間章 Beginning the IXARIA
……『それ』は超越者達にとっては正しく晴天の霹靂の出来事であった。
世界……連層時空体のこの世界に異変が起きたのだ。
連層時空とは幾世にも重なる宇宙である。並行宇宙とも言えるが世界とは縦(高位や下位)にも横(いわゆる並行宇宙)にも時空間が重なっている世界を現している。
異変とは? それはこの宇宙の生命体、その全ての活動エナジーが減少していったのである。
宇宙……この世の全ては燃焼しつつ消滅に至るのが真理である。エントロピーの法則は宇宙全てに作用する。
世界は厳密なまでに法則により動いている。
それは『流転』とも称される。
法則は絶対でもあるが同時に絶対では無いのだ。例外に沿わないケースは有りもするが大きな流転…更により大きな流転の中では例外とて例外には当てはまらない。超高次元にはイレギュラーさえも流転の渦の中で流れるのだ。
しかし、その中にあっても異常な事態であった。
生命体全ての活動エナジーが減少しつつあるというのはどの様な意味においても異常であった。
超越者達は原因を解明しようとしたが、因果の原因は不明であった。
この現象は連層時空間全てに当てはまっており、やがては世界の全ての生命体は死滅する。
それは超越者達にとっては遺憾過ぎる事態である。
別に宇宙全ての生命体が死滅した処で超越者達に不利益はない。しかし感情は別である。死滅が回避できるのならそれに越したことはない。
しかしながら超越者達の技術を持ってしても原因の解明は出来なかった。
…………このままでは近い将来に全ての生命体は死滅してしまう。
超越者達は協議する。
協議の末、幾つかのプランが上った。そしてその中の一つを選び出す。
それは時空連続体から切り離した特殊な環境を造りだし、生命体……より正確には生命体のコピーし、その造った世界に住まわす事だ。
特殊な環境を造るのは困難であったが、研究に次ぐ研究を重ね、技術的ブレイクスルーの先にどうにか造り出すのに成功した。
……その世界を超越者達は『イクサリア』と名付けた。
本来は『戦さの庭』計画を語源とする。
生命活動が活発となる戦争…闘争状態を因んで、そう名付けたのだ。だが計画が進行し形になる頃に何故か『戦さの庭』が『イクサリア』となっていた。
名称は変わっても果たすべき事は変わりない。名称の差異など超越者達には何ら意味のない話であった。
『イクサリア』は超越者には繭程度のサイズであったが、その『繭』は因果を超えた無限の空間を有していた。
生み出した『繭』…『虚数空間』に無制限回数のリソースを加えた結果である。
虚数空間を支え維持するのはデュラックの海から生み出すマイナスエナジーが元となる。これにより『イクサリア』は連層時空間が消滅しない限り無限の空間を維持できる。
物理的因果を超えた存在の『イクサリア』が消滅する際はこの連層時空間、その全てが消滅するのだ。そうなれば超越者もまた然り、……誰もいない、何も存在しない世界に意味はなくなる。無常ではあるがそこまで気にする必要は無いと超越者達は苦笑を交わした。
とまれ『イクサリア』計画が本格的に始動し、生命体の移植が始まった。
無限に空間がある為にひとつの文化圏は広大な生存圏を設けている。ひとつの文明圏に一つ一つの固有大陸を…あるいは島々や亜大陸、または水棲生命体用の海域を与えた。
なお、隣の文明圏までを平均120万由旬(一由旬は1億2千万キロにあたる)ほど離している。
余程文明が発達し、余程の物好きが移動を実行しない限り文明圏は独立を保つ事が出来る。
イクサリアの大地は広大な陸地に、その合間に海洋と地表より20キロの大気圏で構成されている。地下はマイナス5,000キロと設定された。
本来なら大気成分等が異なる環境の生命体も多く居るのだが、比率から言えば地球型生命体が大半を占めるために全ての生命体の均一化が図られた。
これをベースに生命体の移植が計られた。
移植が始まり生命体が定着しだした。
……それぞれが独自の文明をきづく頃、超越者達は彼らの文明を発達させる為に無作為に選び出した『ヒト』を元となる世界から招聘させる事にした。
『ヒト』は人数や時代をランダムに選んで、転移ないし転生をさせた。これにより一つの文明圏はさらなる独自の進化を遂げる。
これには理由がある。
元となる連層時空間において、生命体の活動エナジーの低下の原因が解らなかった為、ひとつの実験として文明の育成を弄ってみたのだ。
辿ってきた進化に対し、異なる生命体が介入した場合どう作用するかを試してみたかったのだ。
それが如何なる現象を生み出すのか? 超越者達は興味深く観察する。
舞台は整い『イクサリア』の時代が幕をあけるのだった。
計画が承認され、実行に移り、人類の入植が始まる。
…………時は流れ8万年が経過する。そして、今…………。