ピンクの『トウテツ』
おまけ その2
丸くてピンクい『トウテツ』のお話
「ただいま」
「おかえりなさーい」
「おかえりー」
「?」
普段は態々玄関まで出迎えてくる家族だが、今日はどういう訳か声だけが返って来るのみで。
不思議に思いながら靴や上着を脱いで上がり、息子がいるらしきリビングへ顔を出す。
父の帰って来た玄関に背を向けたまま、3人掛けソファを占拠した幼い息子は、一心不乱に何かに夢中になっているらしい。
手元で何か操作しているあたり、携帯機のゲームでもしているのだろうか。
覗き込もうと屈みかけたその時、バスルームから妻がひょっこり顔を出した。
「思ったより早かったですね……っておいこら実蕾くん。君、その体勢のままって事は、挨拶アバウトですね?ほら、ちゃんと姿勢正してこっち向こう?パ・パ・だ・よ?」
「んー……」
「ちゃんと“おかえりなさい”しなさい」
「んんー」
「ミ・ラ・イ・くーん?」
「もうちょっとー」
「ゲーム機片付けんぞ」
「おかえりなさいっ!!」
母親のドスの効いた脅しに、慌てて振り返った感アリアリの息子。
ちらりと見えた画面から察するに、ちゃんと一時停止の処置まで済ませているらしい。
……この母親にしてこの息子あり、だとでも思えばいいのだろうか。
「……まったく」
むしろこちらの方が『まったく』と言いたい。
「お夕飯、今準備しますねー」
とはいえ、専属シェフが調理して家政婦が運び込んだ料理を温めるだけなのではあるが。
「“また”新しいゲームでも買ったのか」
息子の隣りにどっかりと腰を下ろすが、挨拶を無事済ませた息子はそれどころでは無いらしい。
呆れた声が出たのは致し方ない所だろう。
すっかり画面の向こうに夢中な息子を眺めていると、テーブルの向こうから少々不本意そうな声が聞こえた。
「“また”って言うほど頻繁じゃないですよう。前回買ったのは『マリカー』と『スマブラ』で、しかもそれ、実蕾くんのクリスマスプレゼントだったじゃないですかー」
「俺にしてみれば、ゲームを買い与えるという事自体がだな……」
「明日葉は別。一緒にせんで下さい」
育った環境が特殊なのは認めるが、一応思考は一般人と変わりないつもりだぞ。
口には出さなかったが。
「それに、キッズルームにいるお友達だって結構ゲームで遊んでる子いますよ?話しが合う合わないに関わって来るんですから、買わないっていう選択肢はむしろナシです」
「そうか?それこそ買う口実だろう?」
片眉をひょいと上げて見やれば、バレたか、と言わんばかりに舌をぺろりと出す。
こういう、妙に幼い……というか若い部分は、何年経っても変わらないと思う。
果たして、良いか悪いかは兎も角として。
「いやねー、久しぶりにMADメドレー聞いちゃったらやりたくなっちゃってー。出かける“ついで”に中古屋回っちゃいましたよ」
「態々中古屋に行かなくても正規品を買えばいいだろう。動かないとかバグだとか、そういった話をよく聞くぞ?」
「そりゃ、新品があるならそっち買いますけどね。ただ、今回買ったのって1世代前のやつなんですよ。そういうのってもうほとんど市場に出回ってないんですよね。通販だと時間かかるし、すぐに遊びたかったもんで。あ、ちなみに今実蕾くんがプレイしているのは完全新作です。で、こっちが旧作の方」
妻が「じゃじゃーん」と効果音を口にしながら自慢げに見せて来たのは、中身の軽そうな薄いビニールの袋。
「……2本も買ったのか」
「えへへー。ホントは「ウルトラなデラックス」のゲームも買いたかったんですが、そっちだともう何周もし過ぎてて、ボスの倒し方から最速ルートに宝箱の場所と取り方まで全部覚えてる自信があり過ぎちゃって。多分一回やったら満足するんだろうなー、っていうのが分かり切っていたので、あえて未プレイ2作品を選んでみましたっ」
そこで、彼女曰く『ドヤ顔』するのは如何なものだろうか。
微妙な心情が顔に出ていたのだろうか、妻はふんわりと微笑んで請け負った。
「ちゃんと選んで買ってるから大丈夫ですって!難易度なら、この2作はシリーズの中でも易しい方だから子供でも楽しめますし、内容だって変な要素入って無い、所謂『子供から大人まで』楽しめるソフトですよ!実際子供の頃に、同シリーズ姉弟で遊び倒した私が言うんですから間違いないです!」
力説するからには、そこは安心して良いのだろう。
仮にも……いや、間違いなく将来の『空条』の奥方が、そこまで言うのだからな。
力説するのがそこで良いのかはともかくとして……。
「そうか」
「はい!」
何時になく機嫌良さげな妻を引き寄せると、普段なら顔を赤らめ「息子君が見てますよ!」と離れようとするのに、むしろぴとっとくっついて微笑むものだから、よっぽど嬉しかったのだな、と思った。
その後
「ところでお前、保安から苦情が来たんだが……」
「あは☆ばれてーら」
「おい」
「やだなあ、変な事はしてませんよう。ちょっと外出するのに『愛車』使っただけじゃないですかー」
「それが問題だと言っているんだ。常々言っているが、お前はもうちょっと『空条の嫁』としての立場をだな」
「いや、出かけるって言っても“実家の近く”ですしー、その足で中古屋巡りさせる事考えると、わざわざ車出してまでっていうのは運転手さんに申し訳ないじゃないですかー」
「彼らはそれが仕事だ」
「それはそうなんですけどー。っていうかですね、ロールスで乗り付けたら中古屋のバイトのお兄ちゃん、目ん玉ひっくり返っちゃいますよ?」
「……なら、そういう場所に出かけなければ良いだけの話だろ」
「……いやー、それがー……」
急に歯切れの悪くなった妻に、何かあったのかと向き直る。
「医務室の秦野先生から、何か話聞いてません?」
「いや……ああ、そういえば留守中に一度連絡が入ったそうだな。その時は改めてという事だったんだが……やはり何かあったのか?」
そっと隣を見る。一応元気そうには見えるが、もしや実蕾に何かあったのだろうか。
「……うふ」
その時、反対側から急に聞こえて来た妙な含み笑いに、柄にも無く背筋が引き攣る。
そっと振り返れば、口元に微笑みを浮かべた妻がじとっとこちらを見詰めていた。……ちなみに目は、これっぽっちも笑ってなどいない。
お互い見つめ合ったまま、しばし。ゆっくりと、彼女がに゛ーっこりと笑顔を“作って行く”
「おめでとーございまーす!!」
は?
妙にじっとりとした重みのある笑顔のまま、彼女が宣言した。
「2人目だそうでーす♪恐らくですがー、多分あん時のー、“事後承諾”の時ですねー♪時期的にも間違い無いと思いまーす!明日葉ー?明るい家族計画実行する時にはー、相方にもちゃんと相談してからにしましょうねー?確かにー、ここんとこ『2人目マダー』って周りからもプレッシャー掛けられてましたけどー、いくら明日葉がそれ知ったからってー、それとこれとは別問題ですよねええええええ、って言うかそれ理由にやらかしただけですよねえええええ」
怒ってる!これは確実に怒ってる……っ!!
「いやその、悪かったというか」
「悪いと思って無いのに謝らないでくださーい」
謝罪拒否だと!?と、いうかっ、
「お前っ、もしやその体でバイクなんぞに乗ったのか!?」
「秦野先生に言われてー、ちゃんとした病院で調べてもらった方が良いからってー。だから『ゲーム買いに行くついでに病院寄って来た』んです。あ、そうそう、出先で久しぶりに白樹君に会いましたよー?」
そういう話をしているのでは無い!
「ちゃんと安全運転してますってば。私の免許が金ぴかだって明日葉も知ってるでしょ?それに、偶には
乗ってあげないと可哀そうじゃないですかー。走らないモトラド、じゃなかったバイクはただの鉄クズなんですよー?地獄なんですよー?」
白地に赤黒の刺し色が入ったオートバイは、彼女が嫁入り道具の一つと称して持ち込んだものだ。
本人曰く、かなりのお気に入りかなりであるらしい。
メーカーこそ有名な大手の2輪車メーカーだが、発売されたのはもう10年近く昔の、いわば型落ち品だ。
市場でも見かけないようなソレを、しかし彼女はあきらめず、中古車販売店などあちこち探し回って買い付けたのだとか。
そこまでして手に入れた―――しかし態々、色々な意味で怪しげなバイクに乗って医者に行くなど、自分に対する当て付け以外の何物でもない気がする。というか十中八九そうだろう。
「兎も角お前、今後暫く外出禁止な」
「だーと思ったー」
そっぽ向いてむくれる妻に、お前が言うな、という気分になったのは仕方ない事だと思うのだがな……。
そういえば、普段だったらそろそろ「おとうさんとおかあさん、けんかー?」と声をかけて来る息子は……いまだゲームに夢中の様だ。
いや、最近はこれも学習して来た様だからな。
よく見れば、必死に画面に食い付いているあたり、余計な事に巻き込まれまいと聞こえない振りでもしているのではないだろうか……?
どうなんだ?息子よ。ん?
ゲームのその後
結局ウルトラなデラックスも買いました。
嫁 :「ミライ君、ミライ君、“おかあさん生んで”」
息子:「ん!!」
らりーん☆
嫁 :「よーし!高橋名人も真っ青な16連射だーっ」
息子:「おーっ!おかあさんすごーい!」
旦那(見学中):「……確か1本空いていたな。俺にも貸せ。やってやる」
嫁と息子:「「…………え、ええーーーっ!?」」
こぴーへるぱー君には思い入れがある嫁。
実は前世がらみなのだが、そこは今の姉弟と記憶がごっちゃになってる。
そして旦那さんはひとり仲間外れで寂しくなったっぽい。後息子に尊敬されたいらしい。
さらにその後
旦那:「1日でクリア出来たんだが、本当に“こんなの”が面白いか?」
嫁 :「運動神経イッちゃってる人と自分ら一緒にしないで下さい」
旦那:「……」
逆に溝が深まった!!
旦那:「ま、まあ、この程度なら子供向けにはちょうどいいかもしれんな」
嫁 :「おのれぬかしよる。ぬるいってんなら“アンフ○ラの魔女さん”と“絶頂してれ”ばいいと思いますよ?バッボーイさん♪(に゛っこり)」
旦那:「は?」
浮気公認?(笑)
息子:「まじょってなあに!?おとうさんがやるならおれもやる!」
嫁 :「ミライ君は確かに『チェリーボーイ』だけどねー、ベヨねーさん相手だと、『子猫ちゃんモード』でもちょおおおーーーっと厳しいかなー?」
息子:「えー?」
旦那:「……」
セ……ウト?
息子:「おかあさん、これむずかしいよ、できないよ」
嫁 :「がんばれがんばれ!簡単に諦めちゃだめだ!(笑)」by修三
息子:「そんなにいうなら、おかあさんがやってみせてよー!おかあさんもこれ、あそんだことないんでしょ!?じぶんがやってからいってよね!」
嫁 :「だんだん屁理屈捏ねる様になって来たなあ……。もしや進之助の悪影響か?とにかくだーめ!これは、そういう攻略方法も含めて自分で考えて遊ぶのが楽しいんだから。それに空条の子が、そんなに簡単に人を頼っていいと思うー?」
息子:「ううーーー」
嫁 :「……しょうがないなあ。ほら、貸してご覧?どこ?ここ?えーっ……と」
息子:「……できる?」
嫁 :「ええと……多分こう……あれ?こう?あや?れっ?……えっと、これなら……ダメか。えーと……なら……こう……ってあるうぇー?うぬう、やっぱダメかー……」
息子:「……」
嫁 :「……」
息子:(振り向いて)「ねえ、歩く攻略本!」
嫁 :(同じく) 「ねえ、攻略wikiの人!」
旦那:「……はあ」(溜息)
間違いなく親子
おとうさんは無事?息子さんに尊敬されて「すごーい」って言って貰えた様です。
おまけのおまけ
嫁は嫁入り直前に『乙女ゲーム』からは足を洗う宣言済。
その代わり?シミュゲは許可貰った。
つまり牧物はセーフ。
と、言う訳で、
嫁:(旦那さんの居ない場所で)「“婿”キターーーーーー!!!」くわっ (屮゜Д゜)屮
旦那:「へーちょ」
おしまい!