第九十四話 ロイド、北都開放のために二の矢三の矢を放つ
「コレット君、きみのたっての希望だから同行をゆるしたが、今からでも戻ってほしいのが俺の本音だ」
「……大天使様は貴方様に付いていくようにおっしゃいました」
北都に設けられた駐屯地の俺の天幕内にて俺とコレットが対じしていた。
事の起こりは二週間前に遡る。
オールオーヴァー辺境伯家との折衝に必要な書類を整理していると、ひとりの執事が彼女の面通りを告げきに来たのだった。
「ロイド様、わたしを北都に連れて行って欲しいのですが」
コレットの傷は癒えたものの、稀人ゆえにいくあても無く領主として彼女を遇する事にしていた(領主は稀人を保護せねばならない)。
「どうしてかな?」
「昨日の晩、大天使様からのお告げがありました」
「…………」
「ロイド様について行け、と」
「わからんな。どう繋がる?」
「ダーサの位置を特定できます。地図のうえですが」
「それならここからでも良いのでは」
「ここからでは遠くて判別しきれません」
「近くてでは役に立たないか……」
「是非に」
「……分かった、だがその能力が役に立たねば即追い返すぞ」
「はい」
そして二週間後の今、俺の天幕内に北都とその周辺の地図が広げられた。
コレットは目を閉じ、右手の甲を差し出す。
スキャンするかの様に地図を右上から滑らせる。時間がかかるのかと思っていたら、すぐに彼女の手は一点を示した。
「ここに巣穴があります。……女王は居ませんが十数匹の反応があります」
マジか!
「ツキハ君、記帳しておいてくれ」
「は、ハ!」ツキハは地図に今の情報を書き入れはじめる。
これが本当なら大当たりだ。
コレットは北都郊外のダーサの巣穴を次々に言い当てた。巣穴は以外に近い場所から遠い場所までの九つを指し示めしてくれた。
「ふう、とまぁこんな感じですね」
「これ以上の範囲は無理かね?」
「精度が粗くなりますが、いけます」
「ダーサの根拠地が知りたい。いま君が指し示したのは女王の分家までだ。何処かに本体がいる」
「捜索範囲を広げます」
「だが、この地図では北都周辺までだ。北都全域の地図がいる。
ツキハ君、検証が終われば全域の地図を用意してくれないか」
「ハ!」
「工藤、君は任意の戦力を抽出し出撃準備をなせ」
「ハ、閣下」
今回たまたまだったが、俺は工藤涼子と語学研修を終えた隊員を何名か連れてきていた。工藤は物覚えも良いし風系統の魔法が使える。部下も村部以外は魔法の素養があった。村部はなんつーか、普通の幹部自衛官なのだ。それ故常識人枠に治まっている。
現代軍事組織にはない“魔法”という異能。工藤特務連隊とはそうした組織だった。
実働三百人で連隊とは吹きすぎだが、これが俺の鬼札だ。しかし帝国陸軍では女性隊員が居ない。そのため特務連隊からの移譲はご破算となった。
代わりに俺個人の所有する武装集団となる。これはこれで問題になったのだが、そこはそれ俺の辺境伯位が役に立った。
また実働員は二百名以内、給与は俺の持ち出しとなったが、まあこれくらいなら目を瞑ろう。
そして初の実戦となる訳だ。さてどうなるか?
「しかし、良いのか?」ドラクルが口を挟んできた。
「実験もしていない即席の部隊、うまく行くとは限らないが……」
「ドラクル、確かに連中は初陣になるが訓練の考課表は高がったぞ? 無論、訓練と実戦はおおきく違う。だがまぁ多少は期待しても良いんじゃないか」
「大気者だなぁ」
「おう、俺は大気者どころか大物、いやさ大人物だ。もっと褒め給え」
「いや、遠慮しておく」
「は〜ずがり屋さんなんだからなぁ」
「そんな事よりもコレットの幻視能力はどこまで“使える”んだ?」
真面目モードになったドラクルに合わせ俺も真面目モードになる。
「ドラクル、ダウジングという能力は知っているな?」
「ああ、地中の水脈とか探すのに役だっているな」
「コレット君のもその拡大能力だと判断した。それに彼女はおおよその単位まで明確にした。これは大きい」
「工藤隊長もそうなのか?」
「彼女はもっと物騒だよ。話どおりなら戦略的兵器なみさ」
人目も憚らずに済んだので椅子に腰掛ける。
「工藤は単体で竜巻…いや暴風雨を巻き起こせる。これは最大出力ではない。……二百分の一以外だ。本気の彼女は計測不能だと思っても良い。
では出力のデカイ女だとも違う。薄暗がりの中で距離一町離れた針を何本か立ててみた。実験には糸をもちいて、その糸は寸分違わず針の穴を通ったよ」
「随分と細かい芸が出来るんだな?」ステやんの声には呆れの微粒子を含んでいた。
「話はもとに戻すが、コレットの幻視には真の女王が写らかなったな。どう思う?」
「……敵の残存能力はざっと計算して一万数百。ならば相応の巣穴が必要だ。だがコレット君の能力ではそこまでの巣穴は見つかなかった。
理由としては彼女の能力不足。
ダーサが余程隠蔽に長けているか、の二点に絞り込む事ができる。
ドラクル、貴様はあの大勢の中から数匹、違った種を見つけたな? そうしたモノが斥候役として出回っていたら? 話がとびとびになって申し訳ないが危機管理に秀でた個体種が混ざっていれば”本体“の脱出も不可能でなない」
「つまり本戦役は、未だ途中なのか……」
「だが一旦は終息宣言をださねばならない」
「それが政治的ならば仕方あるまい」
「大公の御遺児であられるエリアス様を安んじ賜わり北都を開放せんとす。政治政治政治さ」
「ひとつ確認しておきたい」
「?」
「エリアス様はまだ赤子もいい所だ。みすみす敵性地に残すのか?」
「いや流石に拙いのだが仕方ない。新大公殿下には我が元で育ってもらう」
ステやんは相好を崩した。
「は、見事な政治的動物だな!」
俺も席を立ち、相好を崩す彼女にいち礼した。
「その通り、これが正しい政治的動物というものだ」
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