第百四話 ロイド、アレックスと念話者達を雇う
「やあ我が親友、元気だったかい?」
「元気さ、我が親友」
「まあ掛けたまえ。戦場の話しを聞かせてくれ」
「退屈なだけだぞ?」
「そうなのか?」
「そうさ」どすんとソファに座る。
「敵は…何というか、昆虫みたいな奴等でな、話の通じる相手じゃない。従って条約の類いも結べない。
するとどうなると思う? 戦場清掃…戦場に取り残された死傷者を片付ける事すら出来ないのだ。これは我軍だけでなく相手もそうだ。厄介なのは連中、死傷者なんぞ関係なく戦闘を継続しようとしている。屍山血河を踏み越えて、なんてのは連中の為にあるようだ。事実、連中の戦術は数で押し切る原始的なやつだった。
俺が率いている派遣軍はアーベル・ルージュと戦っていてな、彼らはこの連中とは不正規戦闘ばかりだが、まだ話が通ると言っている。
で俺の出番は『射撃開始』『戦闘止め』を言うだけだ。まぁ細々と指示はするがね。だが原則として『撃て』と『止め』しか言えない。俺はお飾りなだけさ。後はひたすら『作業』を眺めるだけだった」
「…………それは何とも面倒だったな」
「ま、五体満足で、その点は感謝している。重傷で腕などが欠損した兵には申し訳ないが」
「僕としては君が無事で安心しているよ。それよりも酒かい? 茶かい?」
「茶の方で」
「茶をふたつだ」アレックスは背後の客間女中に茶を持ってくるよう指示した。
「それはそうと、先日ようやく通信魔法…念話者の使い手が見つかったんだ」
「ほう」
「君、モリッツとニコラス兄弟を呼んできてくれ」
「かしこまりました」別の客間女中は一礼して去った。
待つ事、数分。扉が叩かれ、チビのおっさん達が入ってきた。
「モリッツ・ベルノ、念話者をしております」
「ニコラス・ベルノ」ニコラスは話す単語を惜しむらしい。
「ロイド・アレクシス・フォン・ファーレ辺境伯だ。よろしく頼む」
二人とも身長150cm程の短躯でガッチリしている。おそらくだが、この二人はドワーフだ。ただ反面、ドワーフ名物のヒゲが生やしていない。まあいいか……。
「君達はドワーフ族で間違いないかい?」
「へえ、俺達ぁドワーフ族でさぁ」
「いや済まない、ドワーフ族を見るのは初めてだから、つい凝視してしまった」
「なんの、俺達が珍しいのは当たり前でさぁ」
「で、俺が雇うのは弟のニコラス・ベルノでいいのかい?」
「ヤー」ほんと喋らないな。
「念話者を雇うのは初めてだ。なにか注意すべき点はあるかね?」
「へぇ、一日に十回や二十回となると使いモンになりませんでさぁ」
「十回も出来れば充分だ」
さてでは給金をどれくらいにするかだ。
例えば、我が館の家令であるジルベスターは年に一六十eを与えている。これは高額な部類で、執事なら百二十e。婦長で一五十e。侍女が百e。料理長が百五十e。
逆に最底辺の雑役女中の給金は三十eなのだが、生活は出来なくともない。使用人は衣・食・住の手当が義務なのだ。まぁ物価が安いから三十eでもあまり問題にもならないのだ。
追記しておくと客間女中で六十e。御者で五十e。執事補佐で五十五eが順当な給金だ。
支払いは年度制だ。ここら辺は前時代的だが申し出によっては月給制も採用している。あとごく稀に週給の者も居たりする。
では眼前のドワーフは幾らに設定しようか……。
あ、ツキハの棒給はどうだったかな? ……え〜と確か、大尉相当なんで九十eほどだった。彼らはツキハ程の能力者でないから八十eくらいかな?
「アレックス、彼らの給金はどうする? いま簡単に試算したが八十eとなった」
アレックスは顎を上向けて考えこんだ。
が、僅かな時間で俺に視線を合わせる。
「君の意見に同意する。どうかなモリッツ」
「へ、へぇ、有り難いこってす」
「ニコラス、君はどう思う?」
「問題ないです」
高好きず安すぎずって所か。適正価格がわからん。
「と、まあ、これでロイドと繋ぎが付きやすくなった訳だ」
「そうだな。しかし本来の名目は東夷征伐の助言の筈だが」
するとアレックスは不思議そうな顔をした。
「何を言っている、東夷征伐には君も参加してもらうぞ?」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ」彼は苦笑した。俺もつられて苦笑する。
「自領の執務に北都の宰相。加えて軍の指揮、過労死するぞこりゃ……」
「北都の宰相?」
「ん、ああ、陛下からの要請でな」
「そんな発表は無かったが」
「女房書簡だったから。正式にはもう少し後に発表だろ」
親友は何か思う所があったのか思案顔になった。
「どうしたんだ?」
「いや、陛下が何を考えていたかを思っていただけさ」
「女房書簡というのがな。そこに何かがあるのは確かだ。だがまあ考えても仕方ないさ」
「陛下のことだから君を無下には扱わないだろう」
実際、陛下が何を考えているかわからない。宰相の件もそうだが、レティカを孕ませろの件もそうだ。
唯唯諾諾と従うしかないのだが、腑に落ちないのも確かだった。
「ま、その話は終わりにしよう。ではこれでニコラス・ベルノを連れて帰るよ」
「ん、ああ。……ロイド、僕は君を信頼もしてるし信用もしている、だから任せた。それを肝に銘じておいて欲しい」
「分かってるさ親友。俺は俺の出来る範囲でなんでもやるさ」
……しかし、なんか含む言い方だったな。まぁアレックスなら俺を便利使いしても使い潰すことはしないだろうよ。
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