別れても
「あなたのそういう大雑把な所、大っ嫌い!」
「キミこそ神経質すぎるんだよ!」
「もう一生、あなたの顔なんか見たくも無いわ!」
「ボクだって!」
テーブルの上に置いたテレビのリモコンの位置を巡って、ある二人の男女が互いを罵り合った末に、別れた。それは、これまで蓄積された不満が爆発した結果だった。
――地獄。
男と女は今、そこにいる。
死後の世界の法律で、現世における離婚は罪になる。姦淫の罪を拡大解釈したらしい。
もちろん二人は死後の世界の法律など知らなかった。
だが、現世において法律を知らなくてもそれを破れば罪に問われるのと同様、死後の世界の法律も「知りませんでした」ではすまされない。たとえ、法律を現世の人間に告知することが無くても。
二人は別々の場所で刑罰を受けている。
現世と同じような監獄で、刑務官がいて、時間になったら刑罰を受ける。
刑期は無期。刑の内容は、地獄の業火で焼かれるといった肉体的苦痛を受けるものや、道徳の教師らしき刑務官にひたすら説教されるといった精神的苦痛を受けるものなど幅広い。
痛覚は肉体が朽ち果てても失われることなく、肉体は消滅しても再生する。死者は魂のみの存在であり、魂は不老不死である。
いつ終わるともしれない苦しみから頭を狂わせて逃れようとしても、狂うことなくすぐに正気に戻される。
そんな状態が現世の時間で百年ばかり続いた頃、男は知り合いの受刑者がいなくなっていることに気がついた。
受刑者たちの間の噂では、彼は罪を許され現世に転生したのだという。
「現世に転生だって!? そんなことができるのか?」
「ああ。何でも最初の結婚相手と転生の門をくぐればいいらしい。だが、相手がどこにいるかも分からないし、転生の門がどこにあるのかも分からない。聞いた話では本人たちが心の底から反省すれば、自然と相手に逢えて、転生の門も姿を現すそうだ」
「ボクは反省しているぞ? なのに、なぜ転生できない?」
「オレだって反省してるさ。ということは女の方が反省していないってことだろう」
それから二人はそれぞれの元妻のダメな所を語り合った。
一方、女の方でも転生の門の噂話をしていた。
「……だからさアイツは昔から大雑把だったのよ」
やはり、反省しているのに転生できないのは相手のせいということになった。
「結婚する前はおおらかに見えたんだけどさ、一緒になってみたらまるでだらしないの。アーァ! 騙された!」
拷問前の僅かな時間を現世と同じように愚痴話で過ごしている。と言っても、他にすることも無いのだが。
「細かい所にもきちんと気配りができる素敵な女性だと思ってたんだけど……」
男も女もその日の休憩時間を全て不幸比べに費やした。
自分がこんな目に遭うのは相手の女のせいだと恨みつつ、男はその日の刑罰に耐えた。
同じように男を恨みつつ、女もその日の刑罰に耐えた。
翌日、男は昨日話した相手が消えていることに気がついた。それは女の方でも同様だった。
その日もまた、二人とも話し相手を替えて、消えた者の悪口を言う事とそれぞれの元配偶者の悪口を言う事に休憩時間を費やした。
次の日、また話し相手が消えていた。そしてそれが何回か繰り返されると、さすがにおかしいと二人は思った。
二人は消えていった者たちの特徴や行動を思い起こす。
いずれも彼らと同じく離婚の罪に問われていた。消える直前に元配偶者の愚痴を言い合っていた。
ここまでは二人と同じだ。
だが、消えていった者たちはいずれも愚痴の中で「いや、いい所もあったんだよ。例えば……」と元配偶者の良い所を挙げていた。思い出すことができて嬉しいといった表情で。
それが欠点をあげつらうだけに終始した二人との違いだ。
忌々しいことだと思いながらも、二人とも相手の良い所を挙げ始める。
「毎日、帰る時間に合わせて温かい食事を用意してくれたっけ」
「いつも笑顔でわたしに接してくれたわ」
「彼女が洗ってくれた衣服を身につけると、心も爽やかになった気がした」
「あの人のおおらかな性格はとげとげしいわたしの心を癒してくれた」
初めは不承不承だったが、次第に熱が入り、相手の欠点を美点として扱うようになった。
「ボクが無神経だったのかもしれない」
「わたしが細かすぎたのかもしれない」
自己反省の言葉が口に出る。
さらに、
「彼女に会って謝りたい」
「あの人に会って謝りたい」
二人が同時にそう口にした時だった。
突然二人を光が包み、どこかに飛ばされる。そして二人は出会った。
「キミは!」「あなたは!」
互いに相手の名を呼びながら駆け寄るが、見えない壁のようなものに阻まれた。
「すまない。ボクは」「ごめんなさい。わたしは」
壁を隔てた二人は、相手の言葉を自らの言葉でかき消すような勢いで、謝罪の言葉をまくしたてる。
言いたい事を散々言って、同じ事を言い合っているのだとようやく二人は気づき、互いの顔を見つめ、声を上げて笑い合った。
その心からの笑いによって見えない壁は崩れ、二人はお互いの体をひしと抱き合う。改めて謝罪の言葉と、そして、「愛している」という言葉を互いに口にした。
その言葉に反応して、二人の目の前に門が出現する。噂の転生の門だろう。
二人は門の扉を開けようとしたが、開かなかった。扉をよく見ると「誓いの言葉を述べよ」と書かれている。
二人は肩を寄せ合って手をつなぎ門を見つめて言葉を交わす。
「ねえ?」
「なんだい?」
「生まれ変わってもまた一緒になりたい?」
「もちろんさ。キミは?」
「わたしも。今度はきっとうまくやれるはずよ」
すると、扉は自然に開いた。
互いの手を固く握り締めながら、引きつった笑顔を浮かべ、二人は転生の門をくぐった――。
「――という前世だったらどうでしょう?」
家庭裁判所の一室。二人の男女を前に調停人は微笑んで、そう結んだ。
離婚の条件を話し合うつもりで訪れた二人は当惑している。
その表情を見て取った調停人は手元の調書に視線を落とす。個別面談の結果は修復の可能性が有ることを示していた。
「もう少し結婚生活を続けてみてはいかがでしょう? さもないと、来世でまた一緒になってしまうかもしれませんよ?」




