第百九話 ロイド、北都にて執務を取り始める
俺は北都に赴くため慌ただしく政務の引き継ぎをおこなっといた。
「叔父上、週の半分はこちらでも行ないますが、基本は貴方が政務を担当してもらいます」
「やれやれですな」ゲートルート叔父は手巾で額を拭った。そんなに重荷か……重荷だな。
「やる事は決まってますし、やれる事も決まってます。まぁ、そんなに気になさらず」
「分かっております。ですがやはり領主代行は重たいので……」
「……重たい、重たいか。だが我らが立っているのは義務だ、そこからは逃げれない。違うか叔父上」
「……そうでした」
「得心してくれてありがとう。では俺は行きます」
「行ってらっしゃいませ」
俺はひとつ頷くと、側に控えているツキハに合図を送った。ツキハの跳躍は今日と明日、明後日に分かれている。第一陣は俺とレティカ、それとエリアスとその乳母。明日はユージーンとレティカの侍女二人。明後日はニコラスとコレット、ドラクル。四日目はヒューレイルとイル・メイというラインナップだ。
相変わらずツキハを便利使いしてるがきちんと休みは取らせている。
コレットは当初ラインナップに入ってなかったのだが、本人が付いていって領主館と政務館の飾り付けをしたいと言ってきたのだった。芸術家ならば自分のパレットを好きな様に描いたりしたいと思うのだろう。コレットは芸術家ではないが、たぶん、そういう事なんだろう。
「では跳躍ます」
で一瞬で場所が北都の領主館前に切り替わった。
「久しぶりだろレティカ」
「う、うん」
「どうかしたのか?」
「…なんでもない」どうやら領主館には嫌な思い出でもあったようだ。そういや領主夫人時代の事はほとんど話した事はなかったな。
領主館に入った。使用人らを呼び集める。
「大公妃殿下であられるレティカ様とその和子様エリアス様だ。君たちの忠勤を期待する」
「ははー」使用人らは平伏した。
「レティカ様、なにぶん北都解放から日が浅く、使用人らも数が足りておりません。今しばらくご不便をおかけしますがご了承下さい」
「ロイド……いや、わかったよ。良しなに」
レティカが何を言い淀んかは分かる。気安い態度でない事を言いたかったんだろう。だが今はお上から正式に任命された家宰なのだ。必然、上下関係が生まれる。少なくともプライベートの時間以外はそうでなくてはならない。
「では大公妃殿下、お屋敷の改装はご随意に。それでは臣はこれで失礼します」
「夕食の時はこっちへ来るんだろう?」
「夜はこっちに来ます」
「分かった」
レティカの視線は『分かっているよね』と言っているようだ。俺も『分かっているよ』と視線に乗せた。
「では執務がありますので、これで」一礼して退出した。
執務館は領主館と違い、街の真ん中にある。
その執務室に入り、執事らを集める。
「諸君、暫定ではあるが俺がこの部屋の主となった、ロイド・アレクシス・フォン・ファーレだ。諸君らも推挙されてこの地に集まった者らだ。我々は合力し、被災したこの地を約束された蜜あふるる地にせねばならない。
新進気鋭の諸君らには僻地に飛ばされたと思うがここ北都は田舎町ではない。交通の要所であり、北部を束ねる中心地だ。そこら辺を踏まえて職務に精励してほしい。
だがまずは自己紹介からだ。右の君、君から名乗りをあげたまえ」
「あ、はい。アルフレート・アベッカムです」
「次」
「ベネディクト・バールケと申します」
「次」
「カール・デア・クリストフ。二十五歳」
「次」
「デニス・ダマーです」
……と挨拶が続いている。そして最後の青年が挨拶を終えた。
「よろしい。今の面子が初期対応を行なう事になる。我々は新しい北都の政務の先駆けとして働く事になる。そして政庁の執行員がそろうまでこの任を全うせねばならない。まずは人を集める事からだ。では頑張ろう、解散」
訓示を終えたが内心不安だらけだ。当たり前だ、町役場が国政に携わるレベルなのだ。これで不安を覚えなければ脳天気にも程がある。
まずやるべきは人口の増加だ。ただし農家と主要産業の革製品製造業者、それを支える家畜育成業者が優先だ。
大赤字確定だが税収は一年目に限り無料。さらに三食の提供もだ。飼料もそうだな。基盤作りが最優先となる。
二年目からは税を取り始めて食の提供をとりやめる。
俺の最初の仕事は人員の増強の要請だ。帝国の人事院に連絡し、要請する。北都の復興は国策でもあるので最優先で対処してくれるとの事。
次に農務省に繋いでもらう。食料品と飼料の要請だ。
これも素直に通った。
革製品の担当は商工省だ。だが反応は鈍い。食い下がって理由を聞けば、職人にあまり余裕がないからだそうな。俺は陛下の名を出し強引に職人を引き抜く事にした。悪いとは思ったが、こちらも後がない。したがって強引に行かせてもらった。なんせ主要産業だ、手は抜けない。たしか罹災者の中に革製品の職人がいたな……。
気がつけば夕刻であった。
終業を執事らに告げ、帰る事にした。
馬車に乗り領主館へと向かう。戦火の跡も生々しい灰色の街並みを眺める。そうだ、ここはまだ戦地の匂いが漂っている地なのだ。
この地の復興にどれだけかかるか知れたものではない。
人、金、物、何もかも足りない。その中で俺が何を出来るのか?
……不安しかない。見栄を張る気にもならない。ああ嫌だ、逃げ出したくなる。
だが逃げ場なんぞ無いのだ。
ならば開きなおって傲岸不遜に生きて行くしかない。
領主館に戻った。扉を開くと女中さんが数名待機していたらしく、一斉に礼をする。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」」
お、おう……。
そういや、なんかチグハグなんだよな。男性使用人は足りていないのに、この女性使用人らは殆ど揃っている。なんだ、誰かの介入なのか?
介入だとしたら何がある? 利益を得られるから介入するのだ。つまりレティカには利益を得られるだけの存在価値が付随している事になる。無論、彼女は大公妃殿下だ。価値はある。
だが、何かが欠けている。パズルのピースのはまり方がおかしい。それはなんだ?
まあいい、眺めていれば何か答えが浮かんでくる筈だ。
それが良しきしるしでも悪しきしるしだとしても……。
目が痛いです……、この一月で目薬を二本消費しました。




