第百三十三話 ロイド、陸戦その一
遅くなって申し訳無いです
「やあ、コレット嬢、今良いかね?」
東洋管区根拠地にある海図室にて『神』とやらの降霊をしていたコレット嬢に声をかけた。
「あ、ロイドさん」
「降霊の最中に失礼するよ」
「あ、えっと、『浅い』から大丈夫ですよ」
「ふむ、では逆に『深い』と俺の声が聞こえなかったのか」少し聞いてみたくて尋ねた。
「ええそうです。『深い』と周りの事がわからなくなります。
ところでどの様な御用向きでしょうか?」
「敵…半魚人共の住処を探知して欲しいんだ」
「畏まりました」とコレット嬢はあっさりと承知してくれた。
「どれほど時間がかかりそうだね?」
「そうですね……二日ください」
「二日で大丈夫なのかい?」
「はい。島嶼部の緑地帯を調べた実績がありますから」
「そうか、なら頼む」
「はい!」
「済まないとは思ってはいるんだ」
俺は椅子から立ち上がりつつ謝罪の言葉を述べた。「便利扱いして……」
「私は気にしてないですよ。むしろ頼ってもらって嬉しいくらいです」
その言葉に笑顔で返した。良い娘だ。
二日あれば艦の整備も出来て一石二鳥。よしよし。
「じゃあ頼むよ。……ああそうだ、何か必要なモノはないかね?」
「……甘いモノが食べたいです」
「例えば?」
「水羊羹というのが美味しいと聞きました」
「ん、分かった用意させよう」
「有難うございます」
「じゃ、俺はこれで失礼するよ」
「はい」
海図室を辞した俺は自身の執務室へ戻った。
なにやら書類整理している村部と、する事の無い所在なげなツキハ君が居た。
「ツキハ君、先日水羊羹の作り方教えただろ?」
「え!? は、はい」
「コレット嬢が水羊羹を所望との事だ。作ってやってくれ」
「はい。どれほど用意しましょうか?」
「材料費は全額だす。この根拠地の全員に配ってやれ」
「!? は、はい……」全員の分は流石に量が多かったか。
「輜重兵からも人を出す」
「有難うございます」あからさまにホッとした表情を見せた。そりゃあそうだ。いくら軽食といっても根拠地の全員の分はひとりでは無理があり過ぎだからな。
「村部、『神託』は二日あれば良いとの事だ。艦の補給、陸戦隊の配分、万事任せたぞ」
「了解であります」彼の帝国式敬礼も随分と馴染んで来たようだ。
陸戦隊に使用される人員は一個旅団、乗艦出来るのは限られているので小隊単位での配分が必要であった。
三日後、艦隊は総出撃とあいなった。一日遅れたのは艦隊の補給の問題であった。それ以外は順調。
しかし、俺の体調が悪化して寝台から動けない羽目になった。本来なら陣頭指揮をとる予定だったのが御破算である。
無論、俺の代わりはいる。海軍の副提督や陸戦隊旅団の団長がそうだ。海戦が始まって以来、出番がなかったのは俺とそりが合わなかったのだった。まぁ向こう側から見れば、どこぞの馬の骨が分からん若造が自分たちを指しおえて提督の地位についている様にも見える訳だし。まあね。
表立って反抗はしないが、一番艦ランプーラダムスの提督にとっては俺が邪魔なはずだ。
まぁ俺は俺でいち辺境伯として自領を守っていれば良かったのだけど、親友やら皇帝の思惑に振り回された、いわば被害者なのだ。まあ、この戦も間もなく終わりだ、後は適当に仕事をこなせば良い。
「……しんどい」
「だからあれ程休めと言っていたんだ」俺のつぶやきにドラクルが言い返す。
「俺が出張る必要はないけれど、俺という神輿は必要なんだ」
「とにかく、今は休養が必要だ」
「暇だ、ドラクル、決裁用の書類を持ってきてくれ」
「お前様はヒトの話を聞いていなかったのか?」
「聞いていたとも」
「ならなんで、そんな事を言う……お前様の頭の中には寒天でも詰まっているのか?」
「失礼な」
「な・ら・寝・て・ろ、・黙・って・寝・て・ろ」
いかん、静かに怒っている。
「分かった、分かったよ」
「よろしい」
「少し寝る、何かあれば起こしてくれ」
「……分かった」
処方された薬が効いたのか自然と目蓋が落ち、いつの間にか意識が飛んでいた。
「……様、お前様おきろ、急報だ」
「……何事だ?」霞がかった意識がひと呼吸毎に鮮明になっていく。
「巡洋艦ミームアリフヌーンが沈んだ」
「原因は聞いているか?」
「ヤケでも起こしたのか敵兵がスクリューに特攻したようだ」
「……判断に迷うな」
「沈没の直接の原因はスクリュー軸が曲がってしまい、そこからの浸水があって、機関員ニ名が行方不明となっている」
「ドラクル、車椅子を用意してくれ。俺は着替える」
「……了解した、だが無理はするなよ」
「そいつはどうかな、俺は軍人なんだから」
「…………」彼女はなにか言いたげだったが、無言のままで出ていった。
「現状の説明を」
「ハ、巡洋艦ミームアリフヌーンは横転、負傷者は三十五名、行方不明はニ名。
陸戦隊は多少の軽傷者は居るものの、総じて被害無し。作戦範囲の二割を消化しました」
「ふむ、ミームアリフヌーンの件だが、ねじれたスクリューシャフトからの浸水と聞いたがそんなに簡単に転覆するものか?」
「それにつきましては、おそらく、罐室の隔壁に問題があったものかと推定されています」
「どういう事かね?」
「ハ、罐は六機ありまして船体中央で隔壁によって敷居られています。そこへ片側に浸水し艦の水平が均衡を失ったものかと」
「なるほど理解した。
陸戦隊はどうなる?」
「他のニ艦で収容可能です」
「それは良かった」内心で安堵のため息をつく。しかし、艦いち隻の損耗か。これはデカいぞ。
前に冗談出てた四番艦の建造が本格するかもな……。
次話は村部から見た陸戦です。
ちなみに今回の事故、元ネタがあります。旧日本海軍の駆逐艦だったか巡洋艦だったかは忘れましたが、罐室の隔壁に問題があり海水が片側に偏って浸水した故事に由来します。