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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第1章 ロイド辺境伯、改革を始める
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第三十七話 ロイド、初演説に挑む

 さて、いよいよ本番だ。

 本当はもっと前に行うはずだったのが、遅れたのは政庁の人事改変と残務精査、改革、新予算編成で足並みが揃わなかったからだ。

 だが、新体制に入り背後の憂いはなくなった。そこでようやく俺の演説が決まったわけだ。そして今、アーデルハイド>イライジャと共に壇上に立とうとしている。


「イライ…アーデルハイド、行くぞ」


「はい、旦那様」


 ふと横目でイライジャを見てしまった。なんとはなしにだが、アーデルハイドによく似た彼は紛いものではあるが同時に本物でもあった。意味がわからん。


 壇上へ向かう扉が開く。リハーサルなしのぶっつけ本番のツケがきた。

 イライジャと足並みが合わなかったのだ。

 無理もなかった。俺と体格差もあったし、イライジャの靴は上げ底の歩きにくいやつだったからだ。かのじょは、しゃなりしゃなりと独特の歩き方をしている。それがまた歩みが遅い。仕方ない、ゆっくり歩くか。


 次なる関門は壇上への階段だ。

 いや、俺は大丈夫だ。やはり問題はイライジャの方だ。貴族の女性らしく頭や肩が動かない静かな歩法が求められる。果たし行けるのか?


 いや、杞憂だった。目の端で見てたがイライジャは頭や肩を動かさずに壇上の階段を登ってこれた。

 俺は内心で感嘆した。頭や肩を動かさずに歩くのは非常に疲れるのだ。集中力と足腰の強度が求められる。それをイライジャはやってのけたのだ。凄まじい精神力だと言わざるおえない。

 何はともあれ俺達は壇上へ上がった。

 

 マイクを調整する。このマイクとスピーカーは魔導製の特別なやつだ。相応に値段が張る。


「集まってくれた諸君に感謝を。私はファーレ辺境伯ロイドである」

 

 さあ開始だ。


「今まで! 官僚の不正は当たり前であった! だが、私はそれらを一掃した。特に上級職員と役員は帝国外にや領外に追放した! 今頃彼らは野獣の餌食になっているか物乞いとなっている!」


 ここで聴衆から喝采が起こった。ちなみに聴衆している者らの中にはサクラが混じっている。彼らは喝采や拍手を先導するのだ。

 汚いか? ああそうだよ。だがね、これが戦術というモンだ。宣伝のセオリーだ。


「今、政庁には新しい清廉な官僚が過去の因習を廃止し、この辺境伯領を豊かにすべく奔走している!

 そしてこの私も日夜なにが良いのか模索している。

 今から発表するのは消費税四割削減と所得税二割削減、取水税撤廃である!」


 再び歓声が上がった。今度のは先よりも声が大きかった。

 

 それから俺は軽工業、重工業、農業、林業の活性化を表明する。説明はゆっくりと染み入る様に語りかける。

 そして転調して教育に言及する

 俺の演説は段々とボルテージを上げていく。腕を広げ、拳を作り震わせ、壇上の机を叩き、聴衆に発展の意義を語りかける。デスチャーを大げさにする事で感情の昂ぶりを示すのだ。

 こうする事には意味がある。

 宣伝は理性より感情に語りかけるのだ。こうすれば意思は感情の昂ぶりに揺れ、正常な判断を曇らせるのだ。これはドイツ第三帝国の支配者アドルフ・ヒトラーの演説方法だ。宣伝相のゲッペルスらの組み立てたこの理論は成功した実績がある。俺はそれを真似た訳だ。

 演説は十五分ほどで切り上げた。長けりゃいいってモンではないからな。


 俺は大きく手を広げる。


「諸君! たとえ打撃の夜であっても、涙の朝であっても我々は生きて行かねばならない。ならば邁進するしかあるまい! 違いかね? 違うならば今! この場を去りたまえ!」


 聴衆はいま、熱狂の最中にある。脱落者は出なかった。


 最後の仕上げだ。俺は皆も知っている応援歌を高らかに歌いだした。サクラの者らも続く。やがてひとりふたりと歌いだした。

 そして皆は熱狂の昂ぶりのままに応援歌を歌い出す。


 これだ。この熱狂だ。これで俺は改革者として皆の記憶に残る。


 応援歌を終えたら次はイライジャの出番だ。あらかじめ挨拶文を暗記させていたが、果たして?


 俺は後ろに下がり、代わりにイライジャが前にでる


「…皆さん、こうして挨拶するのは初めてですね、アーデルハイドと申します。

 いま、我が君が言上した通り、悪しき因習はさりました。これからは新しい時代となります。私達は暗き道を通り過ぎ、新しい明るい朝を迎えました。

 皆さんが今の昂ぶりを抑えきれないとおり、私も鼓動が高鳴っています……」


 イライジャの頭の良さは知っていたが、ここまで高い記憶力や演技をするとは望外だった。

 演説の原稿を澱み無く口に出す義弟ぎまいに舌を巻く。大した役者だよ。演説は五分弱で終えようとしていた。


「……以上で私からの挨拶を終えます。ご静聴ありがとうございました。

 それでは我が君、我らの主君、ファーレ辺境伯閣下に奉賀を斉唱しましょう。奉賀!」


 広場に集まった民衆は一斉に奉賀を叫び始めた。


 初演説会は成功だ。これで俺の仕事はやりやすくなる。

 俺は聴衆らに手を上げ感謝の意を示した。


 見ていろ、俺の改革を。見ていろ、俺の創る時代を。



「イライジャ…あ〜アーデルハイド、苦労だった」


「はい、旦那様、少し」


 イライジャは見るからに疲れていた。


「ではさっさと退散するか」


 関係者らに感謝を伝え会場を後にしようとしたらイル・メイがやって来た。彼女には会場の警備を命じてある。


「何用かポンコツ」


「御主人を狙おうとしていた男らを捕えた。どうする?」


 少し考える。


「背後を洗いざらい吐かせろ」


「承知した」


「…まて、何人いた?」


「明確に狙っていたのはふたり。怪しいのもふたり」


「……前者は目的を把握したら排除せよ。後者は聞くだけ聞いて開放で構わない」


「わかった」


 森の住人は陰に溶け込むように姿を消した。


「まったく物騒な話だ」


「でもご無事で何よりです」


「そうだな、さて帰るぞ」


「はい」


 俺達は馬車に乗り込み屋敷へ向かう。



 屋敷に戻る頃にはイライジャは疲労困憊しきっていたが、かのじょは気丈さを失わかった。

 だが、屋敷につくなり気をうしなってしまった。


「ありがとう、君がいてくれて」


 気を失った義弟ぎまいの横髪をなでながら慰労の言葉を失った。


(このは育て甲斐がある……)

 

 不意に朝感じた奇妙な違和感の正体に気づいた。

 イライジャの眼だ。あれは、アーデルハイドでもイライジャでもない、もっと別のナニかだ。……、そうだ、妖艶さだ。妖艶さがイライジャをアーデルハイドを超えた存在に仕立て上げたのだ。

 それが吉と出るか凶とでるか? まぁ良い、イライジャは良い仕事をしてくれた。それでいい。


 

 衣服を改めて居間のソファーにずっしりと座り込む。イライジャ程でもないが俺も少々疲れた。

 ユージーンが茶を用意しているとドラクルがやって来た。彼女も広場にいて俺の演説を聞いていたはずだ。


「見事な演説だったなお前様、民衆はみな熱狂していたよ。

 それよりもお前様の身振りは何だったのだ? 少し大仰だと思うのだが」


「……異世界の話だ。そこに滅んだ国があった。その滅びる前に指導者の使っていた手管だよ」


「お前様は異世界の事に詳しいな」


「ガキの時分なら異世界の事には興味あるだろ? 俺もそうさ。なんせ本物の異世界人らが居る世界だ。夢物語ではない」


「…そうだな。確かに異世界人は居る」


「まぁ異世界人の話は置いておいて、ああした身振り手振りは聴衆に訴えかけるには最大の効果がある」


 あまり異世界人の話を続けるとスティラのトラウマを刺激するからな。だから話を手早く続ける事にした。


「語りかけるには理性より感情に訴えかける。また身振り手振りが大仰なのは話を突っ立てて棒読みするよりかは効果的なんだ。俺はそう学んで実践しただけさ」


「なるほどね合点がいったよ」


「世の中では扇動者がよく使ってた手だ。…つまり俺は扇動者なのだ」


「だが悪くはないだろう、お前様の所信表明はいづれも前に聞いた通りの事で、その為に邁進してきたじゃないか」


「まぁ、ね。俺は嘘は言っていない。

 ところで、イライジャをあそこ迄よく教育してくれた。ありがとう」


「私にだけでなくオリガ夫人にも、な。しかし何よりもイェラの積極性を評価してやってくれ」


「わかっている。君の言うとおりイライジャには幾ら感謝してもしきれない。

 それはともかく、イライジャの体力…いや、精神力の持久力には問題あるな」


「それは仕方ない、彼女はまだ十才だ。体力も相応しかない。むしろ精神力の発露を評価すべきだ」


「そうだな、今は前向きに考えた方がましだ」


「ところで、お前様にはおねだりがあるんだが」


 ドラクルは急に猫なで声を出した。なんだ?


「何かね?」


「診療所が足りない。最低でも三件。それをどうにかして欲しいんだ」


 俺は考え込む。


「……見積もりは?」


「一件あたり五十eエーラ。それが目安だ」


「ずいぶんと大きく出たな」


「医療品がかさむのだ。仕方ない。それに献護師を養成せねばならない」


「……了承した。満額は難しいが、とにかく掛け合ってみせる。これが確約できる範囲だ」


「うん、ありがとう我が君」


 スティラを身を乗り出し、俺にキスして席を立った。


「ではまた、夜にな」


 俺は頷くに留めた。



 スティラが出て行くのを見届けて部屋に控えるユージーンを呼んだ。



「なんでございましょう坊っちゃま」


「料理長に言付けを頼む」


「はい」


「次の安息日の昼は俺が料理したい、と。それと…」


 メモ帳から一枚抜き出した。


「当日使う予定の献立表と材料の目録だ」


 ユージーンは受け取り、一礼した。


「はい。料理長さんに渡して来ます」


「うん、頼む」

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