第百十八話 ロイド、海戦その一
遅れ気味で申し訳ありません
「提督、敵伏在海域に入りました」
「ん、警戒を厳と為すように」
「ハ」
艦橋にて多島海に入った事を告げられた。今後の予定は敵首魁に直接会うか、それなりの発言力を持つ人物と会い最後通牒を表明する事だ。
「真方位一の十二のニ、敵船団確認しました」
「もう一度確認しておきたいのだが、敵味方の識別はどうなっている?」
「はい、簡単です。魔伝器が識別装置の役割をおっています。機構は簡単なので苦労はしませんでした」
「そうか、ありがとう」
「艦長、行き足を落としてくれ」
「了解、両舷微速」
「両舷微速よーそろー」
「通信士に伝令、全艦に下達、…鶴翼の陣、奇数は右翼、偶数は左翼に展開」
「ハッ!」
「提督提督、リモナーデはいかがですか?」若い水兵がラムネの瓶を上げてみせた。
「ありがとう貰うよ。でも何故にリモナーデが?」
「ハ、巡洋艦の造船技師が『巡洋艦以上の艦には必要なんだ』と仰言っていたとの事で」
「もしかして、その技師は異世界のニホンの国の者かい?」
「は、はい、たしかその通りです」
やっぱりな。その技師は日本人だ。これがアメリカ人ならアイス製造機だ。……うん、美味い。これは聞きかじった四方山話なんだが、昔の大日本帝国海軍の軍艦にはラムネ製造機が無かった頃の話だ。
各艦の消火器には二酸化炭素が詰まっていて、水とギンバエ(酒保や倉庫に忍び込んで目的の品を盗む行為、ギンバイとも言う)で加糖水を用意する。そしてそれらを合さってラムネを作っていたのが発端だ。この伝統がのちに巡洋艦以上の大型艦にラムネ製造機として定着したのだった。
閑話休題。
「艦長、予定通りに艦を横向きに」
「宜候、艦を真横に」
「取り舵いっぱい宜候」
艦を横向きにするのは射撃範囲の拡大だ。縦向きでは全砲門が使用出来ないからな。
しかし、この連中、素で宜候なんか言っているが、リアルに日本語なんだが……。
「君、リモナーデありがとう」と空き瓶を返した。
「ハ、またのご利用お待ちしております」
「ン、下がっても良し」
双眼鏡を構えて見る。ベタ凪の南方航路と違い多島海は風がある。その為、連中の船にはマストが装備されている。それがどういう意味を持つかと言うと。
(ほら見ろ、陣形がバラバラじゃないか)
これが両軍の差だった。ベタ凪で活動する我々には帆が必要無い。従って推進力には人力がベストだった。以前に俺が『帆を張るのが精一杯』と言ったのはこれが背景にある。
「拡声器を」あらかじめ持ち込んでいた拡声器を取ってくれと村部に言う。
「はい、提督」
拡声器を受け取った俺は艦橋を出た。
「東夷討伐第一艦隊司令ロイド・アレクシス・フォン・ファーレだ。お前たちの代表者と話がしたい」
連中は何やら相談しているようだ。暫くの後に一艘の船が前に出てきた。
「俺だぁ! 俺が代表者だぁ!」
赤銅色の大男が声をあげた。顔はやはりヒラメ面だ。
「名は? 名はなんと言う?」
「俺様かぁ、俺はジョク・ギンウォン大提督様だ」
「(何が大提督だ、阿呆か)では親書を受け取ってくれ」と言っても高低差がある。手近な水兵に手渡し、下に控えてある駆逐艇にリレーさせた。艇長はうやうやしく手にし、艇を前進させる。そして敵船に横付けし大提督(笑)に渡した。
「しんしょ? 要らね」
と言って大提督(笑)は親書を海面に投げ捨てた。よーしオッケー、開戦の口実は出来た。
ᑕIᑕに戻ることにした。ᑕICの出入り口は艦橋からしか入れない。理由はよく知らんが防御の為だと聞いている。
艦橋で艦長に声をかける。
「喜べ、絶滅戦闘の開始だ。三大辺境のひとつが消滅する大戦、君はこの場に立ってどう思う?」
「そうですな、やはり感慨深く有ります」
艦長はニヤリと笑った。俺もニヤリと返し階段を降りた。
「提督、報告します。敵群AからGまでをラーダーで分け、各艦に振り分けました。本艦はE海域です」
「うちの四基八門は?」
「指向済です」
「よろしい。では全艦に通達、『絶滅戦闘開始』全武装自由」
「ハ、了解。全艦に通達『絶滅戦闘開始』全武装自由!」戦務参謀が号令をかけた。
直後よりオペレーターの声で騒がしくなる。
「A群一号艇と敵船〈あ〉とが接触……敵船員を鏖殺」
「ᗷ群四号艇火ボルトで敵船〈か〉に火を点けました」
次々と報告が入ってくる。初手はこちらが上だ、幸先が良い。
「本艦二号砲門、敵船〈こ〉を爆砕」
「二号艦、敵船〈さ〉を爆砕」
「一号艦ランプーアダムス、敵船〈そ〉を爆砕」
よーし良し、巡洋艦の砲も順調の様だ。しかし新型の砲は静かだな。ただ反動は打ち消され無いため揺れが生じる。
「D群十一艇…逆撃されました」あらま。まあ犠牲も出るか。
戦闘開始より半刻、運動性に優れた当駆逐艇と火力に優れた巡洋艦を擁する我々が優勢だった。ただ、敵船団の総数が判明していない為、不安材料が残る。しかもあと一刻弱で巡洋艦の弾が尽きる。
今日の所はあと一刻で終いにするか……。
「艦長に通達、あと一刻で本日の作戦は終了」
「ハ、あと一刻で本日の作戦は終了、伝えます」
「駆逐艇群にも伝えるように」
「ハイ、了解しました」
一日で終わるとは思っていないし、何より『絶滅』戦なのだ。焦らず慎重かつ大胆に行こう。
漫画の神様ではなくて、文章の神様が降りてこないのです……