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源氏物語:零  作者: Salt
第二章
31/65

無双

桐壷視点

「やられました!」

「そっちもか」

「ということはリーダーも」

「ああ」


 桐壷の母屋で何人かの女房たちが頭を抱えている。がっくりと肩を落としているものもいる。


「どうした?何かトラブルか」

 尋ねると情けなさそうな顔をする。やけになった一人が報告した。


「源典侍に彼氏を取られましたっ」

「へ?」

 妙に気の抜けた声が出た。


「どういうことだ」

 確かこの女房のカレシは24,5のイケメンだったはずだ。源典侍とはだいぶ年の頃が違う。


「とられたと言ってもひと時のことなんですがね」

 リーダー格の女房が苦笑する。

「だからって自分の彼氏が別の女に気を惹かれたって許せないっすよ」

「そりゃこっちもだ。うちの彼、まだ25なんだぞ。何でわたしの倍くらいの年の女に迷うかよっ」

 珍しく途中から激昂した。彼女の意外な一面が窺い見える。


「リーダーなんかまだいいっす。うちのなんか24ですぜ」

「あっしの彼22。すげーイケてるっす。ガイアが輝けと囁いちゃうくらい。でも食われました」

「うちなんかピカピカの二十歳ですよ。しかも権門の三男坊で、香の趣味がよくって……」

 だんだん、嘆いているのか自慢しているのかわからなくなってくる。


「二十が最年少か」

 リーダー格が何気なくつぶやくと一番年若い女房が恥ずかしそうに答えた。

「うちの18の彼も……」


「18……なんとけしからん」

「いくらなんでも18はダメだろう。典侍自体は四十越えなんだから」

「もっと上ならいいってもんじゃないぞ」


「あのう…………」

 十二歳ぐらいの女童が女房たちを見上げる。年長者としての自覚を取り戻した彼女たちが慌てる。

「ああすまん。くだんねぇことばっか言ってたな」

「いいえ、そうじゃなくて。あたしの17の彼もとられました」


 全員が点目で女童を見た。

「なん、だと………」

「…………連邦のモビルスーツは化け物か」

「おい、もしかして……」

「ああ。われわれは恐ろしい何かを目覚めさせてしまったのかもしれない……」


 彼女が現れるたびに若いだの美しいだの誉めまくった結果がこれだ。


「へへえ、ざまあみろって」

「さっさと爆発しちまえ」

 端で彼氏なしの女房が煽っている。私は苦笑してそれをなだめた。


「まあまあ。それにしても源典侍は本当にお若い」

「他人事じゃありませんよ、更衣さま」

 女房たちが脅す。


「彼女、職務柄帝にピッタリでやんすよ」

「そうですよ。今や飛ぶ鳥落とす勢いの彼女が帝を見逃してくれると思ってるんですか」


 不安になってきた。

 女御更衣あまたさぶらい給いける中、女官とも争わなきゃならんのか。


「大丈夫ですよ、更衣さま」

「そうそう。こればかりは弘徽殿に感謝した方がいいっスね」

 端っこ組がちょっと笑い、情報担当の女房が教えてくれた。

「あの弘徽殿が彼女に頭を下げて頼んだそうっすよ。主上に手を出さないでくれ、と」

 仰天した。あのプライドの高い弘徽殿がか。


 初耳だった女房は私と同じように驚く。

「もうなんか、全てヤバイ」

「源典侍、恐ろしい子…………」

「ところで、いらっしゃったようですよ」


 全員が威儀を正し、穏やかにして雅やかな様子で彼女を迎える。いつもどうりの案内に従って私の前に居を定めた彼女は品よく微笑んだ。


「今回は女御さまから伝えられた秘曲を披露いたしますわ。ようやっと仕上がりましたの」

 ほんのしばらく前とは別人のようなみずみずしさで、心配ないと言われてもやはり不安になる。身につけている衣装も禁色ではないが鮮やかで美しい色合いで、若い娘のようでもある。

「それではこの度はまず私が通して弾いてみます。そのあと一節ずつ合わせてみましょう」


 曲が流れ始めると他のことは全て消えた。

 なんて曲だ。慣例というものをまるで無視しているけれどとても面白い。しかし撥捌きが異常に速くてひどく難しそうだ。


「変わった曲ですわね」

 女房たちが戸惑っている。この曲は誰もが理解できるものではない。

「蝉丸の作だそうです」

「ああ、あの盲目の法師だと言われる…」

「本当はお見えになるって聞きましたけど」

 生きながら伝説となっているその方に実際に会った者は少ない。だが今源典侍の弾いている琵琶『無名』は、まさしくその方の持ち物であったと伝えられている。


 心が躍った。この曲を弾くことができるんだ。かなり苦労しそうだがそれさえ楽しみだ。




 何日も練習を繰り返し、ようやくモノになってきたある日、源典侍の訪れと同時に殿舎の正面の白砂に殿上人が現れた。

 私のお父ちゃんが死んで受領クラスの者が細々と訪れる他ないこの桐壷には珍しい事態だ。典侍の愛人の一人だろうか。


「右大弁ですわ。この秘曲を彩るために伴奏を頼みました」

 源典侍がすまして言う。

「ふつつかながら、よろしくお願いいたします」

 少し緊張した声だった。


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