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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第5章 ロイド辺境伯、今日から明日へ、明日から未来へ
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第百十五話 ロイド、スティラの治療とその始末記

いやぁ毎日があっついですね<丶´Д`>ゲッソリ

「工藤、その扉を魔法で切り裂け」


「良いのですか?」


「構わん」


「では……魔刃」彼女はわずかに腰を落として魔法を放った。

 不可視の刃が目の前の扉を切り倒した。


「苦労、行くぞ。本作戦は内部資料の押収だ。洗いざらい漁れ」


「了解」


 工場内は医薬品の製造工場の様だった。しかし工場の敷地内の四分の一しか使ってない。このサイズならくだんの書類も直ぐに見つけ出せるだろう。

 製造工場には様々な書類と試薬品、実験道具で溢れていた。その中で巨大な金庫がひとつ異彩を放っていた。


「工藤、さっきの魔法でこいつの鍵を壊せるか?」


 書類を捜す手を止め、工藤は金庫を覗きこんだ。


「このサイズなら鍵は相当に太いです。ですが連発すれば切り裂く事も可能です」


「そうか、ではやってくれ」


「了解。……魔刃、魔刃、魔刃…、チ、魔刃斬」


 お? 埒があかんかったのか最後魔法を変えたな。

 だが、その成果があったのか金庫の扉は自重で倒れてきた。

 ま、そんなのはどうでも良い、中身だ中身。

 工藤に礼を言って、金庫の中身を探る。……さて目的のモノは…と、あった。細かい事は置いといて、持ち込んだ鞄に押収した書類の束を詰め込む。

 後はあるかな? ああそうだ、注射針の製造セットだ。彼らの持つ技術は捨て置くには勿体無い。あの細さの針を量産できれば医療の現場で大活躍…はしなくとも有用だ。

 だが金庫の中には無かった。

 工藤と村部を見る。

 彼らは机の中や棚の中をすべて漁っていた。


 俺の視線に気づいたのか村部が振り返った。


「御命令通りに資料集めていますが、何か?」


「注射針を見かけなかったかね? トンボ針みたいな」


「まだです。この世界にもトンボ針が有るんですか?」


「この世界ではオーパーツさ。ここの連中だけが独占している」


「トンボ針が量産できたら注射で泣く子供が減りますね」


「そうだな」


 話を打ちきって捜索に戻る。


 麻薬の入ったアンプルは大量に見つかった。これはサンプル以外は情報局の連中に譲ろう。トンボ針の完成品も見つかった。だが肝心の針の治具ジグが見つからないでいる。

 捜索開始から一刻半探せる所は探した。


 仕方ない、針は諦めるか……。


「よし、粗方攫ったな撤収する」


「了解」


 工藤にひとつ頷いて鞄を持つ。


「ちょっと待って下さい辺境伯閣下」と先に現れた情報局の局員がストップをかけた。


「…何かな?」


「押収した書類は一度、局にて精査しなくてはなりません。また備品の類も情報局の管轄です」


 おいおい……。くそ、仕方ないか……。


「提供はしよう。しかしとある薬剤の成分表はどうしても手に入れたい」 


「とある薬剤?」


「麻薬の一種だ。まて俺はそいつを広めるつもりは毛頭ない。逆だ、治療するのに使う」


「治療、ですか?」


「さよう、治療だ」


「……精査に一週間はかかります。その後でしたら渡せるかもしれません」


 一週間か、まぁ妥当な所だな。それでも『かも』か……。


「辺境伯閣下、いま帝都のかげの場所で様々な違法薬剤が出回っています」


「それで?」


「閣下の押収なされた資料はそれらに対抗できる可能性が有ります。これはひとつの国難です。閣下には協力してもらいます」


「協力なのか脅迫なのか判断に迷うが、従うがすじだな」


 そう言って持っていた鞄を下ろす。


「工藤、村部、鞄を渡してやれ」


 村部が目で『良いんですか?』と問い掛けてきたので肩をすくめて見せた。彼はひとつため息を吐いて鞄を下ろした。


「ご協力有難うございます」


「さてでは帰るか……と、その前に聞きたい事がある」


「……何でしょうか?」


「今回押収した品の中で非常に小さな注射針の台座とかを見かけなかったかね?」


「ええ、有りましたが?」


 くそ、あっちにあったのか。


「そいつは医療の世界で役に立つ、積極的な活用を願う」


「は、はあ、了解しました」


 こいつ、理解してないのか? ミクロ単位の貴重な原品なんだぞ……。ああクソ、何でこうも上手く行かないのか。


 ……嘆いても仕方ない、帰るか。

 待たせてある場所に乗り込み、帰路へつく。

 

 さて、スケジュールの調整をしよう。

 今日はもう疲れたから休み。明日から北都入り。帝都に残っている工藤と村部はその翌日に帰す。北都の状況で自領に戻るかどうかを決める。…まあこんなもんか。




 一週間後、帝都屋敷に顔を出していた俺は待望の客人を待っていた。

 その客人…情報局の役人は午後に現れた。すぐさま応接室に通す。


「挨拶は抜きだ。例のアレはどうなった」


「はい、閣下のご意見は却下されました。ですが複写は認められ、ここに用意してあります」


「そうか」不満アリアリの顔で頷いた。無論、ポーズだがね。本音は複写で御の字だからだ。


 彼は震える手で書類挟みを取り出し、俺に差し出した。


「閣下! 大変申し訳ありませんでした!」


「何をかね? まあ顔を上げなさい」


「功は閣下のもの、されどその功に報いる事なく……」


 ああこの件か。


「貴殿が謝る必要はない。それに誠意は受け取った」


「いえ、ですが」


 それからの数寸間、怒濤の謝罪に素で引いてしまった。


 精神的疲労半端ないわ。

 どうにか収めた時にはぐったりしてしまっていた。


「閣下のご厚情、感に耐えませぬ」


「だから謝罪はもういらないと。これ以上続けるのならばそれは不敬ととるぞ」


「は、ははっ」


「もう良い、下がってよし苦労であった」


「ははっ」


 無理矢理だったが、こっちにも都合があるのだ。さて。


「ツキハ君!」


「はい!」


「代官殿にいとまする旨を伝えていてくれ。館に戻るぞ」


「はい」





「資料の成分はほぼこちらの試薬と変わりませんでした」


 フランシアは微かに笑みを浮かべ、そう言った。


「ではどちらの薬を使う? 幸いに両方ある」


「そう…ですね、……やはり安全性から連中の方を使いましょう」


「よろしい、意見の一致はした。ドラクル、早速だが貴様の暗示の解除を試みる。いいな?」


「……良いだろう」


「ヴァニラ君、では、アンプルを注射器に入れてくれ」


「はい……準備完了しました」


「では打ってくれ。ドラクル、何があっても俺を忘れないでくれ」


「…………分かった」


 フランシアがドラクルの腕に消毒液を付けたガーゼで拭き取り、注射器を当てた。慣れた手つきで内容物を押し出す。


「スティラ・ザーツウェル、これより貴様にかけられた呪縛を開放する。…『YE NOT G∪ILTY』。

 さあ今から君は自由だ。これからはこの薬に頼る事なく生きていける。3・2・1、暗示は解けた、目を開けて起きなさい」


 ドラクルは僅かに身動ぎ、目を開けた。


「調子はどうだい?」


「……なんだか清々しい気分だ」


「良かった、良かったです先生」瞳に涙を浮かべてフランシアが言った。


 だが……。


「だが経過観察は必要だ。嬉しいのは分かる。しかしもう一度気を引き締めて欲しい」


「あ、はい。その通りです」


「ドラクル、君もだ。何か変化があれば即言って欲しい」


「承知した」


「ヴァニラ君、アンプルと試薬の全て、資料の一切合切を提出する様に」


「理由をお聞きしても?」


「我が家の保管室に入れる。そうすれば大概の面倒は一元化するからな」


「盗難や違法行為から守るためですか」


「そうだ」


「分かりました。その様に処置します」


 スティラに向き合う。


「スティラ、俺は約束を果たしたぞ。君は自由だ、これからどうする?」


「どうするもこうするも私はお前様の女だ。居場所はここさ」


「そうか、では改めてよろしくスティラ・ザーツウェル」


「ああ、よろしく」


 言葉より行動だ。俺は身をかがめ、彼女を抱きしめた。それだけで良かった。

スティラ編、これで終いです。ご意見ご要望があれば教えて下さい。

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