空条家の日常
おまけその1:彼女はおかあさん。
「寒くない?」
「うん!あっ、あっち、おハナ!おかあさん、おハナさいてる!」
「あっ、ほら、急に走ると危ないって!」
空条本社ビル最上階、プライベートフロア、その屋上は花が溢れるガーデンテラス。
そこでは警備員に見守られながら、1人の女性と小さな子供が昼の暖かい日差しの中、散歩を楽しんでいた。
だが、ふと見つけた小さな宝物に、子供は夢中で周りが見えていないらしい。
駈け出した子供はあまりに小さく、案の定バランスを崩して転んでしまった。
「…………ふ」
「ふ?」
母親は慌てる警備員を目で制し、それから駆け寄って、身を起して泣きそうな表情の我が子の顔を覗き込んだ。
「………………」
ぐず、という鼻をすする音が1度だけ聞こえたが、それだけだった。
その幼い子は、泣くでも喚くでも癇癪を起すでも無く、ただひたすら耐えたのだ。小さな子供にはいささか大きな衝撃と、痛みを。
それを理解した母親は、大きく破顔した。
顔をくちゃくちゃにしながら涙を懸命にこらえる子供の頭を、母親は優しくゆっくり大きく撫でる。
「良い子ねー。ちゃんと我慢したんだ?エライ偉い」
それから、もう一度顔を覗き込んだ。
「痛いところはどこ?」
「…………」
黙って我慢する我が子に、彼女は苦笑した。
「我慢したのはすっごく偉いけど、痛いところはここ、って、すぐに言わないとダメ。言わなきゃ、おかあさん分かんないんだから」
今度は手を伸ばさなかった。
小さな子供は、おずおずと「ここ……」と膝を指さす。
「そっか。じゃあ、お医者さんに診てもらおうねえ」
「………おいしゃさん、キライ」
空条本社の医務室にいるおじいちゃん先生を思い出したのか、顔をしかめた小さな子に、夫と同じ表情を見つけて苦笑する。
「だーめ。痛いの治らなかったら困るでしょ?もっと痛くなっちゃうかもしんないし。ほら、立てる?」
母親は手を差し伸べた。
だが、決して自ら抱き上げようとはしなかった。
母は知っている。
この“空条”では、自ら立ち上がれもしないか弱き者に、生き残る術は無いのだと。
だからこそ、手を差し伸べるだけで待っているのだ。
泣かない事にはきちんと褒め、痛い所は黙っていないできちんと申告させる。そうして、きちんと自分の足で立たせる事。
それが、彼女の我が子に対する教育。
だが、その母の強い思いと助けたい気持ちの葛藤を、ふいにする奴が現れた。
「実蕾、どうした?」
その長いコンパスで颯爽と歩み寄り、声を上げる間もなかった母親の後ろから、ひょい、と我が子を抱き上げたのは、子の父親であり、母親の夫でもある――――――空条の中でも異例の若さで専務となり、後に空条の頂点、支配者の椅子に収まる事が決まっている『空条明日葉』その人であった。
「あーっ!!」
「何だ」
いきなり大声を上げた母親に、怪訝そうに振り返った明日葉。
「もうっ、すぐに抱きあげちゃったらダメじゃないですか!せっかく自分で立たせようと思ってたのに!」
「転んだんだろ?すぐに医務室に連れて行かなくて良いのか?」
「分かってますよ!だけどちょっと転んだだけだし、それくらいなら自分で歩けるでしょうっ」
「“おかあさん”は“スパルタ”だなー」
「甘やかしの“筆頭”が何言ってるんですか!!」
先程までの慈愛に満ちた母親の表情は何処へやら。
すっとぼけた言い方で子供に話しかけた夫を見上げ、怒りをぶつけるその顔は、年相応に若い。
「良いからとっとと医務室行くぞ。ほら、お前も来い」
「だからっ、ああもう、抱き癖付いたらどうするんですか!私だって我慢してるんですよ!?」
「わかったわかった。留意するから、ほら」
「おかあさん、けんか?」
両親がいさかいを起こしていると誤解した子の言葉と、子を抱き上げたまま下ろす気の無い夫が差し伸べた手を見て、妻は溜息を吐いた。
「櫻」
婚約当時と変わらぬ、優しく甘く呼ぶ大切な人の声に、櫻は、
「……もうっ、仕方ないですねー」
負けを認めてその手を取った。
注:甘やかしの筆頭、という事は、甘やかしのその下(義父と義母とイケメン秘書軍団)がいるという事です。
おまけその2:櫻おかあさんによる昔話。
その1:かちかちやま
夕食後、子供に絵本を読み聞かせる櫻。そしてそれを見守る明日葉。
「そのウサギは言いました『狸さん、私と契約して、山へ芝刈りに行って下さい』」
「……それはどんな兎だ」
「そこへ芥子……じゃなかったウサギちゃんが、小さな壺を持ってやって来ました。『お薬はいりませんか~、ハクタク印のよく効くお薬はいかがですか~』(ウラ声)」
「ウサギちゃん、カワイイ!」
「……その兎、妙にキャラがしっかりしてないか?後『ハクタク印』って何だ、どこから出て来た」
「今更泣いたところで許すと思うか、狸イィ!!」(ドスの利いた声で)
「っびえ!!」
「おい、本気で息子が怯えてるんだが」
「う~ん、う~ん」
「おい、うなされてるぞ、実蕾のヤツ。……ハア、何も、そこまで怯えさせる必要は無いだろうに」(溜息)
「何言ってんですか、本来のカチカチ山は、こんなもんじゃ済まない壮絶な復讐劇ですよ。何たって(芥子ちゃんの)狸汁……じゃなかった、ババァ汁に泥船ですからね」
「……」(手遅れなものを見る様な目)
「そこまで言うなら……次はあまり怖くない話にしておきましょうか」
「ぜひそうしてくれ」(溜息)
「幸せ逃げますよ?」
「だが断る」
その2:したきりすずめ
「(野太い声で)『ぢゅんっっ!!』(普通に戻って)『ヒィィィッッ、親分が、感動してなさるぅぅぅっ!!』」
「……(舌切雀の親が極道……?)そんな描写、あったか……?」
その3:桃太郎
犬の場合:
「ねえねえ桃太郎、そのだんごおいしいねっ、何ていう食べ物?何ていう食べ物?」
「あ、ああ、これはきび団子というんだ。俺のばあ様が作って持たせてくれたんだよ」
「そうなんだ!あっ、じゃあさ、桃太郎に付いていけば、俺もそのだんご食べてもいいんだよね?」
「俺の仲間になってくれるのか?よし、じゃあ好きなだけ食べていいぞ」
「うわーい、やったー!俺、桃太郎の事だいすき!」
「こちらこそよろしくな……って、いきなり全部食べちゃったら、この『お話』終わっちゃうだろー!?」
「え?なあに?何か言ったー?桃太郎」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
旦那「いきなりメタ発言か」
サルの場合:
「あっ、見てみて桃太郎!あそこに誰か倒れてるよ!」
「本当だ……って、何でこんな所に、まるで『囲炉裏から出て来たクリに顔を直撃され、冷やそうと思ったら水おけの中から出て来たハチに刺され、びっくりして家から出ようとしてうんこ踏んだ挙句、屋根から落ちて来た臼に潰された』みたいな状態のサルが……?」
「分かった桃太郎!このお話は、鬼退治の話じゃなくて、本当はサルをこんなにしちゃった犯人を見つける『火曜サスペンス劇場』だったんだね!」
「いや、普通に冒険活劇だから……」
「…………とりあえずまだ死んでないんで、早いとこ団子下さい……」(ひんし)
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旦那「子供に『火サス』も『冒険活劇』の言葉もまだ早いだろう。というかその猿『サルカニ』の猿か。混ざってるが、いいのか?」
キジの場合:
「旨い団子を分けてくれてありがとうな。これからずっとあんた一人だけに忠誠を尽くすぜ。俺の事は「桃太郎チームの“ロケットランチャー”」と呼んでくれ」
「“ロケットランチャー”だって!かっこいい!!ねえねえ桃太郎、俺もなんかそういうの欲しい!何かいいの無いかなあ、無いかなあ!」
「シ○は“バカ犬”だろ」
「俺バカじゃないもんーーー!!」
「ばーかばーか」
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嫁「こうして、『犬猿の仲』という言葉は出来たのです」
旦那「絶対違う」
いよいよ鬼ヶ島:
「いよいよだな」
「カギ、あけたぜ!」
「行くぜ野郎ども!」
「俺、いーっぱい噛み付くから!」
ごごごご、という音と共に、重い扉が開いていく。
そして
まじめそうだけどM な ごくそつ が あらわれた!
てんねんだけどげいじゅつか の ごくそつ が あらわれた!
そして
じごく の ほさかん “さま” が あらわれた!!
「…………なあ、これ、勝てる、か?」
「多分無理じゃねーかな」
「あっ、補佐官様だ!どうしたんですかー?こんなところで!」
「仕事ですよ」
「…………(((((;゜Д゜)))))」
えんまさま と からしちゃん が こっそりうしろからみてる!!
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息子「ほさかん、すごーい。カッコイイ!」(キラキラした目で)
旦那「……どう収拾付けるつもりだ?これは」
嫁「え?どうも?」
勝てるわけ無い。
嫁さんの昔話の元ネタは、鬼徹と大神あたりから。
その3 櫻おかあさんの怖い話
「実蕾君、どうして勝手に1人でエレベータ乗ったの。ダメだって言ったでしょ?エレベータ1人チャレンジはまだ早いって、前におかあさん言ったよね?実蕾君に何かあっても、おかあさん急には助けてあげられないのよ?」
「……」
「あのねえ……これを言うのは本当は気が進まないんだけど……あのエレベータ、『悪い子食べちゃう』怖いエレベータなのよ?」
「!?」
「(ちょっと具体的な描写)とかになっちゃうんだよ?」
「!!!!」
「怖いでしょう?だからね、あのエレベータに、子供は1人で乗っちゃいけないの。必ず誰か大人の人と一緒に乗ってね?」
「!!!!(こくこく)」(必死)
「あ、だからって、知らない大人の人についてっちゃだめだよ。誘拐されちゃうかもしれないから。誘拐って分かる?この前ちゃんとお話ししたよね?」
「……」(思い出して顔が青ざめる)
「思い出したかなー?ならもう分かったよね?あのね、エレベータは遊び場じゃないの。だから1人で勝手に乗らないで、誰か大人と一緒に乗る事。でもだからって、知らない人と一緒にエレベータに乗ると……おかあさんも怖くてたまらなくなる様な怖い事されちゃうから、気をつけてね?」
「はい!もうぜったいひとりでのりません!!」(滂沱)
明日葉帰宅後。
「おい、実蕾が恐怖におののいているんだが、何かあったのか?」
「ちょっと怖がらせすぎましたかね」
「……何をやった、お前は」
「実はかくかくしかじかで」
「……トラウマになるぞ」
「もうなってるかもしれません」
「……」
「でもまあ、今回は教育的指導という事でワザと怖がらせているんですから、これくらいで」
「……いいかお前、物事には限度という物がだな」
むしろ教育が必要なのは妻の方じゃないだろうか。
そう旦那さんは思ったといいます。
そして奥さんには、妹に対して似た様な事をしていたという前科が。(ぶっちぎれお正月話参照)
おそまつ!
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参考までに。
櫻ちゃんは、このお話だと専業主婦化しています。
直接経営には参加していませんが、ご意見番というか、乞われてアドバイザー的に裏から意見を出す事はあります。
息子さんは、幸いにも夢に見る程度で済んだとか。
これでホントにおしまい!