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辺境伯ロイド奇譚 〜誰が彼を英雄と名付けたのか〜  作者: 塚本十蔵
第4章 ロイド辺境伯、異界戦役2nd Season
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第九十三話 ロイド、北都開放にむけて会談する

 俺は軽くイライジャの肩を抱きしめた。


「イライジャ、今からは辺境伯夫人だ。少々堪えるがこれも辺境伯夫人としての義務だ。耐えてくれ」


「はい」


 今日のイライジャはアーデルハイドの取り替えっ子なので辺境伯夫人に相応しい着飾った姿だ。女は化粧で化けると言ったが、今のイライジャはイライジャに見えない。逆にいえばアーデルハイドにも見えないのだが……。まぁ深くは考えないでおこう。どうせ北の地にはアーデルハイドをよく知る者は皆無なのだから。


 俺達は控えている馬車に乗り込む。備え付けの杖の石づちで御者に合図をだした。


 馬車が動き出す。視界のすみに使用人らが手を降っているのが見えた。

 俺は軽く片手を上げるにとどめる。



 今回、ツキハを使わずに馬車で移動するのは理由がある。それはオールオーヴァー辺境伯とソーケル伯爵に会わねばならなかったからだ。

 戦後復興に向けた協議の為である。


 戦後復興。北都奪還は成功するだろう(本来『だろう』などと言う台詞は嫌いだが)、それを踏まえての事だ。北都は少なからず被害が出た。市街の復興のために資材や資金が必要となっている。オールオーヴァー家には辺境伯だとあって保有している資金も贅略だから、この際ひき入れてしまいたい、そう考えた。

 勝利と利権云々は別だ。勝利者は俺だが、だからといって最後まで面倒みる必要は無い。それに連動して派遣している軍も縮小する必要がある。警備隊で十分だ。警備隊だけならオールオーヴァー家の保有しる軍からでも抽出できる。

 俺の狙いはここだ。

 面倒な復興と警備をオールオーヴァー家とソーケル家にまかせる。


 むろん彼らに損はさせない。むしろ復興特需に沸くことであろう。俺には必要ない。特需に沸くのは単期日であるし、復興の名誉も必要なかったからだ。

 事前協議にて連中は一枚噛ませろと口に出そうとしてきた。立場が違えば俺も一口噛ませろと言っているに違いないからな。気持ちはわかる。

 事前協議では両者は好感触である。今回の会談では是が非でも言質を取っておきたい。話が無事まとまったら共同で声明を発する。


 今回、イライジャを連れて行く理由は『我らの仲は親密ですよ』の一言に尽きる。どのみち表敬訪問なのだからイライジャ/アーデルハイドの出番はあるのだがね。


 馬車に揺られ数刻、俺は退屈しのぎに同乗しているツキハに声をかけてみた。


「ときにツキハ君、きみの跳躍能力だが良いかね?」


「は、はい閣下」


「いや大した話ではないんだ。

 きみの跳躍能力、様々な所へ行けるのは知っているが、だいたい何件くらい行けるんだい?」


「…跳躍でしたら行った事のある場所すべてです」


「間違えたことは?」


 するとツキハはわずかに顔を赤らめた。


「……あります」


「そうかそうか、まあ間違える事もあるよな」


「うっかりと言うか、単純な記憶違いで間違えた事が有るんです」


「じゃあ記憶に残る具合次第で跳躍力に差がでるのか、ちょっと笑えないな」


「よほどの事ではないと間違えませんよ」


「うん分かった、俺も曖昧な指定には気をつけるよ」


「はい閣下」


 馬車は俺とイライジャ/アーデルハイド、ツキハと護衛役のヒューレイルを乗せてガタゴトと街道を進む。イライジャは化粧をしているので口数は少ない。



 街道をオールオーヴァー辺境伯領へ変える。位置的にはソーケル伯爵領に入っているが、伯領の首都よりも辺境伯領の首都の方が近く、都合が良い。また辺境伯らと会談した後はイライジャと別れ戦地に赴く予定だ。


 そして三日後、首都オーヴァーズに入った。

 先触れをしてあった為か大勢の人々が集まっている。さながら優勝パレードの様だ。そこで随伴しているオープントップの馬車に乗り換えて参加した。


 パレードを終えて一泊し、ようやく領主館へと入る。




 ダンテ・フリデリック・フォン・オールオーヴァー。今年四五になる三人の辺境伯のひとり。痩せぎすだが鋭い眼光を放つ俊英である。


「お初にお目にかかる、ファーレ辺境伯だ。本日は宜しくたのむ」


 俺は彼よりひと回り以上離れている若造だが同じ辺境伯である。土俵ステージの上では同輩だ。


「こちらこそ、宜しくたのむぞ」


 年がひと回り以上離れている俺の台詞に、一瞬まゆを上げたがそれっきりだった。大した自制心だ。


「ファーレ辺境伯殿、はじめましてソーケルです」もう一人の男、エドモン・ヴァリー・フォン・ソーケル伯爵がにこやかに挨拶してきた。


「どうもソーケル伯爵。本日は宜しく」


「会談の内容は北都開放あとの復興で間違いないな?」


「いかにも、オールオーヴァー辺境伯やソーケル伯爵には是非とも参加して頂きたい」


「その割にはこちらが受ける利益が少ない様に思えるが?」


「少なくとも『名誉』は受け取れる」


「名誉か、その様なもの」


「必要が無いと? いいや違う。確かに目には見えない。だが確実に存在しているのだ」


「…………」


「ファーレ辺境伯殿、私は出す兵力は無いぞ」ソーケル伯爵が口に出す。


「復興に力を貸したことだけでも名誉を得られる」


「別に我々が力を貸す必要はないではないですか」


「この戦役…異界戦役で我が方は戦費の持ち出しで赤字なのだ。だから協力を要請したい。これはレティカ大公妃殿下の要請でもある」


 大公妃殿下の名は重要だ。少なくとも無視は出来ない。

 オールオーヴァー辺境伯とソーケル伯爵は僅かに姿勢を正す。


「オールオーヴァー辺境伯様、ソーケル伯爵様、何故に渋るのですか」イライジャ/アーデルハイドが発言してきた。


「アーデルハイド、出しゃばるな」しかしナイスだ。ここできちんと発言を返さねばならなくなったからだ。


「申し分けありませんでした旦那様」


「よい。だが発言する必要はない」


「はい」


「辺境伯殿、奥方殿、私の一存ではなんとも答えられない。持ち帰って協議する必要がある」


「私も同じだ。いま少し時間がかかる」


 よし、前向きな言質を得たぞ。


「構わない。北都を開放してからの話だ」


 会談は成功したも同然だった。少なくとも拒否はしなかったからな。




 オールオーヴァー辺境伯の領主館の玄関ロータリーに俺は居た。


「アーデルハイド、気をつけて帰れよ」


「…旦那様……」


「君と離れるのは辛いが戦地には連れていけない。理解してほしい」


「……はい」


「共同声明までは行かなかったが、まあ目的は果たせた。次回も君を呼ぶ予定だ」


「はい」


「俺には君が必要だ。それは確かだ」


「ありがとうございます旦那様」


「勿論、イライジャだって必要だよ」


「はい」


「ではな。御者、出してくれ」


「旦那様、先に戻ります。どうか御身を大切に」


「承った。アーデルハイドも元気でいてくれ」


 イライジャ/アーデルハイドを乗せた馬車は走り出す。それを見送って自分の馬車に乗り込んだ。

 さて、北都開放は如何なることやら……。

いよいよ異界戦役の最終章です。

ですが相手は『最悪の事象』です。はてさてどうなる事やら……。

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