第二十三話 ロイド、アーベル・ルージュの女奴隷を所持するに至る
これで帰るとは思わんよな? そーだよ、そいつらだよ。そいつらで『全部』なんだがね?
「そいつらは?」
「え?」と疑問符を浮かべるひとりの商人。。
「そいつらだよ。俺は『全部』と言っただろ?」
俺の意図する事を知ったじじい達。急に慌て出す。彼らが連れて来ている奴隷は、自分を飾る装飾だ。商人を飾りたてる生きた装飾。この奴隷達はずいぶんと商品価値を高く設定してるだろうさ。是非とも売ってもらおうか。
「いえ、この者は……あの…はい…提供させて頂きます」
と商人の一人があっさり陥落した。諦めたのか開き直ったのか他の連中も差し出しはじめた。が、一人あのじじいが渋っていた。
女の奴隷がひとり残っている。
「これは、その……特別な奴隷でして、売り物では無いのですがね」
「幾らだ?」
「は? いえ」じじいは粘る。
「幾らだ、と聞いている」しかし俺は押し込む。
「答えろ。幾らだ?」
「……これは、契約魔術を使った奴隷でして移譲するには特別な、その特別な契約の儀を行なわなければ……」じじいの口調が弱まった。
「なら、金貨三枚を上乗せだ。ふん、足りないなんて言うなよ」ここはプッシュだ!
「……………い…移譲します」
じじいはようやく陥落した。ザマミラーw しかしコレは俺のポケットマネーからだ。余分な出費に財布の中は小銭しか残らなかったがな。これじゃあ、辻馬車しか乗れないよ。まいぅ棒買ったら、ジュース買えない金額じゃん。とは言え俺は自分の財布なんぞ持っちゃいないのだ。俺には常に従者が居り、その者が財布の紐を緩めるので俺自身が支払う事はない。
そして、移譲の儀を行なう……。
契約魔術…それは特殊な魔法による魂のレベルで個体と個体とを結ぶ魔法だと説明を受けた。
通常の口頭や文書による破棄は出来ないと言う。一度この契約魔法を使えば解除出来ないらしいがそれなりの代償を払えば再契約出来る…らしい。
詳しい事は秘儀なので説明はされなかった。そして俺は知らないまま移譲の儀式を受け、その女奴隷の所有者となったのだ。
儀式自体は最初にじじいと女奴隷が並び、商館専属の魔法使いがむにゃむにゃ言ったら女奴隷の左の上腕部がかすかに光を帯びた。
じじいが離れ俺が並ばされる。で、また魔法使いがうにゃうにゃ……で終わった。一瞬、胸に小さな疼きがあったのだがこれは気のせいかもしれない。
「契約移譲は完了しました。どうですか体調の方は?」
魔法使いが儀式を終えたあと聞いてきた。
……うん、どうもないな。至って普通だよな。
どうもない事を告げると魔法使いは素っ気なく『そうですか』とつぶやく。
「……とりあえず…なんともないが、何かあるのか?」
「いえ、特に」
「……さよか( •´ω•` )」
肩透かしをくらったが気を取り直して横に立つエルフ女に顔を向けた。
「で、俺が新しい主人だ。君の名は?」
エルフ……アーベル・ルージュ、森に住む蛮族。
青白い肌に金色の瞳と横に伸びた長い耳、やけに長い手足が目立つ。資料によると、石の斧と粗末な弓を持ち、腰に皮布一枚の野蛮な種族だと記載されているが、実際には鉄器などに頼らず……加工技術に頼るのではなく、それら自体を必要だとは思っていないらしい。
文明化を否定しているようだが、けっして野蛮人の類いではないのだ。その証拠に連中は王による支配体制を構築しているが、王や部族長の選出は選挙による形式をとっており、支配自体も民主主義的な運用をしているそーな。
いやはや、このエルフさんはマジ美人だわ。頭や身体が小さくて脚が長いので加工人形みたい。しかしこんな悪趣味な衣服だったか? ……ああそうか、じじいの趣味か。……いやマジ悪趣味な衣装だよな?
それにこの貴金属の装飾のジャラジャラ感が酷い。よし、要らんな。剥がそう剥がそう。
おっと、その前に名前だよ。
「おい、君の名は?」
「……………」無言。
無視? え、マジですか?
「……イル・イルフ・メイ」
とポツリ呟いた。え? 居る?
「イル・イルフ・メイだよ御主人。元はメイ族の族長で人間に滅ぼされて奴隷送りだ。……長ければイル・メイと呼べばいい」
ほほぅ、族長さんでしたか。そーですか…イル・メイね。オッケー。
「俺は、ロイド・アレクシス・フォン・ファーレ。御主人様とか旦那様とか辺境伯様とか好きな呼び方すりゃいいさ。
……ではイル・メイに命じる、その『悪趣味な』装飾を取っちまえ」
ヒヒヒ、言ってやったよ。悪趣味なんだよ!
……あ? じじい怒るなよ血管切れるぜ? うひゃひゃひゃ。
イル・メイはニヤリと嗤うと、付けた飾りを取りはじめた。お前も悪趣味なんだと思っていたのかよ。そーいや、なんで帝国語話してんの?
「イル・メイは何故に帝国語を話せる?」
「……奴隷送りになってから覚えてさせられた」
「そか」
「ああそうだ、御主人」
……彼女は言いながら装飾品を全て取ると、そのまま衣服まで脱ぎ出した。
……ぉおハラショー! おっぱいハラショー!
いやいや誰か、誰か服持ってきて! 早く早ーく大至急でーっ!
「なぜ脱ぐよ?」
「邪魔だから?」しかも疑問系かい! …なにナチュラルな顔で言う?
……どうやら…この女は天然らしいな……。あ、じじいが出て行った! 機嫌悪そーだなぁ大丈夫かなぁ(棒読み)
そうこうして、ようやく契約にこぎ着けた。
……これが契約書でこれも契約書、…これが委譲書にこいつは念書か、はいはい。
…………はいよ。書きましたよ書き終わりましたよ! 俺様の直筆だからな、ありがたく受けとれい!
アレフ氏が一同の代表として書類のやり取りを担当した。
しかし、この商談は成功なのか失敗なのか、判断に迷うな。どうも向こうも同じように感じてるようで、顔が渋い連中ばかりだ。……まぁ、こんな大商いなんだ調子も狂うさ……。
でも、すっきりしないなぁ。内心ボヤいてみる。……なんかもう一幕ないかな?
ああ、別になくて当たり前だよな。出かけるたびにイベント遭遇なんてアニメやラノベのテンプレだ。そんな面白人生なんか要らねぇよ。俺は堅実真っ当に生きてるんだからな!
「……これで商談は終わりとなります、閣下」とアレフ氏が話かけてきた。ひと仕事終えた清々しい顔をしている。
「あーそうだな、無事終わって良かったよ(けど理解してるのかねぇ? あの金は換金出来るかまで、を俺は保証しなかったんだがな)」
「はい閣下。この度は良い商談でした。閣下におかれましては、またご利用していただいて貰うよう期待しておりますので」
だなぁ…まぁ同意するわ。こんな大商いなんて商売人なら絶対に反対するもんか。ま、潮時だな、退散するか……
と、席を立とうとしたら……。
おっさんが一人、猛スピードで突っ込んできた。
「なんだ騒がしい!? 今は商談中だぞ!」
アレフ氏が怒鳴る。猛スピードのおっさんは、それどころじゃないと言わんばかりに捲し立て始める。
「代表! 緊急です! あ…アーベルが…アーベルが捕獲されました。はぐれです!」
おや、事件か? しかもエルフを捕獲だと? しかし、はぐれってなんね?
説明を受けたくて周りをみわたす。だが商館の連中はガヤガヤと身内だけで騒いでいるばかりだ。
ひとつため息をついてそばに控えてるイル・メイを見てみる。コイツなら何か知っているかもしれないしな。…で見れば彼女の耳がヒクって動いたぞ。
小声でイル・メイに尋ねる。
「なぁ、何が起こったのか分かるかイル・メイ?」
同じく、彼女も声をひそめる。
「おそらく、同族。しかし…彼の言う『はぐれ』は意味がわからない」
あ、そうなの。なら様子をみるか。
アレフ氏は余程の事らしく慌てて出ていった。あの人、慌てすぎじゃん。商売人としてどーかと思うのだが……。
残りの商人達は、何やら雑談に移行した様である。先程までの喧騒は鳴りを潜めた。……ついでだ、ここは質問してみるか。
「なあ、あんた方、アレフ氏は何やら急用の様だな。 でだ、ちょっと聞きたいんだがね?」
商人の中の一人のおっさん(男の奴隷を所有してた)が、小さくため息をついて立ち上がった。渋々嫌そうに口を開く。
「……アーベル・ルージュを捕獲したのです。閣下」
いや、それは分かるんだが……。
「うん、そいつぁ理解してるよ。俺が聞きたいのは『はぐれ』ってやつだ。アレフ氏は飛んでいったじゃないか」
おっさん(多分モーホーである。…いや、なんかさぁそんな感じなんよ)がまたため息をついた。誰だっけ、ため息をつく度に幸せが逃げるって言ってたヤツ。…このおっさんに教えてやれよ。
早くしないと、このおっさんは不幸になっちまうよ。
「はぐれは、はぐれです。簡単に言うと、群れからはぐれた個体を捕まえた…からです」
確かに簡単だな。しかしそう事件みたく騒ぐかね?
と思ってたら顔に出てたようで、おっさんがまたため息をついた。……いい加減さ、そのため息をつくの止めにしなよ。なんかウザいよ……。
「……珍しいのですよ。アーベルは普通、群れで行動します。用心深い性質なんで」
……ほぅそうかい。おい、イル・メイよ。それを言えよな。
その彼女は、( ; ゜Д゜)ナナンダッテー、みたいな表情をしていた……。
おい、お前はその種族の族長だったんだろうが! ……意外とこいつポンコツだよな?
決めた、これからはポンコツって呼んだろ。あ、でもヘルメットじゃないんだけどね!
「おいポンコツ、なんで群れで行動するの? 森の種族なんだろうが、森ん中は庭みたいじゃないのか?」
「ポンコツとはなんだご主人?」
「俺の故郷で『尊敬します』って形容詞なんだよ」
プー、クスクス…言ってやったぜ! お前、ポンコツに決定な! …っておいおい照れてんじゃねーよ、バーカバーカ。ポンコツ族長のブワァーカ。
「ん、んん…われわれは一人じゃ行動しないのだ。それが当たり前なので忘れていたのだ」
「ふうん…まぁ、そうだな。森って危険だしな」
と、しばらく彼女に森の生活とやらを教えてもらった。
俺とポンコツ族長とで気のない雑談してると、アレフ氏が戻ってきた。どうやら件のアーベル・ルージュ…エルフを連れきたようである。
……そのエルフも女性だった。…見ればわかるさ、だっておっぱいモロだしだもん。
エルフはエロフ。実に目の保養である。見ているぶんには良いと判断した君、正解正常。しかし歳をとったらシワシワになる? …じゃないんだな。
ポンコツの話によると、アーベル・ルージュ達は基本不老らしい。
成年まではすくすくと成長し、成年になれば以後は成長は止まりほぼ固定となる。しかし『ほぼ』だけあり多少は歳を取るとの事。
で、ある日コテンと逝っちゃう。…ポンコツ族長はそう説明した。
「……ならポンコツ、お前は何歳なんだ?」
「40になる。…ヒトで言うなら20才くらいになる」
年寄りなのか若いのか判断しづらいな……。…40か…人間基準なら中年になるが、エルフ基準なら若造になる訳だ。
……若くて族長をやっていたのか。なら相当に出来るヤツになるのかな? ふん、まぁ今は関係なくなったんだから構わないか……。
で、連れてこられたのも、若いエルフだった。
見た目と年令は一致しないから、実年齢は何歳なのだろうな?
…あ、特徴発見! ヤツは片耳だ。…いや…耳は半ばで千切れている。それに左手がないな。……傷口はとうに塞がっているのが見て取れる。どおも『はぐれ』ってのはそこに理由があるみたいだ。……それにだ、なんか違和感があるのな……。
あぁなるほど、ポンコツに似てるんだ……。
「イオ・イリス!」と片耳が叫んだ。え、なに?
「※※※※※※※イル・イルフ・メイ! ※※※※、※※※※※※※※、※※※※※※※。※※※※※※、※※」
突然、片耳エルフが連中の言葉でしゃべりだした。
「※※※※。※※※※※、※※※※※、※※※※※※。※※※※※※※※※。※※、※※※※」
隣のポンコツもエルフ語で会話しだす……。
……分からん、誰か通訳ヘルプミー! エルフの会話なんて初めて聴くから解らないんだがね!
しかし、これで二人は関係者なのは確定した。
しばらく彼女らは何やら早口で巻くしまくっていた。俺達一同は呆然と眺めるしか出来ないで居る……。