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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第1章 ロイド辺境伯、改革を始める
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第二十五話 ロイド、隣の伯爵家に向かう

 買った奴隷達に俺は宣言した。

 『今より期間を定めて荘園を開墾し、農業を始める』事と『期間が終れば解放し、小作人としてその荘園にて働いても良い。また、解放を望まないのであれば奴隷身分のままで、継続して労働して貰う』事を宣言したのだ。また、未成年奴隷には基礎教育を施し、成人後は解放させる事を。警備に当たる奴隷は期間内の給与を定め、期間を過ぎた時点で満額なら解放。満額でないなら期間を延長。この旨を説明した。

 先にも触れたが、奴隷にかかる税金、衣食住は主人持ちだ。中央に近い地域なら税金も余計にかかるので人気がない。地方に奴隷が多い所以である。


 俺は彼等を買い取った金額から諸経費を込めた総計を割り振り、3年を期間とした。個別にすれば管理が面倒なので技能別で割り振った。その間に基本的人権や一般市民としての常識、税金などの義務を教えるのだ。

 権利と義務は軽くは考えさせてはならない。奴隷階級には文盲も多いので、簡単な読み書きや計算は教え込まなければいけない。それは俺に課せられた義務だと考える。


 俺にしてみれば、これが俺なりの奴隷解放だ。対価を得て、損得を考えさせ、進退を決めさせる俺なりのやり方。

21世紀に生きた地球人としての良識と為政者としての今の俺の生き方を天秤にかけ、弾いた答えなのだ。


 良いか悪いか、善悪の問題ではない。俺の、俺としての良識の問題なのだから。

 地球人としての常識ならアウトだ。しかし、異世界の異世界に生きるひとりの人間の常識なら、これもまた異端である。故に善悪の問題ではないのだ。

 奴隷が可哀想だ? ああ確かにそうだ。だが、単純に解放させても良いのか? 違う。それは違う。奴隷もまた社会の歯車のひとつである。その社会における存在意義や必要性を考慮しなければならない。善や悪、気分なんかで気楽に答えてはいけないのだ。


 ここは地球じゃあない。地球の、日本の常識なんかで語られても困る。


 なら改革を迫るか? 出来はしない。そんなに簡単な話じゃない。


 ならば見捨てるか? いや、許しはしない。許されはしない。


 ならばなんだ? なにが出来る? 考えろ、考えろ! 


 期限を定め、教育し、答えを選ばせる。これが俺なりの答えだ。悩んだ割には単純だが、これ以上のベストアンサーは出なかった。確かに満点ではない。それは認めるさ。しかし、だからと言って、これ以上の解答は考え付かなかった。

 単純に解放させる案は無能の極致、責任の放棄に他ならない。また、全ての奴隷を所有出来るほどの財力なんてない。出来る事は広くない。無いならば、今出来るその最善を模索しなければならない。

 それがこの答。ちっぽけだが、今出来る俺の俺なりの解答だ。誇りたいとも思わないが、卑屈になりたい訳でもない。達成感も充足感ないが、それなりには納得している。

 だが、次があるなら、その時はもっとマシな答に行き着いてやるさ。


 次か、次なんてあれば良いがね? ふん。

 

 さて、俺の采配はどう転ぶのかねぇ。出来れば良い結果を迎えると良いのだが......。

 




 ある日、我がファーレ辺境伯領に隣接するブローグ伯爵領から緊急の連絡が届いた。

 害虫の大量発生による森林被害だというのだった。

 ブローグ伯爵家の主な産業は樹木の出荷だ。別にブローグさんの家だけじゃない。中央以外ならどこにでもある、ありふれた産業だ。我が伯爵家もそうだ。中央や大都市近辺はとっくに開発されていて、森林産業等はやってられないのが現状なのだがね。

 ともあれ、俺は害虫に対処するためブローグ領に向かった。用意するのは大量の薬剤と苗木。と、まぁ人員だ。別に俺が行く必要はないが、事後の対応がメインなのだ。


 これには深刻な背景がある。

 ブローグ伯爵家は破産の手前にある危機的状況なのだ。いや、材木を産業とする貴族家は大抵これに近い。産業形態、薄利多売の林業が根底にある。

 林業は重用な産業だが、利益は薄い。薪に使う燃料の単価が安いのと、トイレットペーパーや生活に密接した紙製品の普及している現状において、その生産量がだぶついているのが原因だ。

 要求される消費量に対し、供給する側が、その母数が多いのだ。帝国に数ある諸貴族の多くが林業に参加しているのだ。だが、参加するなと規制はかけられない。皇帝であろうと貴族にあれこれと指図は出来ないからだ。

 ある程度なら、法律により規制はかけられるものの、貴族の行動方針自体は誰にも口を挟む事など出来ない。それが帝国の土台にある。


 話は戻すが、木はただ伐れば良いかと言えば『否』である。アフターケア。植林が大事だ。これを怠ればどうなるか? 大地の荒廃への第一歩となる。

 地球で言うならサハラ砂漠や中東の荒れた大地がそうだ。

 かつてサハラ砂漠には緑が覆い繁っていた。だが原因は不明だが荒廃が始まり、荒廃が荒廃を加速させ、サハラは砂漠と化したのだ。また、中東にはレバノン杉が有名であった。レバノン杉は旧約聖書にも登場している。こちらは乱獲の伐採が原因だとされている。


 伐採による荒廃のプロセスは単純である。木を伐る→どんどん伐る→禿げた土地になる→保水力を失う→大地が乾燥する→作物が育たない→更に乾く→荒れ地になる→砂漠化。だ。

 大雑把だし気象条件も関連するが、ソイツは割愛させて貰う。だが、まぁこんな感じで木を伐り続ければ簡単に荒廃するのだ。近世では隣の中国や朝鮮が伐採による荒廃が顕著だ。連中は植林を軽視、いや無視をし、山々を荒れさせた。朝鮮では大日本帝国の介入がそれを阻止したが、中国では砂漠化を加速させてしまっている。南米もまた乱獲が酷く、21世紀中に深刻な紙問題が浮上するであろう。

 ま、今の俺には地球の問題なぞは過去の出来事なんで、知ったこっちゃないがね。


 またも話が脱線したが、従って伐採の後は植林が必要となる。植林さえ順調なら、森林はその生態系を維持出来るのだ。

 時間はかかるが、植えた苗木はちゃんと育てればすくすくと成育する。森は甦るのだ。そしてまた伐採に移れるサイクルが完成する。

 

 ブローグ伯爵領はこのサイクルに躓いてしまった。

 原因、それは樹木を食い荒らす害虫の存在だった。害虫自体は例年存在しているのだが、昨年からこの害虫が大発生した事によりバランスを欠いてしまった。初動の遅れが被害を拡大させ、伯爵領の森林を荒れさせたのだ。

 我が領でも害虫の被害が出たが、その森林地帯を管理していた森林組合員の老練なスーパー木こりじいさんの機転と活躍により、山を3つばかり焼いて害虫を駆除したのだ。

 なお、このじいさんには感状と金子を贈っている。ホンマありがとうやで。

 山は焼けたが丁寧に処理すれば木は甦る。ちなみに、このじいさん(ヴェルナール・チトセ、68歳現役......嫁さんが40歳ほど若いらしく、夜もお元気らしい。はっはっは)は、この害虫の大発生を若い時分に経験しており、いち早く対処出来たのだと説明を受けた。老練たる所以である。


 しかし、此方ブローグ伯爵領はその幸運に見合う事はなかった。

 財政的に低空飛行だった森林産業は敢えなく崩壊し、ブローグ伯爵は俺に経済的危機状況を訴えてきたのだ。俺が出向いたのはこれが理由である。薬剤の散布、苗木の提供(有償無償含めて)は表向きの要件にすぎない。

 伯爵が俺に話を振ってきたのは、伯爵とは昔からの知己があり、かつ俺の領地の被害が少ない(ブローグ伯爵の周囲の貴族も被害は多い)からであった。

 

 俺としても子供の頃に可愛がってもらった記憶があるし、貴族仲間としても援助は必要である。しかし、旨みがない。全く旨みがない。助けるのは貴族の社交的演出に過ぎない。人員の派遣と苗木の無償提供分が俺なりの誠意である。俺も害虫の被害を受けたのだ。少なからず予算が飛んでいった現状で、あまり懐に余裕がある訳じゃなかったのだから。

 そして旨みの問題だ。破産手前の伯爵からどんな見返りがあるというのか? 

 いや、あるのだ。あるにはあるのだが俺には言い出したくない。

 伯爵の弱みにつけこんで俺の商売規模、販路を広げ、そうして産まれた影響力を盾に権益を押し付けるのは気が引けた。それはなんかイヤだ。だがしかし、どうしたモンかと悩む。

 ああ無論、全くの無償での援助なんかは論外だ。そんな偽善なぞ俺の趣味じゃあない。

 金に執着こそしないが、俺だって生活がかかっている。無尽蔵に金が産まれる金庫がある訳じゃないのだ。判断は慎重に成らざるを得ない。

 俺は馬車の中でひとつため息をついて、ブローグ伯爵家の到着を待った。


 馬車に揺られ半日。ようやく伯爵家へと到着した。

 伯爵の屋敷は歴史のある重みに溢れた建物だ。歴史ならけっして負けてはいないが、うちのはなんか悪趣味な屋敷である。こっちでの祖父が建てた屋敷はどうにも、なんか

、好きになれない様式だと思っている。正直改築したいのだが、領地の改革が先だ。予算にも限りがある。俺の気分の問題なのだから後回しだ。

 さて、目の前の屋敷だ。屋敷は慌ただしく人が出入りしていた。ちょっとした渋滞になっている。災厄の後だし仕方ないわな。俺は気乗りしない事もあり、順番待ちに加わるよう御者に指示した。


 今回の俺の同行者は、俺と執事補佐のグレッグ、お馴染みのユージーン、それと何となく呼んだらついてきたイライジャと御者の5人である。あと、別口で災害派遣の人員とこちらに融通する補給品を満載した馬車軍団が続いている。

 初の同行者であるイライジャにしてみれば何かと好奇心が勝る様で小旅行の気分なのであろう。風景を見てはあれこれ質問してくる。うん、好奇心は知識の向上の養分だ。何でも応えてやるさ。

 で、今日の彼は何時ものように女装姿だ。いや、女の子が男装してる様にしか見えない。

 イライジャのお召し物はパリッとしたシャツに細袴、ちょっとお洒落な編み上げ靴である。なんか表現が変だが男のくせに男装してる女の子そのものだ。うん理解出来ん。

 こいつは何時になったら女装を辞めるのだろうか? 俺がイライジャって呼んでも絶対に返事はしないのだ。渋々折れてイェラと呼んで、ようやくこいつは返事をする。あざといわマジで。くそ、負けるな俺。いつか更正させてやるけんの。

 んあ、なんか脱線してるな。あぁ、同行者だったな。同行者には俺の秘書を命じてあるイル・メイが居たのだが、森が焼けた匂いが精神的にツラいらしく屋敷に引き込もっている。森の民族らしいといえばらしい話だ。一応、引き込もっていては駄目だ。焼けた森へ出向いて森を浄めてこいと言っておいたが、さて、どうだろうかね? おう、ようやく渋滞突破だ。さてさて、伯爵に会うとするか。


 ブローグ伯爵とその夫人、リザベートさんに会うのは何年振りかねぇ。あぁ、もう6年か。懐かしいな。

 伯爵夫婦は俺に良くしてくれた良い人たちである。冴えない風貌であるが礼節に溢れた伯爵と、夫人というより、優しいお姉さんな雰囲気のリザベートさんは俺の来訪をずいぶんと喜んでくれた。

 リザベートさんは、嫁ぐ前は帝都にその人在りと呼ばれた才媛さんだった。理知的に、颯爽と帝都を駆け弱者救済に、あるいは人権論の論客として走り回っていた。彼女の結婚がなければ、帝国の女性改革の先鋒として名を馳せたであろう。

 あぁそうだ。レティカが憧れていたな。彼女から何度かリザベートさんの話題を聞いた。レティカも俺の思い出を熱心に聞いていたな。

 そういやリザベートさんはレティカに似ているな。顔じゃない。雰囲気だ。まあそうか、レティカはリザベートさんを模倣するような行動とってたからな。

 今、リザベートさんは何歳かねぇ? え~と、6年前に21才だっけ? ならアラサーなお年頃か。あの当時、夫妻にはお子さんが居なかった。今は居るのだろうか、聞いとけば良かったかな? 

 

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