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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第1章 ロイド辺境伯、改革を始める
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第二十八話 ロイド、婚約者を迎える。そして

 俺の婚約者アーデルハイド嬢とその家族であるユシュミ子爵の一行が北部の連層大山脈を無事に越えたとの知らせが入ってきた。

 かなりの大名行列らしく、ファーレ領に入るのは一週間半…十四日後と見られる。

 西部の領地から北部へ直接向かう街道はあるのだが、鉄道は通っていない。ここは鉄道の敷かれている西部→帝都線を使い北部線に乗り換え、終点の北府まで来てから馬車で大山脈を越えるルートが最適だ。このルートのメリットは距離はあるのだが時間的にかなり短縮できるのだ。

 時間を短縮できるメリットはそれだけではない。必要経費が断然違うのだ。貴族列車を使用しないで通常の車両を使えばかなり安く済ませる事だって出来るし、最初から馬車だけ使えば、その馬車の運用経費は馬鹿にならない程圧縮できるからである。

 話はそれるが、例えば北部から東部に向かうとする。

 北部と東部には北辺境街道が一本繋がっているのだが、途中に低域大湿原が広がっており、その地理特性でどうしても時間が掛かってしまう。湿原の特性上、線路の敷設は困難であり需要の少なさもあり路線を通す計画はない。やはり帝都を経由する汽車を使う方が速く安く済むのだ。

 馬車は小回りがきく使い勝手の良さが特長だが、生き物でありその為の食事や休憩などの様々な制約がネックとなるのが難点ではある。

 無論、汽車とて制約がある。しかし、長距離移動や大量輸送に関しては馬車とは比べ物にはならない。大量輸送は近代と中世を区別するひとつの指標だと思う。



 そして予定より一日遅い十五日後の昼過ぎ、ようやく子爵の一行が我が館に到着したのだった。

 代表はカリス・オラッハ・フォン・ユシュミ子爵。怜悧な容貌の西方貴族である。

 妻ナタリアと長子サゥド、次男アウカー、四女メリベール、そして花嫁となる三女アーデルハイドがその家族だ。従者や侍女、調理師に護衛までを含めると総勢百十人の大所帯、用意された馬車の数は六十二台を数えた。これはまさしく大名行列だ。通常より台数が多いのは花嫁の持参する嫁入り道具の積まれた馬車が連なっているからである。


 館の玄関、車回りにて義父となるユシュミ子爵が馬車を降りる。

 長旅で疲れているのか不機嫌そうな顔をしているのが判る。


「ようこそファーレに、ユシュミ子爵」


 なんとなく馴れ合う気になれない相手だが挨拶くらいはちゃんとしなくてはな。


 子爵はターバンにも似た白く丸い大きな帽子を取った。


「いつぞや以来だなロイド君。しかし長旅であった、少々疲れたよ」顔を僅かにしかめてそう口に出した。


 (あ、こりゃダメだ……)


 最初からこれだ。上手く行く縁談とは思ってなかったが、端からこの有り様だった。

 俺は小さく嘆息した。尊大な男なのだとは知っていたし事実そうなのだが、こうも立場をわきまえない人間だとは思わなかった。

 俺の背後に控える家令を始めとする使用人達からも不機嫌な感情が湧き上がっているのが感じとれた。


 確かに俺は子爵よりも若い。子爵の長男よりも年下なのだからな。だが、俺は辺境伯位にある男だ。子爵は俺に対し下手にでる必要がある。世間一般なら義父は立場が上だが貴族位階はそれに合わせる必要なんて無い。いくら尊大な男といえど宮廷序列は無視出来ないのだが……。


「まあ長旅で疲れているのは分かるので晩餐までゆっくりくつろいでほしい」


 俺は子爵に見切りをつけ、視線を子爵夫人に向けた。これで夫人も偉そうな態度ならその一家も推して知るべし、だからな。

 意外な事に夫人は随分と畏まっていた。俺の視線を受けて申し訳なさそうな表情を浮かべている。どうも夫人は夫の態度が悪い事を身にしみているようだった。

 ……どうやら彼女には態度をかえるべきだな。


「奥方殿、お初にお目にかかります。さ、手をどうぞ」俺は手を差し出してみる。


「有難うございます辺境伯様」


 夫人は俺の手を取り馬車を降りた。当主の馬車には子爵夫婦と従者らの四人が乗っていたようだ。


「奥方殿、北部辺境までの長旅お疲れ様でした。どうか婚姻の儀まではゆっくりなさってお身体の調子を整えて下さい」


「辺境伯様のご配慮、たいへん嬉しく思います」


「なんの、奥方殿は義母になられる方、粗相がないように振る舞わなければ。

 当館に逗留する間には色々よろしく御指導頂きたい」


「まあ、辺境伯様。貴方様は既に御立派な当主様ではありませんか。ならば(わたくし)が何を申せると」

 

 小柄な夫人は柔らかな笑みをみせた。俺はその態度に心底安堵した。


「いやいや、まだまだ若輩者ですよ。奥方殿に認められる大人には未だ…ははは」


 俺は見ての通り醜悪な面構えの男だが、意外と年配の女性には受けが良いのだ。

 帝都にいる頃には女性を大切に扱う人間だと知られた男である。それにその話を幾人もの夫人方からロビー活動してくれたおかげで俺の評判は悪くない。もっとも、俺に妻を寝取られた男共からは鬼のように評価は低いのだがね。

 この女性は俺の評判をちゃんと受け止めてくれている様である。実に有り難い。

 しかし、俺が貴族の奥方達に配慮するのはフェミニズムな観点からだけではないのだ。

 貴族の女性は男性に比べ、その実権力は全く無い。更に政治的発言力は封じられているのが現実である。しかし当主夫人の真価は鬼札(ワイルドカード)となりしっかりと存在している。これはまたの機会に述べたい。


 ところで、夫人は純血の西方人ではない様である。その肌はどちらかと言うと白い方だし、髪の色も明るい。帝国貴族の間でも排他的で血統主義の強い西方貴族では珍しい組み合わせだ。見た所、相当に苦労人の様だった。

 これは接待の甲斐があると見た。頑張って労って少しでも安らいでもらわなくてはな。

 

 次に控えている馬車は主のそれに等しい重厚な造りの馬車だ。子爵の息子らと見た。野郎に媚びる必要もないし、覚えてもらう必要だってありはしない。無視しない程度に会釈だけして次に移る。

 三台目は白磁の装飾の美麗さが映えるやや小柄な馬車である。乗り込んでいるのは主賓であり花嫁となるアーデルハイド嬢とその妹さんだ。馬車には他に侍女が二人乗っていた。


 しかし、ここまで来て見がすくむ。正直、気が重たい。俺は年上の女性を相手にするのは得意中の得意なんだが、年下の娘さんなどは気後れしてしまい苦手…いや苦痛なのだ。

 ぶっちゃけ自分が醜男(しこお)だとの自覚があるので他人からの評価は高くないのを理解している。

 年配の女性からは男というのが外見で決まらないのだと経験則で学んでいる方が多い為、見る基準に容姿の比率は低い。だが、若い娘さんなどはどうしても外見を重視してしまう傾向があるので、俺みたいな豚みたいな顔の太っちょは徹底的に忌避される。

 俺を好むレティカは例外中の例外さ。


 ……そしてやはり、馬車にのる女性陣から冷やかな目を向けられた。二人とも身麗しい少女なのだが、俺を見る瞳は嫌悪の手前にあった。これは予想された仕草なので腹は立たない。が多少の不愉快さは感じている。

 それでも俺は歓待する立場だ。おざなりだが笑顔を浮かべて来訪を喜んでみせた。


「遠路、当家に来られて疲れただろう。ああ、会うのは初めてかな、俺がファーレの当主のロイドだ。よろしく」


「……はじめまして、少々疲れましたので休みたく…」


(わたくし)、メリベールと申します。姉様と同じく疲れましたからお部屋に通してくださいな」


 対する姉妹からは好意の欠片もない醒めきった眼差しと物言いに俺もさっさと笑顔を引っ込めた。


 ……あの目だけで十分だ。軽い気のない挨拶だけをして踵を返した。好かれたい訳でもないし、好かれる為の努力をすべきだとも思わないのでこれは全く妥当なのだ。

 故に腹は立たないが愉快でもない、ただ言い表せないモヤっとする感情を抱いているのが引っ掛かっている。


 微妙に釈然としない気分のまま家令に子爵一行を歓待するよう伝え、俺は自室につながる個人用の小さな居間に戻る事にした。……何故か戻る俺にユージーンとメギだかムギだかの名前が安定しない侍女が付いてきている。ゴメンね〜ナギさんや。

 そのサギみたいなメギは帝都に行く前からの付き合いなのだが、どうも名前を覚えきれないでいるんだよね。俺も困っている訳じゃないから改善しないでいる。

 しかし彼女はともかく、ユージーンは婦長補佐なのだから今は忙しいのだがなと思うが、うん…ま、良いや。


 俺の居間に戻るとどういう訳かイライジャがちょこんとソファーに座っていた。何時もならこの時間は図書室辺りでドラクルことスティラ・ザーツウェル医師(せんせい)家庭教師(ガヴァネス)として文字や文法等を教わっているのだが?


 そのイライジャのぱっちりとした瞳がこっちを見つめていて、俺の機嫌が良くないのを察したようだった。……イライジャの顔が曇る。


「……兄さん……」


 言いよどむイライジャに軽く手を振る。特に声をかける気も起こらないので無言でソファーに腰を落とした。


「……メギ、なにか飲み物を用意してくれ。ああ、酒は要らないよ…果実水を頼む」


「はい、畏まりました。あ、果実水はそのままでよろしいですか? それとも炭酸水の方で用意しましょうか?」


「それ…ああいや……うんと冷たくして炭酸でくれ」


 危うく『それぐらい気を利かせろ』と言いかけたがこれでは八つ当たりだ。自分が思っているよりも苛立っている事に気が重くなる。

 気分でも変えようと煙草でもかと思ったのだが、あれはたいして役に立たない。だいたい俺が煙草を吸うのは舞台の演出に過ぎない、今はそんな小道具なぞ必要なんて無かった。

 メギは手早く果実水を用意した。

 差し出したそれを一口あおる。俺好みの柑橘系の爽やかな味が炭酸水と合わさり、少し気分を良くしてくれた。


 俺の気分が落ち着いたのを見計らったのかユージーンが口を開いた。


「坊っちゃま、あの方々の坊っちゃまに対する態度は不遜な行いです。何らかの形で然るべき報いを受けさせるべきかと」


「……ユージーン……」気のない素振りでユージーンに視線を向ける。


「不敬は承知のうえです。ですが辺境伯位にある格上の貴方様に不敬を働く下郎は礼に遇する必要は認めません」


 いつに無くユージーンの態度は硬い。ま、さもありなんのだが、俺としてはそれを咎めねばならなかった。


「それが不敬だと判っているのなら、その発言は看過出来ないのだがね」


「坊っちゃま、主人を蔑ろにされ怒りを覚えない使用人は居りません。坊っちゃまが私に不快感を感じ、これを罰するのであれば私に否応はありません。ですが貴方様の使用人…ジルベスター以下のみなは不快を隠す気はないのです」


「そぉですよ旦那様! わたしも気分が悪いです」とムギも乗っかって発言してきた。


「その言葉は嬉しく思うよ、ありがとう。だがな態度に表すな、平静を装え。

 ……それにだ、俺とて何もしないでいるつもりは毛頭ないさ。丁度いい…ユージーン、ジルベスターとフレイ、料理長の三人を呼んでくれ」


「……なにかお考えがございますのね?」


 ユージーンの探るような瞳に頷いてみせた。それを受けた彼女の表情が微かに和らいだ。


「わかりました、お三方を呼んできます。少々お待ち下さいませ」


 ユージーンが居間を出て行く。それを眺めてからグラスの果実水を飲み干す。


「……旦那様、もう一杯いかがですか?」

 

 メギが果実水の入っているピッチャーを持ち上げた。


「そうだなぁ…もう一杯注いでくれ」


 彼女がおかわりを用意するのを見て、そういやイライジャも居たんだっけな、と思い立った。

 側にいる義弟を気にかけてやれてなかった自分の余裕のなさに腹が立つ。


「イライジャ、君も何か飲むかい? ああメギ、イライジャにも何か出してやってくれ」


「はい。ねぇイェラ…旦那様からのお達しよ、何が良いかな?」


「あ、はい。えっと…えっと、あ、兄さんと同じでおねがいします」


「うん分かった。けど炭酸は弱い目の方が良い?」


 当初、イライジャとユージーンら使用人達の関係は微妙だったが、最近はやり取りがスムーズになってきた様である。徐々に自然な応対出来るようになってきた。


「メギ、イライジャとは上手くやっていけそうか?」


「はい。そぉですね、わたし達はイェラと仲良くできると思ってます」


 メギの答えに満足して頷いた。続いてイライジャにも訊ね、その前向きな発言に笑顔で応えた。

 そうこうしているとユージーンがジルベスターらを連れて戻って来た。

 揃った四人を見渡す。


「忙しいところ呼び出して済まないな。…先の連中の態度に憤っているのは聞いた。

 で、だ。それに厳正に対処との意見があるのは俺もしっかり理解した。だがな、俺としてはそんなモノ無視しちまえ、と思っている。

 ああ、だからと言って何もしない訳じゃあない。子爵には然るべき妥当な対価を払って貰うさ。

 ……ここまでは良いかな?」


 ジルベスター達は納得したのか頷いた。


「よろしい。では続ける。

 はっきり言うがこの縁談…婚姻は失敗している。以前から感じていたのだが先にそれが明確になった。

 妻になる予定のアーデルハイド嬢の態度…視線に気付いたか? アレは妻となる女の態度ではない。あれは端から俺を嫌っているのだ、到底まともな妻とはなるまいよ。

 だがね、ソイツは重要ではない。必要な時に必要な演技をしてくれればそれで構わない」


 一度口を閉じた。ひと呼吸置いて続きを話す。


「演技すら出来ないのであれば、ふん……退場も考えても良いな。まあそれは今は良い。

 さて、話はかわるが俺の婚姻の根底にあったのは何だ、ジルベスター?」


 家令であるジルベスターはこの婚姻話の発端を承知している。それを改めて開示するよう求めた。


「は、では申し上げます。

 この度の両家の思惑は、ファーレ家は西部の市場に販路を広め、当家経済圏の拡大を計りました。御存知の通り他領における販路の確保は当主様の果たす義務のひとつに挙げられます。また西部は通常の経済圏と異なり、西方貴族の方々が独占する閉鎖的経済圏を構築なされており、販路を得る事は絶好の機会であります。

 次にユシュミ家ですが、あちらは販路の拡大を目論むのは二の次であり、当家からの結納金を受け子爵家の財政に弾みをつける事を狙っておりました。

 前当主様はお気になさっておりませんでしたが、ロイド様が内情を探るようにとの指示を受け調べた所判明したのですが、子爵家の財政事情は芳しくなく、少しでも潤う様に苦労なされているのです。

 こと結納金は有力な資金であり、かつ、以後の当家からの資金援助を引き出す事は重要な戦略目標だと見られています」


「有り難う。今ジルベスターが話した通りだ……この結婚は詰まるところ『金』の問題に過ぎない。俺からしてみれば別に子爵家が左前になろうが知ったことではないし、ファーレ家の経済圏の拡大は大した問題ではないと考えているのだよ。

 それにだ、例え子爵領に物産販売事務所を設けた所で、あの閉鎖的な西方域にてどれほど経済圏の拡大が望めるのか甚だ疑問である。

 ふん、大体だな、この婚姻は端から馬鹿にされている。

格下の子爵が妻を差し出す…これは多くの前例もあるから構わないが…三女、と言う所が俺を重く見ていない事の証左だからな。

 とかく西方貴族は北部を下に見る傾向が強い。しかし、その様な舐めた真似は、こと婚姻に於いて悪手この上ない無礼な振る舞いに他ならない。

 だがね、俺は内心では破談も考えてはいたのだが、この状況は立ち回り次第では俺の独り勝ちになる、と踏んでいる」


「結納金の支払いを拒否、ですか?」


「結納金ごとき拒否も値切る必要は無いさ。たいした出費ではない…端た金だよ。金が欲しいでいる子爵に気前よくくれてやれば良い。

 だが、問題になるのは夜だ。……初夜、夜の務めをアーデルハイド嬢は俺を拒否するだろうよ。ま、賭けても良いくらいだね。

 しかし、だ、その先か後だかに子爵がヘマを仕出かす。奥方殿はともかく、子爵や子爵の息子らは立場を弁えない振る舞いをやらかす確率が高い。そこを突くのだ。

 連中がやらかすであろう無礼な振る舞いに此方は掣肘を与える事の出来る明確明瞭な名分が生まれる。子爵殿には是非とも『良い思い出』を抱いて帰領して頂こうか、と考えた」


「なる程、理解しました。では暴走するよう誘導すればよろしいのですね?」


 ジルベスターはしきりに頷いていた。


「その通りだ」ひとつ頷き、視線をジルベスターからフレイに移す。


「フレイにユージーン、貴女方は連中に侮られるようワザと下手に出てやって欲しい。全使用人で煽るだけ煽ってやれ。

 子爵父子だけでなく、そのお付連中にも同様に仕掛けてやるように。……君等に負担が掛るのは心苦しいが是非に頼む。

 でだ、腐っても俺は伯爵位にある男だ。子爵ごとき田舎代議士上がりの貴族…いや、貴族モドキに舐められて『はい、そうですか』で終わりにはしないさ」


 ここで一度区切り、ソファーから立ち上がる。


「ずいぶんと狡っ辛いみみっちい戦だが、ここで貴族闘争の何たるかを子爵に実地教育をしてやる。

 ……諸君、我がファーレはユシュミ子爵の頭を踏みつけ、連中を平らげるぞ」


「畏まりました我が主。誓って旦那様に勝利を進呈してみせますでしょう」


「ロイド様。貴方様の女中一同は改めてロイド様に誓い、かの下郎を御前に平伏させてみせます」


「我ら料理人も存分にお使い下さい」


「坊っちゃま、坊っちゃまが依然に仰っていた『はにーとらぷぅ』とやらを実践させて頂きます。私ではお役に立てるかどうか分かりませんが、侍女一同は喜んで参加しますので楽しみにお待ち下さいませ」


 四人からの宣言に満足して頷いてみせる。


「諸君らの忠義、嬉しく思う。だがね、特に女中の方々は身を差し出す必要はない。仕掛ける際、身の危険を感じればすぐさま逃げる様に、良いね? 

 ジルベスター、女中達を決して一人にするな。常に男を一人は控させるよう通達してくれ。隙をみせる必要はあるが、うちの者が被害を受ける事がない様にな。ヒューレイルを俺付きから当該期間は外して、館の警備に充てろ。

 あとは…そうだな、かの奥方殿には仕掛ける必要は認めない。彼女は賓客として丁寧に扱う事。……なにも偽善や慈悲だけではない。

 待遇に格差をつけて奥方殿以外の連中を下に見せつける手段でもある。姑息な事この上ないが、なに、これも戦術のひとつで戦場(いくさば)のならいだ。気にせずに行こうか。

 ただし、向こうさんの使用人らで礼を守る者にはこちらも礼に沿って対応するようにな」


「御当主殿、方々にお出しするお食事の方は何か為されますか?」


「食事までどうこうするつもりはないよ。

 あ、そうそう晩餐なんだが、連中な長旅で食欲にも問題があると思う。食目に消化の良い(あつもの)を増やしてやってくれないか? 

 それとだ、寝床にせよ飯にせよそこら辺は手を抜くな。それ以外で連中が自滅するように仕向けば良いさ。

 さて、了解を得たようだな。よろしい、これより戦にむけて行動開始する。以上だ、解散」


 俺からの指示を受け、四人は居間を出て行った。見届けてひとつ息を吐きソファーに再び沈みこむ。


「旦那様、面白くなってきましたね! バーンとやっちゃいましょう!!」


 メギが明るく煽る。


「面白がるなよ……だが、まぁ、精々楽しんでやろうじゃないか。メギ、館の俺の(ばつ)には今の話を周知させてやってくれないか? 閥以外は乗り気にならないだろうからな」


「旦那様、先日の改定で今や館は旦那様の権勢が確立されましたよ。みんな協力してあんな連中に思い知らせます」


「ほう、そうかね? カルルッセスにバルセル、マリーヤ、ナルミらはどうだったかな? 彼らは俺への好悪よりも給金の良さを選んだ連中だ。俺が恥をかいても何とも思わないさ。いや別に全員から好かれたい訳じゃないので構わないのだがね」


 四人の名前を出したらメギの頬が引き攣った。


「ところでイライジャ、勉強の方は順調かな? 今日は先生からどれ位教わってもらったのかね」


 話を打ち切りたいのでイライジャに話を振る。


「うん! あ、はい。今日はじゅつごを中心にぶんぽうを教えてもらいました!」


 元気の良い返事に俺もニッコリ笑顔で頷く。


「うんうん、結構だ。先生からの教え方は問題ないか?」


「はい。ていねいに教えてくれます」


 まだ発音がおかしい所があるがその進捗状況は悪くはない様である。

 ドラクルを連れて帰って来たが、こちらの地で放り出す訳にはいかない。しかし無為に過ごさせるのはそれで問題だ。ならばと思いイライジャへの家庭教師を押し付けたのだが、意外と彼女には先生役も合っているみたいだった。

 それから晩餐までイライジャとのお喋りを楽しんだ。この()は生い立ちからは考えられないくらい賢く、面白い存在なのである。

 将来は一家を立ち上げさせる予定であり、その時にどんな大人になるのか楽しみだ。


 

 そして夜になり晩餐の時間が訪れた。

 晩餐にはコース料理ではなく、自由に選べる立食形式風にする事にした。

 

 北部は特に名物らしい郷土料理がないのでとりたて目新しくも無い普通の無難な料理ばかりである。


 そりゃあね、魚にしても肉にしても地域ブランドはあるさ。が、日本なら神戸牛や名古屋コーチン、薩摩の黒豚とかあって有名だ。しかし北部にはコレだ! ってメジャーブランドがないのだわ。在ってもマイナー過ぎて正直洒落にならん。ブローグ伯爵んトコの金鱒なんか代表だな。美味しくても金鱒はあそこの湖の固有種だから他所じゃ育たない。いや、あるのかも知れないが誰も熱心に広めていない。

 我がファーレ領でも特産を考えさせているが、成果を出すには五年十年かかる事業だ。

 気の長くなる話だが、今日種を植えても明日に根が張り、明後日に花開く事などないのだ。特に経済の発展にはしっかりとしたビジョンを画き、地道に広め、辛抱強く行かねばならない大計が必須である。一足飛びに発展なんて夢物語はそれこそ寝言の範疇だわな。

 ……二十年だ。二十年後には北部にファーレ領在りとしてみせるさ。領地を豊かにし、臣民を安寧をもたらすのは領主の責務、領主の本懐であるのだ。実にやり甲斐のある人生だな。


 ……しかしだな……取り敢えず俺が広めさせているのはクリームパンとかの菓子パンとは、その、いささか情けない話なんだとは思うのだが……。

 超ウルトラゴージャス素敵仕様高級万年筆プロジェクトは帝都のメーカーさんとの合弁事業だし、古都再生プロジェクトは始まったばかり、地場産業のテコ入れだって処端に手を付けたに過ぎない。

 わかっちゃいるが、先は長いのな。あっはっはー。


 とまれ、今は客人らの応対だ。主催者としては遺漏なく事を運ばなければならないからな。

 

 子爵は意外と健啖家なのか料理をあれこれパクついている。肉料理も魚料理も野菜類もスープの類いも万遍なく手を付けている。……凄い食欲だ。何日も馬車に揺られた後なのにあの食欲は尊敬すら出来る所業だわ。ん、酒はあんまり呑んでないな? 飲み物は口を湿らす程度のようだ。

 息子二人はそれ程でもないが食べている方か。兄弟どちらもあちらこちらから摘んでいる。まあ食欲があって出された品を平らげるのは悪くないな。礼や品位はともかく、ゲストとしては文句ない。


 俺は適度に話題を振り、連中に食を勧めた。連中…特に長男はあからさまに俺を見下しているが、次男はいま少しマシである。…程度問題だが…。


 奥方殿と娘さんはやはり疲れたのだろう、早々に充てがった客室に引っ込む。彼女らは粥を少しだけ手を付けただけだった。後で小腹が空くかもしれないので冷めても構わない軽食を用意させよう。

 子爵一家を敵性認識しているが、主催者(ホスト)側としてはサービスに手を抜くなどは有ってはならない。それはそれとしてキチンと招くのがまともな対応だからな。


 晩餐は一刻半、二時間半以上かけて行った。予想を超える子爵の食欲に驚いたが、宴なんてモノは貴族なら一刻は余裕でオーバーするのでこれは早い方である。


 婚姻の式が始まるのはこれより五日の後となる。式が終わっても二日程は滞在するのでしばらくは饗応に手間がかかる日が続くのだ。

 俺はこのような経験は初めてなので全く手馴れていないから手順や作法の不備が心配である。全行程をこなす体力はあるが、ペース配分には自信がない。

 幸いにも人生経験豊富なジルベスターを始めとする年長者がいるので、彼らには色々と世話になろう。


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