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源氏物語:零  作者: Salt
第一章
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チーム桐壷


 先を行く女房の足が止まった。

「……鍵がかかっていますぜ」

 後ろを守る女房が、慌てて今通ってきたばかりの戸口に戻る。もちろんそこも開かない。

「やられた」

 中の一人が舌打ちをした。

「この寒いのに…鬼か、あいつら」

「ってゆーか、小四男子か。あまりにガキっぽい」

 リーダー格の女房が、皆を集める。

「仕方がない。お方様が冷えないよう、みんな固まれ。愚痴ってるだけじゃダメだ」


 戸の中から、嘲笑が響く。

 凍りつくような寒風の中、震えながらそれを聞く。

「やつらいい気になりやがって」

「どうせまた弘徽殿とか弘徽殿とか弘徽殿だろうよ」

「それだけでもないようだ。なんせ反対側も閉められているからなぁ。周りは全部敵だと思った方がいい」

「寵愛並ぶ者ない桐壺様だからな。うらやましいんだぜ、あいつら」

 口々に毒づく女房の言葉に、当の麗人は苦笑した。

「……苦労かけるな」

「とんでもございやせん」

「更衣様は一つも悪くないっすよ」

「他の奴らが性格悪すぎなんですわ」

 立場がらではなく本気で言っている。通常より苦労の多い宮仕えだが、人柄のためか主人を恨む者はいない。


 夕暮れの風は冷たさを増す。

「あっしが一つ、高欄を飛び降りて知らせに行きましょうか」

 一人の女房が名乗り出た。

 リーダー格がそれを否定する。

「よしておけ。おまえが恥をかくのはかまわんが、お方様の名に傷がつく。あいつら絶対、隠れて見ている」

「そうそう。『お聞きになりました、桐壺の方の女房の話。やはり育ちが格下の方は使う者も下賎とみえて、殿方さえなさらないような滑稽な真似をなさいますのね』とか言いやがるに決まってる」

 甲高い声色を使うと、それがあちら側の女房の一人に酷似していたため、いっせいに笑い声が上がる。


「お方様に失礼だろ」

 笑いながらも一人が止める。

「いやかまわん。面白い」

 更衣も微笑む。

「で、あちらの御方が主上に詰め寄るんだ。『そのような者を使うような方を、よくも御所に置いておけますわねっ!』と」

「いくら後ろだてがあっても、本人が遠ざけているよなあ」

「性格キツすぎ」

「男に生まれりゃよかったものを」

 更衣は女房たちを軽くなだめた。


「まぁ、そう言うな。あの御方はそんな所がけっこう可愛い」

 女房たちは驚愕した。

「ど、どこまでお人がいいんですかお方様は」

「可愛い!?弘徽殿が可愛いなら鬼は麗しの吉祥天女ですわ」

「だいだら法師にキュートで愛らしいというより無理があります」

「口が悪いな。じゃあ、想像してみろ、あの御方が三歳の時のお姿を。そして主上はそのままであの御方の父上にしてみる」

「はぁ」

「『あたしはお父様のことが大好き。だからお父様も他の人のことを見ちゃいや。あたしだけを見て。あたしの傍にいて。

あたしだけを好きだと言って』……可愛いぞ、かなり」

「おぉ、けっこうなごみますなぁ」

「いや、あたしゃ許せません」

 一人が口をはさんだ。


「更衣様をこんな目にあわせているやつを、そんな風には思えません」

「だがな、あの御方はいつも真正面から来るよな」

 その女房に、柔らかな視線を向ける。

「自分は表に出ないで、他の女御の陰に隠れて嫌がらせをすることもできるはずだ。

私に何らかの罪を着せ、自分の従者ではない者にそれを暴かせて陥れることだって不可能ではない。

なのにあの方はまっすぐに矢面に立つ。けっして偽らない」

 その怒りも、妬みもまっすぐにぶつける。遠い昔の磐乃姫((いわのひめ)のように、荒れ狂う。

「私がそう思うことは業腹であろう。が、嫌いになれないんだ。あの正直で不器用な方が」


 ひととき静寂が訪れる。

 気を呑まれていた女房の一人が自分の役割を思い出し、ちょっとおどけて更衣を拝む。

「ありがたや。すでにお方様は生きながら観音菩薩の域に」

「こら、かえって縁起が悪いから拝むな」

 リーダー格に注意され、その女房は舌をのぞかせた。


「だが、おまえたちには迷惑をかけるな。本当にすまない」

 頭を下げた更衣を女房たちが押し留める。

「よして下せぇ。言いっこなしですぜ」

「そうっすよ。我らチーム桐壺は金も力もないが、結束力の強さは内裏一イィィっですぜ」

「そうそう。こんな折りでもなければ、これほどの月は見られませんぜ」


 一人の言葉に、全員が空を見上げる。

 満月にはほんの少し足りない月が、東の空から優しく見守る。

 耳まで凍りつきそうな冷たさも、寒さではなく月の光だと思うと、ほんの少し和らぐようだ。


 「……綺麗だな」

 月より澄んだ更衣の声が、夜気に静かに溶けていった。



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