第百二話 ロイド、スティラの問題に取り掛かる
早く書けたので予定より早く出します
「坊っちゃま、ヴァニラ一等献護士さまがお目にかかりたいと」
俺は読んでいた書類から目を離した。なんの要件だ?
「……通してくれ」
「畏まりました」ユージーンは一礼して退出する。
「先ずは急な要件で訪れたことを謝罪します」フランシアは軽く頭を下げた。
「で、なに用かね」
「朗報です。検体からンゾンビ・プルヴァを検出しました。これと既存のモルヒネ塩酸塩が合わせたのがザーツウェル先生に投薬されていたのです」
……ンゾンビ・プルヴァか、なるほどね。
転生する前に読んでいたコミックにゾンビ・パウダーを扱ったやつがあった。確か、朝鮮アサガオを原料にした依存性の高い麻薬だ。
恐ろしいのは暗示をかけ、意思を思うがままに操る事が出来るのだ。しかも本人には命令を認識出来ない事にある。細かいところは忘れたが、そんな内容だった。
さて話の発端は半年前に遡る。
ドラクル…スティラの為に『専用の麻薬』を受け取った俺はこれの解析が出来ないかスティラに尋ねたのだ。
『ドラクル、これを解析した事は無いのか?』
彼女は悲しそうに首を振った。
『出来ないのだよ』
『何故だ?』
『わからない。“出来ない”のだ』
『忌避感でもあるのか?』
『違う。解析しようとすればするほど手が止まり、頭が働かなくなる』
俺は彼女の台詞にピーンときた。彼女は『命令されている』のだ。誰に? 決まっているスティラに薬を卸している連中にだ。
ならば上書き出来るのでは? いや、俺は専門外だ。迂闊な事はできない。
であるのなら専門家を呼べは良い。内密に口の固い者た。……居るのか? いや、ひとり都合の良い人物がいる。……館内で医務員として雇っている一等献護士のフランシア・ヴァニラだ。
厳密には専門家ではないが、医学に精通しており俺が囲っているので口外しない点は申し分ない。
一度、場を解散させて内密にフランシアを呼び出した。そこで俺の意向を話した。
フランシアは了承し、彼女はスティラと離れている時間に『専用の麻薬』の解析を始めたのであった。
彼女の努力は実を結んだ。少なくとも取っ掛かりは築いた。
「苦労をかけた、ありがとう」
「ですがまだ合成には成功していません」
「いや少なくとも手がかりは掴めたのだ」
「もう一つ、先生の心を縛る鍵がまだわかりません」
そうか、まだそれがあるか……。
「鍵、か」
「はい」
揃ってため息をついた。
「先生に注射を打つとき、強制で暗示を上書きするのはどうだろう?」
「……やれるでしょうが、確定となると自信がありません」
「次に打つ時やってみよう」
「…………」
「自信が無いのは理解している。だが『できないのでは』などと先入観を捨ててみないか?」
「……はい。ところで前回の受け渡しから半年経ちました、新しい分の入荷をお願いしたいのですが」
「承知した。午後にでも行ってくる」
「ありがとう御座います」
「あ、それと注射器を用意してほしい」なら、俺にしか出来ない事をやろう。
「? …はい、了承しました」
昼食の際、ツキハ君に予定と体調を確認して、帝都に向かう事を了承させた。
「ちょっと帝都まで行ってくる。長居はしない予定だ。遅くても四日で戻る」アレックスの所にもよる予定なんでね。
「畏まりました」
「ではジルベスター、後は任せる」
「は、行ってらっしゃいませ」
「ツキハ君、頼む」
「ハ、跳びます」
次の瞬間、俺とツキハとヒューレイルは帝都屋敷の門前についた。
帝都屋敷について直ぐに馬車を用意させて、俺達はカザーナ商会に向かった。
材木町まで三十分弱、急がせても事故率が高まるだけなので普通に行かせる。ま、誰も好んで暴走馬車なんぞに乗りたくはないからな。
カザーナ商会に乗りこむ。
「ジム・マクラウドに会いたい」
「か、畏まりました!」受け付け嬢は俺の顔を覚えていたようだ、飛び跳ねるようにマクラウドを呼びにいった。
待たせるかと思っていたが、マクラウドはすぐに現れた。
「ようこそファーレ辺境伯閣下。直ぐに用意いたします」
迷惑そうな顔で出迎えた彼は、迷惑な客を早く追い出したいようだ。
「こちらが今回の分です」
アンプルの入った鞄を差し出した彼に、対価の金を含んだ鞄を手渡し俺は囁く。
「ブロックキーワードを教えろ」
「は?」
「スティラ・ザーツウェルに仕掛けた暗示を解除したい」
「ちょっ、ちょっとここでは」
お〜、動揺している。動揺している。
「ひとまず奥へ!」
応接室に案内された。
俺は客だぞ、茶くらい出せ。
「閣下、表であの様な発言は謹んでください」汗を拭きつつマクラウドは言った。
「それは君らの立場なだけだ。俺には通用しない。さあブロックパスワードを教えろ」
「その要望は受け付けておりません」
「いまも言ったが、俺には通用せん」
「それは閣下の言い分にすぎません」
「仕方ない……、ヒュー、この男を取り押さえろ」
「はい!」
ヒューが飛びかかり、マクラウドを拘束する。
「!? なに…お?」
俺はアンプルの入った鞄を開け、中にあるアンプルを一本取り出した。
隠しに持っていた注射器を用意し、アンプルを注ぎこむ。
「ツキハ君、この男の左手を取り、袖をあげてくれ」
「は、はい。……これでいいですか?」
「うん。それから今から注射を打つまで押さえてくれないか」
「はい」
「マクラウド、力を入れていれば注射は痛いままだぞ? もっと楽にしろ」
「ふざけるな離せ!」
「なら仕方ない、痛いのは自己責任だ」
俺は躊躇わず彼の腕に注射器を刺した。
「聞けマクラウド、いまから俺の質問に答えねばならない。これは命令であり、躊躇う必要もない」
「……いやだ……」
「薬が効いてきただろ、お前は俺の命令を無視出来ない」
「………………」
「スティラ・ザーツウェルに仕掛けたブロックパスワードを教えろ」
「……」
「よ〜し、じゃあ二本目いくか」
「やめてくれ……中毒になる……」
「なら答えろ」
「……YE NOT GUILTY……」
汝ら罪なし、か。ずいぶんと皮肉が効いているな。
二本目のアンプルを手に取り、注射器に入れる。
「これは俺からのサービスだ」躊躇せずに注射した。
「今から言う台詞を覚えておけ、“フリッツ・ラング監督は良い監督だ”。
命令だ、今の一連の行動は無かった。忘れるんだ、良いな? 後日、俺が言ったキーワードを聞いたら俺の命令に従え」
「……わかった……」
アンプルと注射器をしまう。
「ヒュー、もういい、開放しろ。ツキハ君、彼の左手を元通りに」
「はい」
「さて、起きろ! ジム・マクラウド、話の続きだ」パンと手を打ち目を覚まさせる。
「はなし……? ああ、そうか、ブロックパスワードか。何度問われても答えはせんぞ」
「そうかい、なら俺は何度でも尋ねるさ。しつこいのが性分でね。
……さて、では帰るとするか」
マクラウドの表情は『さっさと帰れ』感があけすけだった。まあとりあえずは役に立ったから、不愉快感はなかった。
「ではまた半年後に」
「ええ、はい、また半年後に」
待たせてある馬車に乗り込んだ。
半年後だ。半年後には連中を一網打尽にしてくれる。
「グーン大公家に寄ってくれ」御者に命じる。アレックスに会えるかどうかは判らないが、訪問カードを渡すだけでも良い。
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