第十六話 ロイド、壮行会に招かれる・後編
馬車が大公家の帝都屋敷の門をくぐった。
既に玄関前のスロープには何台も招かれた馬車の列が出来ている。流石は大公家だ、招待客も半端じゃない。
ゆったりとした交通整理を抜け、俺の乗る馬車は程なくして玄関へと停まった。
降りる前にもう一度服を検めて、馬車を降りた。
大公家の執事ら何人も駆け寄って整列した。
年若そうな来客を告げる役を担う従者が大きく息を吸い込む。
「ファーレ辺境伯閣下のご来場がなされました! 一同、奉賀!」
と、大公家従者は甲高い声を張り上げた。仕事とはいえのど飴をあげたくなる。しかし俺大阪のオバチャンではない、ポッケにはいっこも無かった。今後の課題にしよう……。
「ようこそ辺境伯様。本日はお越しいただいて光栄であります。公子閣下がお待ちかねで御座います」
大公家の顔を担う執事らがイタリアンェロー(イエローじゃない、ェローだ)のお仕着せをキリリと着込み、ササっと通りを作った。
しかしなんだな、とびっきりの黄色の凄まじさ、ひと言では語れられない。
派手であるのだが下品ではない。しかし他家では絶対に見られない傲岸不遜なまでの色の暴力にも等しい。
「奉賀返唱。うむ、今日は楽しませてもらうよ」
袖の返しから銀貨の詰まった巾着をひとつ取り出す。大公家の執事は受け取って良いのか判断に困った表情を浮かべる。本来こうした場ではチップを出さないのが普通だ。
「君たちの忠勤精励にだ。特に今の号令をかけた従者には心持ち多めにわたしてやってくれ」
イタリアンィエローのお仕着せを着た執事はもう一度、やや嬉しそうに一礼して巾着を受け取った。
ちなみに先の『奉賀』とは『万歳』の事だ。大公家から上の立場の方には『奉賀』かける必要がある)万歳三唱の題目は『奉賀』『奉賀帯唱』『奉賀烈唱』と続く。
どこの貴族でもそうだが、お仕着せには各家で独自の制服が用意されている。独自とはいえ大体が似たデザインだが、それでも違いを出すのは共通事項だ。
しかしだ、この大公家のはひと味違う。
ここン家は男女ともイタリアンィエローを制服貸与カラーに指定している。
その派手さは帝国貴族随一だ。
そりゃあ中にはミニスカのフレンチメイドだっている。ビクトリアンなのもそれなりにいる。また家みたいに地味なのも多いし、メイド服に見えない作業着よりマシなお仕着せの家もある。
しかし、それでも黒や灰を基調にしているのが当然なので、ここン家見たくイタリアンなィエローは異質にすぎる配色だ。
ま、他の家にはそれぞれの理由があるからこれ以上は語らんがね、
玄関を入った所はホールは新メギデス風の厳めしい巨大な石像が二体来客を迎えている。てか要は西洋風の仁王像だ。
最新のモードとは言い難い。しかし、だからこそ歴史の重みを塗りたくった迫力がある。
(歴史……歴史か、大層なモンだな、ええ?)二体の立像から発散からされる無言の迫力に他人から見られないように唇を歪めた。
歴史の長さイコール権力の強さ、とはいささか短絡的だが、ここへ来る度にその重みに耐えなければならない。苦行、とまでは言わないが、どうやっても感じてしまう。
外套を玄関専門の執事に渡し大広間へと足を踏み入れる。
さて、魑魅魍魎の住まう絢爛豪華な権力者たちの巣窟だ。こっから先は頭の天辺から尻尾の先まで気を配らねばならないのだ。友人宅だが敵地に他ならない。
……ほらみろ、六割の悪意に二割の好意、二割の無関心が俺を取り巻いた。
いや、そのどれにも理解は出来る。他家の奥さんを寝取るわ権力への皮肉、よそ様の敷地に乗り込んで(経済的に)荒らして回る人間に好意を寄せるやつは少ない。
逆に好意を見せるのは人権の向上、新しい市場の開拓(上記での経済的な荒らし)公民権の拡大運動。
人様の奥さんを寝とりながら人権活動とは片腹痛いが、俺がやったのは家庭内の不和を物理的に“干渉”しただけだ。たいした悪行ではない。俺が干渉した家の当主は俺より“悪意に”満ちあふれた悪人の先輩方だ。開き直りって訳じゃないが俺と関係を持った奥様方はずいぶんとスッキリされましたぜ。
ヒトは老いる。なら連れ合いの古女房だって老いて当たり前。だったら責任もって傍に居てやらねばならない。俺は二年ほど前からこの理屈をもって帝都を闊歩したワケさ。悪徳なのか善行なのかは…、まあ前者だがね。
悪意の視線を無視して好意を示してくれる方々に挨拶していく。俺は領地に引っ込みが、帝都の貴族間に伝手を手放す愚は犯したくないからな。
「やぁロイド、来てくれたんだね!」
「当たり前だよ我が親友!」
東部大公の息子にしてグーン大公帝都代表のアレックスが声をかけて来た。俺達は肩を叩いたり抱擁したりで親しさを示した。
俺を嫌っている連中に対する牽制だが、それはアレックスも同じだ。帝都貴族の鼻つまみ者の俺を親しく示す事で自分の度量を指し示す。政治的動物の俺達には必要な儀式でもあるが、それを差し引いてもアレックスは親友に違いない。
やぁやぁようようと挨拶して飲み物を載せた盆を持った給仕からシャンパンを受け取り乾杯する。
「我らの友情に」とアレックス。
「我らの信義に乾杯」と俺が受けシャンパングラスを重ねた。
どーでも良い話なのだが、十年ほど昔までは乾杯するのにグラスではなく、瓶を持って打ち合わせたそうな。中々に乱暴というか豪快というか乱雑な乾杯だな。
「その服、よく似合っているよ」
「ああ、ありがとう。だが君のお陰だ、感謝している」
アレックスがデザイナーを指名してくれたからだ、実にありがたい。
「オットーやアンネらは?」
「レティカ以外はもう来ているよ。ところで、レティカから告白されたのは本当かい?」
「……まあ、ね。だが……」
「ああ、分かっている」
「いやまぁ、嬉しかったのは事実だがね」
俺は肩をすくめてみせた。
「分かっていると思うが、深入りはしない方がいいぞ」
「それは十分にわかっちゃいるさ。あの夜、それっきりの話だ」
「そうか、なら良い……ああそうだ、君から貰った万年筆、あれ凄く良かったよ」
「それは重畳、苦心して試行錯誤した結果だ。だが、一番の功績はユーノだ。彼女の協力なしには完成しなかった。
それに……」
「それに?」
俺は小さく笑った。
「俺は金を出しただけだよ」
「ハハ、君らしい」
二人して笑いあった。
俺達のテーブルにはオットー、フランク、ユーノ、アンネが席に着いていた。
「やあ、我が友人方こんにちは」
「うん、こんにちは」「よお、この間の万年筆ありがとう、大切に使うよ」「ご機嫌ようロイド」「こんにちは、良い服ですね」友人達から挨拶が帰ってくる。
周囲の敵対している連中からの視線が突き刺さるのがわかっている。なんせこのテーブルには新進気鋭の連中が揃っているのだ。まぁ気持ちは分からんでもない。
特にユーノは詩人として名を馳せており現代の詩聖とも言われているくらいだ。
そう、俺の万年筆プロジェクトはユーノに最高のペンを贈りたいという目標でもあったのだ。
まぁ、帝都にて高級万年筆販売という側面は否定しないがね( ・ิω・ิ)
テーブルには俺達へ挨拶しにくる客で盛況だ。
俺達ひとりひとりに挨拶する者も、一括で挨拶する者もいてしばらくの間挨拶のやり取りで忙しない。
そうこうしているとレティカがやって来てた。
「やあ、遅れて済まない」
「こんにちはレティカ、待っていてよ」
「本当に済まないねユーノ」
「どういたしまして」
レティカとユーノは挨拶をやり取りした。
「こんにちはレティカ」
「こんにちはロイド」
レティカと挨拶したが言葉より視線の交錯が熱かった。
「さて、レティカも来たことだし壮行会を始めようか」
「うん、客を焦らしても仕方ないしね。まずは主催者の挨拶だろ?」
「ああそうだ。まずは僕から、次にオットー、フランク、レティカ、ユーノ、アンネ、最後にロイドだ」
何故にWHY!? 俺が締めかよ。まいったな、ただの挨拶なら構わないが大トリとは……。
「なんで俺が……」
「僕に継ぐ位階者は君だ。なら適任だからさ」
「そーですか」
「ハハ、そうだよ諦めろよ我が親友。では行ってくる」
壇上に上がったアレックスはひとつ咳払いすると口を開いた。
「皆さんようこそ」
アレックスの挨拶が始まった、流石に場馴れしている。彼は澱み無く口上を述べていった。
(流石だ。この歳で堂々たる口上はなかなか出来ない)
アレックスは来賓らに素晴らしい挨拶を終えた。そしてオットー、フランクに続く。
レティカもまた溌剌とした挨拶を済ませる。続いてユーノ、アンネ。
皆、堂々と挨拶を終えた。いよいよ俺の出番だ。
壇上に上がる。
あからさまに視線を逸らす連中が出てきた。そーかよ。なら……。
「はいそこ、こっちを向く。俺を嫌うのは勝手だが、俺は主催者の人間だ。礼を欠くと主催者のアレックス君の顔を潰すぞ? まともな大人…紳士ならば俺の方をきちんと向き、話を聴くべきだ。違うか?」
視界の端でアレックス達が苦笑しているのが見えた。
俺から目を逸していた連中はしぶしぶとした表情で俺に視線を向けてきた。
「俺は…そうだな、ありきたりの挨拶はつまらんだろう
。なら、この場を借りて俺の所信を表明しよう」
それから俺は自領の発展計画を語り始める。
農業、林業、内地向け工業、外地向け工業、そして教育について5年目標、10年目標を俺は語った。
些か長い演説ではあったが俺としては短く思えた。
「……以上、拝聴感謝する」
パチパチと拍手が聞こえた。アレックスとレティカだった。
それに釣られてユーノらも続き、やがて会場全体に広まった。
俺を嫌っている連中は半分くらいも拍手しているのが見えた。
一礼して壇上から降りた。……疲れた。
しかし手ごたえはあった。俺の目論む計画は大事業で巨額の金が動く。今は借金するしか無いが、5年10年で返せる見込みはある。
そこには利権がある。
俺を嫌っている連中の何人かは目の色を変えていた。ならば俺の味方と同じだ。俺も嫌いだが気にはしない。まあ上々さ。
アレックスが再び壇上に上がり、乾杯の音頭をとる。
一同が乾杯と奉賀を唱和した。俺もならう。
こうして壮行会は始まったのだった。
皆、談笑し合う。俺も誰彼無く話す。
レティカとは短い話ししかしなかった。言いたい事、聞きたい事はすでに例の夜に済ませている。
それで良かった。未練は無い。レティカもおそらくそうだ。だが短い会話の間、俺達の視線はどうしようもなく熱かった。
……それだけで充分だ。レティカ、俺を愛してくれてありがとう。
奉賀とは明治時代に万歳と共に生まれた言葉です。
万歳とどちらが天皇陛下に捧げるに相応しいか争いました。結果は“万歳”です。
奉賀が落ちたのは“阿呆が”と聞き間違えるから、です。なんともくだらない話ですね。