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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
序章 ロイド辺境伯、第一歩をふみだす
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第十四話 ロイド、イェラを“イライジャ”と呼ぼうとする

「あ〜…まだ慌てなくともよろしいのでは?」


 クールな出来る男のヒューレイルは静かに口を出してきた。

 その台詞に、確かにまだ慌てる時間じゃないのを思い起こす。……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、とラマーズ式波紋呼吸法で息を整える。よし、落ち着いた。


「なあ、正直なところ女性にはなにが喜ばれると思う?」


「…ええっと、いやぁソレは人それぞれですから


「むむ、ここは是非とも好感度を上げて行きたいのだがねぇ……。なんかさぁ無いかなぁ……。

 よし、ヒューレイル君、此処で出来る男の株を上げてみないかね?」


 出来る男と持ち上げたためか傍また義務感が大きいせいか、ヒューは生真面目に考え込みだす……。


 暫し熟考した彼は何かに思い当ったような顔になった。


「有ります…妙案が……」何故か倒置法を使うヒュー。


 ざわ ざわ


「来たか……道開く勇者……」


「それは服…、最新の…」


 …服ねぇ…、うん、悪くないな。


「ククク、悪魔的発想……」


「お褒めに預かり恐悦至極……!」


 ニヤリとヒューは口を笑いに歪める。その姿はヤケにサングラスと黒のスーツが似合っている様に見えた。


「ほら貴様らも讃えんか……!」


 馬車に乗り合わせている黒服達に…もとい、付き人達に拍手を促した。

 彼らはパチパチと気のない拍手をする。

 そこはCongratulationsだろうが! ワシは彼らの無理解さに憤った。


 個人的には大好きだ中間管理録……。


「それはさて置いて、服ときたか…しかし恥ずかしながら女性に喜ばれる服はよく分からんのだがねぇ……」


 実際問題、よく分からんのだわ。どするべ?


「今、二十歳になる乳のデッカい、それなりの見てくれの女に合う服かぁ…、なあ、昨今の流行であるなら何が相応しいと思う?」


「胸が大きい…は置いておくとして、最近は原色を多用した明るい色彩のモノが人気ですね」


「ほう、そいつは気づかなかったな」


 そーいや、レティカ達も明るい配色の服が多かった。なるほど、アレは流行りを取り入れたスタイルなのか。


「後は……、ああ、リルイァと言う装飾具の卸し店の小物が中々と聞いています」


「それは確か髪どめだったか?」


 その店の名は聞いた覚えがあった。誰だっけ? ユーノが言ってた店だったかなぁ……。


「ええ、特に髪どめに人気がありますね」


「ヒュー、有り難い。いや実に参考になった」


 中々にアンテナを張っている護衛の男を賞賛した。


 杖を持ちだして壁を叩き、御者に声をかける。


「服飾街のあるシューナイゼイル通りに回ってくれ。ちょっと用事ができた」


 帝都のファッション面をリードする一大発信地はシューナイゼイルにあるのだ、と以前おんな友達から聞いた。

 俺は見かけがどうこう言う以前にファッションに興味がない。学士である以上制服で十分だし普段着も衣装係らの出すもので事足りるからな。

 そこへ行くと女性方は大変だと思う。よくもあれだけの衣服に装飾品、美容品に金をかけられるよな。娘を持つ親御さんは金回りが良くなければならないのは同情に値するよ。

 いや、親御さんだけでないな、恋人を持つ男も同様に金が無ければ恋人を名乗れないか。

 ん、まぁ俺もそれなりには金を使っているわな。恋人こそ居ないが関係を持っている女性は片手の指を超えている訳だ、毎月日本円にすれば十万や二十万の出費があるんだからな。

 ……おい、今思ったが散財し過ぎじゃね?

 いくら男には甲斐性が無ければならないとは言え、無駄が多いような……。いやいや俺の趣味込みだといえ、貴族社会で生き残る為の必要経費だろうに。


 ま、話は服に戻してさぎにプレゼントするのを何にするかだ。

 う〜ん、イメージが湧かないぜ…。俺の貧相な記憶メモリと今様の女性服とがマッチングしない。

 だいたいだな、記憶の中のメギは顔だけ出会った頃で身体は帝都に上がる辺りの合体コラになっているのだ。そして恐らく彼女のおっぱいぱいは成長しているだろう。

 出会った時は平たい胸が日増しに膨らんでいく様を見続けていたのだ。彼女は今、俺と同じ二十歳。必ずや成長を止めはしてない。それは確信であった。したがって彼女の寸法を間違える可能性が大である。

 これは流石に不味いと思うのだが? サイズの合わない服なんかプレゼントされて嬉しがる女性は多いとは思えない。まして何が良い服なのかを俺はさっぱり分からないのだ。ついでに言うと時間もない。焦って買って失敗したら目も当てられない。


 ……うん、服は止めとこっと。アクセで勝負した方がまだマシであろうよ。

 アクセなら数点買っても大した問題じゃあないしな。よし、それで行こうか! 




 しばし馬車に揺られて目的地のシューナイゼイル通りに着いた。服飾街だけの事はあり様々な衣装の店が軒を連ねている。一応問屋街は別にあり、ここの数店はメーカーや問屋からの直売店だ。

 しかしやはり個人が店主のこじんまりした店が主流である。現代日本とかと違い大量流通を執り行うメーカーが存在しないためであるからだ。

 ああ大量流通の概念はあるさ。しかし必要とされる莫大な資源をキープしきれないので(他に大資本が必要とされる諸条件の問題もある)もっぱら小口経営が主流なのだ。

 社会や世界が前時代的だからではない。二十一世紀の地球のような贅潤(かつ無駄)な資源生産を許す風土ではないのだ。そこら辺はまた説明したい。


 俺とヒューは馬車を降りてリルイァの店を探す。

 この辺りは小さな通りにも店は多い。店自体を知らないので探す必要もあり、馬車で乗り付ける訳には行かないのだ。


「……なぁ」


 歩きだしてから思ったのを口に出す。


「なんでしょうか?」


「…いや、な、男ふたりで歩くには…ちょっとどうかと思ったんだよね……」


「…ですね……」


「いささか以上に場違い感アリアリだ」


「はい」


 俺達は黙り込む。周囲は華やかな小洒落た服飾の街である。ヒューは見かけも良い男だからこの通りを歩いていても不自然さはないのだが、まあ、その、俺がね。

 見掛けからして見苦しい豚男が貴族スタイルの着飾った服を着て歩いているのだ、ビジュアル的にアウト極まりない。オタファッションしたダサい男が原宿系の街を歩く様なものである。似合わなさ過ぎる。あまりの場違いさにテンションがガタ落ちだ。


「なんか帰りたくなったよ。なあヒュー、お金渡すから買ってきてくれ」


「いやいや、そうは行かないでしょ」


「やだ!」


「へ、辺境伯様……」


 護衛の男が絶句した…。いかんいかん。


「コホン、いや、少々気分が優れなくてね。うむコレはいかん馬車に戻るべきだ。

 ではそう言う訳で君に一任する。善処したまえ」


 俺は言い捨てて踵を返した。後ろからヒューが何か言っているが無視させてもらう。これは撤退ではない、名誉ある転進。そう転進なのである。


 馬車に戻りしばし待機タイム。体感時間で30分ほど待っていたらヒューが帰ってきた。


「ただ今戻りました。こちらの三点を見繕って買ってきましたが、…余り自信はありません」


「苦労。だがそれは俺が君に頼んだのだ、責任は俺に帰着する。気にする必要はないさ」


 腕は立ち、気の利くヒューレイルご苦労さん。


 取り敢えずはメギに渡すお土産は確保したし、これで憂い無く故郷に帰れる。


 御者に帝都屋敷に戻るよう指示してひと息ついた。



 夕餉は新たな同居人であるイェラを迎える。

 さて、これからが大変であるな。なんせこの()はテーブルマナーなど無関係な人生を歩んできたのだ、その教育は困難であるのが目に見えている。だがそれらを許容したからこそイェラを招いたのだ。

 

 俺が可能な限り教化の灯火を(とも)す。これは義務…いや違うな、責任そのものだ。


「イェラ、君はこれから俺と一緒の生活をする、これはわかるね?」


「うん」


「よろしい。では食事から始めよう、しかし、たかが食事と言っても大変な作法…あ〜、何と言うか……、そう、ガッつかない。ゆっくりと食べるんだ。

 先ずはそこから始めよう」


 基礎知識、スタートが俺と全く違う。それを念頭に置いて教えていかねばならない訳だ。

 だが、いまいきなり詰め込むのはダメだ。ゆっくりスロースタートで始めねばならない。


「最初にだが、俺は食事には先ずは感謝する事をしているのだよ。

 …作物を俺達に与えてくれる精霊様達に、次に畑などから野菜を、または動物を育ててくれる生産者の人々、それから毎日食事を用意してくれてる料理人や給仕の人々にだ。

 俺はひとりでは何も出来ないただの男だ。ならば、毎日の食べ物を頂けること全てに感謝している。せめて感謝する事くらいは必要、そうだと思っているのさ。

 イェラ、君にもこの感謝する気持ちを持って欲しい」


 それを告げて指を組み祈りを捧げる。


 俺が祈り済ませると彼女も俺を真似たか、同じように指を組んでいた。


 ちなみにだが、実際のところ俺は感謝はすれども信仰とまでは至らない。日本人らしく神仏に対して、一途な深い信仰心を持ち合わせていないためだからだ。なんとなくのナチュラルな有り難さという欧米人(日本人以外の地球人が正解か?)には理解しきれないあっさり風味の信仰心、これに尽きる。


 しかし、だからといって感謝する気持ちを忘れてはいない。特に毎日料理を作ってくれる料理人の人々にはありがたい気持ちで一杯さ。


「大地にあまねく息吹く精霊の皆さま、命を育み分け与える御業(みわざ)に感謝します。

 我らの口にする諸々を育てる皆さま、食卓に乗せる糧を作り下さる全ての皆さまに無尽の感謝を捧げます。

 いくさ十字の威光のもと、祈りをひとつ……奉賀(ほうが)

 ……さて、イェラも何かに祈って欲しい。文言(もんげん)は好きな言葉を捧げるんだ」


「…うん、…えっと、まいにちありがと…です」


 うん、単純だがそれで十分だ。イェラに笑顔を贈る。


「良い文言だ、他者に敬意を示せるのはヒトの特権だよ。自分が出来ないのを代りにやってくれる人々に感謝する気持ちを常に持ちなさい。さて、では頂こうか。

 …イェラ、お皿に出されているのをゆっくりとよく噛んで食べよう。

 ああ大丈夫だよ、いっぱいあるからね。

 給仕、先に指示した通りで出してくれ」


 彼女に語りかけてから給仕に合図を出す。事前に食事の流れを打ち合わせしてあるので問題はないだろう。

 普段の貴族スタイルからは離れるが先ずは雰囲気に慣れるのも大事だ。


 最初にパンが出てくる。

 いきなりだけどイェラはきっと取り敢えずはいっぱい食べたいのだろうと思えたのだ。


 案の定、イェラは手づかみでがっついてきた。

 俺は自分の皿に載ってあるパンをひとつ手に取る。


「イェラ、ああ、そのままで聞きなさい。

 パンだってゆっくり食べてもらいたいのさ。ほら、ひとつ手に取って小さく千切るんだ」


 ?マークを浮かべる小さな同居人に微笑みかけてパンを千切る。


 両の頬を小動物のようにパンパンに膨らませているイェラは可愛らしいものがあるが、それでは駄目だ。

 

 苦笑しながらパンの食べ方から教えていく……。


 これからは嫌になるほど堅苦しい世界の住人となるのだが、果たしてこの()は馴染めるのだろうか? もしかすれば3日で逃げ出すかも、そう思うと胸が締め付けられるような感じに囚われる。

 だが、だからといって俺はイェラから受けた恩は忘れたくない。この小さな勇者は俺を助けてくれたのだ。身を挺してまでの行いには相応の対価を払わねばならない。

 …それにだ。痛みをこらえながらも笑いかけるイェラに俺は言いようのない気分…悪い気分の対局だ、に囚われたのだった。

 それがなんであれ、大事な気分なのは間違いない。この暖かいほんわかした感情は大事にしたいからな。


 

 食事に関わる基礎をゆっくり説明しながら最初の食事はなんとか終える。

 正直、先の長さに疲れてしまうが、子供を育てるのはこういうモノだと思うね。


 それはそうとして、食事方法はもちっと改良した方が良いだろうな。せめて朝食はもっとライトにしたい。…ふぅむ、なんか良い案は無いものかね?


 ……バイキング形式はどうかな? いや、朝食の席に着くのは俺とイェラのふたりだ、用意する方の手間や配膳量を考えたらあんまり良いとは思えないな。

 しかし、今までのコース風の朝食でもイェラには負担が掛かるは明白だ。

 …一枚のプレートに載せて出すのは? 貴族ルールから見れば邪道だけども、あの児には合うかもな。俺は俺でいつも通りにしてれば良いのだから妙案(ナイスアイデア)だ。


 婦長を呼び出して今の案を伝える。


 彼女は親身にイェラへの対応に応じる事を請け負ってくれた。帰郷までは数日の間だが婦長は今後を見据えた対応策までを考えてくれるそうだ、いや有り難い。


 居間にイェラを呼ぶ。


 これからの生活のあれこれをレクチャーし、お眠な時間を見計らって第一日を終える。

 本人のやる気は見受けられる。しかし、教えなければならない量に対してイェラの許容量(キャパ)は見積もりよりも少ないように思える。

 

 代表的なのは言語がそれだ。

 イェラの語彙はめちゃめちゃ少ないのだった、これでは日常生活から差しつかえる。

 …何か妙案は無いかね? 俺はこれから忙しくなるのでイェラに構える時間はたいして取れない。彼女|(?)に付き添える女中を用立てして、その女中から教えるのも手だが帰郷するメンツにイェラ付きに当てれる人材がなかった。

 今から募集する時間はない。専用の女中は帰ってから手配するしかないのだ。

 ならばどうする? 家庭教師か? だが家庭教師にしても募集出来る見込みはないのだからあまり意味はない。


 しばらくアレでも無いこうでも無いと頭をひねる。

 

 …名案が浮かばない……。…気分転換に晩酌タイムにでも挟むかね。

 控えているユージーンに酒とツマミを用意させる。


「……なあユージーン、あのイェラをどう教化させるべきかね?」


 つい話を振ってしまった。


「…坊っちゃまにはまことに失礼ですが、私はイェラと関わる必要を認めておりませんので坊っちゃまの質問にはお答え出来かねます」


 ……あ〜うん、そーだったね……。


「悪かった。だがそれをおして訊ねたいのだが」


「……分かりました。…では家庭教師を雇うのが最善です」


「それは考えたさ。だがね、間もなく帰郷するのだから家庭教師を雇う時間はないよな? それを問題にしているんだよ。さっき婦長にも伝えたが彼女も直ぐには答えは出なかった。…さて困った」


「坊っちゃまは領地の改革をご計画なされております。その為に何十人もの方を招き雇われているので、その方々の中から選ばれてはいかがでしょうか?」


「考えないわけではないが、彼らはこれから忙しくなるので却下なんだよ」


「……では、その方々からお知り合いを紹介してもらう、というのは?」


「一週間を切ってはそれも辛かろうよ。だがね、それで紹介してもらった処で集まるのは先の先だ、時間がかかリ過ぎて意味はない。それなら帰ってから地元で集める方がマシになる。

 それじゃあ遅すぎる。俺は即日…は言い過ぎだけど可能な限り早急に教育を始めたい。帰りの汽車の時間だって使う必要だってある。

 いや贅沢な悩みだってのは承知してるよ。だから悩んでいる訳だ」


「…………」


 それから俺達は黙る。


 しばらくして思案しているユージーンが口を開く。


「坊っちゃま、確かザーツウェルなる学者先生様が居られましたよね? その方ならお時間はあると思うのですが」


 ほうほう、そいつは考えても無かった。


「流石は俺のユージーン、素晴らしい! そうだそうだよ、あの先生は頭が良い上に当面はなんら仕事がないんだよね。うんうん、良いね実に良い」


 逆立ちしてひらめきを得る苦行は免れた。これには頑固な江戸っ子なお父さんもニッコリだ。


「ザーツウェル先生か、差し当たっては日常会話から始めてもらい、徐々に語彙を増やしていく。

 単語から文法へは自然に増えるものだし、その過程で日常的な知識も組み込めれる。知識が増えるにつれ立ち回りだって覚える。当然、立ち回りには食事作法にも応用が期待出来る寸法だ。

 うん、これなら勝てるな」


「なにに勝つおつもりですか?」


「……ユージーン、野暮な突っ込みは要らないよ」


「坊っちゃま、その様な意味不明な単語を口に出される悪癖は慎むべきだと思います。坊っちゃまはこれより辺境を統べる大役を担われるお方、それが周囲から鼎の軽重を問われる様な発言をなされていては御身の威に差し支えがあります」


「正論ありがとうよ。だがね、軽口すらたたけない人生なんぞ御免こうむる」


 当たり前だ、愉快さを捨てる人生なんて詰まらなさすぎるわい。

 ま、ユージーンも俺との付き合いは長い、俺の性格は全て把握してる女なのだからな。だが侍女として言わずには居られないから口に出しているだけだ。


 彼女は気のない一礼をした。やはり言ってみただけの様だった。


 それから半刻ほど酒をちびちび口に流して就寝する。



 翌日、いつも通りに快適な朝を迎えた。

 蒸し風呂に入って軽く汗を流し、ヒゲや頭をつるつるに剃りあげる。もう四年を越す日課に近い儀式だ。

 剃るのはユージーンである、理髪師はいるのだが俺の世話はユージーンの独占だった。

 彼女が俺の世話にタッチできないのは食事に係る場面くらいである。日常のあれこれはユージーンが独占しても文句は出ないのだが、食事関連は命令系統が違うために(屋敷の使用人は家令以下の男性使用人系と婦長以下の女性使用人系、料理長以下のグループに分かれるの仕組みだからだ。ただし、これは厳密には複雑に入り組んでいるが、まあラインが違うと軽くみて欲しい)食事時には彼女は俺から離れている。

 でもまあ、毎日ありがとさんです。


 ピッカピカになったら服を着替えて食堂に向かう。両親が生存中はこの時に挨拶に向かうのが日課だ。祖父母が居ればさらに追加される訳だが、やはり存在しないので短縮されるのな。

 したがって起きてすぐに朝ごはんとはならない。だいたい体感時間で一時間ほどかかるのだ。両親が居た時分は90分ほどだったな、母が身支度に時間がかかるので仕方ないのだった。…聞いた話だが、世の中の貴婦人には朝の身支度に二時間以上かける方がいるとか。何してんだか。


 食堂に入るとすでにイェラが待っていた。


「おはよう。よく眠れたかな?」


「うん、きもちよかったよ」


 元気よく答える。うん、明るい子供は見ていて気持ちいいね。

 席につくと給仕がいつも通りの手順で支度を始め配膳に移る。俺の左側に座るイェラには昨夜指示した一枚のプレートに載せられた朝食が出てきた。


「昨晩ちょっと考えてね、君にはこうして一枚の皿に載せた方がいいかと思ったんだよ」


 イェラは俺にニッコリ笑いかけてきた。その満面の笑みにこちらも自然にニッコリとなる。


 それから二人で祈りを捧げて朝食をもしゃもしゃと食べる。

 食後のお茶を啜り、何気無さを装い疑問に思っていたのを口に出すのを決めた。


「なあイェラ、君は…その、…なんだな、男の子なんだろ? いや、事情があって女の子のカッコをしている、違うかな?」


 始終にこやかなイェラは顔を曇らせた。


「ああ、責めているワケじゃない。イエス…じゃねぇ、そうか違うかを聞いているのだよ。

 あの街でゴロツキ共は君を…その、馬鹿にする様な発言をした。それが事実なら君は女の子の格好をした男の子だとなる」


「……わたし……、…わたし、おとこ…だけど…、おんなのこ……だから」


 目を伏せて絞り出すように(おんな)(のこ)は言う。聞いた俺が悪いのかと感じてしまう…。


「いやいやいや! 責め…怒っているんじゃないよ、ただホントの事を聞きたいからなんだ!」


 慌てて弁解したのが良かったのか、イェラの顔が少しマシになる。


 ……しばらく沈黙が食堂を支配する。俺としても急かす気にならないので黙ったままにする。

 

「…にいさん…、わたし、おとこのこだけど……おとこのこはいや…なの」


 おけー、それが聞きたかった。


「ありがとう。だけど君は性別自体は…あ〜、どうしても男だよね、うん、そうなら男の子の格好をした方が…ねぇ? 

 どうかな、ああそうだ、世の中には『形から入る』という言葉があってね、君は男の子の格好に戻して生活すると言うのは? おうそうだ、君の名にケチをつけるのと違うのだが、『イェラ』というのは本来なら家猫につけるような名前だ、そこで名前を改めるのも良いかもね」


「なまえ? わたしは…これでいいの」


「うーん、まあそう言わずにさ。……イェラだから…、イ…イ…イラ…、イライジャ。

 うんそうだ、『イライジャ』だ、コレなんか良いと思うな! どうかな?」


「…………いや」


「何故だい? イライジャ、良い名前だと思うよ。よし、これからは君をイライジャと呼ぶ。はい決定」


 イェラ改めイライジャは眉を釣り上げ食堂から出て行った。…うーむ、怒らしたかなぁ?

 いやしかしだ、彼は俺が育てる義弟なのだからそれらしい格好や知識、教養、それら諸々を身につけなければならないならない。

 ちょっとキツく当たるが女装男子よりもマトモな少年でいなければならない。独善的過ぎるが、まあ、仕方あるまいよ。

何と言うべきか、まあ親切の押し売りです。

ロイドはこれ以降イェラを常にイライジャと呼び、後にイライジャ・ロイズと家名を与えますが、イェラは何時いかなる場合でもイェラ・ロイズと名乗ります。

二人は仲が良い関係を持ち続けますが名前の件のみ終生確執を抱き続けるのです。


ロイドは自分に行為を抱いてくれる女性に対しては強く出れないため、常に負け続ける運命にあります。

それ故にイェラに対しては意固地の姿勢を続けるのですが……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 女医のところもそうでしたが、あとがきにその人物の今後を書かれていると、ネタバレされながら読んでいる気分になります。
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