第百四十二話 ロイド、帝宮にて
夜、ツキハ君の跳躍で帝都へ入る。
そして帝宮の前に降り立った。
「跳躍、苦労。しかし君がこの場所を知っていたとはな」
「研修で一度」彼女は苦笑気味に応えた。
「そうか、ま、手間がかからず良かったな」
「はい」
そうして俺達は営門へと向かい用件を告げた。
「副官殿はどうぞこちらへ」
案内に出てた侍従はさり気なく俺達を分断した。
「! ロイド様」
「気にするな。行って歓待させてもらえ」
「……はい」
「で、自分は何処へ向かう?」
「どうぞこちらへ」まるでロボットの様だ。無機質無個性な彼等にツキハ君は本能的に怯えたのだろう。俺ですら脅威に感じているのだから、
歩くこと五寸少々で俺は眼を見平った。三十人が楽に入れる部屋に豪勢な食べ物が敷き詰めあったのだ。
部屋の中央を見るとガウンを着た壮年の男性がひとり食事をとっていた。……皇帝(アイザック・クリムト・フォン・ヴァーリ・ヘルムホルツ七世)だ。
「陛下、ファーレ辺境伯閣下が参りました」
すると陛下は『わかった』と言う様なデスチャーで俺を招いた。具体的には右手を軽く上下に振った。たったのそれだけで理解させる陛下のコミュニケーション能力に内心舌を巻いた。
「閣下、あちらに」侍従が陛下の対面に敷かられた座布団と言っても相当に豪華だ。
床一面のご馳走(?)を避けながらでも座布団の場につき、一礼をし、座布団に腰を落とした。
「辺境伯よ、余に構わず好きな物を食え」
俺は一瞬迷ったが謙譲するのもどうかと思った。
そんな俺をやや不機嫌になった陛下はワインをひと口呑み、再び口を開いた。
「そこの瓶はウォトカだ。好きなんだろう?」
参ったな、俺の事は調べあげてるってか。仕方ないな。
「御相伴にあずからせていただきます」
覚悟を決めて食事の前の祈りを捧げ、目の前にある腿肉の照り焼きを手に取り、パクついた。むむむ美味い。
軟骨をポリポリ食べ、ウォトカを呑む。これも相当に美味い。銘柄を見たが知らない酒蔵の品だった。次に海亀の羹に手を出す。
食べながら陛下を観察する。
何と言うか品格が凄い。痩身で鋭い目つき…剃刀アイザックのあだ名は伊達じゃない。ただ食べているのに……。俺もこの位までの風格を持ちたいものだ。
俺達はしばらくの間、無言で食事を続けた。しかし修行じゃないんだから会話を挟むのも良いのだろう。
「陛下、わたくしめを召喚なされた理由は何でありますか?」
陛下はワインをひと口呑み、ナプキンで口まわりを拭った。しまったな、品を欠くのを失念していた。
「……貴公に頼み事がある」
「何でありますか?」
「人を二人、クビを刎ねてきてくれ」
「……それはまた……」
「ああ、物騒な話だ」
「何故、自分に?」そこが知りたい。暗殺ならば他にも適任者がいるはずだ。
「余には長男がいる事は知っているな?」
「はい」ああ、あの愚物な。気ぐる位だけは無駄に高い俗物の皇太子。
「あの様な男は帝国には不要だ」
「へ陛下、まさか」俺を鉄砲玉にするつもりか。
「もう一人、……アレックス・グーン大公公子だ」
「! 自分に友を殺せと!?」いかん、つい地がでた。だがしかし……。
「そうだ。……辺境伯よ、余はな…俺はな愚物が好かん。対し、グーン大公公子は野心があり切れすぎる。また、この二人は仲が悪い。そこでこの二人には退場してもらう予定だ」
俺は身震いした。ここまで話したと言う事は『予定』では無く『決定』なのだ。しかも俺もまた、この騒動の一員として参加を余儀なくされる立場となったのだ。
如何すべきか……。
「辺境伯よ、貴公に選択肢は無いぞ」
「さ…逆らえば」
「貴公の身内から不幸がおこる。……例えば、貴公の妻や義妹が」
アーデルハイドやイライジャを先に始末するぞってか。なんて卑怯な。
「……政治的動物としてお引き受けます」仕方ない、仕方がなかった。
「そうだ、それが正しい」
俺の心は完全に切り替っていた。そしてそれが正しいものだと冷えきった感性で俯瞰していた。
「で、陛下は何か妙案がお有りでありますか?」
「セオドアを焚き付ける事は可能だ」
「グーン大公公子は?」
「さてそこよ。離間をはかりたいが手頃な案が無い」
「(離間か……)グーン大公公子に叛意あり、と噂話を広めては?」
「ふむ、それで良い」
それから俺と皇帝は密談を重ねた。悪巧みは好きだが、この密談は好きに馴れなかった。
密談は一刻半かかった。終いの言葉を陛下に告げる。
「それで陛下は何年を予定していますか?」
「……そうだな、五年だな」
「それはどの時点からですか?」
「今からだ」
「……承知しました」俺は退室した。
侍従の案内でツキハ君の居る部屋へ向かう。
泊っていけとの事だったが俺は丁寧に断わっていた。誰がこんな魔窟に居たがるものか。
「副官殿はこちらに」
「案内、苦労
……おいツキハ君起きろ」彼女はコックリコックリと舟を漕いていた。しかも見事な鼻提灯つきだ。
「……もう食べれませんよぅ」どこまでもベタなヤツだなぁ……。
「ノックしてもしもしーっ!」
彼女の頭をコンコンと叩いて耳元で怒鳴った。
「!? わ、ひゃい…ね寝てませんよ?」
「嘘つけ、しっかり寝ていたぞ。
そんな事より館に帰るぞ」
「あ、はいかしこまりました」
こうして俺は否が応でも陰謀に加担するハメになったのだった。
来月は引っ越しがあるので、たぶん更新はできません。
ところで今回、皇帝陛下が出てきましたが名前を覚えてなく適当な名前になってしまいました(汗)




