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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第1章 ロイド辺境伯、改革を始める
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第三十五話 ロイド、子供達に未来を語る・後編

 イライジャが来るまでザビーネから『教育』とやらを聞いていた。

 男性にどの様に接するのが良いのかや性行為のあれこれを教えてもらった。知識としてはゴミだが知識(雑学)の一環としては有意義だった。



「…兄さん、お呼びと聞いて来ました」


「突然呼び出して悪かったね。まあ空いている席に座りなさい」


 イライジャはひとつ頷き、俺の横の席についた。


「紹介しよう。このはイライジャと言う。

 ……ああ、正確ではないな。本来はイェラという名の男の子だ。ゆえあり見ての通り女の子の格好をしている。立場は俺の義弟…義妹だ。

 俺がせっかく新しい名と服を用意したが、この児は拒否している。まぁそのせいで俺も意地になって俺がつけた名前を言っている。

 イライジャ、こちらは今日から俺に付けられた……あ〜、その、奉仕。奉仕してくれる者達だ。右からザビーネ、エリー、フリッツ、クレイグ」


「よろしくイェラです」


 挨拶を交わすのだがイライジャの眼は冷めている。どうやら機嫌が悪いようだ。たぶん自分以外に幼い…何というか、その性行為の相手を増やしたのだと思われたのだと思う。


「……イライジャ、拗ねるな。確かにこの子供達は俺に奉仕する為に付けられた。

 だかな、俺は君に手を付けていない様に、この子供らをどうこうしたい訳ではない」


「…ほんとう?」


「君を呼んだのは俺の構想を聞かせるためだ」


 立ち上がり、まだ居残っている記者らを呼びつける。


「ファーレ領主ロイドが今から一席ぶつから聞いてほしい。

 諸君、帝国全土の教育機関が何故発展しないか理由はわかるかね? 君、そうファーレス新聞社の君だ。何故だかを説明できるかね?」


「……いえ、申し訳ありません。その話が大きすぎて見当がつきません」


「そうか、すまんな。

 では端的に言おう、…教育機関は金にならないからだ。

 例えば八百屋だ。八百屋の主人は農家や商会から野菜を買い、それを売って生計を立てる。

 それは他の業種にでも当てはまる。

 だが、教育機関、とりわけ初等教育は私塾に限られている。…ああ、貴族や上流階級とかは別にしてだ。いわゆる一般的な家庭での話だな。まあそれを前提に話を進める。

 私塾は格安の賃金で子供らに文字を、算数を教える。格安の、と言ったが、実際には赤字経営が多い。それでも基礎教育は大事だから彼らは手弁当でものを教えるのだ。

 そして、私塾に留まらず初等学校を経営する者もまれに存在する。

 しかし、たいていの初等学校は赤字に耐えきれず経営破綻におちいる。

 では、どこに赤字が生まれるのか? 簡単だ。教材に教師への賃金、消耗品、敷地の税金。これらが赤字を生み、増大させる仕組みだ。

 一部では各家庭からいくばくかの授業料をとるが焼け石に水である。さらに昼ご飯…給食の問題もある。経営者らはこの運営資金の調達に苦労する。

 そこで自治体や政府に嘆願書を提出する。だが、教育機関に支出はあっても歳入は無い。自治体にしても政府にしても頭では有用性を理解しても歳入がないという現実に直面し、頭では理解していても財政は疲弊する。

 結果、初等教育機関は衰退してしまうのだ。

 高等教育機関を除き、初等教育の現状か今の現状である

 しかし、だ、教師が足りない。基幹となる教員は揃ったが初等教育の分だけだ。大都全体を任せるにはちと辛い。ま、追加の教員は帝都や他の領から募集中だ。この問題は必ずや解決する」


 一旦区切り、卓上の甘茶をひとくち飲む。


「さて、俺は大都の一区に敷地を買収し校舎を建てる。そこを基幹に初等教育機関を設立する。運営資金はすべて政庁に専門の機関を設け永続的な教育機構を運営することを決めた。

 今現在、教育機構の構築に移っている最中だ。まぁ、実際に初等学校を運営するのは年末か来年度だがね。大都以外の各州への敷設は三年後より順次始める予定である。

 この運営の最高責任者は俺だ。なのでこれは正式な発表である」


 記者らがどよめく。彼らにしてみたら思わぬスクープだ。彼らは必死で速記している。


 一段落つくと質問が出てきた。質問者は先のファーレス新聞社の男だった。


「辺境伯様、教育にかける熱意、感動しました。

 ですが実際に資金の、あ〜予算のあてはあるのですか? また、運営を永続的にとおっしゃいましたが予算は続くのでしょうか?」


「精霊の御名にかけて、ファーレ政府機関が続く限り初等学校の永続を誓おう」


 再び場がどよめいた。聴衆は記者だけでなく宴に残った客らもいる。


 それから数件質問が続いた。

 それらを澱み無く答え、あるいははぐらかし質問を終わらせた。


「閣下、写真を撮りたいのですが! 是非に!」


 写真ねぇ、まぁ仕方ないか。


「わかった、ここにつったとけば良いのかね?」


「壇上がよろしいかと、あと、そこの子供達も一緒に」


 ああそう、まあアピールには適切だな。しかしイライジャは婚姻の場でアーデルハイドの影武者を務めたから迂闊にメディアには出したくないのだがあ……。


 仕方ないか。


 承知して壇上に上がる。

 五人の子供らを前にしてニッコリ営業スマイル。はいチーズ。

 バシャバシャとフラッシュが眩しい。パシャパシャカシャカシャならそんなに眩しい事は無いのだろうが、この時代の技術では二十一世紀のカメラには程遠い。従ってフラッシュもキツい古風なやつなのだ。

 こいつは体験しなきゃ分からんだろうが、すっげー眩しいのな。現代日本ならコンサート会場や野球場の照明、モデルさんの撮影だと近しい、はずだ。俺はアイドルでも選手でもなかったから知らん。


 ふと視線を感じた。誰だと思ったらユシュミ子爵だった。俺を睨んでいる。若干殺意すら感じる。ま、敗者の視線なんぞ涼しいものさ。

 いやしかし、マジ笑える。偽善者の俺を見上げなければならない敗北者の怒りの視線。実に楽しい。愉悦とはこの事だ。


 眩しい撮影を終えるといよいようたげも終わりだ。

 皆、口々に俺に別れの挨拶をして出ていく。

 あ、子爵は一瞥いちべつもせず出ていったよ。良い夢でも見てくれ。嫌な事ばかりの世の中だけど、夢の世界くらいは良い事があっても良いだろうさ。


 宴の間は俺と五人の子供達、片付けに入る使用人らとなった。使用人らには男女の区別もないし役職も関係ない。特に執事と婦長は銀食器の点検もある。

 銀食器はただの客には用意されない。賓客と俺、そして俺の身内専用である。

 銀食器を持ち帰る不届き者がいない訳なので油断出来ない。これを完全には防止出来ない。出来るのは銀食器を使う連中用の給仕や客間女中の監視と不届き者が出ないように祈る事だけだ。

 今回要注意だったのはユシュミ子爵一同だった。だが意外にも不届き者は居ないようだ。婦長が俺を見て笑顔を浮かべたからだ。良かった。

 特に婦長は銀食器の管理責任者なので、この作業はピリピリせざるを得ない。俺なら責任転嫁に勤しむ事請け合いだ。


 さて、この子供達には何故教育が必要かをもう少し説明せねばならない。先のテーブルはまだそのままなので、そちらに移動する。


 子供達を席に座らせる。

 それを見て俺は口を開く。


「なぁ、何故俺が教育機関の設立に熱心なのか分かるかね? ザビーネ、エリー、フリッツ、クライグにイライジャ、どう思う?」


「それはロイド様の仕事だからでは?」とフリッツ。


「確かに仕事の範疇だな。俺の掲げる公約の一部ではある。だがそれは立て看板の文言もんげんでしかない。ザビーネ、君はどう感じた?」


「はい、教育機関の設立と維持はロイド様の成果、偉業となります。それが良いか悪いかは別にして歴史に名を残す為でしょうか」


「良い意見だ。だが零点だ。俺は歴史に残るために事業を画策しない。いやその必要を感じない」


「申し訳ありませんでしたロイド様」


「いや気にする必要はないよ、別に罰則なんてないからな。それにだ、俺は絶対者ではない。間違いをおかすのはしょっちゅうだからね」


 謝るザビーネに軽く頷き、やんわりとフォローを入れておく。萎縮されると面倒になるからな。


「いいかね、人間の歩む道は一本きりじゃないのだ。

 例えば漁師の息子は必ずしも漁師になる必要はないのだ。漁師の伝手で魚屋さんになっても良いし、なんなら魚料理の店を開いても良いのだよ。

 未来は固定ではない。常に流動し、変化するモノなんだ。そう、何を選んでも誰からも強要されない。

 そこで教育だ。教育を受ける事により知識が増える。知識が増えればいろんな選択肢がある事に気付く。教育をだよ! 教育が大事なんだ。単に頭に入れるが教育ではない。

 未来を選択できるのだ! 単一の未来ではない、選びたい未来があるのだよ」


 おっと、ヒートアップしてしまった。

 俺の言葉は彼らに届いただろうか? ん、ああ、一応は聞いてはいた様だ。話が難しくないように気をつけたが、果たしてどこまで理解してくれたのかな?


「……ちょっと話が難しかったかな? イライジャ、聞いていたか?」


「あ、はい、でもまだ良くわかっていません」


 なんだ無理か……。


「でも勉強したらいろんなお仕事ができるんですよね?」


 お、わかってんじゃん。

 ご褒美にイライジャの横髪を撫でる。


 くすぐっている訳じゃないのにイライジャは顔をニヨニヨさせている。


「そうだよ、それが分かれば良い」


 残りの四人を眺めると、それぞれがそれなりに理解した様だった。


「ま、今は頭の中に入れておくだけで構わない。さ、もう夜も更けた君たちにはしばらく書生として生活してもらう」


「あ、あの! 私達を抱くのはどうなったんですか?!」


 おっと忘れてた。さて……。


「悪いが今は保留だ。君たちを抱くのは俺の心情に合致しない。かと言って放っておくのも駄目だ。だからどこかで折り合いをつける。

 今、約束出来るのはここまでだ。

 部屋を用意させる。少しここで待つように」


 一方的に言い放ち、足早に自室に向かう。逃げるが勝ちだよ。

ロイドの掲げる目標のひとつ、教育機関設立の話でした。

ちなみに日本人の自治区ではなんとか小学校中学校の運営をしていますがボロボロです。ロイドの言うとおり予算の問題です。

そしてロイド自身が内心不安視しているように教師の不足があります。

これの問題を果たしてどう解決するのでしょうか……。


あと、上にあるヒロイン(ネタバレあり)の話のところに今回の4人を追加しています。ネタバレありなんでバレがキライなヒトは行かないように。

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