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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
序章 ロイド辺境伯、第一歩をふみだす
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第二話 ロイド、図書館で告白される

 俺はオイゲン国務尚書とのニ刻弱(四時間弱、長かった)の会談を終え、図書館へと戻る事にした。従者に先に戻っておけと指示しなかったからだ。

 外はすっかり暗くなっており、足下を照らす必要があった。そこで俺は付与魔法を使う事にした。内府にてランタンを借り、燭台の所に手頃な石を置き、光の魔法を付与した。これで夜道も安心。


 ちなみに、この世界には星がない。東西南北の虚空に一つずつ明かりが灯っているだけである。しかも昼も夜も灯っている。


 北に青白い『ベクティホール』、西に鈍く光る『アトランタ』、南に輝くような緑の『セチ・エレン』、東に琥珀色の『いざよい』と不動の4つの光源が瞬く。


 どこまで行ってもその位置は変わる事がないので、緯度と経度は測量できないが、少なくとも方角は間違える事はない。なお、定番のお月様は何故か存在しない。その為、夜はひどく暗い。いや、真っ暗だ。暗いから夜を照らす光りに関する魔法はむやみに需要がある。


 この世界はいびつだ。月も太陽もなく、湾曲した地平線も存在しない。誰かが説いたが、どうやらこの世界は平坦な世界らしい。


 『イクサリア』と、古くからの記録がある。それが厳密になにを指しているか不明なんだが、この世界の名称として認識されている。

 余談だが、星空がないので占星術が存在しない。そのため暦の意義も薄いのだが、暦は『ないと困るから』という理由であったりする。


 

 一応、帝国では第1王朝に帝国創立時に、帝国暦を制定した。現在は帝国歴第3王朝722年の暮れ月である。


 ここで時間の単位などにも触れておく。帝国では1分という概念はない。一応1分あたりが60秒という概念はあるがね。

 単位は1微(60秒)、1寸(3微)、1刻(2時間)、1日は12刻。で1ヶ月が30日の3週間で構成されている。

 曜日も制定されているが地球とは随分と違う。日曜日が休日というのも当然なく、代わりに週末が安息日となっている。


 ちなみに、祝日は一年の頭、初つ月に5日間。豊穣を祈願する新緑月の1日。夏の照る月の5日間である。


 こうして1年は、初つ月(1月)新緑月(2月)祈願月(3月)風来月(4月)清光月(5月)清流月(6月)照る月(7月)乾の月(8月)宵闇月(9月)曇り月(10月)涙雨月(11月)暮れ月(12月)となっている訳だ。なんかフランスの季節感あるね。もしかしたら、フランス人の転生者とかが居たのかも知れない。


 それと脱線ついでに1日の過ごし方を。

 市民(臣民=広義における帝国籍を有する人、または貴族を含む有権者。公民=大公領と公爵領の有権者。国民=一般に認知されている、いわゆる民間人)の1日のあり方は、明けの1刻(午前4時)に起床。

 事務仕事や畑仕事等の労働開始。婦人や未成年者たちは食事の準備を行うなどをする。明けの2刻に食事。以降また労働タイム。

 正午の食事は基本無し。軽食を食べるくらい。午後の2刻(午後4時)で労働は終了。夕食までは趣味に講じるとか、使った道具の手入れ、それに買い物等で時間を消費する。

 そして、暮れの1刻(午後6時)に食事。後は適当な時間に就寝となる。


 食事の補足。一般市民や司祭職なら1日2食、貴族は3食食べるのが基本。夜勤のある使用人や軍人は4食。また位階に関係なく、お茶の時間は当然の様にあったりする(グレードの差はあるが、基本文化としてあるだけで、砂糖の流通の関係上あまり旨い茶菓子はない。上質な砂糖となればクレイジーな値段となる)。

 普通の砂糖百グラムが200円とするなら、上質な砂糖は百グラムで1万円相当(!)の金額なのだ。これでも随分と安くなった方。前はこの2倍以上だったのだから。

 ついでに付け加えるが、内府に行く前にシュークリームを出したが、その原材料にはタマゴと牛乳が必要だ。しかしタマゴだってかなり高い。1個で300円くらいにはなる。まぁ牛乳は変わらないかな? つまるところシュークリームなんて日本では安いお菓子だが、ここでは高級品となるのである。

 高いなら安くすれば良い。流通量を増やせば単価は下がる。しかし受けての消費量が低い。流通システム、清潔さ、消費意識。そうしたニーズの結果、高いモノは高いままな訳となる。

 俺が奮起して啓蒙活動しても、絶対値が桁外れだ。普及なんて出来ないレベルだ。経済が上昇して民意も上がらなきゃ解決はできない。


 さて、国務尚書閣下との会談は有意義であった。両親の死は衝撃的であったが、あまり悲しい気持ちにはならなかった。薄情なのだろうな。まぁ仕方ない、尊敬なぞしていなかったのだから。

 不謹慎であるのを承知であるが、父の政策は愚策の見本であった。何しろその基本は重税につぐ重税なのだ。ホント愚かだと思う。改革が必要だった。

 

 実は、俺は俺なりの改革プランをデザインしている。先ずは税収の引き下げだ。人気取りでもある。

 少なくとも、結婚税、集水税、賦役の回避は無くす方針を取る。

 それらを俺は徹底的に回案した。税収は減るが、くそ下らん税など必要じゃない。税は、当面は五公五民を基本と考えている。後でゆっくりと上がるんだがね。

 あ、過酷な税なんて取らんよ。内需を回し、拡大させる。

 消費意識を高め、流通量を増やし、市民意識を向上させ、更なる消費社会を形成させるのだよ。結果は、市民は潤いニッコリし、俺もまた豊かな毎日にニッコリするのだ。なんてしあわせな社会なんだろうね! 


 しかし、権益は守るがね。民主主義なんて必要ない。市民には市民らしい生活にとどまってもらう。目指せディストピアだ! 


 それはさておき、労働者達には労働時間をやや減らして、代わりに労働の密度を上げる案を実行させる。減らした時間には学問を学ぶ事を『推奨』させる。

 識字率を上げるのは、税金に対する考え方の向上だ。鉱山ではそうもないが、荘園での中抜きは目に余る事案が多い。

 労働者ひとりひとりの識字率向上は税に対する自己防衛でもある。これにより納めるべき税の詐欺を減らし、富の差を縮小させる一因となすのが狙いだ。

 一部の不心得者のせいで、労働意欲が低下するのは我慢できない。また単に縮小させるだけでなく、労働の密度向上は為政者が労働者に対する公平さを見せつける格好の機会であり、利用しない手はない。彼らには快く働いてもらい、労働全般の向上に寄与させるのだ。


 そして余暇を作らせる。余暇に働く分の税収は2割程を予定している。働けば働くほど財産を得ると認識させる。そうすれば余暇の労働だから収益は低くなっても、塵もつもればマウンテンとなる。結果はプラスだ。

 是非とも労働者諸君は頑張って欲しい。頑張って余暇を満喫する為に労働に励んでくれ。トータルすれば、回り回って俺の財布が潤うんだからな!


 あと中央では余り見かけないが、奴隷労働者も活用させたい。俺は安直な解放主義をとらないが、酷使するつもりもない。対価(購入費と所有している間の経費)を払って貰えれば解放させる方針だ。ビジネスライクに行こう。


 そこらにある頭の軽い物語なら、すぐさま奴隷だ、人権無視だ、よし解放だ! だろうが、俺はそんなお花畑じゃあない。ちゃんと対価を得る。利益を得たら、彼らの人権を優先させる。うん。悪くないな。


 ちなみに地方に奴隷労働者が多いのは、意識の違いや税金の差である。帝国中央や大都市では一般人の使用人が主戦力だ。

 奴隷労働者と違い、使用人には人頭税がかからない為である。奴隷労働者には人頭税が掛かってくるが使用人には適応されないシステムだからだ。付け加えるなら地方に奴隷が多い理由は蛮族や逃亡市民が多いからである。





 国務尚書閣下も有効だと太鼓判を押してくれた。税の取り立てはゆっくり確実に行う。何年か先には六公四民ペースと成し、税収を安定させる。先ずは労働に対する取り組みの意識改革。働く事は苦労じゃないんじゃよー。

  

 そんな事やあれこれと話し合いを終えて、つらつらと考えながら俺はテクテクと歩いていた。

 内府から学術院の図書館まで、歩いても小半刻(15分)程度だ。気温が低いので風が冷たく、汗で濡れた衣服が不快だった。そこでまたも付与魔法の出番だ。今度は熱の付与を衣類に掛ける。……うん、暖かくなった。ぽかぽかする。

 

 図書館にはまだ灯りが点っていた。閉館時間は過ぎているが、利用者がいる限りは(強制出来ないので)閉館できないのである。

 受付で軽く挨拶し中へ進む。やはり従者は居た。言付けをしなかったことに少し申し訳ない気持ちになる。


 従者は俺に気づき、深く腰を折った。取り立て表情はない。まぁ待つのも仕事なのだ。我慢して貰おうかね。


「お疲れさまでした若様。荷物はまとめてあります」

 と従者は口をひらく。


「うん。お疲れ。じゃ帰るか」


 よし帰ろう、としたら従者はさらなる続きを口にした。


「あのですね、マイルズ侯女様がお待ちなのですが」


 はてな? レティカが? 何か用があったのかな。随分と時間が掛かっていたのだ。待たせて申し訳ないなと頭をよぎる。


「やあ、ロイド」

 とレティカは姿を現した。


 彼女は帝国女性貴族の中でもやや異端な女性で、男装風な出で立ちを常にしている。ヅカ系とも言う。

 そこいらの貴族子女なら、娘袴に長衣にお洒落な飾り帯なのだが、レティカは学士袴姿が基本だ(飾り帯は女の子らしい綺麗な帯だけどね)

 それと彼女は背が高い。男性の平均身長(5エンドと4分の3=170センチ近く)程もある。また少年風に髪が短く、歌劇の麗人っぽい雰囲気を醸し出している。うん、ヅカ系ですね。

 



「うん。今晩は? いや何故に残っているんだい?」


「……ああ、うん。少しキミに話があってね」


 そうか話か、なら立ったままなのもなんだな。


「とりあえず、席に掛けたら?」

 と椅子を勧める。ついでに俺も座る。よっこいしょ。


 レティカはさっと椅子を引き、座る。その仕草はほんと男の子っぽい。似合うからいいけどね。


「……僕さ」はい僕キマシター! 実はレティカは僕っ娘なのだ! いや、はい、ちゃんと話は聴きますよ?


「僕、今度……結婚、するんだ」


 ほへ? 結婚とな? ちょっとフリーズしたわ! いやいや慶事じゃないか!


「ほほぅ、結婚。いいじゃないか。おめでとうレティカ」

 

 今クラッカーがあればクラッカーを鳴らしているね!

 アンネとユーノが何か言いたそうにしていたのはこの事だったのか。成る程ね。

 しかし、レティカはあまり嬉しそうじゃなかった。笑顔はまるで張り付けたような感じだったから。


「……ありがとロイド。けどね、その」

 と普段の活発さと違い、歯切れは悪い。


 そうだな、まずは経緯から聞いた方がいいか。


「レティカ。そもそも急な話だと思うのだが、なにかあったのかい?」


「うん。……まぁ事情があるんだ。その、結婚は本当はレジーア姉さんの結婚の予定だったんだ」


 レジーアさんの事は知らない訳じゃない。2度顔を合わせている。

 結果は、まぁ、あれだ、会釈する程度の仲だがね。愛想笑いがみえみえだが、俺に対する対応はそんなモノだから、あまり気にはしない。

 そうかレジーアさんの結婚だったのか。けど?

 俺の疑問は顔に出てたようだ。レティカは話を続けた。


「レジーア姉さんの婚約は少し前に決まっていたんだ。だけど、姉さんは病気になった」


「病気?」


「うん。…アルバード卿熱病だった」


 アルバード卿熱病とは、俺達が住んでいるティガ・ムゥ大陸の風土病だ。難病といえば難病である。風邪のような病気で、軽ければそこらの風邪程度だが、重症になれば熱で体が起きれない毎日が続く。

 確実に(治癒魔法でも)治療できる訳でなく、死にはしないが、けっして回復しない悪病なのだ。いや、稀に死に至る場合もある。が、それは小数だが。


 文献によると帝国歴17年、アルバード子爵がまとめた病状で、帝国を代表する病気として知られる。現在に至っても確実な治療法は確立していない。程度問題だが、和らげる事は出来るのだがね。


 そうか、あの悪病か。初期症状はまんま風邪だから分からなかったのだな。婚約破棄もなんだから、妹のレティカに白羽の矢がたった訳だ。


「レティカ。結婚はイヤかい?」


 彼女は頭をふるふると振った。

 そりゃあまぁ、そもそも拒否なんて出来ないからな。俺たち貴族には恋愛結婚なんてのは無いに等しい。家格と経済がなにより優先される世界だ。かく言う俺も婚約者がいる。はい、そこ笑うな。


 ちなみに俺の相手は西部の子爵家の三女さんで、我が家に対してはズバリ金、結納金が目当てである。反対に相手に対しては権益。とまあ清々しい政略結婚だ。

 

 俺は乳母から女性のあれこれ(考え方や虚実とか)を叩きこまれているから、結婚(や恋愛)に幻想はない。それに、俺が好きなのは乳母のユージーン(15才年上の35。独身。彼女からは恋愛感情など持たないでほしいと釘をさされている)なんだよね。

 ……ああ政略結婚上等なんだがな。


 話が逸れた。今はレティカだ。自身の結婚には否応ないが、まだ納得はしていない。そんなところか。



「レティカ。俺達には市民のような自由はない。それは理解してるよね? なら、酷だが義務を果たさなきゃならない…もし、もしも、俺の力が必要なら力を貸すが?」 


 駄目だな俺は。安易だったわ。これじゃ解決にもならない、中途半端な逃げ道だ。

 レティカは確かに感じの良い女性で、親友とも言って良い(彼女がどう思っているかは知らないがね)。俺が何か手助けできるなら力になりたいと思っている。しかし、何が出来ると言うのか。


 不意にレティカはクスクスと小さく笑った。


「?」


「いや、ロイドありがとう。少し気が楽になったよ。でもやっぱり僕の問題だ。僕が決めなきゃならない……あらためて御礼を言わせてくれマヴァルーン。有難う」


 おい、今不穏な台詞言ったぞ?

 マヴァルーンとは大事な人。特に愛情を持っている人に使う言葉だ。けっして、今、言ってはいけない台詞だ。


「……レティカ。今、なんて言った?」


 ヤバイな。心臓がドキドキしている。かなり動揺してるよ。

 彼女は一瞬、不思議そうな表情を浮かべたが、真顔になって、再び口を開いた。


「ロイド。君は僕のマヴァルーン、だよ」



おまけ、その2

『無限の世界イクサリア』

文字どおり、無限の広さを持っています。基点はありません。また端もありません。

太陽の代わりに、熱量のある光源が大地を照らします。

重力はありますが、大気圏のみで、宇宙は存在しません。


計画名称『戦の庭』が語源です。


『ティガ・ムゥ大陸』

イクサリアに存在する大陸の1つです。陸地面積はユーラシア大陸の約2倍相当です。ヒト種二種類、エルフ種一種類、ドワーフ種一種類、オーク種二種類の人類が生息しています。


『ヒト種』

非A・21系列後期量産形ヒト種。帝国人の約8割の人類です。魔力を有しています。

亜ナイディル種22年式ヒト種。帝国人の約2割の人類です。特に魔力は有していません。


『エルフ種』

アーベル・ルージュと呼ばれている、ティガ・ムゥ大陸のエルフ種です。正式には、アーベル・ルージュ甲種改。

アーベル・ルージュ達は大陸の北部まで追いやられており、オークと並び、蛮族とも称されています。身体能力の高い戦闘民族。


『ドワーフ種』

流製造所謹製4型ドワーフ種。人類に服従しています。

気が優しく、非交戦的な温和な種族です。特に鍛冶が得意ではありません。ティガ・ムゥ大陸に限らず、大抵のドワーフ種は温厚。


『オーク種』

流通番号2271・ゼーリエ工房製汎用人類。ティガ・ムゥ大陸に生息するオーク種の1割の人口。高い知能を誇るが、絶滅間近の希少種。

ウィル=イールX・E型。オーク種の9割を占めている。交戦的で野蛮な種族です。

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