第百三話 ロイド、久しぶりにユーノに会う
アレックスの屋敷に訪問カードを置いて帝都屋敷に戻った。
彼は議員なのでこの時間はまだ帰っていないだろう。まあアポなしで突撃するのはマナー違反だから、これで良いのだけどね。
帝都屋敷に帰ると屋敷を任せている代官のスーツェルべ・アッドベールがやって来た。
「お帰りなさいませロイド様」相変わらずの詐欺師じみた風貌だ。
「何か問題でもあったか?」
「いいえ、それどころか戦地では大勝だとか……」
「先日、戦役は終わったよ」
「それはおめでとうございます」
「勝利は兵たちの物だ。これは謙遜の類いでは無い、事実だからな」
「それらを含めてみな、ロイド様の御功績です」言い含める様に語る台詞は重みがあった。
「……そうか」
「そうでございます。ところで、北都が開放されたなら流通も元通りですな」
「すぐには、とは行かんがね」
「西部にあるユシュミ子爵領の直販店へ降ろす商品に不足が出だし始めました」
「そうか、それがあったな」
「はい、帝都代官からの正式な要請です」
「承った。北都の開放が済めば早急に手をうとう」
「いまひとつ、北方蛮族の討伐は如何なさいますか?」
「代官の貴様が何の用だ?」
胡散臭げな顔立ちだから、何やら詐欺にあっている様にも思える。
「返すかたちで北伐をするのです。なにより勢いがある、こうした際は有効ですよ」
「なるほどな。だが今は兵隊たちに休息が必要だ、勢いがあるのは結構だが、すぐには動かせん」
「失礼しました浅慮でした」
「いや、よい」
「…話は変わりますが、帝都屋敷にはどれほどご逗留でしょうか?」
「長くても四日だ」
「その間に私がやっておく事はありませんか?」
「グーン大公公子アレックスに会う予定だ。それ以外は特に無い。……いや、ニ件頼みたい事がある」
アッドベールは居住まいを正した。
「伺いましょう」
「材木町のニッキス通りにあるカザーナ商会の内偵を頼む。場合によっては帝国情報局に上げる」
帝国情報局とは、いわゆる諜報組織である。彼らは内々に『処理』してくれる。
なぜ俺が警察機構でなく情報局を選んだのは連中…ややこしいから『来訪者』を摘発、ではなく、壊滅させる必要もあるからだった。警察機構では上辺だけの摘発で終わる可能性があったからだ。
「何故最初から情報局へ上げないのですか?」
「……『来訪者』どもは犯罪組織だが、いまは必要としているからだ」
いや、本当のところは連中に同情もしている。連中は元の世界ではどうかしれなかったが、今は犯罪に手を染めてでも故国に還りたいと願っている。あの熱意は本物だった。あの熱意が正しい方に向いていればこちらも何も言わないのだが……。
「承りました。しかし内偵となるとあまり手数がありませんが」
「興信所に依頼を出すだけで良い。さしあたっては人の出入りを調べる程度で構わない」
「はい」
「次に北都の件だ。俺は宰相に抜擢された。そこで市民を呼び戻したいのと、それでは少なすぎるから市民の公募をしておきたい。それの草稿を頼みたい」
「わかりました」
「あと、何かあったか?」
「…忘れるところでした。ユーノリアル・シズ・ファリオン様から言付かっております、『戦地から凱旋なされたら一度連絡をください』との事です」
「ユーノからか…わかった、ありがとう」
「以上で?」
「以上だ」
俺は執務室に入り簡単な手紙を認めた。
『アレックスに会った後か今日なら時間がとれる』と。
従者を呼び出し、手紙を渡す。
「そいつをゴルフ通りの上一番の二十一号にあるファリオン家まで届けてきてくれ。可能なら返事をもらってくれ」
「は、畏まりました」
半刻後、従者は帰ってきた。ユーノを連れて。
「やあユーノ、久しぶりだね。呼び出せば良かったのに、まさか直接来るとは思わなかったよ」
「この方が手っ取り早く話が進みそうでしたからね。
……こんにちはロイド。戦地では苦労なさったようね」
どうしてそれを、と聞きかけたが、ユーノの父は軍務閥だ。そこから話は聞いたのだろう。
「総指揮の台詞は『やれ』『やめろ』のふたつだ、大した話ではないよ」
「あら、ご謙遜? 貴方らしくないわね」
「謙遜、ほどじゃないさ。ま、立ち話もなんだし応接間へ行こう」
帝都屋敷の応接間は玄関ロビーのすぐ横にある。五十歩も離れていない。
「さ、入ってくれ。それと戦勝の挨拶は要らないよ」
「あら、なぜ?」
「何故って言うほどの事はないさ。どこへ行っても言われるから辟易しているからね」
「ふうん……」
「お茶をお持ちしました」客間女中がティーセットを用意してきた。
「ありがとう。…ところでこちらへ来たのは挨拶だけじゃないのだろ?」
「ええそうよ、レティカの事を聞きたかったの」
「……大公妃殿下は元気だ、先日、大公御嫡男をお産みになられた」
「あら貴方、レティカの事を大公妃殿下なんて呼んでいるの?」
「個人的な場ではレティカと呼んでいるよ、もしくはプリンシペッサかな」
「プリンシペッサって?」
「伊太利亜って国での大公妃殿下の呼称」
「相変わらず謎言語好きね」
「まあ、そうだね。否定はしない」
「それでレティカは元気なの?」
「母子共々健康だ」
「良かった」
「ああ」
「手紙を書きたかったのだけど」
「まもなく一般郵便も開通するよ」
「手紙はそれからでも構わないわ。さぁて久しぶりに顔を見れたし、今日はこれでお暇します」
「たいしたもてなしも出来ず申し訳ない」
「気にしないで、庶民は身が軽いから即断即決即実行よ」
「名言だな。さてアンネやオットー、それにフランクに会ったら俺とレティカは元気だと伝えておいてくれ」
「了承したわ。ではねロイド」
「ああ、また会おう」
「お・ぼわーるでしたっけ?」
「Au vior。そうだった、俺が言った言葉だ。さて馬車を用意させよう」
玄関まで見送りに出たら、どこかでみたイタリアンィエローの制服を着こなした従僕と出くわした。こんな派手な制服を着ているのは一家しかない…グーン大公家だ。
「こんにちは、某はグーン大公家で従僕を務めておりますゾーンと申します。貴方様はファーレ辺境伯閣下でありますか」
「いかにも、俺がファーレ辺境伯だ」
「我が主人アレックス様より書状をお持ちしました」
と、鞄の中から一通の手紙を差し出してきた。
「確かに受け取った」
「ありがとうございます、では失礼しました」一礼した彼はすぐさま踵を返して馬車に乗り込んだ。
「アレックスから? それにしても目が痛くなるような配色のお仕着せね」
「同感だ。人様の事を悪く言うのは憚れるが、あの配色には慣れない」
二人で笑いあった。
笑い声を止めたのを見計らったように従者が寄ってきた。
「旦那様、馬車の用意が整いました」
「ん、では彼女の家まで送り届ける様に」
「畏まりました」
「それじゃあねロイド、また会える日まで」
俺は彼女が馬車に乗り込んだのを見て屋敷に戻った。
……アレックスからの手紙には簡潔に『明日の午後に会おう』と書かれてあった。
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