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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第5章 ロイド辺境伯、今日から明日へ、明日から未来へ
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第百十話 ロイド、とある銀行家と知りあう

 駅から汽笛が聞こえてきた。今日も人も荷物も満載であろう。


 農業従事者、土建屋がメインで銀行家なんていた。

 今日の分の戸籍謄本を纏める。というか、その銀行家と会談せねばならない。さて俺の知識で対応できるのだろうか。


 会談は午後の一番からだ。いや別に『会いたいからちょっち良いですか?』ではなく、事前に手紙を貰っていたから会談をセッティングしたんだがな。


「ご主人様、中央銀行のモーガン様が参られました」客間女中のひとりがそう報告してきた。


「応接室へ通せ。すぐ行く」


「かしこまりました」




「はじめまして中央銀行のジョゼフ・モーガンと申します」


「遠路はるばるようこそ。ファーレ辺境伯だ、今日は手加減して貰いたい」


 モーガンは四十半ばの鋭利な目をした男だった。だが今はにこやかに対応している。こういう手合いは要注意だ。


「まぁまずはお茶でも」


 女中に合図する。彼女は手慣れた手際で茶を淹れる。


「……ほう、甘茶ですか」


 一口飲んだ彼は感想を口にした。


「自分が好きでしてね。甘茶は苦手でしたかな?」


「いいえ、自分も好きですよ」


 ダンディな顔を綻ばせて否定した。こういうのを大人の余裕というんだな。 


 五分ばかり茶の話で時間を潰す。潰すと言っても無為に時間を潰すのではなく、相手の癖や思考を調べる言わば前哨戦だ。

 前哨戦の結論、やはり頭の回転の早い教養ある人物だと知った。


「さて、では今日は何用かな?」


「金相場の下落と今後の動向を話し合いにきました」


「…………」視線だけで先を促す。


「北都の壊滅的打撃状態と金相場はこの際別とお考え下さい」


「何故だ? 因果関係は立証しているではないか」


「確かに。ですがそれは最初期までの話です」


 なるほど、そう来たか。確かにそれは俺の落ち度だ。


「なるほど、つまりは俺が軍にかまけたからたど言う訳だ」


「閣下、それは違います」


「違う? 違うだと?」激情を乗せてみる。実際には冷静なんだがな。


「事実として俺は軍務を優先させた。その間、北都の金相場なんぞすっかり頭から抜け落ちていた!」


 これで彼が俺に対しての指数はマイナスの筈だ。だが同時に俺に対し温情を与えるべきだとも判断する材料ともなる。


「閣下、閣下が戦務を優先させた背景は存じております。ですから別案件とさせて頂きました。ここまではよろしいですか?」


 温情はここまでか、まあ良いか。

 落ち着いた事を表すソファに座り直す仕草をとる。


「今のヴェゼーテン(レートの事)はどうなっている?」


「0.6下げの0.4e(エーラ)です」


 安! いくら何でも安すぎだ。

 1eが平均(プラマイ0.2)だから0.4がいかに安売りかが分かろう。


「それは北都の経済を死ねと」


「いえいえ流石にそれは」


「しかし低い。あまりにも低い数字だ」


「閣下、それはそれ、ですよ」


「と言うと?」


「閣下は為政者として北都に参られましたよね。であるならなにがしら策を講じるかと」


「考えてはいるが所詮は素人。とてもじゃないが金利を上げるには至らないのが本音だ」


「そこで私ですよ」


「?」


「僭越ながら私は銀行家です。一緒に模索しませんか?」


 その声は天啓に聞こえた。ガッと彼の手を取った。


「それは願ってもない事。是非に」


 それから俺は移民と基礎工芸品の成長プランを語る。まずは基礎からだ。

 

「後はそうだな。……為替介入をどうするかだ」


「為替介入は危険です」


「しかし、やらねば物価が上昇してしまう」


「私は銀行家として為替介入には反対です。大丈夫です、必ず反発して上昇します。どこにでも逆張る輩は居ますから」


 俺は出すべき言葉を見い出せ無かった。


「健全な発達には健全な計略からですよ」


「それは理解しているが、介入なしとなると相当に厳しい。幸いに銀行には現金がそのままに残っている」


「確かに。ですがそれを今使っては溶かすだけです」


 溶かすだけか、最もだな。


 俺はしばらくの間、あ〜でもないこ〜でもないと無い知恵を振り絞っていた。


「閣下、この北都の主要産業はなんでした?」


「ん? 革製品かな。いくつもの商家がそれぞれ証票を掲げていた」


 最低でも五社が証票ブランドを掲げていた。


「それですよ、それ。再び復興させるのです」


「それは自分も考えている。だが難民となった者で革製品の職人は十人といない」


「それなら他領主に頼んで職人を引張ってきましょう」


「簡単に言ってくれるな。だが了承した」


 それから暫らくの間、有意義な会話をして銀行家との初日を終えた。


 執務室に戻り各地の革製品を主力とする領主に書簡をしたためた。あまり良い顔しないだろうが、俺のバックには皇帝陛下がいるのだ。渋っても職人を差し出すだろう。

 しかし、一年程度では工房の立ち上げが精一杯だ。一流どころに返り咲くには十年は必要だろう。その程度は分かる、分かるからもどかしい。

 ……あれ? ひょっとしたら俺、それまではここの領主代行をやらねばならんのか? いや流石にそこまで責任はないだろうよ。やらんよな……。


 一抹の不安が脳裏を過ぎっていったが、無理やり追い出す。

 定時になったので領主館に帰った。

 玄関ロビーに入ったらやけに騒がしい。騒がしさの元凶は泣いている赤子…エリアス様だった。

 いつもなら部屋に居る筈なのにどうして玄関ロビーに居るんだと尋ねたら、一日に二度三度、館を廻っているとの事。


 で、そのエリアス様は俺を見て泣きやんだ。それどころか逆に笑い出す始末であった。


(そんなに俺の顔が面白いのか?)


「ご主人様、あいすみません。何分お嬢様はよくお泣きで」


 乳母がペコペコしながら謝ってきた。良家のお嬢さん上がりで器量もよい。


「気にする必要はない。赤ん坊はよく泣いて、よく寝、よく乳を飲むのが仕事だ」


 そう言い、もう一度赤ん坊に向って挨拶代わりの手をニギニギ振るう。機嫌がいいのか、エリアス様は笑い声を大にした。

 構ってあげたいのだが、構い過ぎては不敬にあたる。一礼してこの場を去る事にした。一礼したまま三歩下がる。そして頭を上げ踵を返す。

 途端にエリアス様は火が付いたかのように泣き出した。俺は意識して泣き声をシャットアウトした。そしてそのまま自室へ向かった。今日も一日ゴクローサン。さぁて晩御飯はなにかな? 俺は服を改め、晩御飯までの間、ベットで休む事にしたのだった。

随分と暑くなりましたね。我が家ではクーラーが全開中です。

相変わらず目が痛いのですが、月二回の更新は頑張ります(あくまでも努力目標)。


ところでルビなんですが、独五・多国籍三・オリジナル二の割合です。これを独八・多国籍二にする案もありちょっと悩んでいます。皆さんはどうお考えでしょうか?

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