第三十話 ロイド、婚姻の儀式その昼
新年明けましておめでとう御座います
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます
…………俺にとっては悪夢ですら極楽の様な状況となった。
ユージーンを筆頭に俺の婚姻の儀をイェラを代理に仕立て上げて強行する案を迫られていた。
反対したい。切実にそう思うのだが、反論するには皆を納得させる代案、または解決策を提示せねばならない。だが全く思いつかないでいる。
自分でも反対したいのは感情論からであるので、正当性の天秤はユージーン達に傾いている位は理解している。
そう『感情』に尽きるのだ。ナニが悲しゅーて男と結婚式に臨まなきゃならんのだ? 誓いの宣言はまだしも我慢できるが誓約の接吻…キスをしなきゃならないのは御免被りたい。あ? 上手く誤魔化せば、だと? 出来んのだ。残念ながら。何故ならそのシーンは写真を撮らされるのだよ。いくらモノトーンだといってもバッチリと写されるのだから誤魔化しは難しい。
宣誓くらいは上の空で心を飛ばせば良いがさすがにキスはキツいわ……。
確かにイライジャは西方民族の血を引く……それなり程度には、つまり普通だな…顔立ちだ。二次性徴を迎える前の彼は声も高く中性的な子供である。俺の好みのタイプじゃないが、それは二の次だ。
そうだ、大事なのは『男』だからだ。
キモい。ぶっちゃけキモい。嫌すぎる。全力で遠慮したいのだ。
俺は女が好きだ。ああ好きだね! 全身全霊で女が好きだと公言できるさ! ちょいとくたびれた年増が好きだ。胸だって無くても大丈夫。顔だってあんまり気にしない。スタイルが悪くても大した問題じゃないのだ。
リトル憂いを秘めたおばさんなら大歓迎。そう、内面んだよ内面。
中身が魅力なら外見なんぞ気にはしないのだ。それが俺のジャスティス。それが俺のマイロード。であるのだから男はノーセンキュー。
しかし、だ。そう、しかしなのだ。
今は俺の好みなんかは誰からも必要とされていない。当たり前だ。
つまるところ、これは俺の我儘に過ぎない。
……俺は公人である。そして俺の結婚式は婚姻の儀であるが為に公務そのもの。
……逃げられる筈もないのだ。完全に。
分かっている。逃げ場なぞないのだ、何処にも。
俺はユージーン達からの視線を逃れる為に外を眺めていたのだが、踏ん切りがついた。
諦めではあるが、逃避する訳にはいかないのだ……。
眼下に僅かに見える街並みに一瞥を与え、彼らに振り向く。
「……イライジャ、君に頼みがあるのだが、良いかね?」
居間にはイライジャも居たが、賢明にもこの話題には口を挟んではいなかった。
俺からの振りに小さな顔がしっかりとこちらを見据えた。
「ど…どうぞ兄さん」高揚した黄色掛かった肌の頬が赤く染まった。
「今も聴いていただろうから詳細は省かせてもらうよ。
ん…んん、君には申し訳ないのだが、俺の式に花嫁の代わりに場に立って欲しいのだ。
不満が大いにあろうが、是非に受けて貰いたい。……どうかな?」
「っ! はい!」
あまりに元気に答えたので周りが小さく吹き出す。
「なんでそうも嬉しそうに答えるかね……。まぁ、受けてもらえて感謝するよ」
ひとつ息を吐いてユージーンらに向き直る。
「イライジャの同意を得たのを聞いたな諸君。
ジルベスター、至急式典の進行を再開してくれ。
フレイ、ユシュミ子爵側に今の話を伝えてきてくれないかね。子爵には概要だけで構わないが、夫人には委細漏らさず説明し同意を得て欲しい。辻褄合わせは式典の後にするが、彼女をこちら側に引っ張って来れれば後が楽になるからね。
ユージーン、イライジャに式典の内容を教える様に。それとアーデルハイドの侍女か誰かを何人かイライジャの側に控させ、式の間は替え玉だと悟らせない様に厳命しさせて欲しい。
あと、衣裳係の者は大至急イライジャの為に衣裳合わせを始めるように。意匠係も同様にだ。
執事以下の館の皆には事を騒がないように厳命して式典を無事平穏に進行させてくれ。事が漏れたら帝国全土帝国全史に燦然と輝く末代までの笑い話だと気を引き締めてかかるように!」
皆に一気に捲し立てた。だがもう一人居る。
高揚した子供に視線を向け、腰を下げて目線を合わせる。
「イライジャ、君には感謝している。君が館に居て…俺と出逢ったのは偶然にはしたくない。
…………必然だ。
必然であるなら受け入れよう。
君に大役を強制する様は気が引けるのだが、俺と合力して臨んで貰いたい。
ん、まあ、だからといって俺達は夫婦には成らないがね、…だが、俺は君に出逢えて嬉しく思うよ。幾千幾万の精霊の導きに感謝だ」
「はい、兄さん」
それを聞いてニッコリ顔を向けた。
すぐに真面目な表情を取り繕い、腰を上げる。
「では諸君、場も佳境となった、全力を持って向かいたまえ」
ステージは佳境に入り俺は盛り上がりを感じた。
しかし、何かが変だ。何かって言われれば困るが、何かがおかしかった。
アーデルハイドの体型に合わせた花嫁衣裳をイライジャに合わせるのは少々手間取るようだ。
なにより身長が違う。ウェストの位置と裾の長さはどうやっても違うのだ。
花嫁衣裳は地球でいう所のドレススタイルではない。青色を基調にしたもさもさとした布の集合体であるのだ。
また祝いモノであるので周囲の家族友人知人から祝いの飾り布を散りばめる必要があった。そのため、その仕上がりは無数の色と数を組み合わせた独自の装飾となるのだ。
衣裳係達によるイライジャの着付けが始まった。
最初は下着の上に纏う貫頭衣で薄い水色をしている。なんでこんなに薄い材質を使うのか謎な、身体のラインが透けて見える薄布だ。
その上はワンピース状の一枚布を前後に貼り合わせた布だ。色は藍色をしている。
そしてその上に碧の短ジャケットみたいなのを着て、下は左の腰で留めるパレオ状の布である。色は短ジャケットに合わせた碧をしている。さらに肘から先には和服みたいな長い垂れた袖を着けている。
さらにさらにその上にやはり貫頭衣を被せて腰布を巻き付ける。色は鮮やかな青。腰布は翠色で引き締める。青色尽くしである。しかし俺から見れば色のコントラストが悪いんじゃないかなと思うのだが?
アーデルハイドと体格の違うイライジャは胸や腰に詰めものをして質量をアップする。足は本来なら薄いソールの履物だが、思い切りぶ厚いソールでなんとかその身長を伸ばした。
で、これが完成ではない。この上着の表面に祝いの布を散りばめるのだ。様々な色の布(幅四センチくらい、縦は二センチほど)を予めデザインした配置に飾り立てる。一枚一枚縫うのではなく安全ピンで裏から留める仕様だ。
この配置は色や数が祝いの布次第なのでふたりと同じ意匠には成らない。意匠係の技量やセンスが問われる晴れの舞台なのだったりする。
これらの最後に頭にノッポなつばの無い帽子を被って終了だ。
そして着付けの最中に化粧を施す。また軽い食事も取らせるのだが、水分はトイレが近くならないよう少な目だ。
着付けの煩雑さにイライジャが疲れた顔をしていた。それを見て俺は苦笑した。
本人はこの花嫁衣裳の詳細を知らなかったのだから余計に疲れるのだろう。お疲れ様。
しかし、やはり化粧を施すと化けるな。
ちょいと見た目には本来の花嫁のアーデルハイドに程よく似ている。知人が間近で見なければバレはしない。特にアイラインがキツいから似てる似てないの境界線が曖昧になる。これがポイントだ。
お披露目でも写真でも十分欺ける出来にホッとした。
あ、俺の衣裳? 男もだいたい同じだが下肢にはズボンスタイルで帽子は被らない。後、男用の袖は短いし祝い布をちらす様式ではないので花嫁に比べるとかなりスッキリしている。
そのため俺の着付け時間は花嫁の半分強ほどである。男は楽でイイやね!
ちなみに花嫁衣裳の着付けに興味があったので俺とイライジャは同じ部屋で着付けをした。
以上、解説終わり。
「イライジャ、お疲れ。少しの間だが休んで体力を回復させるように。
式まで半刻を切ったが式典の内容は頭に入ったかね? ま、うつむき加減に静々と歩いて祭司に問われれば『誓います』のひと言だけ答えれば構わない。
だがね、大事なのは疲れたとしても笑顔は忘れないよう注意する事だ。出来るね?」
「はい兄さん!」
着替えたのちに祭儀場の脇の控え室に移った俺達は最後の打ち合わせに臨んでいた。
そして俺の問いに小さな花嫁代理は元気よく(空元気か?)答える。
「ああ、今から式が終わるまでは『兄さん』ではなく『辺境伯様』か『旦那様』と呼ぶように」
……演技だからな? 演技だからな!? 本気で呼ぶなよ!?
某、押すなよ押すなよ芸人ではないが言いたくもなる。
「はい! 旦那様!」
やけに清々しい満面の笑顔に冷や汗が出る……。おい、その目はなんだ? その目はヤメい……気味悪いんだよ。
イライジャのどこかねっとりした(うっとりではない)眼差しに不快感がもりもり湧き上がる。マジでヤメて……。男の娘を嫁にするなんてのは趣味じゃないの!
一瞬、脳裏に裸のイライジャと同衾するシーンがよぎった。
身震いしてそのシーンをかき消す。あまりの恐ろしさに肌が粟立ち目眩がした。
なんか色々期待に輝くイライジャからの視線から逃れる為に控え室の立ち鏡に映る俺に向き直る。
キモいデブが花婿衣裳を身にまとっていた。
そのキモデブが悪相をさらに押し出している。二十年来の付き合いだが、それにしてはあんまり慣れない顔立ちであるのな。……いや、慣れてもまだ足りない程の出来だ。
ラノベの主人公がこんな悪相なら人気は出まい。出たら奇跡だなと思う。
キモい主人公、ヒーローになる!
そう思うとどこか愉快な気分になった。見下げた皮肉だが、そうでも思わなければやってられん気分である。
……これがマリッジブルー、か。
このもやもや感を持て余している……。
何か気分を変えたい……。
「……坊っちゃま、この様な仕儀になり些か場違いでございますが、改めて坊っちゃまの晴れの姿に私は嬉しく思います。
坊っちゃまにお仕えになった事、このユージーン、心から満足しておりますれば」
乳母からの付き合いのユージーンは俺の晴れ舞台に目が赤らんでいた。
真剣に俺を思っての態度なのは分かっている。それが嬉しく思う。
「ユージーン、貴女の自慢に出来る男にはまだまだ精進が足りんよ」
「なにをおっしゃいますか! 坊っちゃまが辺境伯家惣領として誰に不満がありましょうか。
坊っちゃまは……私の自慢できる主様です。ええ、本当に立派な男ぶりに成られて、それが嬉しくて嬉しくて……」
感極まったのかユージーンは泣き出した。
控え室には女中長のフレイも居り、その彼女も手巾を目に押しやっていた。
「フレイ、君まで泣く事はないだろうに……」
「このフレイ、当家にお仕えして三十五年。今ほど喜ばしい時が……。これでもう私には後を憂いる事なく引退できます……」
終わった感のある女中長に笑いかける。
「フレイにはまだまだ働いて貰いたい。いやそれだけではない、君をまだ抱き足りないのでな。どうかね、今月はまだ君を抱いていないのだ。今夜は君を寝床に引入れてみたいのだが?」
「旦那様! 冗談が過ぎます。今夜は!」
…あ…。
「……いや失礼。いやだが君を抱き足りないのは本心だがね。それはさておき、だ。
さて、今夜はどうするべきか……」
俺の軽口は忘れていた重大な『アレ』を思い起こした。『初夜』だ。
「……どうしたものか……」
先の泣き顔を忘れたかの様なユージーンが怒りを滲ませた冷たい眼差しで口を開く。
「坊っちゃま、構いません、あの女を無理にでも組み敷くべきです」
「ユージーンの言に同意します。言う事を聞こうが聞くまいかは二の次です。どなたが主人かを身を持って思い知らせる必要がございます」
フレイもユージーンに負けないような冷めた眼差しだった。二人とも何時にもまして言葉がキツい。
「無理にでも、か。それは女性には辛かろうよ」
この頃に及んでも及び腰なのは俺だった。
「俺はなんであれどうであれ同意を得られない性交渉は行わない主義だ。それは君たちも知っているだろ? ならば問題があるとは言え正妻になる花嫁を無理に押し倒す事はしたくない。
女性にとって純潔を散らすのはとても大事な出来事なのだから、せめて納得はして貰わねばな」
「坊っちゃまが何時も女性を大事になさっているのは美徳なのですが、時と場合によっては無理にでも行わなねばならない事があると思いますが」
「ユージーン、女性の貴女の口から女性を貶めるような発言は問題なんだと思うのだが?」
「時と場合、ですから……。
ですが今も言った通り必要なら攻めても構わないでしょう。それに婚姻の約定を反故に出来る事はあの女には出来ないのです。
坊っちゃまから情けを受けて感謝せねばならない身なのですから、坊っちゃまが存分に花を散らせても文句など出ません」
日本の女性団体の皆さんが聞いたら発狂ものの発言なのだが、日本での常識を異世界に当てはめても意味がない。それにユージーンの発言自体は俺とて理解している。ただ納得したいとは思わないだけなのだ。
周りを見渡せばユージーンに同意する顔ばかりだった。それを見やりやはり俺は自分が異世界の異邦人なのだと納得した。
「ま、君たちの言葉は承知した。それについて俺も思わないであるが、今は目の前の式典をこなさねばな」
時間がせまってきたので話を打ち切らせる。
ややあって正午を知らせる鐘が館のある丘にも響いてきた。いよいよ式が始まる訳だ。
「辺境伯様、お時間になります」
祭司のひとりが控え室に顔を出した。
帝国では…というより大陸では精霊を信仰するのが一般的である。人格を付与された神々も居るし、個人が教祖兼GODな方も居たりする。だがそれらは余りメジャーでは無かったりする。一部の神様、真実を見通す目神(女神)や創造神(?)はそれなりに人気はある。しかし、帝国では国教としては崇められてはいないのだ。
自然を尊び、自然を学ぶ。自然に生きる事が大事であるのだと言う心構えが宗教として定着している。余談だが、帝国一般の風習として入れ墨やピアス、整形は異端扱いされているので現代からの地球の転移者は冷遇される傾向が強い。元来、土着の風習から入れ墨は犯罪者に与える刑罰として根付いているので現代人は注意が必要だ。
一部の男性にとって朗報か悲報かは判断に迷うが、皮を被っている方は手術不要である。衛生的にどうかと言われているが、なんであれどうであれ自然から受けた身体なのだから削除は摂理に反する、というのが一般的なのだ。
脱線ついでだが、食物動物関わらず品種改良の類いも忌避される傾向が強い。犬や牛、豚、鶏、食物なら麦等の長い歴史から自然的変移を経た場合なら大丈夫なのだね。その境界線は何処なのかは聞かないでくれ。
それはさておき、婚姻の儀は万物に宿る精霊に感謝し、それを報告するだけの簡単なモノだ。信奉すらしていない神なんぞに誓わねばならない地球の某宗教的な結婚式よりかは俺好みな式だ。
しかし報告するだけの簡易な式と言っても俺にとっては初めての重大な儀式である。それなりに緊張してきた。
白を基調にした儀礼衣裳を着た祭司ふたりに先導されて控え室から祭壇への緑絨毯を歩き出す。
俺と花嫁の後ろに助祭司がふたり、その後を式に箔を付ける為の祭司らを何人か連れて(確認できなかったが8人は居た)祭壇までぞろぞろ歩く。祭壇までには花を撒く少女たちが等間隔に並び、色とりどりの花びらを投げかけてきた。
今このホールには俺と花嫁の親族と招待した客、精霊教会の司祭、抽選で選ばれた一般の人、報道機関の連中が静かに膝をついていた。
ホールには椅子が無く、皆立って参列する形式である。
最初は膝をついて式の始まりを待つ。
祭司と主役ふたりが祭壇の前に立てば全員起立。そうして祭司が祝詞を唱え精霊達に婚姻を報告するのだ。
で、ようやく俺に声がかかる。
「汝、ロイド・アレクシス・フォン・ファーレ辺境伯は妻となるアーデルハイドを終生寄り添い愛する也?」
祭司は威厳たっぷりな髭の爺さんで、やはり威厳たっぷりなバリトンの声を張り俺に問い掛けてくる。
「……精霊の名の元に、終生の愛を宣言します(なワケねーだろーがバーカ。誤魔化しの結婚のドコに永遠の愛を誓う必要があるよ?)」
一応は宣言せねばならない。顔を取り繕い、重々しく既定の台詞を口にした。
茶番かどうかはこの際関係ない。式があり、当事者が宣言すればそれでオッケーなのだからな。
祭司の爺さんは演技バリバリに造った笑顔を浮かべて頷いた。
その顔を俺から花嫁に向ける。
「汝、アーデルハイド・ノエル・フォン・ユシュミは夫ロイドの宣誓を受け、受諾する也?」
「はい、受けた事を精霊さまにもうしあげます」
…………あ〜あ言っちゃたよ……、花嫁のフリをした男から花嫁の宣誓を聞いちまったよ……、うわぁウザいわ、ウザいしキモい。なんでこんな目に会うのか……。
俺の内面は渋面でいっぱいだが、なんとか顔は平静を装って式の進行を待つ。
祭司が式を進めていくのをどこか他人事の様に眺めていた。祭司は俺達の宣誓を精霊に奏上し、次に俺達に再び向き直ると祝福の言葉を滔々と口にする。
祭司の仕事はむしろコレなのだ。延々と装飾された祝い言葉を繰り出すのである。
コレがまた長い。イヤになるくらい長い。30分は話すのだ。なんで祝い言葉程度に時間をかけるかね? 庶民向けの式なら長くても5分くらいのスピーチだから最早嫌がらせレベルだと思う。
祭司には式の報酬に多額の金を送るのだが、その多寡はこのスピーチの量に比例する。およそ5分なら日本円で10万円くらいのハズだから、俺の場合なら……えっと、60万になるのか。うむ、坊主丸儲けなのは日本でも異世界でも変わらんのだな。
さらに祝儀を別に渡すのだから祭司らの財布はさぞや膨らむだろうよ。
で、長い祝辞を終えたらいよいよフィナーレの誓いのキスとなる。
俺と花嫁は向き合い、キスの態勢に移る。
俺の身長が180を越すのに対し、イライジャは140を切った高さだ。わざわざ厚底の靴を履いてはいるがそれでも30センチ以上違う。おまけに写真映りが良いようなポーズにせにゃならんので膝を折るだけではダメなのだ。
背筋全力で見苦しくない身を屈めた姿勢をとり、花嫁の顎を持ち上げる。
眼下のイライジャの眼が潤んでいた。ナニ気分を出してやがるかよ!
俺の不機嫌メーターがどんどん上昇していた。ただえさえも気に入らない式なのにこの仕打ち、俺に何の罪があるのか是非問い質したい。
だが、茶番であろうが無かろうが式は式だ。演じる事が俺の役目なら、その役を演じきるのがオトナなのだ。
努めて笑顔を浮かべて……その唇に……ああイヤだ……唇を重ねた。
俺にとって男とのキスは初めての体験となる。何事も経験だと言うが、こんな経験など二度としたくはない。クソが……。
……唇の感触は男も女も変わらないみたいだ。
幾分かホッとしたが、男とキスは俺に深い傷を残してくれた。式が終わったら片っ端から身の回りの女共を抱いてやる。決めた。絶対決めた。ユージーンを筆頭にメギもドラクルもフレイも誰もかも抱くわ。そうでなきゃこの不快感を消し去れはしない。
写真を撮りまくるフラッシュの音と祝福の拍手がホールに鳴り響く。
この音が静まるまでキスを続けなければならない。
理不尽だと分かっているが怒鳴り出して追い払いたい気分だ。だが今は式の最中、盛り上がりの一番場面である。どうにか平静を装いキスを続きた。
ふと、視線を感じた。
……眼前のイライジャからだった。
その眼が不安に満ち溢れてるのが分かった。
ちょっとした衝撃を受けた。
俺はただ、俺しか見ていないのだった。それは愚かなエゴに他ならない。
冷水を浴びせられるとはこういうのを指すのだとを感じた。そう思えるのはむしろ幸運だと思う。ここで今気づかねば俺は愚かな大人に他ならないのだ。いや、ちょっと違うな。
愚かな人間だ。
大人なら…良識を備えた大人ならば、恥を知る。いやしくも良識有る大人だと自負するのなら、なんら罪のない巻き込んでしまった子供に底の浅い苛立ちをぶつけるなんて最低の所業そのものだ。
いやはや、自分が嫌悪するろくでなしの大人のひとりになる所だったわな。
恥を知る大人なら大いに恥じて反省すべきである。
反省したなら謝罪するなり贖罪に行動をおこす必要がある。是非にそうすべきだ。
不安げな花嫁の瞳を覗きこみ、安心させるように顔面全部で笑顔をつくる。……不細工な俺でも笑顔くらいは作れるさ。
イライジャの表情が驚きに変わり、俺の意図を感じてくれたか驚愕から笑顔になった。
一度笑顔を収め、もう一度ニッコリと笑ってみせた。
そして……婚姻の儀のシナリオにないアドリブに移る。
極くナチュラルに再び“花嫁”の唇を塞いだ。
嬉しい気持ちが伝わって来た。
幸せの波動とはこういうモノなのかと自然に納得した。あ、いや、前にも感じたな……。
そうだ、図書館でのアレだ。
帝都の図書館にて愛しの僕っ娘…レティカとの情事の後のアレがあった。
レティカ、俺のレティカ。
俺を愛してくれたレティカ。
そうだ、久しく忘れていたこの感覚。
これが愛で、これが幸せ。
……有り難う、レティカ。こんな俺でも人並に幸せを感じさせてくれて……。
そう…ならば幸せなら、幸せのおすそ分けをしなきゃならない。
誰に? 決まっている。
目の前の…イライジャに、だ。
この毛並みの違う小さな義弟に感謝せねばならない。あ、義妹だっけ? まぁ良いや……、今はこの児に感謝して三度唇を重ねた。
予定にない余興に場が湧いてしまった。
さらなるフラッシュが焚かれ、拍手は万雷の拍手となりホールを騒がせた。
気恥ずかしくなり屈めていた身を起こす。
頬が熱いのがわかる。見ればイライジャの顔も赤く染まっていた。ふたり揃って恥ずかしいのな。
祭壇の祭司も笑みを浮かべていた。これくらいの余興なら許容範囲らしい。
一礼して姿勢を正す。
頷いた祭司はひとつ咳払いをし、式の続行に戻る。
その後はスムーズに進行し、ホールでの式は終わる。その後、休憩をはさみ馬車に乗りこみ街へと繰り出す。
馬車はボックスタイプを使うのではななくオープンなタイプだ。サイドも低く、白を基調にした金モール派手派手のヤツである。この辺りは地球でも此処でも変わらない様であるな。
そのパレード馬車に乗って丘を下り、大都のメインストリートをグルりと周るのだ。
天候はこの時期特有の冷たい風が吹き付ける快晴。
大都のメインストリートには俺が予想するよりも人の数が多かった。
俺みたいなキモい顔の新人領主に人気があるとは思えないし、花嫁の人気が高いとは聴いてもいないので、この群衆はなんなんだろう?
俺の感想は脇に置き、似合わないと思いつつ笑顔をつくって手を降る。
群衆の顔を見れば楽しんでいる様で驚きであった。
中にはあからさまに見世物を覗く風情の人もいる。それは納得できるのな。俺みたいなのでも結婚出来るのだ、それが得意満面に馬車に乗ってるんだからさぞや見ものだろうよ。わかる。
チラと横の花嫁を見ると、教えた通りに笑顔で手を降っていた。この児も相当に疲れているだろうにな。
大人な俺でも疲れが出ているのだ、子供のイライジャなら比べるまでもない。
「イライジャ、疲れただろうがもう少し辛抱してくれ」と囁いた。
小さな花嫁代理は健気にも俺を見上げて頷いてくれた。その姿勢には頭が下げざるを得ない。
パレードには一刻半の時間が掛かった。街を巡るのはそれ程でもないが、丘の上の館から街までの往路を含めばかなりの時間になるのだ。
そうしてようやく館に戻ってこれた。慣れない儀式に慣れない笑顔、もう十分働いたがな。しんどい……。
が、あともう一つ。館にて記者への懇談会が待っているのだ。
まぁこれは大した苦労もない。俺ひとりが記者達に今回の成り行きから顛末、裏話、チラ話を軽く話すだけだ。とにかく面白可笑しく美談を談話として話すだけなのだから片手間で終わらせるだけだ。
婚姻の儀は宴席の場を設けるのと初夜をこなして終わりとなる。
しかし、その前にやらねばならない事がある訳だ。
ユシュミ子爵の釈明を聴く、もしくは子爵に対し糾弾する事である。
「ジルベスター、ユシュミ子爵と奥方殿を居間に呼び出してくれないか?」
服を改めた俺は家令に命じた。
場を居間に移しふたりが来るのを待つ。
程なく子爵らが居間を訪れた。
「さて、子爵は俺に釈明をせねばならないのでは?」
ソファーにふんぞり返って子爵を睨めつけた。ふたりには席を進めない。
「……娘の不始末をつけろと?」
子爵は不機嫌に応じる。
やはりコイツは駄目だ。まるで立場を弁えていない。視線を夫人に移す。
彼女は子爵と違い、恐縮しきっていた。演技でないのは人柄から判る。
「アレが不始末でないのなら、何が不始末なのか聴かせて欲しいね。
お前は娘にどんな教育をしてきたのだ?」
つい”お前”呼ばわりしてしまった。ま、言ってしまったのは仕方ないやね。
若造からお前呼ばわりされた子爵はこめかみに青筋を立てる。
「ふん、確かにあれがここに来て拒否するとは思わなかった。それは謝罪したい」
「謝罪したいだと? それがヒトに謝る態度か……。
だがまあそれは今は構わない。それよりも、だ、あの女を今後どうする気だ? 婚約不履行はもう効かない。今夜の事もある、対応を聞かせろ」
視線はしっかりと子爵にロックして子爵の逃げ場を制限する。
いささか強引だったが式は強行したのだ、宣誓を済ませた時点で婚姻は成立している。
しかし、庶民の結婚と違い貴族の結婚とは明確明瞭に跡継ぎを作る『作業』である。宣誓をするよりも初夜を済ませ『産むこと』の意思を確かめるのが重要であるのだ。もちろん当主夫人には子孫を残せる能力を有してあるのは確定事項である。
「今夜部屋に呼びつけるが、よもやそれさえも拒否する事態にはならないよな?」
「……説得は続けている」
「なあ子爵、俺はアレに『俺を愛してくれ』なんか期待していない。
貴族の娘としてその義務を果たすのか果たせないのかを重視している。それだけに過ぎない。愛情なんぞ期待したいとは思わないのだよ。
当主夫人とは必要な際に必要なだけの役割を演じてもらう、それだけだ」
「……辺境伯様」
不機嫌で不満気な子爵の横から夫人がおそるおそる口を開いた。
彼女には何等含む必要がないので表情を緩める。
「なんでしょうか? あ、いや、俺は奥方殿に対してどうこう言いたい訳ではないのです」
立ち上がり、夫人に近づいて膝を着く。明確な差別を演じてみせる。
笑顔を、とまでは行かないが顔から険を取って応対した。その甲斐もあり、夫人もようやく緊張を解いた。
これも綿密に夫人とは会話をして俺の心情や策を説明していたからだ。一応既定のシナリオとは言え夫人にしてみれば不安もあるのは理解出来るからな。
「奥方殿、貴女からも説得を行なって下さりませんか、同じ女性なら幾分かは心にも届くでしょう」
「辺境伯様の仰り確かに承りました。必ず説得してみせます」
「有り難うございます奥方殿。
さて子爵よ、お前も行って話を着けさせろ」
子爵に一瞥をあたえ夫人には微笑みを向ける。俺のあからさまな対応に不満顔から明確な怒りを滲ませたが、子爵は文句だけは出さずに退出していった。
アーデルハイドのここに来てまでの反抗は予想だにしていないトラブルだが、子爵を怒らせるアクションは順調に進んで行ったようだ。
「子爵一行の動向はどうだ?」
「は、使用人達には箝口令を敷きました。子爵の子息連中の方も事態は理解しているものと思われます」
執事のグレッグがそう口に出した。
「先日通達した仕掛けはどうなっている」
「はい。現在までに女中にちょっかいを出したのは五件、肉体的にまで発展したのは二件です。どちらも問題になる事態にはなっておりません」
「よろしい。しかし今ひとつ予想より静かだな……、ふむ、ではもう少し隙をみせて挑発しても良いな」
「畏まりました。客間女中や雑役女中だけでなく洗濯女中も全て使います」
強引に過ぎるがここでコチラにポイントを稼ぐのは大事である。グレッグの言に重々しく頷く。
「ではその様に。
粛々と狡猾に、大胆に行動せよ」
ロイドのキャラの顔を誰に似ているか?
某、鉄塊の様な大剣を振り回すバーサーカーな兄ちゃんの作品、あの1巻に出てきたナメクジ伯爵様を思い起こして下さい
声は関智一さんをイメージしてます
後は特に考えていませんが、スティラ先生の声はゆかなさんを充ててます(ゆかなさん好きですわホンマ)