第三十四話 ロイド、子供達に未来を語る・前編
お待たせしました。
時間がかかって申し訳ありません。
子爵らがそうである通り、俺もまた頭の痛い話に眉をひそめていた。……あ、いや宴席にいる内は俺達の外面はにこやかさを提供している。
子爵にとって頭が痛いのは当初描いていた結納金や、それらに付随する金品や利権だ。俺は結納金以外を蹴った。
俺の悩ます問題は花嫁が全てを拒否している点だ。いや、拒否自体は想定内だ。不細工な俺に並びたくない、それはわかる。
だが公務の際に出席はしない、閨をともにしない、後継者を産まないと宣言されては予想の範囲外だ(いや、感情的には理解している)。
彼女が隠して連れてきた間男は物理的に男性を『カット』して余計な種を排除させてもらった。幼稚な沙汰であり愚かであったが、まあ、八つ当たりであったな。
頭を悩ませていたのは交渉に使うカードをその場の感情で使った点だ。
間男でも使い方次第で有益な立ち回り的可能だ。俺は意味なく潰してしまい、不機嫌な花嫁を修復しづらい、いや修復不可能な立場においてしまったのだ。
かろうじて子爵家より上のポジションにいるが、余りにも想定している以上の状態だ。
今日は後夜祭とも言えるちょっとしたパーティーだ。だが宴は終わりに近づくにつれ招待客の去りゆくある。
いま残って入るのは子爵家一同。そして我が同族八家、ネタを求めている記者と何人かのヒマ人だげ。
連中、表向きはにこやかに談笑を交わしてあるが、実際には各々のグループに別れて互いを意識しあってる。
面倒だが記者連中を先に質問してもらい退場だな。
酒を呑んで思案していると客が来たとの報告が来た。商会グループだとさ。会わない理由もないので中座する旨を子爵に告げた。
青白い表情のユシュミ子爵は憎悪と怒りをミックスした澱んだ瞳でにらんでくる。
ここで睨んでいるから三流貴族なんだよ。俺としては後日、子爵領にて開業する商会の話をしたいだけなんだね。
……まあ怒らせたのは俺なんだがねぇ
同族八家は知らん。まあ予想はつくさ、花嫁絡みではなく、地位の禅譲だ? 俺が屋敷に帰還した後の草刈りて連中の配布金や発言力を低下させたからな。
したがって連中は水面下で結託したのだった。
しかし公金に手を出し、領主一族の名を出し甘い蜜を吸ってきた愚か者連中だ。俺は許すつもりはない。ま、おおっぴらに粛清は出来ないので小細工などで罪を償ってもらう。
先日も給付金を二割減らしてあげたよ。
当然怒鳴り込んできたがから、道理を武器に蹴散らしてやった。
本来なら同族は味方陣営に組み入れるのが最善なんだが、まあ足を引っ張るようなヤツは俺には必要ない。だがまぁ『盾』にはなるので公金横領などの罪を問わないだけだ。
来たのは大都の土木系有力商会四社の代表や番頭らであった。
お付き合いしたい連中ではないが、『いま』来た理由が知りたいので腰を上げたのだ。あと関係無さそうな少年少女が四人いる。誰だ?
「やあやあ方々、先日も祝いの品ありがとう」
先頭にたつハゲ爺…ブラサール商会の会頭だ…が慇懃な態度で一礼する。
「御成婚改めておめでとうございます。これでお子がお生まれになられたらファーレ領も安泰ですな」
「安泰かどうかは俺の手腕に掛かっている。二世は関係ない。
関係あるかは君ら商人がいかに俺に協力するかだ、違うか?」
「もちろん! もちろんですとも。我々商人一同身を粉にしてファーレ辺境伯様の手足となり働かせてもらう所存」
会頭はニヤリと口元を歪めた。どうやら笑ったらしい。
しかしなんだな、この会頭も相当にデブっていてやたらと貫禄がある。この貫禄ってやつは時間の熟成が関わって来るので俺には会得できない。金を出してでも欲しいのだがね。
まぁ無い物ねだりだわな。
「で、今日は何の用だ、祝いの品はもう貰ったが?」
「祝いの品は多い方が良いですからな。
……それより小耳に挟んだのですが、なにやら壁外にて新規の事業が始まるそうで」
ああ、なるほどね。流石に大商会は耳が早い。
「そこでひとつファーレ辺境伯様にお願いを申しだてしたく。ああもちろん祝いの品にあわせて献上したいモノが。
こちらの四人、ファーレ辺境伯様にと」
「……俺にお稚児趣味はないぞ。それに素性の知らない子供達をあずかると経費がかかる」
「この者らの給金はこちらが負担しますので、それにファーレ辺境伯様の御趣味は存じておりますが、若い者も経験なさればよろしいかと思いまして」
さて困った、逃げ道が思い浮かばない。
数寸の間考え込む。
「お稚児趣味はないのを踏まえて、この者らを預かろう。
それと、だ。今、郊外に新規の造成地を造らせている。今は試作一号だが本格的には五号まで造る予定だ。その采配を任せる。これで構わないな?」
どのみち誰かに任せる必要があるのだ。ならばこのハゲは適任だ。
「おお、ありがとうございます」
「後日、仕様書を配布する。だがな」一旦句切る。
「予算の増額は無し、だ。君たちがどのような仕事をすりのかは文句は言わない、だが予算はその範囲内で済ませろ」
「! い、いや、それでは……こ、工事に余裕が」
やり手のサラリーマンじみた商会の番頭が慌てて口を挟んできた。
「いや、可能だ。今やっている試成地は順調に『予算内』で進行中だ。
ま、君の商会が参入しないでも構わないさ。他にも商会はある」
「いえ! もちろん参入させていただきます!」
サラリーマンじみた番頭は汗を拭きつつ答えた。俺はひとつ頷き、視線をハゲのおっさんに向けた。
「理解してもらったかな?」
「承知しました。誓って予算内で行います」
「座長は君だ。上手く采配してくれ。それと、余った予算は今回に限り懐に入れて良し」
飴さえ与えればやる気も出るだろうさ。だが次はもっと引き締めるがね。
実は入札制度をきちんと入れたかったのだが、地盤がきちんと整っていない現状がそれを許さなかったのだ。
入札制度自体はちゃんと存在しているのだが、今回は都合が合わなかった。まあ、俺と政庁との間で足並みが揃わなかったせいだ。俺としては政庁の方に丸投げすべき案件はすべて政庁に委譲したいのだが、政庁も今は上から下まで改変やらなんやらでてんてこ舞いの最中で俺が面倒見るしかなかった背景がある。
土木系商会の四人は口々に礼を告げて退室していった。
残された四人の子供達が所在なげにつっ立っている。
「……君たち、こちらへ来なさい」
身近の円卓に誘う。預かった以上素性を聞かねば。
四人はそれぞれを見渡した後、おずおずと卓に座った。それを確認して俺は口を開いた。
「さて、まずは自己紹介といこう。
俺はロイド・アレクシス・フォン・ファーレ。北方辺境伯のひとりだ。
辺境伯や伯爵ではなくロイドで構わない。
やんなこどき理由で君たちを預かる事になったが、まぁその辺は気にしない事にした。…君、そうお嬢さん、君から自己紹介してくれ」
俺の右側に座る綺麗な金髪の少女に声をかけた。まずは対話からだ。
「…ザビーネです。姓はありません。歳は十四歳になります。辺境伯様のお相手を出来る事に喜びを隠しきれません」
喜びを隠しきれません、か、お嬢さん嘘はよくないぜ。
「喜びを隠しきれませんではなく悲しみを隠しきれません、の間違いでは? 君の眼は全く喜んでいない。いや、怒っている訳ではない。俺みたいな豚野郎と同衾したくはないだろうからな」
円卓に動揺が走った。
「そんな事ありません! わたしは!」
「そうです。僕はそんな事感じていません」
俺はその声を無視し、身近の給仕を手招きした。
「この子供らに甘い物をだしてくれ。俺には甘茶を頼む」
給仕が一礼して下がる。改めて子供らを眺める。
「そうかね? 俺が逆の立場なら相手を選びたいがね」
子供らは押し黙った。
「……次、ザビーネの隣りの子だ。名前は?」
「あ、はい。エレクトラ・デラ・フロウラです。年は十二になります。エリーと呼んでください」
「僕はフリッツです。ザビーネと同じく姓はありません。あ、えっと、年は十二です」
「君は…その男の子だよね?」
「はい」
「俺は同性愛に興味ないが」
戸惑いを隠しきれない俺と対象的にフリッツは微笑みを見せた。
「そんな事はないですよ。辺境伯様、僕は殿方に喜ばれる様、きちんと教育を受けてきました」
きちんと教育を、ねぇ……。
彼の言葉になにか良い返しを考えたが、上手い返しが思い浮かべずにいた。
押し黙った俺におずおずと声がかかった。
「あの、僕はクレイグ・アブトと言います。よろしくお願いします。…あ、年は十三です」
「あ、君も男の子なんだね……よろしく」
あ、なに柔らかく挨拶してるんだよ!
姿勢を正して…いや、ややそり返るようにふんぞり返る。
「紹介感謝する。だが重ねて言っておくが、俺は子供は好かない。
だが、どうやら返品は出来なそうだ。そこで提案がある。ああ、返品は失礼だったな」
「ロイド様、私達はロイド様の側でお相手をする為に来ました。私やフリッツは出自は低いですが、とにかくもその為に育てられました。
夜のお相手をするためにとですが、そちらの勉強をして生かされてきました。ですので、ここでロイド様に見放されば行くあてもありません」
そうきたか。この娘は聡い。無駄を省いて要点を語り、情にだけでなく理にも…俺の立場にも説いてきやがった。
ここで見放すのは簡単だが、その場合罪悪感を強要され、商会らの顔を汚す結果が待っている。
ぶっちゃけ、そんな悪評と罪悪感なんぞ要らない。
なにか役職……は幼すぎて無理か。なら……。あ、そうだ。
近くにいる執事か女中は?
いた、執事のグレッグが控えていた。
「グレッグ、イライジャを呼んできてくれ」
後編はイェラを交えてロイドの希望する未来を語ります。
「教育をだよ。教育が大事なんだ。単に頭に入れるが教育では無い。
未来を選択できるのだ! 単一の未来ではない、選びたい未来があるのだよ」