第百三十五話 ロイド、コレットからの告白と半魚人との交渉
「あと、一割強か」
俺は司令部の壁に掲げられているコレット嬢謹製の地図を眺めて呟いた。地図には民族浄化した事を示す赤バツが描かれている。
「そうですね、もうすぐで終わりますね」と、コレット嬢が応じた。
「君には感謝している」彼女の横顔をチラリと見た。
「……前にも言いましたが、ロイドさんのお役に立てて、私嬉しいんです」
彼女の横顔にはかすかに喜びが浮かんでいた。
「……そこが謎なんだよ。いや含む所はないよ? ただ、給金が高い訳ではないし、俺の権力を利用している訳でもない。それに俺は美青年の類でもない……君は俺をどう捉えているのか」
彼女は僅かに身動ぐ。あっちを見たりこっちを見たり、手をもじもじさせたり挙動が不審だった。まぁ言葉にしよううとしているんだろう。
「あのっ…あの……(ここで深呼吸した)イェラちゃんと似ているんですが…、そのぅ、福々しいヒトが好きなんです」
へ? …………ちょっと邪推してみる。
「それは金満野郎が好み、という事かい?」
「違います! 全然違います!」
その迫力に思わずのぞけった。
「良いですかロイドさん、顔の美醜の価値観は人それぞれです。私やイェラちゃんはロイドさんの美醜なんか気にしていません」
「……だがそれを置いても俺は妻帯者だ」
「お妾さんなんてありふれているじゃないですか」
俺は自己正当化の文言を引き出さねなかった。が、僅かに反論してみる。
「俺はねちっこいぞ?」
「覚悟の上です」
ここまで来たら俺も腹をくくる事にした。
「東夷討伐が終わったら北都の面倒から始める。君との関係はその時だ」
俺の口調は事務的だったが、それは照れ隠しの為だった。
「はい。喜んでお待ちします」
これでまた俺のハーレムに増えた。喜ぶべきか嘆くべきか判断に迷うな。あんまり若い女性は好きじゅないんだが……。
なにか気の利いた台詞でもないかと逡巡していると、司令部の扉がノックされた。
「閣下、お客様です」ノックの主はツキハ君だった。
「客だと?」誰だ?
「……それがそのぉ……」
「誰だと聞いている」
「魚・仇生と申してまして、停戦を呼びかけています」
「停戦? ヤツの頭の中はフジツボで埋め尽くしているのか?」
「如何されますか?」ツキハ君も教育が進んでいる。俺の暴言をスルーする術を身に着け出したからな。
「建設的な会話は無理だとしても、まぁ、話くらいは聞いてやるさ。…今、会議室は空いていたか?」
「は、はい。空いています」
「ならそこに通せ。茶はいらん」当たり前だ、不要な客に出す茶は無い。
会議室は閑散としていたが廊下にはヒマしている士官等が鈴なりになっていた。俺は『みんなヒマなんだな』とぼんやりそう思い、煙草をゆっくりと吹かす。
下座には半魚人が二匹、居心地悪そうに佇んでいる。
「それで? どんな釈明をしてくれるのかな?」
「釈明? 我々は貴国の残虐行為を非難すると共に停戦の協議をする為に来たのですぞ」
「非難、協議? どこにそんな話が有るんだ?」
「とぼけないで下さい!」
「とんでもない。…いいかね、我が『帝国』は貴様ら『夷狄』を対等な国家だと見なしていない。言わば貴様らは単なる武装勢力だ。我々は治安活動をしているに過ぎない」
「治安活動だと!? お前たちは村を焼き、子供までも殺して廻っているではないか!」
その台詞に瞑目をもって応えた。
「確かに女子供、老人まで排除させたのは自分の責だ。だがね、これは終末闘争、民族浄化なのだ。それ故、一切合切を焼き払う必要がある。これが答えだ」
「民族…浄化……だと?」
「た短慮ではありませんか。こ、交渉、交渉しましょう」
「無い」
「しかし! 我々は全権を与えられた正式な使者として」
「それはお前らの都合だろう?」
「なら、改めて交渉の卓を」
「必要無い」俺の塩対応に半魚人二匹は口をパクパクとさせるだけであった。
「ひとつだけ助言を与える。聞くかね?」
「なんだ?」
「先ずはその態度をなんとかしろ。他人にものを尋ねる態度じゃないぞ?」
「し、失礼」
「まあ良い。聞け、残りの緑地、その他は諦めろ。その代わり今生きている者達を連れて北の海に逃げろ。北の海は大変荒れた海で無人島も多い。今なら黙っておいてやる」
「な、なな何を言ってる」
「不満か?」慈悲深い案なんだけどな……。
「…………」
「不満かと聞いている。これが不満なら話し合いは決裂だ」
「……考える時間をくれ」
「やらん。今すぐ決めろ」
「では此方から一つ」
「…………」無言で促す。
「誠意ある謝罪を求める」
「それに何の意義がある?」
「我々にも意地がある」
「くだらん」要するにどこかでマウント取らなきゃならん、と言う訳だな。実にくだらん。
「お前らの矜持なんぞ知ったこっちゃない。さ、どちらを選ぶのかね? お前らと違って俺は暇じゃないんだ」
「…追撃はしないんだな?」
「しない、させない」
「約束を違えるなよ」
「いちいち偉そうに語るな! お前らはここに来た時点でもう負けているんだ! もう帰れ」
彼らは顔を見合わせ、小さくひと言ふた言いいあって俺に視線を合わせた。
「話は平行線だが有意義な会話が出来た事を喜ぶ」
「言っておくが明文化はしないぞ」
「それでも構わない」
「魚某ともう一人」
「平・後岸だ」
「これからが大変だが、気張れよ。俺からはそれだけだ」
二匹は去り、入れ替わるようにツキハ君が入って来た。
「……よろしいのですか?」
「ん? ああ構わない。どのみち連中には後がない。人口も簡単には増えないしな」
「あいつらは信用なりません」
「それでも、構わない。これで東夷は討伐された。やっと館に帰れる、その方が気分的に良い」
そう、これで終いだ。あと一割強の消化試合だ、締まって行こう。しかし俺も甘ちゃんだね。まぁ既に俺の手は血に塗れているのだがね。偽善も極まりない。
あああコレット嬢が……。
コイントスで決めた事だから仕方ないんですがね。
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