある。しかしそれから20年のブランクもあるしグリルが違う。勝手が違うから神経を使う。

 ぐるりぐるりと内部を想像し焼き加減を調整する。


 オーブンから焼けた肉を取り出す。少しカットして中の生焼け具合を確かめる。

 一応食用牛だから寄生虫の類はないと思う。ただ、21世紀の日本とは違うから食用牛も同等ではないのがちょいと心配ではあるが。まぁ、気にしないでおこう。

 

 主賓は女性陣だからカットは薄めに薄めに。

 次はマフィンだ。これは簡単に済ませる。大した手間ではない。ただ確か薄いマフィンだったはずだ。このあたりは記憶が定かでない。


 さてさてお次はケジャリーだ。これは魚とゆで卵を麦と一緒にバターで炊き込むだけだ。鱈でないのとカレー粉無いのが不満だが海産物の鮮魚は無いし、カレー粉もないので仕方ない。代わりに香辛料を使う。

 一応言っておくと、帝都や南部にはカレー粉はあるのだが、カレーライスが出来ないので人気がないのだ。そのせいで北部にはまったく流通していない。

 手早くゆで卵を茹でながらぷりぷりの川魚を調理する。

 やはり鱈とは勝手が違う。

 内心の不満を隠しつつリゾット風味のケジャリーを仕上げる。

 それはしばらくグリルにて温めるに任せる。


 次はフィッシュアンドチップスだ。芋を棒状にカットして、先の川魚を薄く切り取り、衣をつける。

 温めておいた油なべに投入。

 数寸眺めて、とりあげ軽く塩を振る。これは楽で良い。あとフィッシュアンドチップスには塩や酢で食べてもらえるよう、塩と酢の瓶を付ける。


「さあ、これらを食堂へ運んでくれ。皆さんお待ちかねだからね。出す番は魚と芋の揚げ物だ。次に肉料理、主菜の炊き込みなのを留意してくれ」


 給仕らが出来上がった品を運んでいった。


 これで終わりではない。デザートが待っている。

 シュークリームを作るのは帝都の図書館の1件以来だ。あの日よりずいぶん時間がたったな……。


 手早く調理台を片付ける。

 シュークリームは何度も作った実績があるから手際よく調理できた。個人的にはカスタードクリームの二層にしたいが、あいにくとカスタードクリームの作り方を忘れてしまった。なので普通にクリームのシュークリームだ。


 テキパキとシュークリームを作り終えて、料理長に向き直る。


「これで一通りの調理は終わりだ。料理長、見ていたな?」


「はい。これくらいでしたら私でも出来ます。今日は勉強になりました」


「さて、主賓らに挨拶したら今度は君らの分に取り掛かるぞ」


「御当主殿……なにも我らの分までなさらずとも」


「狼狽するな。これは俺の普段の感謝の意を示すだけだ。ちょっと挨拶に行ってくるから、帰って来るまでに再調理の準備を頼む。なんせ量が違う。今度は君に教わりながらだ」


「は、はい。行ってらっしゃいませ」


「うん、頼んだ」


 そう言い残し、調理室から食堂へ向かう。



「やあ、オリガ、マーシュラ、スティラ、イライジャ。味の方はどうだろう?」


「旦那様、とても美味しゅうございます」


「こんにちは旦那様。まさか旦那様が料理をなさるとは思っておりませんでした」


「お前様は芸達者だなぁ。いや、美味しいよ。特にけじゃりー、か、これは美味い」


「兄さん、私、このふぃっしゅ何とかが好き!」


 主賓ら女性陣からお褒めの言葉を賜わった。よしよし。


「イライジャ、フィッシュアンドチップスだ。揚げた魚は酢で食べるのも良いんだがね。……芋はやはり塩か」


 見ればイライジャのフィッシュアンドチップスには塩をやたらと振り掛けていた。まぁ、酢は癖が強いからな。


「たまには料理も良いモンだよ。そう言えば誰も料理なんかしないか。スティラは不精者だしなぁ」


「失礼な…と言いたいが、まぁ料理は苦手だな」


 食卓に笑いが広がった。


「色々足りない具材があって思い通りに作れなかったので心苦しいのが残念だったな。

 ま、それはともあれ、イライジャを一流の領主夫人に仕立て上げたのとイライジャの頑張りに、俺なりの謝辞だ。ありがとう皆。

 ではこれから使用人らに振る舞う分の調理があるから失礼する」


 俺は食堂を後にして再び調理室に向かった。


 調理室は喧騒に包まれていた。


「こうも盛況だったか、料理長?」


「あ、これは御当主殿。いやはや御当主自ら陣頭に立っては立つ瀬がないので発奮しているのですよ」


「そうか、なら手早く済ませて行こう。

 すまんがローストビーフの肉は分量がわからないのでそちらに任す」


 グリル係に命じる。


「君たちは具材の分量を割り振り下準備を。それと君、そう君だ。君はマフィンの担当だ。俺が見本を作るから一緒にやろう。

 料理長、今からは全体の指揮を頼む。時間配分は任せたぞ」


 それからは陽気な喧騒の中で調理が進んだ。



「お疲れ様でした御当主殿。今日はたいへん勉強になりました。ありがとうございます」


「先にも言ったが、君の職分を侵した事を謝罪する。まぁなんだ、たまにはと言う事で許してくれ」


「なんの、謝罪は不必要ですよ御当主殿。久々に若殿の頃のお顔を見れて楽しかったです」


「若殿、か……懐かしいな。ところで味の方はどうだ?」


「上々ですよ御当主殿。難を言えば香辛料にもう少し工夫が必要かと」


「済まないな。あれは本来カレー粉が必要だったんだ。こっちには無かったから代用したが、ふむ、改良の余地アリ、か」


 心の中にクリップで反省点を書き加えた。まあ、次は何時になることやら……。


 こうして久方ぶりの料理タイムは終えたのだった。

今月7話だか8話だか信じられないスピードでかけました。次からは第2章に入ります。


料理の参考はウィキペディアやクックパッドを参考に致しました。


またローストビーフとマフィンはイギリスの日曜のランチに出される代表的な料理です。

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