第百話 ロイド、皇帝からの書簡が届く
「……駄目です捉えきれませんでした」
コレットは額に汗をうかべ、そう言った。そうか彼女の能力でも捉えきれなかったか。
「苦労。なに君のせいではない」
「ごめんなさいロイドさん。私が集中力なくしたから……」
「いや、無理を言ったのは俺だ。だから気にするな」
「……はい」
今のやり取りは彼女の降霊術(?)…いや予見か…によるダーサ追跡だ。最初は数を数えるのが主題だった。後半は撃ちもらしが無いかを探させていたのだが、降霊術には体力…集中力がいるからしく長時間は無理だった。
しかし、逃したとなら厄介だ。まあ逃げ出したとしても精々が数匹だ。当面は脅威足り得ない。……消極的だと我ながら思う。
ダーサの生態は依然として不明だ。ドラクルも懸命に調査してるが謎ばかりである。
俺の推論だが、兵隊ダーサは体内にバッテリーみたいな器官があり、それを使い切ったら死滅する……。裏付けは取れてないがダーサには正体不明な器官が多い。しかしならば、切られたり撃たれたダーサが死亡する事の説明にはならない。
折衷案ではないが、ダーサの弱点は予測以上に有るのではないか? だがこれを裏付ける確証は無い。困ったものだ……。
気分転換で煙草を吸う為に外に出ることを考えた。別に天幕内でも苦情はこないがね。
「気分転換で外に出ないか?」と副官のツキハとコレット、それにヒューレイルに問う。
「あ、はい…了解です」「良いですね」「わかりました」
……蒼天の青さが心の澱を洗い流すかの様だ。
葉巻の端をシガーカッターで両方を切り落とすとヒューはマッチで火をつけてくれる。
ひと口吸い込む。ほんのり甘い気体が口内にすんなりと入った。
十数秒楽しんで息をはく。
「……俺はこの時期の青空が好きだ。君はどう思う?」何気なく尋ねた。
「そうですね、気持ちの良い青空です」ツキハは大きく深呼吸した。
「季節毎に違うのですか?」コレットは不思議そうに返す。
「君の故国の冬はどうだったかい?」
「……あんまり空を見なかったですね」彼女は空を仰ぐ事なく俺に視線を合わせた。口調は硬い。
何か悪い事を聞いてしまったようだ。
「失礼。立ち入った事を聞いた」
単なる農民の出自のコレットはあまり空を仰ぐ事はなかった様だ。彼女にとって空は日常の風景の一部で、格別心を開く必要を認めないのだろう。
「……それでさっきの問いだが、いまの季節、涙雨月は読んで字のごとく雨季だ。そのせいか晴れている際は蒼天なのだ」
雨季と言ってもずっと雨が降る訳ではない。こうして晴れている日もある。
「そうなのですか」
「来月は暮れ月で冬を迎える。月末が年末になる」
「……なるほど」
葉巻をくゆらせながら世間話に乗ずる。
「昨日までは雨が多かったから、今日の晴天は格別ですね」ヒューはリラックスしてるのか、のんびりと言った。
「そうだな。格別だ」
この大地は四季が明確にあるわけでは無い。強いて言うなら春・春・秋・冬だ。まぁ秋というのは葉が落ちるから秋と称してるだけで実質春・春・春・冬の様なものだ。思えばこの大地に産まれて入道雲なんぞ見た事ない。どうにせよ俺は夏が嫌いだから良いのだけどね。
しばらく雑談に興じて、葉巻を二本吸って話しを打ち切った。
汽車が到着したらしい。汽笛が聞こえてきた。大方補充兵を積んできたのだろう。後は郵便使くらいか。まだ民間の入来は許可していないからな。
……関係ないかと思っていたが俺宛に一通の書状が届いた。
中身は……皇帝陛下からの命令書だと!? 女房書簡ではあるが、それは実質命令書だ。
女房書簡とは皇帝の私的な要請書である。強制力こそ無いが皇帝陛下からの『お願い』を無視はできない。
……内容は、大公一家の宰相として北都復興の陣頭指揮をとれ、と書いてあった。おいおい。
まあツキハ君がいるから自領と行ったり来たりは簡単だが……。しゃーない、陛下からの命令を無視する事は出来ないからな。しかし宰相か……。
しかし、それなら公文書でも良かったのでは? 何らかの意図が存在している。それは何だ?
……先だってレティカとの間に男児を設けろと言われたのが影響しているな。もちろん正式な命令では無い。と言うことはこの女房書簡はアリバイ作りとなる。
なるほど、表立っては『命令』出来ない案件ではあるな。
……納得できるかは置いといて、陛下からの『お願い』を無視はできないな。
ならまずは大公妃殿下とエリアス様のお住になられる領主館の整備からだな。確か外壁が破損していた。
工兵科に修理の依頼書を書く。工兵を私的に使用するのはどうかと思うが、まあ勘弁してもらいたい。
「速報! 速報! 工藤少佐が敵首魁を討伐!」
「…分かった。全部隊に伝達、目的巣穴の前に集合」
「ハ!」
さてと迎えにあがるか。
「……以上、女王ダーサの討伐を完了しました」多少疲れた顔をした工藤三佐(少佐)が報告を終えた。
「貴官の任務完了を受領した。良くやった」
振り返り声を大きくする。
「皆の者! 我々の任務はここで終了した。この後戦場清掃をして大公御嫡男エリアス様を奉じて北都に帰還する。大義であった。奉賀三唱!」
「「「奉賀、奉賀、奉賀!」」」
コレットの一件があるから一抹の不安があったが、一応は女王ダーサを倒したのだ、まぁ良しとしとくか。
「ダーサの一部は献体として確保。残りは焼却処分とする」
俺はドラクルを呼び出した。
彼女は直ぐに現れた。
「何用かね?」
「女王ダーサの解剖を優先してくれ」
「……わかった。何か懸念でもあるのか?」
「懸念、ほどの懸念ではないが……」なんかもどかしい。上手く言葉に出来ない。
「……コレットの交信術でな、最後の最後で見切れたのさ。なので女王ダーサが女王であった確信がもてない」
「なるほどな。だがそれは交信術が正確なのを前提にしている。彼女が間違っている可能性だってある」
「反論意見ありがとう。しかしだな、これまでの期間で彼女からの情報は正確だった。まぁ貴様の意見も同じくらい正しい。完璧なもんなぞない」
「……可能な限り調査はする」
「頼んだ」
とりあえず俺が口を出せるのはここ迄だ。レティカの受け入れもそうだが、俺の手には余るよな……。しかし誰かが代わってくれるはずも無く、全ての責任がある。まあ是非も無しだ。
……北都開放もまもなくだ。やれる事をやるしかない、それだけだ。
ようやく50万文字です。一段落つきました。
次回から新章です。お楽しみに!