Act.1
あの変わった少女に話しかけられた翌日、俺こと葛城始は体育館二階にある体育準備室の前にいた。
事は昨日に遡る。 あの部活の誘いに乗った後だ。
「私の名前は笹川緑だ。今日はもう遅いから、明日の放課後に体育準備室に来い」
「体育準備室って……そんな所で部活やってるんですか?」
「体育用具はあらかた倉庫に入っているから、実質的に空き部屋だ。それに、我らが日常演劇部は学校に認められた部活ではない。ただ私達が部活と言っているだけだ」
「さっきから気になっていたんですけれど、『我らが』とか『私達』ってことは他にも部員がいるってことですよね」
「ああ、いるぞ!私の他にあと二人。君を入れれば三人だ!全ては明日分かる」
「はあ、分かりました。それではまた明日」
「ああ!また明日!」
嬉しそうに走っていく笹川の後ろ姿を見ながら、俺はまだ見ぬ世界に心を踊らせていた。
「ノリで敬語使っちゃったけど……まぁいいか。制服着てあの身長ってことは同級生なんだし」
という訳で現在に戻る。 俺は大きく深呼吸し、気持ちを整える。
「……よし。失礼します」 勢いよくドアを開けたがそこには誰もいなかった。「あれ?早く来すぎちゃったかな」
戻ろうとして後ろを向くと、俺の真後ろにあの笹川がいた。
「うおぉ!おぉ……」
「びっくりした?」
「そりゃそうでしょう!」「君があまりに遅いからだよ。もうみんな来てるし」
「え? 中には誰も……」
「出ておいで、みんな!」
笹川がそう言うと、二人の男女が顔を出した。ドア側の壁に隠れていたらしい。
「そいつが新入部員か」
「よろしくねぇー」
俺が戸惑っていると、笹川が促す。
「さあ、入って入って」
ドアを開けたときから気付いていたが、中に入るとその酷さがよく分かる。
黄緑のカーペットに雑誌がちらほら、食べかけのお菓子がいくつか。完全に私物化されているようだ。
「まあ空いてる所に座ってよ。君達も座って。自己紹介をしよう」
雑誌やら何やらを押し退け無理矢理座った後、笹川が勢いよく切り出した。
「私の名前は笹川緑だ! と言ってもみんな知ってるだろうがな。この部の部長をしている! ちなみに三年生だ!」
「えっ?」
まさか先輩だったとは。「次! 一橋!」
さっき隠れていたうちの男の方が立ち上がる。
「応。 俺は一橋数助だ。よろしくな。ちなみに二年生だ」
立ち姿を見ると、けっこうしっかりした身体だ。
「次! 鈴沢!」
最後に残った一人、隠れていたうちの女の方だ。
「はい。 鈴沢加那です。一年生ですー。よろしくお願いしますね」
随分おっとりした子のようだ。見た目はなかなか。これは仲良くなっておくしかないな。
「よし! 次!」
「まだ誰かいるんですか?」
「何言ってるんだ、お前だよ」
「あ、ああ!俺は葛城始、一年生です!よろしくお願いします!」
「よし!素晴らしい!」
他の二人も拍手してくれている。
「次は日常演劇部の紹介をしよう。文字通り、日常的に演劇する部だ」
「よく分からないです」
「そう言うと思って、用意して来たぞ」
笹川がおもむろにポケットから取り出したのは、ティッシュを丸めたものだ。
「ここからこのティッシュをゴミ箱に投げ入れる。葛城、入ると思うか?」
ゴミ箱までの距離はせいぜい一、二メートル。この程度なら……
「まあ、入るんじゃないですかね。もちろん、わざと外さなければですけど」
「ふふん。ところが、このティッシュは入らない。絶対に。やってみろ」
「はあ、では失礼して」
笹川からティッシュを受け取り、ゴミ箱に向かって投げる。
「せいっ」
ティッシュは緩やかな曲線を描き、見事にゴミ箱へのコースを辿る。
そのとき、突然一橋がゴミ箱の前に滑り込んだ。
「ぬぅあああっ!」
ティッシュは一橋にガードされ、呆気なく床に落ちる。
「どうだ!」
「素晴らしいです、先輩」
「いやなに、お前の応援があってこそだ」
二人がお互いに褒め称えているのを見つつ、
「こういうことだ」
と隣で笹川が言った。
「どういうことですか」
「つまり、日常的な挙動をいかにも演劇っぽく白々しくかつオーバーにやってみようという感じだ。この部ではみんなキャラを作ってノリで楽しんでいる。」
「はー……なるほど。楽しそうですね」
といったところで、褒め称えあっていた一橋がこちらの話に参加してきた。
「部長、ちょっと新入部員の実力をはかりたい」
「うむ、やってみよ」
「いくぞ葛城。俺のノリについてこい」
「お手柔らかに」
『ついに見つけたぞ親の仇め!ここで会ったが百年目、」覚悟しろ!』
「えーっと……『いいだろう、受けてたつ!そなたの力、この儂に見せてみるがいい!』みたいな」
「なかなかだな」
どうやら納得した様子の一橋。
「おめでとう、葛城。一橋に認められたらもう何も怖いものはない」
「ありがとうございます。そういえば、部員はみんな部長が集めたんですか?」
「うん?うん。勧誘基準は日常に飽き飽きしてる人。ここは楽しいだと思うぞ。好きなキャラになりきればいいだけだから。オンラインゲームやコスプレと一緒だ」
「これはいよいよ楽しくなってきましたね」
「たまにみんなで出掛けたりもする。規則もゆるいしな」
「規則?」
「そうだ。一つ、法律を犯さないこと。二つ、みんなの現実を詮索したりしないこと。三つ、やりすぎないこと」
「なるほど、ゆるいですねそれは」
「これで概ね理解出来たと思う。さて、歓迎会といこうじゃないか」
「今からですか?」
「何か予定があるなら、また今度でいいが」
「いえ、大丈夫です」
「よし、それでは……歓迎会だ!」




