第二十四話 ロイド、なんやかんやあって大量お持ち帰りをする
片耳エルフはイオ・イリッサ・イリスと紹介された。イリッサは省くんで、イオ・イリスで良いと言う。ミドルネームあたる部分は母の名だそーな。
イル・メイとイオ・イリスが似ている理由は彼女らは氏族は違うが従姉の関係と言ってた。イル・メイの母の妹がイオ・イリスの母だと。まぁなんでもいいんだが……。
イオ・イリスの左手は少し前に崖から落ちて、使い物にならなかったから、切り落としたとの事。落ちた際に、片目もヤられ視力が低下、か。
で、以降追放されてはぐれになったらしい。殺されないだけ親切ならしいな。でもかえって悪いんじゃないかと思うのだが?
片耳は人間に捕まった時に暴れて、勢いで斬られたと言う。痛い話だよな。しかし、生きているだけマシだとよ。本人がそういうなら別に俺はかまわないのだけどね。
さて、こいつも貰っちまうかね。俺はニンマリすると、俺の意向に気づいたか、緊張した感のある奴隷商人達の前へ出た。
「幾らなんだね、とは聞きはしないんだが? で、どうよ?」
(決まってるだろ。ゼロだよ、ゼロ)
「と申されても」とアレフ氏。
「いやさ、食費ってかかるだろ?」
よーし、どんどん行こう!
「…………ええ…まあ」
「帝国語も教えてないしな」
「……はい」
「来たばかりだから、人頭税も払ってないよな?」
「それは、はい。そうですが」
「怪我してるし、片腕だしな」
「………………はい」
「これって、おもいっきり中古品だよな?」
「…何をもちまして中古品かと」
「使用感ありありじゃん。しかも、きったないし」
「……………………」
「誰かに『引き取って』欲しいよね?」ですよね〜?
「…その、まぁ…買い手がつけばですが……」
「これを? ……ほほぅ、これをねぇ」
「…………」
「こんなんでも引き取ってくれそうな親切な人ってさぁ、果たして居るのかね?」
「な…中には…………」
「俺なら、相談にのるよ?」(おう、タダにしろって言ってんだよ!)
「…………」
「…………」
「…………はい…、了承しました……」
商人ズ全員陥落ス。ワレ勝利セシム。
グレッグから聞いていたんだが奴隷自体はそれなりに安いらしい。しかし、経費がかかる為に奴隷は高額の値段となるそうな。俺はそこを突っつかれてもらったという訳だ。
イル・メイでの金貨3枚の大盤振る舞いは、俺がアーベル・ルージュって商品の相場をまったく知らなかったからだ。それに、あのじじいに取引したいと思わなかったからな。
しかし、ま…今のは紛う事なき中古品だ。だから強気で叩かさせてもらったのだ。そしてそれは俺の勝利で終わった。フヒヒ…ええ買い物や。プライスレス最高やん。
ここで俺は自分のウッカリに気づいた。
俺、屋敷の連中に奴隷買ってくるとは言ったが、何人の奴隷を買うまでは言わなかったのだよ!
今、200人以上居ますが!? ヤベェよ、どこに収容するか考えてなかったわ!
……どどどどーする? 落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。いや、時間ないんですけどぉ!?
頭ふりしぼって考えた結果、当面は公民館を接収する事にした。一館あたりは100人位なら入るから三つばかり接収すれば良いかな?
伝令使を呼び政庁と館に使いを出させる。政庁には公民館の接収を、館には当面の采配の手配をだ。
家令のジルベスターは卒倒するやもしれんが、婦長のフレイなら上手く采配してくれるだろう。あのおばさんなら遺漏なくやってくれる。
(……まあ、叱られるのは確実にだなぁ。…むぅ、是非もなし、か)
俺は色々諦めてコトの説明と言い訳を考えた。なんで何十人いや200人もの奴隷を仕入れようとしたんだっけ?
……ああそうだ農地の拡大だ。
領内は開発されていない土地が残されている。その土地を開拓し荘園を増やして石高を伸ばすのだ。当面は帝都で雇った連中が代官に据える。代官の適正が有るのならそのまま着任させる。適正が無ければ政庁あたりでそこそこのヤツに割り当てれば良い。
技能奴隷には何の技能を持ってるかを確かめ、可能な限りの技術を生かせさせる場所に配置、と。
戦闘奴隷は軍には回さず、荘園の警備員としてやってもらうさ。あとは全員農地にだな。
子供は子供同士で組ませ、大人は大人でコミュニティを作らせて農業に専念してもらう。
あ、性奴隷の方々は行き場がないや。…しゃーない、うちで客間女中として働いて貰おうかね。彼女らは見てくれも良いし接客も習っている筈だしな。しかしピンク系にならないように再教育は必要かな?
今買った奴隷を中核に荘園の新設を進めよう。栽培させる作物は蕎麦と麦と芋を主力に麻の栽培をさせるのだ。いずれも既存の作物ばかりだが大量に増産させる。
増やし過ぎれば価格が下がるが市場はまだ余裕あるから当面は単純に増産させれば良い。
当面は、である。市場がだぶつく傾向が観測されたら必要部を残して工業区に転用する計画だ。そこら辺の見極めは難しいが、だぶついて需要と供給のバランスを崩した結果を考えれば工業区へ変えるメリットは十分ある。
一次産業は地味ながら国の土台となる経済の要だ。少なくとも領内の食料自給率は充足状態を達成し維持出来ねばならない。
飢饉はいつ起こるか、どう起こるかは予想出来ない訳ではないが、危機を目の前に対処するのではなく、危機を想定した見積もりで余裕を持たねばならないと考えている。
問題は、だ。問題は俺がちゃんと見極めれるのか、あるいは配下から進言されてたそれを、感情に流されずに冷静に聞き入れるのだろうかだ。
進んで愚か者になるつもりは毛頭ないが、愚か者になる可能性はあるのだ。
何も別段この話に限らない。これから主導する政策全般に当てはめて、俺が間違いを犯してしまう可能性や、理性が間違いを是正しないまま爆走する事態も考慮しなければならないのだ。何らかの是正する為のシステムを作らねばならない。
まぁ俺にはあれこれとスタッフが揃っているのだ。彼ら彼女らが適切に働き、俺がちゃんと管理すればたいていの事は乗り切るであろう。
彼らや俺が無能なら…ま、それは置いておく。
そうだな、あとは出来るなら家畜をもっと増やさねばならない。出来るだけ領内外から手配させて無理のないやり方で増やそう。…牛や豚はテンプレだけどもこの北部では羊かねぇ? 羊いいよな羊、あれは需要高いしね。羊毛の需要は天井知らずだ。しかし、確か今は羊の相場は高かった筈だ。
……何気に地味に痛い話だねぇ…初期コストは低い方が財布に優しいのだが…。まぁ、だから帝都でひたすら融資を募ったんだから。
融資の成果はそれなりにあった。豪商の友人オットーの家からも大口で回してもらったし、銀行や投資家に農業優先の経済発展を説いたかいもありも有って、まあまあの額が集まった。やはり一次産業は強いな。地味〜に強いわ。感心感心。
奴隷商たちがそれぞれの店に戻った。
……全ての奴隷たちが集められたのは半刻…1時間を少し下回るくらいで終わった。
全員簡素な服を纏っている。しかし、戦闘奴隷は肉体を誇示する下肢に下履きを着けただけの姿だし、性奴隷は微妙に薄い…つーか透けていて身体のラインや胸の先っぽがわかる薄さの衣装だ。サービスなんだろうけど、要らないサービスだよ。
それ以外は単に簡素な上下の衣類である。見た所全員意匠が異なっている。まあそれでも洗いざらしの質素な麻の服なんだが。
「これで全員揃いました。こちらが名簿となっております。ご確認の上、ご署名お願いします」
「これだけの人数を数えろと? 面倒だ、署名だけする。……ほらよ、これで構わないな?」
「……ありがとう御座いました。以上で今回の売買を終わらせて頂きます」
「また何人か…あ、いや何十人か揃えたい。どれ程時間が掛かるのかね?」
「は、今からですとファーレ領内だけでも…、そうですね七日はかかります。集まるには二日、計一週間後となりますが」
「一週間後にか、…領外には何か伝手は有るのか?」
今で約二百人。あと同数は買うのも悪くない。
「は、あります。人数は確認取らねば分かりかねますが、いかが程必要でありますか?」
「百でも二百でもだ。さしあたって今回と同じくらいは欲しいと考えている。今日と同じく種類は問わない」
「はい承りました」
「では失礼する。今日は良い買物が出来て嬉しく思う」
「ははっ、ありがとう御座いました」
俺を先頭にして一行、いや一団がぞろぞろと歩き出す。俺は馬車に乗ってきたんで乗って帰りたかったのだが、足の悪いじいさん奴隷が二人と、若い…嬰児を連れた女奴隷が居たので席を譲ったのだ。
女奴隷は一家の主が借金の踏み倒しの上に逃亡、彼女はそのあおりで奴隷落ちとの事。日本では確か借金は債権放棄できたハズだが、こっちではそうもいかないみたいである。
……債権放棄か、なんとか法整備できないかなぁ……。社会通念の改革や放棄による安易な踏み倒しの防止とかの整備から始めなければダメだな。まあ、周りとよく話し合ってから草案を作ってみるか。
時間がかかりそうだが千里の道も新御堂(大阪ネタ…失礼)…、千里の道も一歩からである。奴隷制度の改革の一助になるのならやってみる価値はあるよな。
……とりあえず屋敷まで帰るかね? 公民館も決まってないしね。
んで行進を開始した訳だ。
悪役じみた悪相の俺を筆頭に奴隷達を引き連れての行進か、おい、傍から見て俺って奴隷商人に見えるんじゃねーの? ヤッベ、清廉清涼さが売りの俺のイメージが悪くなるじゃないかよ! ここは愚民どもに俺様ちゃんがいかに崇高な志を持つ偉大な人物、いやスーパー偉大すぎる聖者の中の聖者…いやさ、未来の宇宙大統領であるかを大々的に喧伝せねばならない。うむ、仕方ない、仕方ないんじゃよ。気が進まないが一席ぶつか。
などと考えていたら前から足早に近づいてくる集団がやって来るのが見えた。
……おお、あれに見ゆるは我が家臣達ではないか! 先頭にはユージーンが居……あわわ、怒ってる怒ってるよ彼女、猛烈に怒ってらっしゃるのが遠目にも判る。
普段は優しいお姉ーさん(35歳、独身)だが、今は目が恐い…まさしく殺人鬼の目をしてらっしゃる。
しかしだな…何故怒るのかねぇ? いや怒るか…そーだよなぁ、200人からだもんねぇ。ぶっちゃけ、そんな人数はウチのキャパ超えてるし。
……そりゃ怒るか。しゃーない、諦めて怒られますか。
……俺の前にユージーンが立つ。怒っているのは判るが意外と不機嫌さは見られない。
「坊っちゃま。私が怒っている理由はお分かりですね?」
うーい、理解してまーす。
「はい。ちゃんと。…でさ、ジルベスターはどうした? やっぱり倒れた?」
「倒れました」と即答。
「んじゃ、采配はフレイが?」
「はい。婦長様が只今全力で奴隷達の受け入れを采配されています。私はこの場の監督として参りました。
ですが、婦長様を始め屋敷の者は怒ってますよ? 御当主様に不敬で有りますが程度がございます。しかしながら下の者であっても諌める必要があれば寧ろ諌めるが正しい在り方です。故に婦長以下、この度の坊ちゃまの行いは…何をなさったのかは別として…叱るべきだと思っております。
もちろん私もどう叱りつけるべきかを悩んでおります」
「いや、ま、怒らないほうが健康的だと」
「思うのですか? 坊っちゃま…確かに健康を考えるのなら怒るのは控えるべきです」
「そうだね美容にもわ……」
ユージーンの怒りゲージか上がるのを感じた。全くの失言である……。
「……いえ、何でもないです」
それから衆人環視の中で、ユージーンから叱りつけられましたよ。
無闇に罵倒せずに俺の体面を守ってくれながらなのは、やはり優しさだからか。……有り難いんだか有り難くないのだか……。
ユージーンの小言を聴きつつ、俺達一団は一刻以上かけて館へと着いた。
ひといき入れて、俺は買ってきた奴隷達の前に立つ。
「聴け、皆の者」
俺は口を開く。
俺なりの奴隷開放の始まりだ。まぁ、彼らは何年かは奴隷のままだが……。
それでも始まりは始まりなのだ。俺にせよ、この奴隷達にせよ何がしらの変化は起こるのだ。