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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第5章 ロイド辺境伯、今日から明日へ、明日から未来へ
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百七話 ロイド、新年会を催す・前編

お待たせしました。遅れて申し訳ありません。

 新年会はたいてい二部構成になっている。夜の部と翌日の日中だ。

 俺の場合もそうで夕方から招待客を招き入れる。

 夜の時間になれば軽い晩餐会が始まる。夜通し騒ぐので軽くて大丈夫なのだ。

 新年を祝い祝杯を上げる。

 静かに除夜の鐘を聴く。

 で、また騒ぐ。とまあ、こういう流れだ。


 翌日は仮眠の後、館の隣にある多目的会館にて芸人や招待客、使用人らが一芸を表する。


 これらを称して『新年会』や『本年唯一無二の夜会』という。新年唯一無二ザ・パーティー・オブ夜会・ザ・イヤーとは大仰だがまあ伝統だからな。


 皆、明るく談笑し、食事を楽しんでいた。魔導蓄音機からはムーディな曲が流れ、なん組が踊っている。

 しかし、そんな中でひと組の夫婦が憤懣やるせなしといった表情で踊っている男女を睨みつけていた。この夫婦、別に機嫌が悪い訳ではない。自分たちの青年時代が懐かしく、それに執着しているだけだ。

 一応、俺の親族にあたる人物(元貴族)で医学界の重鎮であるので招待はしたが、そんなに憎いのなら来なければ良かったのにな。

 帝国人は一般的に前向きな姿勢の人物が多いから異彩を放っている。だが逆にその異彩さ故に周りを輝かす側面があるのだ。まぁそう思えば貴重な駒である。

 一応ホストだから挨拶に行かねばな。


「やあ今晩は」


 頭がバーコードのおじさんは俺を一瞥すると“ふん”と鼻で嗤った。


「何が気に入らないのかわかりませんが(いや知っているけどさ)その態度は大人気ないのでは?」


「だまらっしゃい!」一喝された。まぁこれくらい大したもんじゃない。


「何故に怒鳴りますかね」やれやれと肩を竦めてみる。当然、ワザとだ。


「いいか、ワシの若い時分…もう三十年になるか、夜会とはその当時こそが至高。華もあり格式も高かった!」


 なるほど。あるあるネタだね。


「それなら三十年前に戻ってください。時代にそぐわないのを他人に押し付けられては困る」


「なんじゃとう!?」


「あなたがここに入られるのは俺の親族として、かつ夜会の常連だからだ。これ以上暴言をはくのなら退場してもらう。そういう事だ」


 バーコードおじさんは顔を真っ赤に染めながら席に座り直す。


「では失礼する」


 反省もしているようだから、ま、いいか。


 さて次は誰に挨拶しようか。招待客全員に挨拶するのは面倒だが、せねばならないからな。

 キョロキョロと辺りを見渡せば、どっかで見た美人さんがいた。


 誰だっけ? ああそうだ、両替商のエルザ・デア・エミーレ・タイラントだ。

 ちなみにここで出た両替商とは屋号のようなもので、実際には金融業だ。百年前に帝国に併呑される前は他国とのやり取りに両替が必要だったが、今は貨幣が統一されて両替商の役割が無くなったからだった。

 その会頭が夜会の席にいる。だがちょっとまてよ、俺の記憶にはタイラント商会には出席の手紙を出した覚えがない。……うん、ないな。


 すると会頭さんと目があった。彼女は困った顔をせず、逆に華が咲いた様な笑顔を向けてきた。




「今晩はタイラントさん」


「今晩はロイド様」


「どうやって入って来れたんです?」


「偽造させて頂きました」口元に微笑を湛えたまま彼女は言い切った。


「大それた事ですな」


「では罰しますか?」


「……いえ、止めときます。我が家の不祥事を喧伝するのは趣味ではありませんから」


「ありがとう御座います。ですがご報告すべき点が」


 俺は視線だけで先を促した。


「ロイド様を狙う奸賊がこの夜会に紛れこんでます」


「その手口は貴女の様に裏口からですか?」だとすれば我が家の防諜は穴だらけとなる。


「いいえ、正規の手段で入っております」


 正規の手段、か。……となると。


「招待客の中には商会名だけで個人の名前を入れていない客がいる」


「ご明察です」


「心当たりは?」


「一名。大都経済新聞の特派員です。ほら、こちらをチラチラと見ている男がそうです」


 視線を動かし、件の人物を隠し見る。ポイントは視界に入れるだけでフォーカスしない事だ。はっきりとは見えないが妙にソワソワしているのは分かる。


「大都経済新聞の主導か?」


「いいえ、違う事は確認しております」


「仕事が早くて結構。しかし裏を取るために来るのが遅れたのか?」


「その通りです。通報が遅れたのは私の不手際」


「役にたっているのかいないのか判断に困るな」


「奸賊の名はベンジャミン・デル・アルスター。典型的な左派です」

  

「そんな奴、よく出席させたな」


「普段は真面目に働いており、当夜会に出たい事を吹聴し続けた結果です」


「真面目なんだかなぁ」


「それでどうしますか? 私が無力化してきましょうか?」


「いや、警備の者も居る」


 俺は警備を担当している警護兵を探した。上手い具合に背景に同調していた。さり気なく近づく。


「君」


「ハッ、なんの御用でしょうか?」


「俺を狙う奸賊がいる。俺が近づくのでヤツは行動をおこすだろうから、その瞬間に君が動いてヤツを取り押さえるのだ。出来るね?」


「了解しました!」


 簡単ながら打ち合わせを行ない、俺はさり気なく奸賊に近づく。


「やあ今晩は」


 テーブルは四人掛けで新聞記者が纏まっていた。

 俺からの挨拶が無いと思っていたらしく、四人は目を白黒させていた。

 その中のひとりが急いで咀嚼してナプキンで口を拭くと立ち上がる。


「日刊大都のクロキンです。本日はお招き頂いて感謝します!」


 残り三人も釣られるように立ち上がる。だがその中のひとり、アルスターだけは鞄に手を突っ込んだままだった。


「か、覚悟ぉぉぉっ!」


 突然アルスターは鞄から短刀を取り出し、テーブルを右回りで突っ込んできた。


「させるかぁ!」


 打ち合わせ通りに先の警護兵がアルスターと俺の間に割り込んだ。

 そこへ誰かが頼んだのか(エルザしかおるまい)巡羅部長が現れた。


「辺境伯様、この暴漢は辺境伯様に対する殺人未遂と騒乱罪で逮捕いたします」


 床で手をねじれられるアルスターから短刀をもぎりとった警護兵は巡羅部長に渡した。


 アルスターは何事かを叫んでいるが俺はその一切を無視した。どうせ真面目に聴く内容ではない。それよりもだ。


「新聞記者の諸君、今の出来事を記事にしても構わないよ」


 些細なトラブルだ、多少家名が落ちるが被害に会った者はいない。


「警護兵の君、名は何ていう?」


 警護兵の青年は起き上がり、姿勢を正した。


「警備第二中隊、ネオ・デルテア・鉄壁のナイガー伍長であります!」


 こいつはびっくりだ。デルのあとにテアが付いている。これは”〜の系譜“という意味で、日本語風に訳すと”鉄壁のナイガーの系譜にあたるネオ“となる。

 しかも鉄壁のナイガーと言えば百年前の帝国侵攻時に枝道の拠点を単騎で妨害し続けた猛者だ。


「君、ネオ君。君は鉄壁のナイガーの系譜にあたる人物なのか」


「ハ、そうであります。祖父が鉄壁のナイガーです」


「そうか、望外の出会いで嬉しく思う。ときにナイガー氏は存命か?」


「ハ、いいえ閣下、祖父は七年前に亡くなりました」


「そうか、それは残念だ、お悔やみ申し上げる」


「ありがとう御座います」


「さて君には生命を救われた。これに報いるのは当然だ。……そうだな感状と昇進が適切だな」


「ありがとう御座います閣下」


 ひとつ頷き、周りに視線を移す。


「諸君! たった今小さな事件が起きた。だが鉄壁のナイガーの子孫がそれを阻止したのだ拍手!」


 自分らを注視していた群衆はパチパチと拍手を贈った。


 拍手をしながらエルザが前に出る。


「ロイド様、終わってしまってから言うのは何ですが、なにも御身自らを囮する必要は無かったのでは?」


 これには俺も苦笑いだ。


「当事者である俺が出るのが一番だと思ったのでな」


「ご自愛下さいませ。ところで領主夫人がお見えでないご様子ですが?」


「彼女は体調を崩しがちでね、夜会の方は欠席させた。明日の会では出席するよ」


 イライジャをあまり表には出したくない。変に酒が入ってしまったら困るからな。


「さあ、夜会の続きだ。皆の衆、呑んで騒げ」


「ロイド様、私はこれにて退散いたします」


「何故に?」


「私は本来、居ないはずの人間です。奸賊の方も無事取り押さえたので、居る理由がなくなりました。ですので退散します」


「わかった。……では来年もよろしく頼む」


「はい、承りました。では失礼します」


「ではな」


 こうしてちょっとしたトラブルもあったが夜会は正常に運行していったのだった。

目が痛いです。医者はドライアイと診断しましたが……。

早ければ月末頃には新しいブルーライトカットの眼鏡ができるはずですが。

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