第百三十七話 ロイド、ようやく北都ヘ戻る
ツキハ君の跳躍能力なら一瞬だが、今回は凱旋式も兼ねているので地道に汽車での移動となる。
東都と帝都で華やかなパレードを終え、北都へは跳躍もオッケーだ。いやあ便利だなぁとしみじみ思う。
……ようやく帰って来たようだ。俺は肩の荷が降りた様な気がした。
「村部君、君が居てくれて助かった感謝している」
「勝利は貴方のものですよ閣下」
「……そうか」
「はい、ですから堂々と館に入られるが良いと」
「ああ。ツキハ君、彼を送ってやってくれ」
「はい、かしこまりました」
「来週には帰る予定だ。何か不測の事態が起きれば呼びに来てくれ」
「はい了解しました。…村部大尉、手を」
「それじゃあな村部君」そして踵を返す。うん? 何か言い忘れたような……。なんだっけ? まぁ良いや。
振り返ると門衛従士が居た。流石に慣れてきたのか動揺のひとつも見せないでいた。
「お帰りなさいませ宰相殿!」
「ああ、ただいま。何か変化は?」
「いいえ、取り立てて変化はありません」
「それは重畳」しかし、何故か彼の眼が游いでいるようだった。
従士が扉を開ける。北都の大公館は中も外も豪奢な建築物である。しかし、先の異界戦役の戦訓を取り得た要塞としても機能してある特級の館なのだ。設計には俺も参加してあるのだから多少は誇って良いだろうよ。
ホールに入ると妙なものと出会った。
馬を模した台車に幼女が乗っかって射た。台車を押すのは彼女付きの女中だ。
幼女がポカーンと俺を見上げている。俺もどうしたもんかと突っ立っている。…アクションをおこしたのは女中だった。
「お帰りなさいませ宰相閣下! すぐに妃殿下をお呼び致します」
なるほど読めた。この幼女はエリアス様だ。大公妃殿下に良く似ている。
「……とーとー?」なに?
「とーとー」……ああなるほど『お父さん』って言いたいのか。しかも俺を見て怖がる様子を見せない。なんか凄いな。
とりあえず、臣下の礼を取るためにちょっと近づき膝を折った。
「初めまして姫様(ホントは王子様扱いせねばならないのだが、ま、こう云う場合は構うまい)ロイドです」
「ろい〜」
「はい、姫様」
幼女は押し車から降り、よちよちと俺の方へ歩いてきた。
そのままの流れでペチペチと俺の顔を叩く。いやちっとも痛くは無いのだがね。こういう場合どーすりゃ良いの?
しばらくそうしていたら階上から声がかかった。
「やあロイド久しぶり!」
「久しぶりだねプリンシペッサ…おや?」なんか痩せた?
俺の視線に気付いたのか彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「産まれたんだよ。それも男児だ」
「! それはめでたい。いや、お疲れ様」俺が『お』を付けるのは珍しい。まぁ相手が格上だからな。同じ様に『ご』苦労も同じ理由だからだ。例外は『おやすみなさい』くらいか?
「名前は決めたのかい?」
「うん、ウィリアム・ハウザー・フォン・エリアス・バルバロッサさ」
「ビル王子か…いやエリアス伯爵か」
しかし、何故にウィリアムの略称がビルなんだろうね? よく分からんルールだ。そういやベアトリスと言う名の略称はトリシアだもんな。
脱線した。
「『エリアス』伯爵にしたのは偶然じゃないよな?」
「うん、そうさ。誤認識させる為に名付けんだ」
俺の質問に『なにを今更』という表情のレティカ。
姉と同じ名前で誤認識させる発想とは流石だぜ。
補足しておくと、伯爵以上の男子は『伯爵』位の名誉爵位を得、将来の領地経営の予習をするのだ。俺もアレクシス伯爵として予習してきた経験があった。本来なら親父が引退するまでアレクシス伯爵として荘園のひとつを経営してきたのだが、親父の急死により辺境伯を継ぐ事となったのだ。
エリアス伯爵は当然名誉爵位であるが、バルバロッサ大公として公位が待っている。問題は年齢だ。流石に零歳児に大公位を与える訳にはいかない。さしあたって三歳のお披露目時にが適当か?
いや、三歳児では流石に早すぎるか? ならば最低でも五歳まで待つべきか?
「とーとー、だっこ」
「はい姫様」慎重に抱き上げる。きゃあ〜と嬌声をあげる幼女。
それだけでは芸もなにも無いので、肩車に変える。
きゃあきゃあペチペチとご機嫌の幼女。まぁ軽いし頭をペチペチされても痛くないから良いけどね。
「エリアスご機嫌ね」
「このくらい楽勝楽勝。
ところで、エリアス様がふたり居るのは些かややこしい。で、こちらのエリアス様をエリア様と区別しても良いかい?」
「うん、良いよ」
「ありがとう。言うまでもなく公私の区別はきちんとつけるよ」
「それはそうだね。僕としても心配はしていない」
「後は君の『僕』なんだけど、些か風聞が悪い。今後は『妾』と呼称した方が良い」
「『妾』ねぇ。……うんわかったよ」
「お聞きいただき恐悦至極。それと俺はエリア様の父親じゃないんだけど」
「そこは諦めて父親役を演じて欲しいな」
「やれやれだ」
「さてロイド、何時まで此処に居られるんだい?」
「一週間だ」
「なら妾が甘えてもいい夜もあるよね?」
……直球来たな。
「プリンシペッサの思うように」
「うん、ありがとう」
「さて、さっそく仕事に移ろう」
「すこしはのんびりしたら良いのに」
「済まない、とは思っている。では失礼するよ」
頭に幼女を載せて俺は執務室へと向かった。
ちなみに、夜も頑張ったよ。何って? まぁナニをだな。言わせんな恥ずかしい。
誤字脱字の指摘、お便り待ってまーす。




