第百五話 ロイド、レティカと結ばれる
俺が帝都でやらねばならないのは北都の一般公募だ。
北都は控え目に言っても全滅に近い損害を受けている。従って新しく人口を増やさねばならない。ファーレ領を含むいくつかの領地には幾らかの難民が居るが、そんなんじゃまるで足りない。
公示は来月の新年からだ。俺の宰相就任もそれに合わせる形になる。
それまで漫然としている訳にはいかない。北都復興計画の立案だってある。まぁ公募の方は帝都代官に任せるがね。
新しく雇った念話者のニコラス・ベルノを北都に置いて、俺は一度ファーレ領に戻った。彼には領主館の修繕を任せてある。実際、彼は念話だけでなく、手先が良く細工師としても優秀だからだ。
「いま帰った。ジルベスターは?」玄関ホールにひとりは居る執事補佐に尋ねる。
「ジルベスターさんは地下酒蔵庫におります」
「執務室で待ってると伝えてくれ」
意外かと思われるが酒蔵庫の管理は料理長ではなく、家令の仕事だ。なお、酒問屋の仲介を行っており、その仲介手数料は家令のモノだ。ま、ちょっとしたボーナスだな。
執務室に入り、書類をチェックしようとしたら扉がノックされた。
「ジルベスターです」お、早いな。
入室を許可する。
「なにか伝達すべき事はあるかね?」
「いえ、この四日間は特に何も」
「そうか、ところで来月あたまに北都からの難民の返還と新たに入植する市民の公募を布告する。君にはその草稿を頼みたい」
「は、かしこまりました」
「以上だ。それとフレイとアーリスの二人を呼んできてほしい」
「は」
待つこと数分、フレイらがやって来た。
「お呼びと伺いまして」
「忙しい時によく来てくれた。
アーリス、君は大公妃殿下の生理周期を把握しているな?」
「…はい。承知しています」
この世界でもオギノ式は普及している。と言っても大抵のひとは避妊の為にだが。しかし、俺は本来の目的、受胎の為に使うのだ。
「ならば大公妃殿下が妊娠しやすい日を教えて欲しい」
「しやすい日を、ですか?」
「そうだ。俺は大公妃殿下を妊娠させねばならない。これは皇帝陛下よりの勅命である。なお、現時点は大公閣下も御存命だ」
「理由をお教えして下さいますか」
「……大公家には男児が必要だ。先日“ご長男”が産まれたが、それだけでは不充分なのだ。そこで俺が大公閣下に代わり、新たなお子を孕ませる役を担った」
「男児が産まれるとは限りませんが」
「我が家系は男児ばかりだ、確率は高いよ。それにこれっきりの話だ。一年程度なら取り替えっ子もアリだが二年は厳しいからな」
「……政治なのですね」アーリスはため息をつくように言った。
「ああそうだ政治だ。大公家御長男は男児である必要がある。
先に産まれたエリアスには可愛そうだが、しばらくは神輿に乗ってもらう。
だが二子が女児なら、エリアスには男装のまま成長してもらう。そして成人すれば『実は女性でした』と白状して婿を迎える予定だ。
実際この案の方が楽なのだが、陛下の酔狂でこの様な仕儀と相成った」
「……お話は伺いました。直近のレティカ様の優先受胎可能期は明日までです」
「フレイ、何故君がここに呼ばれたかは承知しているな?」
「はい、直ちに大公閣下の病床記録を作成します。死期は年を越えない内に計らいます」
「それで構わない。ザルみたいな策略だが、まぁ茶番だと思ってくれ。男児が産まれれば奉々賀(万々歳)だ」
「帝都におわす陛下は何を目論んでいるのでしょうか?」
「フレイ、それは不敬にあたるぞ。だが予測はできる」
「予測とは?」
「レティカの輿入れは大公家に新しい血をいれる事だ。俺に役が回ってきたのは半ば偶然だが、北都開放の褒美だと思っている。
さて、アーリス、今夜から励むぞ。レティカには因果を含めておいてくれ。精々よい夢を見させてやりたい」
「かしこまりました」
夕餉の時刻、俺は柄にもなくそわそわしていた。間もなくレティカもやって来る。さてどう切り出したものか。
「大公妃殿下ご入来」来たか。
「やあ我がプリンシペッサ」
「久しぶり、ロイド」彼女はニッコリと笑って応えた。
食事の前に話そうとしたが、ひと言ふた言で済むのなら構わないが、それ以上なら食事の後がマナー違反にならない。と言うのも、ベラベラ喋ったら給仕の邪魔(給仕は料理の説明がある)になるからだ。
レティカも話は聞いているのだろう、頻りに俺を見ていた。
どこかチグハグな夕餉を終えて、俺は改めてレティカに向かい直った。
「プリンシペッサ…レティカ、今夜きみを俺の部屋に迎えたい。……どうだろうか?」
「う、うん。僕は問題ないよ」
「ありがとう。では部屋で待ってる」
部屋に戻り身支度をし直す。そわそわが止まらない。意識し過ぎだ。落ち着け俺。
彼女が来るまでまだ少半刻はある。どうやって時間を潰そう……。書類整理は…駄目だ集中出来ない。煙草は…役には立たない。仕方ない、精力剤でも飲んでぼんやりしてよう。
そしてベッドの上で悶々と時間を潰した。……そろそろ来る頃合いだな。
「坊っちゃま、ユージーンです。大公妃殿下をお連れしました」
来た。来た来た来た。
「ロイド、来たよ」
「待っていたよプリンシペッサ。さあ入って入って」
「うん、お邪魔します」
「では失礼しました」レティカと入れ違いにユージーンは出て行った。
ユージーンは嫉妬しないのか? 内心思う事はあっても、それを表に出さないだけの分別はあると思う。なぜなら俺に男女の事柄を教えたのは彼女だ。
まぁ実際のところは分からないが。
「レティカ……」俺は彼女を抱きしめた。
「ロイド。……僕はこうなりたかった」
「俺もだ。身分違いの恋などと……」レティカの唇を塞ぐ。
俺は彼女に体重をかけないよう注意してベッドへ押し倒す。自分の体重はよく知っている。だから女性側に配慮せねばならない。例外はスティラだけだ。彼女はドSでありドMなのでその性癖は歪んでいる。だからという訳ではないが俺にプレスされる事を喜んでいる。
それに対しレティカは普通の女性だ。体重をかけないように事を済ませばならなかった。実際、それは俺の得意とする事だ。
俺は確かに政治的動物である。だが、この夜くらいは普通の男でありたい。
「レティカ……俺を愛してくれてありがとう」
……こうして俺達は夫婦の関係になった。
誤字脱字、ご指摘お待ちしております。
それと私事ですが、パソコン等の光(ブルーライトでしたっけ?)に極端に悪くなり、十分以上画面が見れなくなりました。ですので以後更新は不定期になります。
頑張って月に二話をとしますが、出来ない場合は申し訳ありません。