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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
序章 ロイド辺境伯、第一歩をふみだす
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第十二話 ロイド、悪党の頭目と交渉する

「俺はそれ以外の交渉はしない」そう言い切る。


 代表のウェンチェスターの身なりの良さは確かだが彼が内包する危険な匂いは誤魔化せない。

 この米国人(ヤンキー)(推定)は間違いなくまともな商売人ではないのだ。ならば強気に出ても問題とはならない。


 俺と代表は無言で睨み合う。


 ふと、彼は眼差しを緩めた。


「私達はですね、『還り』たいのですよ。

 この異常な世界には住みたくない、そういう事です」


「異常な世界に、ねぇ。

 そりゃあ君たちが住んでいた丸い大地に比べれば平坦な大地は住み難いだろうさ」


「星も月も…太陽も、何もない気味の悪さ。貴方方には分かりますまい……」


 その独白は演技なのかもしれないが哀しみが滲んでいた。


 (気持ちはわからんでも無いがね……)


「……スティラ博士を私達は必要としています。彼女の持つ類まれな才覚は必ずや我々に有益な情報に辿りつきます」


「そこが判らん、なら何故彼女を薬漬けにした。そうした場合に薬で使い物になったならどうする?」


 それが疑問だった。依存で済めば良かろうが、最悪脳を破壊するのだ。それが分からない筈もないのだが?


「薬の使用は適切にコントロールしています。使用の効用は元よりインターバルもモニターしていますからね」


「顧客の情報はしっかりと掴んでいます、か」


「はい。それが我々の強みですから」輝かんばかりの笑顔を浮かべる。


 それを莞爾として笑うこの犯罪者には改めて怒りがこみ上げてくる。


「随分と顧客の管理に自信があるのだな」自然と口調に棘が出てしまう。


「博士は我々にいささか非協力的でして、最初は穏便に話し合いをしていたのです。

 ですが何時も話は平行線。ですので招待した次第なのですよ。お陰さまで彼女の新たな一面を発見しました」


「新たな一面をねぇ…、ふん、物は言いようだな。

 本人の同意なしに連れ込んで強いた挙句、心身ともに傷付ける。

 強盗が居直る話があるが犯罪者はやはり犯罪者でしかないな。実に犯罪者らしい屑のクソにも劣る犯罪自慢だ。

 だがまだ俺の質問には答えていない。何故薬を使ってまでする?」


「まあ実験の意味もありましたが、本音を申しますと娯楽も必要だったので」


「そうか、やはりそれが本音なんだな。ああ合点いった、合点いったよ、下衆なお前らだから予想はしていた」


「予想は、と言うからには辺境伯様も想像なされたようで。ならば辺境伯様もかなり下卑た方ですね」


「俺から揚げ足を取ってご満悦のところ悪いがね、俺は推測推論はしたがお前みたいな低能低脳無能下郎とは違って、相手を尊重し相手を思いやる程度にはマシさ」


 俺からの(クド)いまでの言い様に代表の顔がようやく引き攣る。

 やはり犯罪者にはこういう表情が似合うのな。

 あ、俺は下卑ているのは間違いじゃない。事実だ。


「さて、言葉遊びは終いにして交渉に戻そうか」


 悪口や煽りは先行やり逃げが鉄則である。交渉とはいかに相手のペースを乱し、自分のペースに持って行くかだ。


 代表は嫌々ながら無言で同意した。引き攣った顔を渋くして息を整えた。

 

「辺境伯様と取引する理由がありませんね。私はあくまで博士に商品を渡しているのです」


「俺は彼女を保護した、と言った。先の台詞を聞いていなかったのか?」


「聞いていましたが? 

 だとしても貴方を窓口にする必要などないのです」


「彼女は俺の館に住むからさ。つまり俺が家主だ。家主に断りなく繋ぐとは失礼な話だと思うのだがね」


「博士は貴方が庇護している姉妹でもありませんし、娘でもありません、独立した個人ですよ。

 彼女が何をしようと彼女の勝手、貴方がどうこう言う筋合いなどありません、と言っているのです」


「薬で正常で居られないドクター・ザーツウェルに対して俺は彼女を護る必要があるよ。そしてその状態に持って行ったのはお前らだ。したがって俺はお前らに対立する。

 その為の交渉である、否応なぞ聞かん、俺を通せ」


 互いに平行線のままなのは千日手だ。どちらかが折れる必要があった。

 俺達は軽く睨み合い沈黙した。


 俺も奴も自分の話を通すだけの材料に欠いていた。

 俺にしてもドラクルを護るだけの…法的な根拠のある…理由はない。

 奴だって彼女に“直接”薬を渡す理由がないでいるのだ。


 俺達は視線を外す事無く思考に没頭していた。


 無言の交渉は十五分を経過する……。


「……辺境伯様に卸す場合、手数料を求めても?」

 

 不意に代表が口を開いた。


「手数料、ねぇ。何故にと疑問が湧くが手数料どころか配達料をプラスして払ってやるさ。何せ遠いからな。

 ああ、俺の領地にまで来るんだ、道中はともかく領内での宿は此方持ちにする」


「随分と気前が良いですね。流石は辺境伯閣下」


 俺達は互いに口の端を歪めた。


「ああそうさ、俺は寛大な大貴族様なんだからな。

 で、そう言うからには俺に同意したのだな?」


「了承した方が得策と判断したまでで」


「そいつは重畳。出向いた甲斐はあった。

 でだ、今余分に持って帰りたい。数日後には帝都を発つ訳だからな。今のうちにキープしておきたい」


「用意させます。一度あたりトランクケースひとつ。それで半年は持ちます。ま、辺境伯様がご自分で愉しまれるのなら、それひとつでは足りませんが」


「はッ! 下らん。俺にお前たちの薬なんぞを愉しむ趣味はないのでね。世界にはもっと楽しい趣味があるんだ。何よりその方が健全だからな。

 それより話しを詰めよう。トランクひとつで半年と言ったが、それは確定された事象なのか? 彼女のコンデションで左右はされないのか?」


 代表の男は少し黙って口を開く。


「……左右はされます。体調より精神状態ですが。

 幸状態なら平均値をキープします。しかし、鬱のような、或いは激高した状態が続けば薬の効果時間は下がります。これは今までの彼女を観察してきた結果です」


「激高、とは限定なのか? 彼女には常に冷静でいなければならないと言うのか?」


「大抵の場合、楽しい、と感じる興奮ならそれほど問題ではありません。

 怒り、です。怒りによる興奮はドーパミン分泌のそれよりも過剰に反応するのです」


「化学式で確認された現象か?」


「残念ながら、この世界では化学物質を検出し検証出来る機材がないので経験則から判断しました」


「……最後にもうひとつ、それは複製可能か?」


 これだけは確認したかった。愚問でもあるのだが聞かずにはいられなかったのだ。


「……絶え間ない研究の果てなら『可能』でしょうね。

 ですが門外漢の方なら『非常に』難しい、そう申し上げます」


「理解した、ありがとうよ。でトランクケースひとつ当たりの値段は幾らなんだ?」


「……今回は辺境伯様に卸す初回として、100(エーラ)を請求します。二個目からはひとつに付き120e。

 今の在庫のうち、辺境伯様にお渡し出来るのは3ケースですね。ですので合わせて340e。如何ですか?」


「結構だ」


 付き人に支払いを促す。


「提示したエーラを支払ってやれ」


 話は終わりだ。席を立ち扉に向かう。

 扉の前で代表に顔を向ける。


「……お前達が還りたい気持ちは分からん訳ではない。その為の手段はさておきだがね。

 ドクターに必要とされる資料は届けさせろ。研究には協力させてやるよ。その程度にはお前達に同情してやるさ」


「辺境伯様からの言葉、感謝します。

 それとひとつ聞きたいのがありますが?」


「なにか?」


「我々を政府機関に通報しないでいるのはザーツウェル博士に被害が及ぶから、ですか?」


「……それ以外に理由がいるか? ま、お前らに興味があるのも事実だ。

 もし異世界に移転できるなら、そんな技術が確立したならばそれは時代を騒がせる…金儲けのチャンスだ。これに乗らない手はないさ。これで十分かね?」


 偽悪これ極まりないあけっぴろげな理由を開示した。

 ホントはそんなの全く思っちゃいないのだが、もし…もし理由を必要とするのなら理由なんて下世話であるべきだ。そう思っている。


 悪党の頭目はどう受け取ったか定かでないが、意味深な笑みを浮かべて一礼した。

これで取引は終了だ。


「ではな」言い捨てて部屋を後にした。代表の男が何かを口にしていたようだが俺には興味がなかった。


 受付に戻りさっきの馬鹿を探す。

 俺と目が合い不満げな顔をする。それに満足しそうになるが言うべき事があったので手招きした。


「……なんでしょうかお客様」


「取引相手に仏頂面するな。まあそれは置いといて、ひとつ言っておく」


 声を潜める。


「俺がこの商会に来ているのは帝国の密偵が監視している。ああ俺はこれでも大領の領主なんでな、俺の動向は注視されるザマさ。

 でだ、おいよく聞け、これで帰り道で俺になにかトラブルがあれば真っ先に疑われるのは此処だ。ふん、光栄に思えよ? 俺はお前らの代表にこの商会の裏の顔は口外しないと誓約した。

 わかるな、お前が不用意な事をしでかした場合、そうなれば上はお前達に必ず目を付ける。その後にこの商会が消える明るい未来が待っいる。それが良いのであるならば好きにしろ。

 理解できたかね、愚物マクラウド

 ま、そういう事だ。お前と二度と顔を合わせる事はないのを記憶に刻め」 


 帝国が俺を見張らなきゃならない理由なんてない。ただのはったりである。まあ保険を掛けた訳だ。効果あるのかわからないがブラフにしちゃ手頃である。利用しない手はないのであるな。

 声に笑いの微粒子を加えて闊達に音量を上げる。


「いやあ中々に良い商談が出来たよ。代表には満足している、いや有り難う!」


 愚かな番頭に親愛を込めた視線を送って商会を出る。

 表に停めてある屋敷の馬車に御者コーチマンの手をかりて乗り込む。

 支払いと受け取りのために残っている護衛らを待つ。


 程なく彼らは受け取ったトランクケースを抱えて戻ってきた。


「苦労。その荷物は重たく見えるがそうなのか?」


「いえ、たいして重たい訳ではないのですがあちらから『貴重な品なので丁寧に』と言われましたので」


「まあ貴重なのは事実だな」


 備え付きにしてある(スティック)の石突で御者台を叩く。本来杖は貴族紳士の必須アイテムであるが、俺は(そんなの)を持ち歩く必要を認めてはいない。

 しかしながら馬車での移動時に御者に声をかけるのにいちいち声を張るのも億劫である。であるから御者に合図を送る為に自分のトコの馬車には杖を用意させてあるのだった。

 しかしナンだな、どうしていちいちエラソーに杖でゴツゴツしなきゃならないんだ? なんか偉そう過ぎて…偉いのは事実なんだがね…自己嫌悪したくなるのだ。


「馬車を出してくれ。おっと帝都屋敷に戻る前にケープー通りに寄ってくれ。

 今の時間ならその界隈に屋台が出張っている。大餅(ダービン)を売っているのはその一軒だけだからすぐに判るさ。そこに寄りたい」


 御者(コーチマン)ははいと返事をして馬車を走らせた。

 大餅(ダービン)とは中華料理の庶民向け軽食だ。10年ほど前に1930年代の上海から此方へ転移してきた中国人の(ウー)という名のおっさんである。

 本人は下層社会の出である為に正確な年代は知らなかった。帝国の調査員は彼が覚えているだけの知識を元に資料部に残されている各種資料をあたり、その時代であると判断したのだった。

 補足しておくと、この世界では転移者が文化や技術などの知識を伝えてきた。それらは帝国史…いや有史以来様々な有益な情報を与えてきたのだ。時には無利益な情報…むしろそっちの方が多い…もあり悲喜こもごもな結果を残すがそれでも異世界の情報は貴重である。異世界からの来訪者は発見しだい公機関に保護される様になっている。

 彼らから情報を『吸い出したら』以後は解放される。

 一概には言えないが有益な人材であるなら国家から『招かれる』のだ。だが、先に言った通り持っている情報がたいした事ないのなら容易く一時金を与えて市井に出されるのだ。

 このシステムは古くに確立され、帝国でも継承されてきたのだった。

 そしてこの中華なおっさんは早々に解放され、一時金を元に得意の大餅を売る生活を送るのだった。


 大餅は餅とあるが餅米を使わない。実際にはベースには小麦粉を使用する。その小麦粉を練って平たく焼き上げるだけのお手軽料理だ。米の品種の無いこの世界でも簡単に再現できるのが強みであった。

 しかし、悲しいかな帝都において小汚い身元不明のおっさんの屋台だ、直ぐには流行る事はなかったのだ。近年ようやく大餅が受け入れる様になった。

 頑張るおっさんに俺は感動した。

 俺は帝都に上がって初めて知り、度々にこの屋台を訪れるようになった。

 日本食が恋しいのだが大餅は日本食のソレとは随分違う。食感は餅とは違う。餅と言うより煎餅の方が正解だと思う。


 帝都での在学中に一番通ったストリートフードである大餅(ダービン)に愛着が出来た俺は半年前からファーレ領へ来るようオファーを重ねてきた。

 しかしおっさんは容易く首を立てには振らずにいた。理由は苦しい時分から通ってくれたお客さんに悪いからである。

 それならレシピを買うとかフランチャイズにするとかを交渉したのだが、これもウンとは言わない。そこまで立派な料理じゃないとの事である。

 半年前から七たびお願いに上がったのだが、今日で良い返事が貰えねば諦めようと考えていた。残念だが常連客を切ってまで田舎に引っ越す気は無いと言うのなら俺としても否応はないさ。



 馬車はケープー通りに入った。

 件の屋台は運良くすぐに見つかる。見れば屋台は今日も賑わっていた。

 近くに馬車を停めさせていそいそと屋台に向かう。


「やぁ(ウー・)先生(シーサン)!」


 先生(シーサン)とは日本で言う『先生』ではない。中国なら先生とは『〜さん』だ。本来なら『シェーション』らしいが俺は発音上『シーサン』と呼んでいる。


(ラオ・)(ルー)、こんにちハ。だけどワタシをシェァシェン呼ぶ必要はないですヨ」


 奇妙な訛りでハゲた頭を光らせ、どう見ても小汚いおっさん(ウー)さんがニッカリと笑った。老とは年下の知人を指し、(ルー)とは路居堵(ロイド)と自分の名を漢字にアレンジしたものを中国語”風“に呼びなおしたものだ。路居堵と書いてルージュドゥ……なんかヘンだなぁ……。まあ愛称だからこれで構わないがね。


大餅(ダービン)三つばかりくれや」


「二つで十分ですヨ」と毎度のやり取りを交わす。


「イイから三つだ。三つくれ」


「ふうふう老路、見かけに合う大食漢だけど食べ過ぎは体に良くないヨ?」


 と言いつつ中華なおっさんは油紙に焼きたての大餅を三個包む。

 貧相な顔立ちだが愛嬌のある笑顔が眩しい。俺に手渡す際にツルリとした頭がピカリと輝いた。そのスタイルは街の名物でもあるのがよく分かる。


 アツアツのソレをひとつ頬張る。


 うん、いつもと同じクドい味だ。


 勢い付けて二つを平らげる。つーか、味がクドいため勢い付けて食べないと二つは食えない。

 で、やはり三つ目はキツい。

 しかし見えを張って三個を注文したのだ、内心の辛さを隠して果敢に最後のひとつを齧る。


 ……ぶふぅ、食ったぜ、食いきってやったわ!


 ゲフぅと油っこい息を吐き、口元を手巾で丁寧に拭う。見れば中華おやじはゲラゲラと笑い転げていた。


 ひとしきり笑うと不意に真面目な顔付きになる。


「老路。やはり勧誘かネ?」


 意外なほどに真面目な声色に思わず居住まいを正す。


「……そうさ、だけど勧誘もこれで最後さ。俺は近日のうちに故郷に戻る。今日は最後のお願いに来た」


「……老路……、今日で何回目になル?」


「ああ、八回目になるな」


「故国では八は縁起の良い数ネ。イイでしょ、付いて行きましょですヨ」


 五千年の歴史を吹聴する大陸出身のハゲ親父はやけに男前な笑顔で了承したのだった。ヤッピー。


「そいつは良かった、いや有り難い。

 あ、でも常連の客には悪い気もするのだが?」


「気にしなくて良いネ。ワタシの息子が残るし安泰ヨ」


「へぇ、息子さんが居るのか」


「カージャの店…下町の飯屋で包丁振っているノ。だから安心。ジョレン客大喜びで通うヨ」


「それなら安心したヨ。おっと、安心した」


 つい釣られて訛ってしまっちった。紳士たれ!

 コホンと咳ばらいして、引っ越しのアレコレを説明して、ついでに周囲への選別代わりに屋台のありったけの大餅を買い込んで周りの常連客や通行人らに振る舞った。


 これで懸念のひとつがまた片付いたのだった。

 異相の女医の件も一段落ついたし、故郷へ持ち帰る土産も用意出来た。後はいくつかの雑務で何時でも帰れるワケだ。

 うん、早く帰りたいな。


 脳裏に会いたい女の顔が浮かび上がる。

 女、といっても館の女中(メイド)さんだ。俺は見ての通り不細工な百貫デブである。そのため館の使用人からもあまり良くは見られていなかった。

 全員、ではないが女性使用人の半数は俺を良く思われていない。それ自体は仕方ないので諦めている。それに俺から歩み寄る必要を認めなかったし、またよく見られる様の努力はしなかった。

 そんな俺でも仲の良い女中は居る。そのひとりにメギって名前のヤツがいるのだ。あ、ねぎだっけ? いやむぎだったか? まぁイイや、そのまぎとは夜の相手をしてくれる間柄でお気に入りの女中さんである。

 このなぎさんは胸がデカい。いやマジで巨乳ちゃんなのですわ。で、しかもボデーはスレンダー。細身の身体に不釣り合いな乳袋で、もー完璧なんですよ。


 向こうも何故だか俺が可愛く見えるらしく、歳も近いからやけに仲が良いのである。

 でも帝都には付いて来なかった。

 何故にと問うと『私、お休みに家に帰ってお祖母ちゃんに甘えたいのですぅ。だから帝都なんかには行きたくなぁいんです〜』とあっさり拒否られた。

 

 まあ、お祖母ちゃんを大事にしてるのは以前に聞いていて知ってるし、良い事だから俺としても強くは誘わなかったのだ。……ベツニサミシクナイヨ?

 数年ぶりに再開できる馴染みの女を思ってニヤニヤしてしまった……。

 思い切り顔に出ていた様で馬車に同乗している護衛のヒューレイルがドン引きの顔をしていた。


「ん、んん、いやなに、良い買物が出来たので少し笑ってしまったようだハハハ」


「失礼ですが、それはいささか無理があるかと……」


「ヒュー、君が何を見たのかはわからないが俺は何時も紳士であるのを信条としている。

 その紳士たる俺は常に冷静沈着、礼儀礼装の(ことわり)から外れる事はないのだよ」


 我ながらパーフェクツな口上である。


「いや済みません、それ無理です」


 新参の護衛は無情にも切って捨てるという暴挙に出た。


「いやあの、その……、はい、ちょっと故郷に居る女の事を考えてました」


「なるほど、まあ、思い出の女性ならそれを思ってニヤニヤくらいはしますか」


「はい済みません、不細工でデブな俺が下卑た妄想して済みませんでした……」


「いやいやいや、何故に卑屈になられてるのですか!」


「そうですね、やはり分不相応でしたね、生きててごめんなさい……」


「……もしかして遊んでます?」


 ヒューがジトっとした目つきになる。


「ゴメン、遊んでいた。反省はしていない」内省モードを取っぱらってふんぞり返る。


「いやね、これから故郷へ帰るだろ? そしたら俺を待ってる懐かしい馴染みの女と逢えるんだ、そりゃあニヤけるってモノさ」


「納得できる話です。

 なら、その彼女には相当の帝都土産を持って帰るのですね。何を買われました?」


「………………」


 奇妙な張り詰めた空気が馬車の中を支配した。


「もしかして…買っていないので?」


「……うん、いや、館のみんなには買ったさ。男性使用人らには事務方なら万年筆や高級靴磨きの詰め合わせ。庭師達には拵えの良い剪定バサミ。それとそれぞれに合う装飾具とかさ。

 で、女性使用人らには各役職に合わせた装飾品の数々をはじめ帝都最新の服や靴、お菓子、それからなんだっけ……ああ、手荒れに良く効く薬用化粧品。色々用意したさ」


「だけど、肝心の女性には……」


「…用意してない……」


「ヤバいですよそれは。ヤバすぎです。早急に買わねばなりませんよ。男子の沽券に関わります」


 と、ヒューはもっともな感想を述べた。


「そ…そうだね! うっわ、ナニも考えてないがな!」


 狼狽えてしまう俺。


「うわうわうわ…あうあうあ」

 

 ……混乱してきた。ヤバし!

もうちょっとで《翠の貴婦人》の話とと連結します。

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