第百四十一話 ロイド、一度あった事は二度ある
なんかどんどん遅れて行っているような
さて困った。いやね政策の類じゃない。どちらかと言うと男女の問題の類だ、しかも相手はお稚児衆のひとり、クライブだ。
別に彼が嫌いな訳ではない。むしろ仲は良い方だ。頭も良く、機転もきく。晩酌の際には(彼はジュースだが)一番の出席率を誇っている。
ちなみに館全体ではなんとアーデルハイドが一番だ。もっとも会話は無いがね。
「はいお代りどうぞ」とクライブがロングのストレートのウォトカを差し出した。
「ありがとう」と言って一気に飲み干す。
「あまりお体によろしく無いですよ?」
「酔っているように見えるかね?」
「……いいえ」
自慢じゃないがウォトカの四、五杯、一気に呑んでも酔ったうちに入らない。
「ま、確かによろしくはないな」
「じゃあ」パっと顔を綻ばす。甘いな。
「お代り」とマッハの勢いでお代りを要求する。びっくりマークのクライブがショボーン顔になるのを呵呵と笑って謝る。
「すまんすまん、次からはゆっくり呑むよ。そうだな、そのオーアンジェラで割ってくれ」
「はいっ」
少しの間をおいてウォトカのオレンジジュース割りが出された。
「ところでロイド様」おずおずとクライブは口を開いた。
「なんだい?」
「イェラの事なんですが……」
「悪口なら聞かんぞ」
「いいえ違います……その……何か病気なんですか?」
「どうしてそう思う?」
「彼女、夕餉を済ませると、直ぐに自室に行くじゃないですか。それが何となく怪しくて」
「その問いの前に君はイライジャの何者なんだい? 友人かい? 蹴落とす間柄かい?」
「友人と言うかリバィレです。まぁ向こうが僕の事をどう思っているのか分かりまんが」
「良く答えてくれた。
……実は彼はある種の病を抱えている。ショートスリーパー……短時間睡眠者でな、この時間は寝ているんだ。だいたい一刻半が睡眠時間だ」これは答えても良いよね?
「生命に別状は無いんですよね?」
「ザーツウェル先生の見立てでは問題ないそうだ」
「良かった」
俺も安堵していた。何故って? イライジャって一匹狼的なイメージがあって館で浮いているんじゃないかと思っていたからだ。
「……ところでロイド様」
「ん?」
「先日、ザビーネを抱いたでしょう?」
「……ああ」なんか居た堪れない。
「今夜は」止めろ、それ以上は……。
「僕の番ですよ」……あああ……。
「やらなきゃ駄目かい?」なんとかマウントを取りたいが。
「とりあえず、一度まぐわいましょう」自他共に認める綺麗な銀髪、その奥の双眸が妖しく光っていた。
「分かった分かった、俺も覚悟を決めたよ」
「本当ですか!?」
「ああ本当だ」色事では連戦連敗だな。
「決めた、決めたよ。後悔はするなよ?」
「後悔なんかしません。…じゃちょっと準備してきますね」
「準備? ああ準備は必要だな。……部屋で待っている」
「はいっ」
……でヤッちゃいました。スムースインで何も問題有りませんでしたよ。実際、後ろの方でもヤッた経験はあるから苦労はなかった。
気だるい朝を迎え、朝食をとっていると(イライジャの機嫌は悪かったのは気になったが)家令のジルベスターがあたふたと食堂に入ってきた。
「おはよう御座いますロイド様」
「ああおはよう……何か火急の用か?」
「はい。帝都より…あ〜帝宮より呼び出しです」
「!?」俺は匙を置いて飛び出した。
認証番号を伝え用件を待つ。通話人は……?
「貴殿はロイド・アレクシス・フォン・ファーレで相違ありませんね?」抑揚に欠ける中年男性だ。
「そうです。貴方は?」
「これは失礼、私は秘書官のAと申します」
皇帝の秘書官は26人居て、名前でなくAからZのアルファベットで呼ばれているのは噂話で聞いていた。
「皇帝陛下よりの言付けです『暇ならすぐ来い。暇でなければ暇をつくれ。跳躍者を活用せよ。あ、内緒で参内たのむ』以上です」
何だコレ? そもそも陛下ってこんなくだけた人物だったけ?
「了解しました。しかし跳躍者が現在不在でして、本日の午後の一刻まで帰ってきません。連続使用は出来かねませんので、最短でも本日の夜となります」
「それでよろしいでしょう」
「……あ、それと跳躍地点はどうしましょう? 跳躍は跳躍者が行った所までしか行けないのです」
「そちらに付きましては正門からで。守衛には伝えておきます」
「ありがとうございます」
「以上、何かありますか?」
「……いいえ」
「では交信を終えます」
「ロイド様、皇宮からは何と?」
「……参内せよ、だとさ」
部屋着を脱ぎ、仕事着に着替える。
「なぁジルベスター、皇宮へは正装で行った方が良いかな?」
「会話の内容まで知りませんが、特に要望がないのであれば准正装(略式正装)でよろしいかと」
「それなんだけどね、時間指定が夜なんだよ。最近は帝都でも危ない火遊びなんかしていないし、陛下の意図が分からん」
ジルベスターと顔を見合わせ《?》マークを作る。
「ま、行ってから考えよう」
「それしか無いですな」
この時、運命の車輪が回り出した事に気づいていれば、違った結果になるのではないか、そう思えて仕方なかった。