第百一話 ロイド、職を斡旋したり陳情を聞いたり
異界戦役もひとまず終わり、俺は久しぶりに自分の館に帰る事にした。
ツキハ君の跳躍能力で館に跳ぶ。
次の瞬間、俺達…俺、ツキハ君、コレットは館の玄関前に現れた。……毎度おもうが実に便利だ。なお、玄関前なのは跳躍のお約束だと思ってほしい。って言うか、マナーらしい。
ちなみに跳躍地に人がいれば、こちらが押し出される形になる。そもそも、跳躍者は跳躍地点を『観て』から跳ぶそうな。だから滅多に重ならないとの事。
「ただいま」
突然現れた俺達を見た守衛が目を白黒していた。
「お、お帰りなさいませ!」守衛のおじさんは扉を開けた。
俺は『うむ』と頷いて館にはいる。
ロビーには女中がひとり…アビー・デア・アイリスと言う名だ…調度品の手入れをしていた。
目が合う。
「皆さん! 旦那様のお帰りです!」手を止めた彼女は全力で一礼した。
ややあって奥から婦長のフレイが小走りで現れた。
「お帰りなさいませ旦那様」
「うん、何か変わった事は?」
「いえ、なにもございません」
「それは重畳」
二階から家令のジルベスターが降りてきた。
「お帰りなさいませロイド様」
「うん、何か報告すべき事は?」
「は、政庁から面談の調節が一件。派遣軍から一件。あとは溜まりがちな書類の決裁がございます」
「政庁から? 何の用だ?」
「戦略物資…代用ゴムの加増を要求しております」
「……なるほどな。軍の方は?」
「蛮族討伐のため、派遣した部隊の撤収を申し出ております」
ジルベスターは打てば響くように返答してくれた。
「明日の朝イチでここに呼べ。政庁の方は午後にでも説明する事を伝えろ」
「承知しました。ところで戦地の方は如何ですか?」
「ようやく討伐を成した」
「おめでとうございます。では出陣は無くなりますか」
「いや、そうは行かない。宰相として北都復興の為、働けと内示があった。しばらくの間、週の半分をあちらで働いて、残りの半分をこちらで働く。まあ四日働いて、一日休み。四日働いて一日休みが基本だ。さもなきゃ過労死するわ」
「それがよろしいでしょう。使い潰されては困ります」
「ま、そう言う事だ。その線で調整してくれ」
「畏まりました」
「旦那様」とフレイが声を出した。
「何だ?」
「ひとまずは戦地の埃を落とされては如何でしょうか?」
「……そうだな。そうさせてもらう」
石風呂に入って汗を流す。ずいぶんさっぱりした。
服を改め、執務室に入る。やはり目についたのは書類の多さだった。
さて、仕事するか……。
書類を一枚手に取り目をやる。久しぶりの執務室での仕事だ。気合いを入れて行こう。
昼食をはさみ午後。まずは詫び…って言うか予定変更の手紙だ。相手はオールオーヴァー辺境伯とソーケル伯爵だ。
俺は彼らに北都の戦後復興を押し付ける予定だった。だが情勢は変化した。戦後復興は俺が指揮せねばならない。
まあ、協力はして貰うのだがね。
『あ、俺だけど元気? あんた方に任せる予定は変わったんだわ。でもさ協力はお願いね、メンゴ』と言う趣旨だ。もちろん修正はするよ。さすがにこんな文章を送り付ける訳にはいかない。
出来上がりを確認していると扉が控え目に叩かれた。
扉から顔を覗かせたのはイライジャだった。
「…兄さんがお帰りと聞いたんで……」
「やあ、元気だったか? さあ入っておいで」俺は席を立ち、義弟を迎える。
「兄さん!」
ドンとぶつかる様にイライジャは俺に抱きつく。
「ん、少し背が伸びたね」
「はい!」
「学校はどうだい? 変わりはなかったかい?」
「学校は楽しいです」
「それは良かった」俺はイライジャの髪を梳いてやる。彼は嬉しそうに目を細める。
少しの間そうしていた。
「さて、申し訳ないが俺はまだ執務の最中だ。話しはまた後で」
「……はぁい」
イライジャはしぶしぶと身を離す。
「それじゃあ失礼しました。また後でね兄さん」
「ああ。…イライジャ、勉強も大事だが遊ぶことも同じように大事だ。見極めは難しいが、そう言う事もある、覚えておくように」
「はい!」
「うん、良い返事だ」
イライジャは一礼して退出していった。
……さて仕事に戻ろう。いやちょっと待て、何か忘れてないか? なんだっけ? ……ああそうだ、コレットの処遇だ。
コレットは神からの声を聞いたり見たり出来る。それ自体は得難い能力だが、彼女は俺の使用人でもないし所有物でもない。さてどうしたものか? ツキハ君みたいに側に侍らかせるのは無理がある。いまは館の一室を与えているが、本人が望めば職を斡旋したほうが良いか……。
執務室に控える執事に向き直る。
「コレット嬢を呼んできてくれ」
……ややあって扉がノックされた。
「コレットです。どうかなさいましたかロイドさん」
「……う〜ん、どこから話そうか。ま、とりあえず掛けたまえ」
執務室用の応接セットのソファを示す。
彼女はどこか落ち着きなくソファに座る。俺もそちら側に移った。
「はてさてどう切り出したものか……、……こちらの世界に慣れたかい?」
「ええ、はい」
「そうか。……ならば問うが、君はなんの職業に就きたい?」
「職ですか? ……私は農家の出なんで土いじりが得意です」
土いじりか。なら農業に従事させるか。しかし手放すのも惜しい……。ならば。
「なるほどね。では家の園丁として働かないかね?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
話が早いが、まあ向こうも何かしていないか不安なのだろう。
「園丁のアンドレに話は通しておく。明日から働くがいい。
それとな、君の予知…予言、まあそんなのを“観”たら全部報告するように」
「はいロイドさん…あ、いえロイド様」
「君は俺の使用人じゃあ無い。さん付けのままで構わないよ。部屋も使用人部屋に移る必要もない」
「でも良いのですか? 私は使用人でも構わないのですが」
「心配は要らない、ザーツウェル先生と同じだよ。ザーツウェルは俺の典医で客分だ。君の場合は園丁兼、客分さ」
「…ご厚意ありがとう御座います」
「うん、退出してよろしい」
「はい、では失礼しました」ペコリと頭を下げ立ち上がる。そして静かに退出した。
「ヒダカ、政庁の職員を呼んでくれ」
執事のコディ・ヒダカ…小柄だが目つきは鋭い…に政庁から派遣されている職員を呼ぶように指示した。
館には政庁や新聞社、銀行員などの派遣員が在中している。彼らは連絡員として役にたっているのだ。
「失礼します。……お初にお目にかかります、オスト・ブレイクスリー二等書記官と申します」
ヒダカの案内で入ってきたのは病気かと思われるほど痩せこけた中年男性だった。
「よろしくブレイクスリー君。ま、掛けたまえ」と対面のソファを指した。
彼が着席したのを見計らって本題を口にのせる。
「君たちは代用ゴムの加増を申しだしてきたが、返事は『否』だ」
「理由をお聞きしても?」
「俺が手配できるのは、週一で五ドール(150キログラム)までだからだ。それ以上は軍機であるし、また物理的に無理なのでな」
跳躍能力で荷物を運べるのはツキハだけだ。彼女を使い潰す訳にはいかないからな。
「まあ、近々北都も一般開放する。となれば通常の列車も運行するし、そうなれば流通も動き出す。加増はそれからでも構うまい」
「……判りました」
「話は変わるが本年度の領内総生産額はどれ位だ?」
「は、本年度の集計までは今しばらくお待ち下さい。ですが、四分の三年度統計は昨年度より四割二部上昇しております」
「ほほう」
「はい。消費係数も上がってくるのは確定です」
「なら税収も上がってくるな」
「はい、もちろん」
「ん、わかった、ありがとう」
「は、ではこれで失礼します」
二等書記官は退出する。
さしあたって急ぎの要件は終わった。なら後は終業時間まで書類の決裁だな。
一部の書類は戦地で決裁してきたが、それは本当に一部だけだ。目の前には書類の束がででんと鎮座している。これをすべて終わらせるのは骨だ。
だが逃げる訳にはいかない。当たり前だ、俺は為政者なのだから……。
あ、そうだ。忘れるとこだったわ。
「ツキハ君を呼んでくれ」
「ツキハです、参りました」
「ツキハ君、君を昇格させる。君は今から少佐相当官だ」
彼女は目を点にした。
「な…ななな、何故ですか?」
「君は俺を良く補助してくれたじゃないか」
「私、ちっとも討伐してませんよ」
「だから『良く補助してくれた』と言ったじゃないか。君は君の能力を十全に使ってくれた」
「でも良いんですか?」
「軍務省には一筆書きで構わないさ」
「……わかりました、お受けします」
「よろしい、エリオラ・ツキハ大尉相当官、現時刻を持って少佐相当官に任命する」
「ハ!」敬礼してきたので答礼を返す。
「下がって良い。……これからもよろしくな」
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